第20話 無二なる不壊の氷河
肩慣らし、あるいは小手調べとも言う、先陣を切った生徒とのエースの戦い。
その実力差は、見るもの全てではなくとも、一部の生徒に確実に印象を刻んでいた。
文字通り、格が違う。戦った生徒が2年生であることを加味しても、1年で埋まるとは思えないその差に、控室出口から闘技場の中を覗く、これから戦おうとする生徒は少し怖気づいていた。
「次、誰行くよ」
1人がそう声にする。ここで止まっていては望む結末を得られないのは、どちらも同じだ。
「1人じゃダメだ。人数増やそう」
「じゃあ、次は2人で行こう」
「なら、私たち行きます」
エースからは見えない、そんなやりとりの後で、女子生徒が2人、フィールドへと走る。
1人目を難なく倒したエースは、その2人が入ってきたことに気づいて、視線を向ける。
「ああ、そういうこと」
おそらくは、人がいなくなるまでずっと連戦させられることになる。
恐らくは1人が前衛で、1人が後衛。
悪くない構成ではあるが、前衛が1人であることが、対エースにおける最大の問題であると、エースは感じていた。
前衛の女子生徒は、恐らくは雷属性だろうか。キレを生み出すための速度は、既に十分なほどに出されている。
「ヴィント・テールダウン!!」
後衛の女子生徒は、風魔法使い。前衛の女子生徒をアシストする形で風を放ち、その風で同時にエースの体勢を崩そう、というところなのだろう。
速度面で上回り相手の懐に入る戦法は、アプローチこそ違うものの、エースもよく使う。となれば、その対策が頭にないわけがなかった。
ギリギリまで引きつけて、そのまま後方へ、高さを抑えつつ飛ぶ。
女子生徒はエースの予想通り、エースの側面へと回り込む。
「リオート・ランパード」
エースの前方及び側面に、やや薄い氷の壁が張られる。
「……っ!!」
その壁に、前衛の女子生徒はスピードを殺すことも出来ずに衝突する。
速度面で上回れるのであれば迷うことなく懐へ飛び込み、下回るのであれば相手の速度を制限する。
意外と少ない、氷属性の魔導士かつ前衛であるからこそ出来る芸当だった。
そして相手の速度が止まってしまえば、再始動の前に、エースは相手の懐に入ることが出来る。円軌道を描くように回りこみ、壁にぶつかったところからちょうど復帰した女子生徒へと突っ込む。
「させない!」
後衛の女子生徒が風での妨害を行うが、元々風属性は氷属性と非常に相性が悪い。
エースが瞬時に張った薄い氷の壁すらも貫通できずに、完全に封殺される。
――まだまだ、あまいな
経験のなさからきているのであろう、素直な行動。それに感想は抱くものの、口にはせず、慈悲を見せることもない。
エースは、雷属性使いの女子生徒に容赦なく氷塊をぶつけると、その女子生徒がどうなったかには目もくれず、今度は風属性使いの方へと距離を詰める。
「ひっ……」
女子生徒の表情が引きつる。おそらく、相方にしているもう1人が、こんなにあっさりとやられるとは思っていなかったのだろうか。
――予想も覚悟もないなら、来なきゃいいのに
思いは内に秘めたままで、彼女を中くらいのサイズの氷塊で弾き飛ばす。押しつぶしはしないものの、風では吹き飛ばせないサイズは、結果的に女子生徒の打てる手を潰す。
おそらく手出しはもうしないだろうと推測して、先ほど攻撃したもう1人のいる方を見る。
そちらは、おそらく生徒会の所属であろう生徒たちが救助し、フィールドの隅の方に運んでいた。そして、最初に倒した生徒と一緒に、その隅の方から運ばれていく。
――まぁ、ど真ん中でぶっ倒れられても困るしな
そんな感想を抱いたのもつかの間、更なる刺客がフィールドへ足を踏み入れる。その数、倍に増えて4人。
少し距離を取り、エースを取り囲むように陣取っているのは、エースの攻撃の有効範囲に入ることを恐れているが故か。
――もうアンフェアに片足突っ込んでんな
そう思った矢先に、1人が突っ込んでくる。
おそらく今背中側にいる生徒は、エースの行動を予測し、阻害する。その予測は大抵の場合、彼らの経験則やセオリーに基づき思案される。
そうであるならば、この一瞬に一回だけ、彼らの予測を外す必要がある――
エースは、今いる位置から右斜め後方を向くと、先ほど正面だった位置に薄い壁を生成した後に、今向いた方へ向かって全力で突っ込んだ。
何も見ていないが、おそらく、ヘイト役と兼任していた生徒は減速している。壁への衝突を回避するために、1つ取るべき行動が多くなる。
そして今正面にいる生徒は、虚を突かれている。
残る2人は、距離が保たれている分、虚を突かれても立て直しが早いと予測する。
エースの頭は、阻害、後正面を潰す、という流れを組み上げ、その組み上げた理論を行動に移す。
両手から、それぞれの方向へ向けて、氷の礫を大量に生成して放つ。他の生徒が放つ魔法が何かは分からないが、労力を割かせれば、エースが気にすべきは目の前だけになる。
その目の前の敵の鳩尾へ、生の拳を叩き込むべくエースの体が動く。
「っ!!」
相手もその軌道を読み、防御の態勢が整う。こじ開けることは出来るかもしれないが、労力を相応に割かなければならない。
――前がダメなら、後ろか
己が足は、目的地をずらして、相手の背後へ。狙うは相手の背中への肘打ち。
そしてもう1つ、フレンドリーファイアを引き起こすことによる、相手側の動揺。
そのエースの目論見は、瞬時に筋立てられた思考により、具現化する。
「おわあああっ……!!」
「まずっ……」
エースの体の自由を少しばかり奪うのは、おそらくは押し返した残る2人のどちらかの風。相手の体を盾にして威力を弱めると、目の前にあるがら空きの背中に、小さな動きで叩きこむ。
そうすると、前と後ろから押されたことで相手の体はふらつく。その身体を氷の壁で受け止めた後、エースは左右から迫る2つの体に気づく。
最初に突撃してきた生徒と、もう一人。少しタイミングがずれているのは、同士討ちを狙う行動をさせないためか。
よくある方法かつ、対策のしにくい方法ではある。一発貰ってでも片方を倒すという手もあるが、それは今後に響くことを考えると愚策になるため、次のエースの行動は2人をまとめて倒す方向へ動く。
目の前の敵の背中ごと壁を蹴って、その反動で位置をずらす。正面から壁に叩き込まれた生徒には目もくれず、降り立った位置からすぐの箇所に、推測だけで壁を立てる。
「なにっ……!!」
続くのは、衝突音が1つ。そこから、驚き声の後に、もう1つ衝突音。氷壁に吸い込まれるように衝突した2人の生徒のうち、後から衝突した方に肘打ちを入れつつ、氷の壁の外に回る。
「もう四の五の言わずに来い! ちょっとやそっとじゃ勝てん!」
そんな言葉を聞いた後、ほぼ間を置かずに見えた景色。
意識の外に行きかけていた残り1人が、一気に数人を連れてきている。観客席に発生するどよめきを耳に入れながら、エースの表情は少しばかり険しくなる。
――流石にきついぞ……!!
早くも勝つために人数差を選ばなくなってきている状況。それを止めない辺り、レフェリー役の女子生徒にも何かしら息がかかっているのか――
そう思い、反射的に見たレフェリー役の生徒は、1人の生徒と言い争いをしていた。声にまで意識は向かなかったが、エースの推測はおそらく外れている。
気づけば、周囲にエース1人に対して過剰とも思えるほどの人数がいた。接近戦が得意な生徒の相手をしつつ、遠距離攻撃を捌くのは容易ではない。これまでに相手をしたのがたったの6人で、その同数より少し多いくらいの人数がフィールドにてエースを狙っていることを考えると、をまとめて相手しなければならないのは目に見えている。
まともに相手することなど到底不可能で、身体1つなど簡単に壊れてしまう。
であれば、相手をまともに動かさないようにしなければならない。それを成すために最も適した属性が、己の身に宿っている。
「リオート・アイスフィールド!!」
エースを中心に、闘技場の床が凍っていく。周囲の生徒たちは凍りゆく足元から逃れるため、皆揃って上へ飛び、凍結が己の足元より後ろへ行った後に地面へと足を着き――
氷床を踏んだ生徒は皆、足を滑らせるか地面に引っ掛け、足元の自由を奪われた。
「なんか地面がかてぇ……!!」
そう誰かが言った横で、エースは先手必勝とばかりに別の生徒を蹴飛ばしていく。
――くだらなくも思えるこの練習を、どれだけしたか
いつかは使うと思っていた『声ではわざと違う魔法を言い、実際に使った魔法を誤認させる』という方法。
この世界において魔法の詠唱に声は必要ないが、イメージの補助としてはよく使われる手段である。エースはそれを逆手に取ることを、中学生の頃から考えていた。
その結果として生まれたのが、床の上に氷を張る魔法リオート・アイスフィールドに見せかけて、地面の水分を急速に凍らせるための魔法リオート・アイスバーンを、アイスフィールドと同等の速度で放つという手段。
地面そのものを固めることが出来れば、氷の床とは違い、簡単には壊されない。上手くいけば、相手が誤認することで対処に時間がかかり、効力をより長く保たせることが出来る。
「遠距離攻撃出来るやつでどうにかしろ!!」
リーダー格であろう生徒の声が飛び、氷上にいくつか魔法が飛び交う。
エースはそれをいつもと変わらぬ動きでかいくぐっていき、未だ動けぬ生徒たちを2人ほど蹴り飛ばしていく。普通に蹴飛ばされるならダメージはそれほど残らないが、凍り付いた地面に叩きつけられるように蹴ることで、殴るよりも手数を少なく済ませていた。
「なんであいつは普通に動けてるんだよ!!」
――むしろ、なんで対策してねぇんだよ
また1人蹴飛ばしている最中に聞こえた誰かの叫びに、エースは冷静に指摘していた。
1対多におけるセオリーは、相手を自由に動かさないこと。そのために使う戦法として、氷属性使いが床を張るのは至極当然の行動であるはずだった。
もちろん味方がいると使えないが、今回のエースは1人である。他が敵であれば、何も気にすることはない。そのことは当然のはずである。
これが、エースがたった1人で相手をする、といった理由であり、同時に、エースが1対多を得意とする最大の理由でもある。氷属性の練習として高速形成を多く行っているため、一般的な生徒が使うそれよりも凍るスピードは早い。
そして、エースが動けている理由は、その戦法含め自分が作り出した氷を踏みながら動くことから、靴のアウトソールに滑らないような細工をしているからだった。
普段使いの靴とは別に、戦う可能性がある時のみ履くそれは、エースの立ち回りを最大限に生かす特製品。いつも話す面々は知っているが、それ以外の生徒たちが知っているはずもない。初見でその可能性を考慮できる生徒はいなくはないが、おそらく決まってからの時間猶予的に考慮しきれなかったのだろう。
あるいは、近接戦闘を得意とするエースが、その強みを消す行動をするとは思わなかったか。何にせよ、その点においてはエースの策略勝ちだった。
とはいえ、人数差を覆すには、それだけでは足りない。
魔法が飛び交う中を、直撃こそ食らわないようにしているものの、エースの体を掠めていくものはいくつもある。おまけに、1人倒したと思えば、フィールドの中にいる生徒が増えている。
それらに対応するためには、己の目が届かない背中側を、出来るだけ相手に見せないようにする立ち回りに変えていかなくてはならない。
故にエースは、立ち位置を自在に変えながら、氷の壁を大量に生成していた。敵の攻撃を防ぎつつ、多人数を一度に相手にしなくともよいようにするためには、これがエースのとれる最良の手だった。
出来上がった氷の迷宮が、未だ動けない生徒たちを分断する。瞬時に数えるのが難しいくらいには人がおり、いずれはこの壁も崩れるが、それまでにある程度削れれば十分に勝機はあるとふんでいた。
そんなエースの目論見を壊すための氷の迷宮の破砕作業は、今も行われている。エースの姿を隠す意味合いでも有効に働く壁は、特に雷、氷、風属性の魔法に対して強く出られるため、相手の手数を減らすことが出来る。
元々使用魔法を考慮するともったいないほどの魔力量があることも幸いして、エースは事あるごとに壁を張っていた。最初に生成していた分だけで足りるなら問題ないのだが、大勢の生徒が必死にこじ開けていれば、気を休める間もなく、壁を作り続ける必要がある。
「いたぞ!!」
声の先に、2人組が現れる。
彼らの声の場所でエースの場所がだいたい分かってしまえば、道の通りに進む必要がない。壁を破砕されて、見るべき箇所が多くなり、それで終わる。
故に、エースは、目の前の敵を素早く倒さなくてはならない。
「おらぁっ!!」
雷属性使いの、速度のある攻撃。その後ろからは、炎属性が魔法を構える。
いつでも発射できるように構えられた魔法は、圧力になる。それが雷属性や風属性のような、速度に秀でた前衛と一緒ならば、効力はさらに増す。
おそらくは、最善を取らなければ被弾を免れない。腹をくくって、エースは前衛を迎え撃つ。
――速度があるなら、利用させてもらう……!
相手をギリギリまで引き寄せ、迎え撃つ構えを取る。
そこから、僅かに体の位置をずらして、相手の拳の内側へと入る。そして、そのまま相手の勢いを出来るだけ殺さずに、足で相手の体を浮かせ、巴投げの要領で相手を後方に投げ飛ばす。
パードレに言われ、何度も練習した技によって、雷属性使いを後方へと投げ飛ばす。自身の速度も相まって高速で投げ飛ばされた雷属性使いは、背中から叩きつけられて呻いていた。
エースはその雷属性使いには目もくれず、炎属性使いに向かっていく。
「ブラム・ランサーズラッシュ!!」
数本の炎の槍が、エースを焼き焦がそうと迫る。
この手の炎魔法は氷を溶かしてしまうため、止まっての防御は不可能。回避しながら相手に向かうにはかいくぐるしかないが、それを考慮したのか位置が少し低く、しゃがんでも当たる。
下に避けられないのなら、上へ、と行きたいところではあるが、炎属性の場合宙にいる間に狙い撃たれてしまうのでそれも厳しい。そうなると、残るは――
――炎の槍の横を、突っ切る!!
上も下もダメなら横へ。
エースは氷の盾を手に、炎の槍の左側の狭いスペースへと飛び込んだ。おそらく盾は溶かされてしまうが、それでも、おそらく相手の反応に隙は出来る。
炎魔法の中に飛び込んでいくことは、セオリー度外視だとしても、普通はやらない。
やらないからこそ、こういう場面で効果を生む。
「なに……!?」
案の定、炎使いの生徒は少しうろたえていた。
しかし、エースの予想よりも少し持ち直しが早く、次の魔法の詠唱を始める。
エースはそこへ、装備していた溶けかけの氷の盾を投げた。
気づいた炎使いの生徒が、回避を行う。その隙に、エースは有効射程へと入り込む。
狙うは、鳩尾への打撃。防御されるなら、背面への肘打ちから始まる殴打の連撃。
両方への対策は1人では出来ない。壁が背にあるなら両方可能だが、その場合は、もう1つの手段がある。
右側面へのボディーブロー。それを叩き込み、壁に叩きつけて、もう一撃叩き込んだ後に、エースはすぐにその場を去る。
行った先にもまた、生徒がいる。運よく視界から外れているようで、おまけに1人となれば倒すのに労力はさほどかからない。
「うわあっ!!?」
驚いたその直後には、エースの拳が横から突き刺さる。ふらついたところに背中への肘打ちを入れ、さらに左拳での一撃をいれて、相手を無慈悲に沈める。
背面を見せない。大振りしない。分断を心がける。
3つを意識しながら、後はその場の自身の判断に任せて行う――それくらいしか、まともに切り抜けられる手段がない。
相手の力を利用するのが難しい炎属性、地形操作や生成で自由を奪う氷属性と土属性は、エースに対する負荷が大きいために早めに倒しておきたい。だが、それらだけ狙うと行動が型にはまる。
それ以前に、そもそも誰がどの属性使いかも把握しきれていない。4人くらいなら把握していなくとも上手く対処できるが、この人数では無難な行動をするしかない。
後先考えずに張った氷の壁によって自身も少し翻弄されながら、分断した生徒たちを削っていく。
研ぎ澄まされていく感覚と、それを支える動きのキレ。少しだけスローモーションに見える生徒たちの姿。
1人だけ少し加速した世界に入りながら、エースはひたすらに目の前の生徒たちを倒し続けていた。
「逃がさない!!」
そう、誰かが言った。そして構えた。
次の瞬間には、エースの体は相手を逃すまいと己の距離へ詰める。
繰り出す一撃を、守りより疾くさせて、己の敵を地に伏せる。
「あいつを止めろ!!」
また、誰かが言った。そして放たれる、岩、炎、水の魔法が織りなす凶器の雨。
無数に降り注ぐその中に、青の双眸は道を見つける。
その中へと踏み出す足は、多少の傷をいとわずに駆け抜けて、その主を相手の正面へと運ぶ。
「リオート・ランサーズラッシュ!!」
「ぐあっ!?」
氷の槍が、相手を襲う。3人組だった1人にダメージを与えた後、左右から2人が襲い来る。
エースの両手には、トンファーが握られる。瞬間的な詠唱は、攻撃を最大の防御とするためのもの。
二方向から来る殴打を受け止めて、時折自分も攻撃を混ぜる。至近距離の攻防は、気を抜けば負け。
負けないように押し返し、隙を突き、フィニッシュブローには、相手の急所への殴打を選ぶ。
そうして、さらに2人を地に伏せさせる。
だが、そこで消費した時間が、エースにとっては悪い方向へ動く。
「ぐっ……!?」
近くの壁が相次いで爆発し、風通しのいい道が出来る。
予想以上に破壊される速度が速く、エースの姿が、相手から見える。
――くそっ……!!
まだ外に複数いる遠距離攻撃使いたちを倒していくには、エースの有効射程が狭すぎる。四方八方から飛んでくる攻撃を壁で防ぐことこそ出来るが、反撃に転じることは出来ない。
故にまず距離の制限をさせ、人数を削ってから――という目論見は、ある程度は達成されたものの、まだ少し早い。1対多にも強いという評価を得ているとはいえ、これだけ人数差がある状況下では、数を減らしていかなければ圧倒的に不利になる。
気づけば、氷の床はかなり溶けている。迷路のようにたくさん形成した壁にも傷が入り、エースの背中側を守る箇所が少なくなっていく。
そうなれば、心がけはしていても、焦りは出てくる。
「くっ……!」
その焦りが声となって漏れた数秒後に、他の生徒の数が見える。彼らの元へ勢いよくエースは突っ込み、近接戦闘の能力にものを言わせて倒しにかかる。
数は3人。それぞれエースを見て構え、そこに突っ込んでいく。
思ったよりも、少し早く形成を逆転される。今の調子ではおそらく、残り数人の段階で限界が来る――
そう思った刹那、視界に、赤い煌めきが複数見える。
近くに瞬いたそれに、エースは間に合わないことを悟る。
次の瞬間、炸裂した赤い煌めきが2つ、周囲の生徒もろともエースを吹き飛ばし、氷の壁がない場所を飛ばされて、エースの体を端の壁へと叩きつけていた。
* * * * * * *
砂煙に紛れながら、消えそうな意識をどうにか繋ぎとめる。
確かに、一日で相手をするとは言った。いずれしびれをきらした相手側が、戦力を一気に突っ込むとは思っていた。
こんなに早く相手がまとまって来るとは思ってなかったが、それは言い訳にしかならない。その可能性を作った状態で、把握しておかなければ勝てるはずもない勝負にしたのは自分だ。甘く考えていたのも、なめていたのも、自分だ。
善戦はした。多分、半分超えるくらいは削った。普通ではあり得ない数の生徒を倒した。
だがそれでも、負ければ何も残らない。あっさり負けようが、善戦して負けようが、負けであるなら違いはない。
負ければ、励ましも、労いも、何の意味も持たなくなる。そして残るのは、自分を応援してくれていた人たちの、拭いきれない悲しみや悔い。
別に自分がどうなろうと構わない。
だが、信じてくれた人たちにそれらを残すのは、絶対にあってはならない。
残りを倒して、最後の一人になるまでは、果てることを許されない。信じてくれた人たちが許しても、自分自身がそれを許さない。
故に、無茶でも無理でも、通し続ける。
自分が勝つ手を、最後まで。
* * * * * * *
大きな爆発音と共にもたらされた光景に、一部の生徒を除いて、大多数の生徒は明らかな負けの気配に息を吞み、言葉を作り出せずにいる。
「バカ、巻き添えにし過ぎだ!!」
「倒せればなんだっていいだろう」
そんな言葉も、戦っている相手から聞こえてくる。数的有利が覆され、焦りの中で、撃ってしまったことが分かる。そんな声が聞こえてくるのは、会場が静まり返っているからだろう。
起きていた砂煙は晴れ、その奥に、エースの姿が現れる。その姿を、誰もが驚きの目で見る。
「嘘だろ……?」
「なんで立ってるんだ……?」
「まともにもらったよね……?」
観客席からなのか、フィールドからなのかが分からないその声が、エースの耳から少しずつフェードアウトしていく。
雑音を押しのけ、青の双眸はより深さを増す。
それはまるで、断罪に走るきっかけが起きたあの日に、生徒たちに前に現した姿のようで、そうではない。理性を保ちながらも、明確な敵意をもって、そこに具現する。
状態の確認をしようとしていたレフェリー役の女子生徒が、何かを感じ取ったかのように、エースの方へと近づくのを止めて引き返す。
「もらったぁっ!!」
入れ替わるように2人ほど、エースに向けて突っ込む。それが確実な終わりをもたらしたいがための行動であることは、誰もが分かっている。
だがしかし、この時の2人の頭の中から、2つ、考慮しなければならない要素が抜けていた。
2人の行動は、エースがギリギリまで引きつけた壁にさえぎられ、さらに近づくためには、エースの目の前にだけ開かれた道へと吸い込まれるしかない。
その道が、2人ぶんの幅があれば、彼らの勝利はゆるぎなかった。その道筋を、エースが考慮していないはずがなかった。そのことに気づく前に、彼らは、エースの攻撃範囲内に入る。
次の瞬間、エースの体は、少しの無駄もない動きで、1人目の攻撃をかわし、氷の拳をその鳩尾に叩き込む。
狭い通路では、1人目の体が2人目から放たれるであろう攻撃の盾になる。2人目のその瞬時の迷いは、隙としては大きすぎた。
1人目の体を側面の氷壁に蹴り飛ばして強引に1対1の状況を作り出すと、遅れて出た2人目の突き攻撃を横から跳ね上げて自由を奪う。
そうして出来た的を、斜め上から下に叩きつける。
恐ろしいほどに無駄が削がれた動きに付随する、圧倒的な暴力は、同じフィールドに立っていた生徒に、もう1つ恐怖を植え付けた。
明らかに傷だらけのはずが、これまで以上にキレを増した動きでそこにあることが信じられず、彼らの表情は恐怖の色に染まる。
理解の出来ない光景に、立ちすくむ生徒もいる。
エースは彼らを、向かってきた時と同じように、氷の迷路に閉じ込めた。
出力の制御がなされていないためか、床はすぐに凍結して動きの自由を奪い、急激にせり立った壁はフィールド内の生徒たちの現在地を狂わせ、運悪く突き上げに巻き込まれた生徒は、高く宙を舞った後に固い地面や氷の壁に叩きつけられる。
しかしながら、二度目となれば、流石に残った生徒たちも焦らずに行動する。
「いたぞ!!」
迷宮の中で、ある3人組がエースを発見する。
誰かが地属性使いなのか足場を安定させている分、余裕はある。
「くるぞ、魔法構えろ!」
そう言った炎属性使いが、赤い煌めきを作り出す。
その煌めきを認識した瞬間に、エースからは、通路ギリギリの氷塊が放たれる。
「しゃらくせぇ!」
ぶつかり合う、爆発と氷塊。
狭い道幅で行われたそれは、壁を破壊し、辺りに氷塊をまき散らし――
――それよりも少し高い位置に、エースの姿を現す。
「なっ!?」
破砕される氷の中を突っ切って宙に現れる、エースの姿。
被弾しない。無理しない。小さい動きでつなぐ――
己が生き残るために課した制限を、己が勝ち残るために破っていく。
「足場崩したんじゃねぇのかよ!」
「したよ!」
「そんなこと言ってる場合か!?」
残る1人が、風魔法をエースに向けて放つ。
宙に浮くエースはその風魔法を受けるが、その風魔法ごと押し返すべく、またもや道幅ギリギリの氷塊で3人への攻撃を放った。
氷塊が、彼らを無慈悲に押しつぶす。小さな悲鳴が聞こえるが、エースの耳には届かない。
その意識も、視線も次の敵へと移る。
次の瞬間には、見つけた1人だけの相手を瞬時に殴り倒し、何も考えずに壁へ叩きつける。
その後には、2人組をまとめて相手していた。
左右からタイミングを計って襲い来る相手を、ギリギリまで引きつけて氷の小さな壁にぶつける。分かっていても避けることすら難しいタイミングまで引きつけての防御に阻まれた2人の、1人は顔面を横から殴り飛ばし、もう1人は鳩尾への連続パンチで行動不能にし、後先考えない全力の攻撃で仕留めていた。
時折聞こえてくるざわめきも、悲鳴も、エースの耳には届くものの、入ってこない。何人を倒したかなど、覚えられるはずもない。
ただひたすらに、その場の判断に従い、敵を壁にぶつけ、鳩尾や背中に打撃を叩き込み、時には蹴りを入れ――次第に形を崩していく氷の迷宮の中で、エースはたった1人で、目の前の敵を倒していった。
その間に、何度攻撃をもらったかも覚えていない。思考が導くままに、理性まではなくさずに、心を置き去りにして敵を仕留める。
そんな繰り返しを、幾度かした後。
氷の床も、壁も、残骸こそ残るものの溶け崩れて、フィールドがだいたい見渡せるようになった頃。
同じ場に立っていた生徒は、皆呻き、倒れている。
これまでどこにいたのか分からないレフェリー役の生徒が、エースの立ち姿を見て、駆け寄ってくるのが見える。
心なしか、周囲の生徒が少し減っているようにも見える。
そこまで自分の視界に見えたところで、エースはあることを考えていた。
――終わった……?
どのくらい続いたか分からない、勝負の終わり。
もう一度、ぼんやりと見回して、それが間違いないとエースが思った瞬間に被さるのは、観客席のどよめき。
強くなったように思えたそれが、すぐに遠ざかっていく。朦朧とする意識はすぐに消えて、エースはその場に倒れ込んだ。
この場のほとんどの生徒が想像すらしなかった結末をもって、勝負の幕は下ろされたのだった。
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