死織は危険を察知する
第15話 遭遇
「今日こそは、ちゃんとウルフを倒してくれるんだろうなぁ。ずいぶん練習積んだみたいだし」
とヒチコックを揶揄しつつ、死織は森の中の小路を進む。
密生したスギの林は、勾配がきつく、ところによっては地面から岩が突きでていた。
森といっても、結局は山であり、あちこちに崖だの谷だのがあるから油断が出来ない。
おまけに、いつどこでブルーウルフに遭遇するか分からないのだ。
「わかってますよぉ」
言いつつ、大きな岩に足をかけるヒチコック。
その彼女の首根っこを、死織は唐突に引っ掴んで、小柄な少女を地面にひき倒した。
「わぷっ」
声を上げようとする彼女の口を掌で塞ぐ。自分も地面に伏せて、ヒチコックがよじ登ろうとしていた岩の陰に身を隠す。
「静かにしろ」死織は、囁くように警告し、ヒチコックの口から掌を外す。
「どぉしたんですか?」
目を白黒させながら、ヒチコックも囁くように返してくる。
「誰か、いた」
「誰か? オオカミじゃなくてですか?」
「人影だ。4つ足の獣じゃない」
「カエデさんではなくて?」
「彼女はまだ寝ている」
「じゃあ、他の冒険者でしょうか?」
「あの村には、俺たち3人しかいない。他の村から移動してきた奴だとしても、いきなりこんな深い山の奥には入らない。街道沿いに移動して、まずは村に入るもんだ」
「??? じゃあ……」
ヒチコックは首を傾げる。
「しっ」
死織は人差し指を唇の前で立てた。
2人が潜む位置から、少し離れた場所の叢が揺れ、突き出された竹槍が葉を割って出てくる。ついで、その槍の持ち主たちが、がやがやと姿を現した。
ヒチコックが震えるように身じろぎする。
竹槍を持った奴らは、3人。いや3匹というべきか。
げらげらと不気味な笑い声を響かせながら、死織たちが隠れた岩のすぐ前を歩いてゆく。早口にまくし立てる言語は理解不能。
背が低く、全身緑色で、頭には棘のように小さい角がある。顔は子ザルのように皺くちゃで、口は大きく唇はない。服は着ておらず、半裸。襤褸切れを、フンドシ、もしくはオムツのように腰に巻き付けている。
彼らは、耳障りな声で叫び合いながら、歩き去り、ただし、前方から来た別の集団と行き会うと、なにやら卑猥な合図を交わしながらすれ違って行く。
新たな集団が、死織たちの前を通り過ぎ、辺りはふたたび静寂に包まれる。
「こっちだ」
死織は、ヒチコックの袖をひっぱって、にじるように後退する。岩から遠ざかり、低い尾根を上に見ながら、慎重に移動を開始する。
「いまの、怪物。なんなんですか?」
ヒチコックが、緊張した面持ちで周囲を警戒しながら訊ねる。彼女の右手は、ホルスターに入ったガバメントの銃把にかかっていた。
「ゴブリンだな。ダーク・レギオンの中では低級な敵だが、いまの俺たちが相手をするのは、ちょいときつい敵だ。1匹2匹ならなんとかなるが、あいつらは集団で動くことが多い。もし、近くにあいつらの巣があるのなら、確認しておく必要がある」
死織は周囲を見回すと、地形を確認し、さっきゴブリンたちが向かった谷を、こっそり覗けるポジションを割り出すと、チャイナ・ドレスの裾をからげ、ちょっとパンツ見えそうな体勢で、斜面を登った。
すぐ後ろをヒチコックがついてくる。彼女の表情はこわばっており、死織のパンツどころではなさそうだった。
尾根の上、付近を伺いながら、谷をのぞきこんだ死織は、小さく息をのむ。
横にならんで首を出したヒチコックも、はっとして身を固くした。
尾根の向こう。盆地のようになった谷底に、ゴブリンの集団がいた。
まるで、悪鬼の林間学校のキャンプだ。異様な光景。
統制のとれていない緑色の小鬼どもが、ある者は寝転び、ある者は歩き回り、醜態をさらして思い思いに寛いでいる。
地面には、あちこちに焚火のあとがあり、食い散らかされた動物の骨や薪の燃えさしが散らかっていた。
これは、ゴブリンの巣ではない。
おそらくは、長距離を移動してきた、旅団の野営地。彼らは、ここで集団で野宿し、これからどこかへ移動するつもりなのだ。
しかし、どこへ?
「まずいな」死織はつぶやいた。「急いで、村にもどろう。これは大変なことになりそうだぞ」
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