第10話 後悔の魔法少女


「いやー、まじ、死ぬほど怖かったですよ、オオカミ」

 ヒチコックは涙目で訴えた。

「そりゃあ、まあ一応魔獣だからな」


 ヒチコックは初めてのバトルですっかりビビッてしまったらしい。

「だって、ゴールデン・レトリバーの5倍くらいありましたよ。自動車より大きかったじゃないですか!」

「いや、そんなには大きくないと思うけど」

「死織さんは慣れてるから、感覚がマヒしてるんですよぉ。マジで、死にそうだったんですから。あ、そっちにもありますよ」

「あ、ほんとだ」

 などと言いつつ、2人は森の入り口でキノコを探している。


 ヒチコックがすっかりビビッてしまったので、ウルフ狩りは諦めて、キノコ狩りへと作戦を変更したのだ。


「なんかこれ、シイタケみたいですね。あたし、シイタケ大嫌いなんですけど」

「別に自分で食べるわけじゃねえから、いいだろ。これ持ってっても大した金額にはならないんだが、採取アイテムだから、ストレージに収納すると、荷物にならないだろ」

 死織は拾ったキノコをポケットに突っ込み、採取アイテムとして非実体データ化し、アイテム・ボックスに収納する。


「10個集めたら、帰るぞ。日が暮れると、強い敵が森の中から出てくるからな」

「はーい」


 やがて、予定より多くキノコを採取出来た2人は、ピコの村へ帰るため、坂道を下り始めた。


「いやー、大量ですねぇ」

 アイテム画面を見てご満悦のヒチコック。

「でも、おまえ、きょうは経験値ゼロだからな」

「いやー、でも、あのオオカミを倒せる日がくるとは、あたしにはとても思えません」

「じゃあ、一生キノコ採取してるのかよ? 何しにここに来たんだ」

「まあ、そうなんですけどねえ」


 採取したキノコは、酒場のテッドのところに納品した。

 はじまりの村では、クエストの受注は酒場でする。採取したアイテムなんかを納品するのも、酒場だ。

 2人が25個のキノコを納品すると、25Gの報酬が手に入った。死織はその報酬をすべてヒチコックに与える。1個1Gだから、報酬としては、最低金額である。


「25Gかぁ。通常弾25発分ですね」

 ヒチコックが計算ともいえない計算をする。

「ってか、おまえ、ガンナーなのに、今日は1発も撃ってないじゃないか」

「あ、そうだ! 1発も撃ってない! よーし、明日こそは、ぶっ放すぞ」


「やれやれだ」死織は肩をすくめる。「今日はもう遅いから、宿だけ予約して、晩飯にしようぜ。25Gじゃあ、宿代にもなりゃしねえ。可愛そうだから、今夜の飯は俺がおごるよ」

「え! このゲーム、晩飯なんてあるんですか?」

「食わなくても死なないけどな、ゲームだから。でも、時間周期で腹は減るし、それに、食べるくらいしか、楽しみがないだろ? バトルが3度の飯より好きってんなら、別だけど。テッド、こいつにメニューを見せてやってくれ」

「あいよ」


 ヒチコックが目を輝かせて、酒場のメニューをめくっていると、入り口のスイング・ドアを押し開けて、ひとりの女性が入って来た。

 死織は軽く二本指で敬礼し、テッドは会釈する。ヒチコックは、ぱっと顔をあげて、興味津々で彼女を見つめる。


 プレイヤーである。ヒチコック、死織以外の、プレイヤー。

 ヒチコックは、メニューを放り出すと、テーブルについた彼女のところへ駆け寄っていた。「おい、まて」という死織の制止は、無視である。


「こんにちは、あたし、ヒチコックです。初めまして」

「こんにちは」相手のお姉さんは、疲れた調子で返答した。「あたしは、カエデ。あなたも新人さんみたいね」


「カエデさん。もしかして、カエデって名前、飼っていた犬から取ってます?」

「え? なんでわかったの?」

「ふふふ、女子はそれ、結構やるんですよ」

 超自慢げなヒチコック。

 いや、おめーもだろ、と肩をすくめる死織。


「すごーい、よく知ってるね、そんなこと」

 カエデと名乗った女性は、びっくりして目を大きく見開いた。



 カエデはけっこう長身だった。

 酒場に不似合いな白いドレスを着ており、ピンクの飾りがあちこちについている。ふわりと広がるスカートの裾は、星型。飾りのビーズがあちこちにぶら下がり、ちょっとクリスマス・ツリーっぽい。頭の帽子は、ハロウィンのときにディズニー・ランドのミッキーが被るような星柄、襟と袖口も星の形にカットされている。

 一見して、絵にかいたような魔法少女だった。……長身だけど。


「カエデさんは、もしかして、魔法少女ですか?」


「そ。最低の魔法少女。ほんと最低、おまけに最悪だわ」

テーブルに肘をついて息を吐く。

「1週間前から来てるんだけどさ、可愛い魔法少女に小さいころから憧れていて、で、職業ジョブを魔術師にしたんだけど、身体データをセーブし忘れて、顔はデフォで素顔。それはいいんだけど、身長がもとのまんまの170。こんなでっかい魔法少女はいないでしょ。おまけに、初期魔法のファイア・ボールが、全っ然、当たんなくて……。近づけば当たるのかもしれないけど、あんなでっかいオオカミ、怖くて近寄れないし。おかげで、7日目だってのに、経験値ゼロ。すっかりキノコ採取が板についてきたわ。こんなことなら、会社やめなきゃ良かった。かなりなブラック企業だったけど、ここよりまだマシだったかも」


「うわぁー。やっちまいましたね」ヒチコックは笑顔で答える。「あたしもおんなじですよ。でも、先は長いから、がんばりましょう! どうです? 一緒に晩御飯でも」と背後を指さし、「死織さんがおごってくれるって言ってますし」


「俺かーーーーーーい!」



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