第19話 大一番の幕明け



 そうして迎えた、勝負の日――金曜日。


 一イベントにはなっているものの、行われるのは至って普通の平日であり、授業は普通に開講されている。昼休みから少し経ったくらいの今の時間に、授業のない生徒の半分ほどは、校内で最も大きい闘技場に向かっていた。


 そこに向かう生徒のだいたいは、そこで行われる、明らかに数的不利な勝負の結末を面白半分で見届けに行っている。一方で、一部の面々は待ちに待った『断罪』を遂行するべく、闘技場に向かっていた。


 大襲撃事件のことを知っていそうな素振りをしながらも、沈黙を決めこみ、あろうことか逆切れして生徒を1人負傷させるという悪しき行為に及んだ生徒、エース・フォンバレン。


 その彼を、正式な手段では退学させることが出来なかったものの、運よく合法的に懲らしめることが出来る場となれば、そう言った生徒たちが待ち望んだ日であることには違いない。


 そして『懲らしめられる』側という位置づけになっているエースは、と言うと――





 闘技場からやや遠い、教師棟3階、校長室隣の物置部屋にて、のんびりと外を眺めていた。


 その視線の先で、ヒールとメールがくるくると舞っている。2匹が空を気持ちよく飛ぶさまを、授業のないエースは何を気にするでもなくずっと見ているのだった。


――なんか、眠い


 昼食を取ってからやや時間が空いているせいか、少しの眠気に襲われるエース。窓から少し離れた位置で見ているため落ちる心配はないのだが、椅子に反対向きに座っている状態なため、前に重心が乗ると倒れる可能性はある。


 上手く顔や重心を調整しながら、エースは穏やかな一時を過ごそうとしていた。


 が、それは、隣の部屋のパードレからの一言で、叶わぬ予定となってしまった。


「そんなにのんびりしていていいのか? お前、この後大立ち回りするんだろ?」


「ん、もうそんな時間なのか……」


 何もなければこのまましばらく昼寝でもしようかという程に、心地良い気候。秋真っただ中の空気の誘いを断って、エースは立ち上がった。


「ヒール、メール」


 窓際に立ったエースが、2匹を呼び寄せる。それからすぐに、2匹はエースの前に姿を現した。


「もし俺が『やべぇ!』って思っても、今日はすぐにすっ飛んできて転移させたりしないこと。分かったか?」


「「くるぅ!!」」


 エースの言葉に、ヒールとメールは了解代わりに元気よく鳴いて答えた。


 パードレが過去数回行った勝負には、少しの制限がある。


 観客席への攻撃やフィールドへの復帰妨害はもちろんのこと、明確に殺害に繋がる行為は禁じられている。毒物による行動阻害や殺害はその点において禁じられているため、行動阻害のための投げナイフは、その役割を半分取られている。その点は、確実にエースに有利に働く。



 殺傷能力の高い魔法は使用者に判断が委ねられているものの、被弾の際の状態によっては、レフェリーストップになることもある。『言葉で決着がつかないならフィールドの中できちんと向き合って戦え』という理念の元やっている、というのがパードレの話だった。


 そういう理念を考えると、ヒールとメールによる転移も使用できない状態にする必要があった。事象の特異性も相まって、使えば間違いなくエース自身が怪しまれる種を増やすことになる。故にエースは、ヒールとメールにもそのことを言い聞かせていたのだった。



「んじゃ、行ってくる」


「おう。レフェリーは生徒会の奴らに任せてあるから、俺は遅れていくぞ」


「了解です」


 そう言うと、エースは物置部屋の入口に置いていた袋を持って、闘技場へと向かった。



 教師棟の3階から闘技場へ向かうには、一度高校棟に戻る必要がある。教師棟にて3階から2階へ降り、そこから渡り廊下を伝って高校棟2階、高校棟でも階を降りて1階についた後、生徒玄関や事務室に向かう方向と同じ方向の、道途中に、繋がる道が存在する。


 魔導士育成学校の構造上やや面倒な経路になるが、それはもうしょうがないことなので、エースはかなり長い経路を1人で歩いていた。


 これほどに余裕をかましていると既に目の敵にしている相手の闘争心に火をつけて油を注いで、という状況になりかねないが、それで判断力が鈍るならそれもありか、と思ってしまう。


――割と人が向かってるな


 高校棟の2階まで来たエースは、何人もの生徒が階下へと降りていくのを目撃していた。それが3階から降りて階下へと向かっていく流れになっているのを見ると、高い確率で闘技場へと向かっている。



 今日の1コンテンツになっていることはなんとなくは分かっていたが、見世物になるのは、エースはあまり好きではない。だが今回は相応のメリットもあるだけに、何とも言い難い。


――上手く切り抜ければ、ほぼほぼ手を出されなくなるだろうな


 同学年ならば、一昨年の出来事の時点でエースの実力はだいたい分かっている。その当時よりもパワーアップした状態で、今回の勝負でもいい結果になれば、おそらくほぼ全ての生徒が、実力勝負になるのを避けるはずだ、というのがエースの見立てだった。


 勝負を挑まれればもう終わり。きちんと勝った上で、他の野次馬生徒にそう思わせることが出来れば、エースとしてはこれ以上ない最高の結果である。



 そしてその戦いの場である闘技場は、移動の末に目の前に見えていた。闘技場の玄関に人が少しいるのを見ると、それなりに人がいるのか、という推測が立てられる。



 その推測は、闘技場のエントランスが見えてきた辺りで、正誤が示されていた。


――いや人多くね……?


 中に入ると、既にたくさんの人が集まっていた。ここにいる全員が今からエースと戦うわけではないことは確実で、彼らが敵対している側か、中立の立場で見物に来ただけかのどちらかであることもほぼ確定。


 エースのことを応援する生徒など、両手で数えられればマシなくらいしかいない。そのことは最初から分かり切っており、たくさんの声援を望んだわけでは全くないが、流石にここまでアウェー寄りの状態だと、エースにも少しくらいの戸惑いは生まれていた。


 とはいえ、エースがこれからやるべきことは変わらない。


 ひとまず今日を無事に切り抜けて、明日以降の学校生活につなげる。それ以外のことは、勝ち取った後で考えればいい。エースはそのくらいの思いでいた。



 その数十秒後、背中側から声をかけられる。


「エース!」


 振り返ると、そこにはミストとセレシアがいた。


「ん、2人も来てたのか」


「そりゃあね。仮に授業があったとしても、流石に手がつかないよ」


「それもそうか」


 ミストの言葉に、エースは少し笑いながら返す。仮に逆の立場だったとしたら、おそらく自分も、今のミストの言葉通りに、授業が手につかずに見に来ようとしただろう。


 そんな可能性は、物凄く低いことではあるのだが。


「本当はフローラも連れてきたかったんだけど、授業あったから無理だった。ごめんね」


「それはしょうがないかな」


 おそらくは周囲に配慮して、小声で話すセレシア。少し近づいて、上目づかいで話されるそれに、エースも同じく小声で返していた。


 応援とはまではいかなくとも、見守っていて欲しい、という思いは、なくはない。だが、授業を抜けてまでその思いを叶えてほしい、というほど強いものではなかった。


「まぁ、こんなとこで立ち話もあれだし、行くか」


「そうだね」


 自身の言葉に対するミストの同意も得て、エースは会話のために止めた足を再び動かした。



 だが、その行き先は、控室及びフィールドに続く道がある下ではなく、観客席のある上だった。まるでそれが当然かのように動くエースを見て、後ろをついていく形で歩いていたミストとセレシアは一度止まる。


「フォンバレンくん、そっちは観客席だよ?」


「下じゃないのかい?」


「いいんだよ上で」


 エースは自身の行動の意図を説明せずに、迷いなく先に進む。そんなエースの姿を見て、ミストとセレシアは困惑しながらもついていくしかなかった。


 周囲の生徒も、エースが違う方向に向かうのを見て、ある者は困惑し、あるものは少し笑っていた。


 そんな声を全て無視して、エースは観客席に向かうと、その中段辺りに腰を下ろした。


――まぁ、そりゃ驚くわな


 既に席に座っていた周囲の生徒も、エントランスにいた生徒と同じような反応をする。それを気にすることなく、エースは袋から出した靴を、今履いているものと交換していた。


「上に来るとは思わんだろうな、普通」


「あたしたちも驚いてるんだけど、どうしてこっちに来たの?」


 席に座っているエースを見下ろす形で、セレシアがそう問いかける。


 エースは、靴紐を結びながら、その言葉に反応していた。


「別に大したことじゃないんだけど、ここだと言いにくいから後でいい?」


「まぁ、僕らは構わないけど」


「うん。別に今じゃなくても、分かったらいいかな」


「助かる。先に話せと言われればそうなんだけど、ここじゃ話しにくいんでな……」


 不思議そうにはしているものの、問題ないというミストとセレシアにエースはそう答えていた。


 エースはそれを聞いた後、靴紐を結び終わると立ち上がった。


「よし、じゃあ行ってくる」


「頑張ってね」


「全員分からせてやりなよ」


「任せろ」


 そう言うと、エースはセレシアとミストの見送りを背にしつつ観客席の最前列へと歩いて行く。入口から最前列までは下り坂のようになっているが、最も低い最前列でも土のフィールド部分を見下ろせるほどには高さがある。


 エースは、そこにある転落防止用にある壁につけられた手すりに足をかけると、そこから氷の階段を生成し、それを伝って土の部分に降りていった。


 あまりにも目立つその登場に、観客席はどよめく。それを全く気にせず、エースは目の前にいる男子生徒――ジウェル・ビアノートに目を向けていた。


「来たはいいけど……何、最初の相手はお前?」


「いえ。僕はあくまでも連絡役です。この後引っ込んで、戦ってくれる仲間とバトンタッチです」


「なるほど」


 おそらく、この場に見えていない生徒が何人もおり、後ろに控えている。


 彼らを全員倒せば、エースの勝ち。途中で倒れてしまえば、向こうの勝ち。


 分かりやすい勝利条件を備えたその勝負の鍵は、エースの体力と気力がいつまで持ち、正常な判断が出来るか。


 負けられないからこそ、冷静になる必要がある。


「これから君は連戦にはなりますけど、1日で、っていうのはそっちの提示なのでね」


「そうだな。今更文句はねぇよ」


「なら問題ありませんね。じゃあ、僕は引っ込みます」


 ジウェルが引っ込み、代わりに出てきたのは見知らぬ生徒だった。炎がちらついているあたり、確実に炎属性使いだろう。


 氷属性には炎属性を。間違いではないその選択を、エースは浅いと感じた。


 この学年なら、属性間の有利不利などほとんどの生徒が分かっている。それでも勝てるとふんだのか、あるいは、弱点属性への対処を見るという、小手調べ的な発想か。


 エースにとっては、どちらでもいい話だった。



 エースと相手生徒は、お互いに少し距離を取る。それを見たレフェリー役の女子生徒が、口を開いた。


「では、サウゼル魔導士育成学校生徒会の判断の元、正式な勝負を始めます」


 そう言ったレフェリー役の女子生徒がフィールドの端まで下がると、相手生徒は炎魔法を構えた。


 エースはそこに、なんのためらいもなく突っ込んでいった。


 無数に狙い打たれる炎を、エースは時折壁を作って防ぎ、その壁を踏み台にしながら相手に近づいていく。数当たれば怯むとでも思っているのだろう攻撃を、ギリギリのところで回避していく。



 炎魔法の相手ならば、エースはこれまでに幾度も行っている。そしてそのほとんどが遠距離での攻撃を得意としているのであれば、定石はただ1つ。


 相手の準備よりも早く動ける位置まで、エースが動けばいい。


 遠距離をメインで戦うのであれば、近距離相手の場合、有効射程に入れることは負けに等しい。多くの魔導士がそうであり、目の前の生徒もそうであった。


 炎属性には防御に転用できる魔法がなく、身を守ろうとすると大抵のものは自分自身も被害を受けるために使えない。故にそもそも有効距離に入れないことが炎魔法使いの大前提であり、そのための手は十分に打つべきである。



 おそらくは、この生徒も、今出来る限りのことをしている。


 だが、その相手が、あまりにも悪すぎた。エースが最も得意とする近距離攻撃が届く範囲へ、その体は既に入っている。


 次の瞬間、エースの拳が、その胴体に突き刺さる。みぞおち付近への強烈な拳は、相手の動きを止めるには十分だった。


 もう一撃、左の拳が相手の右側面から刺さると、その生徒は迷いなく地に伏した。


 狂いも躊躇いもなく急所へと叩き込まれた拳は、たったの2発で、1人の生徒を戦闘不能にさせていた。


 エースは、その1人目を見下ろしながら、手の汚れを払うような仕草を見せていた。


「で、次は?」


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