第16話 その進路に揺れはなく



 手紙と感謝の思いを丁寧に持ち帰った翌週始めの登校日。


 エースは久々に、1人ではない登校をしていた。


「こうして一緒に登校するの、いつぶりだっけな……」


「さぁ? 前がいつかだったなんて、僕も覚えてないや」


 エースのしみじみとした語りを吹き飛ばすかのように、横を歩くミストがあっけらかんとした口調で返す。


「なんかあっさりしてんな……」


「せっかくいつもの調子に戻ったんだから、もう労りモードは終わりだよ」


「いやまぁそれは別にいいんだが……もうちょいあれやこれやねぇの?」


 あまりにもあっさりとした物言いに、エースは少しの驚きと共に言い返す。


 気が滅入っている間は言わず、終わってから言われるものだと思っていたエースからしてみれば、何もないのは拍子抜けであった。


 だが、言い返されたミストの方は、全く違う考えをしているようだった。


「エースの中で落としどころが見つかったのなら、それは僕にとっても終わったことだよ。言いたいことはきっと2人が言ってくれただろうし、僕は家族としていつも通りを提供するだけさ」


「そりゃどーも」


 少しばかり呆れた物言いをしたものの、エースにとってはそれがありがたいことだった。


 過ぎたことに変にこだわらず、それでおいてさり気ない程度にフォローはする。今の自分にとって『変わらない』ことがどれだけ大事で、大切かを考えると、弟の気遣いはやはり嬉しかった。



「にしても、気づけばすっかり秋だな……」


 通学路の右手に並ぶ木々を見て、エースがそう口にする。


「そうだね。これから、どんどんと寒くなっていくよ」


「今年も俺は寒さ標かな……」


「今年も頼むよ――と言いたいところだけど、今年はもう既にヒールとメールがいるから、早めにしないといけないかもね」


「それもそうだな」


 冬が近づくと、エースが寒いと感じ始める頃に本格的な冬支度が始めるフォンバレン家。昨年のこの時期までは2人で過ごしていた場所も、昨年の冬始めからヒールとメールが加わったこともあり、寒さが若干苦手な2匹のために、気持ち早めにする必要がある。


「話も出たし、忘れないうちに買っておこうかなぁ」


「俺授業ないし外出るから行ってこようか?」


「ん、ああ、エースはレスタの街に行くんだっけ」


「そ。しくじってちょっと長めに会えなかったからな」


「しくじった……まぁ、エースにしてみれば、確かにそうかもね」


 感謝の言葉をフローラが口にする、そのきっかけとなった出来事ではある。そういう点では良かったのかもしれないが、それ以外に残ってしまっている悔恨がある。


 そして何より、守れなかった約束がある。そう考えた時に、『しくじった』という表現になるのは、エースの中では当たり前のことだった。


「あっち行ったらひたすら謝り倒すかな」


「ひたすら謝るエース、それはそれで見てみたいかもしれない」


「俺がお前に見せたくないわ。で、どっちなんだ結局」


「何が?」


「冬の準備」


「んーまだいいかな。荷物増やすだろうし」


 冗談交じりの言葉に、少しコメディチックなやりとり。


 そんな、会話にも戻ってきた『いつも通り』は、エースとミストが学校の敷地内に入り、生徒玄関を経由して教室にたどり着くまでの道にも存在していた。


 向けられる敵意の視線。中身の聞こえないひそひそ話。大襲撃事件以降続くそれらは、全く気持ちいいものではないが、ある意味では『いつも通り』だった。


 だが、エースの反応はこれまでと様変わりし、この日はそれらを気にすることなく歩いていた。教室まで上がっても一部の生徒が決してよくはない感情を目線に乗せて向けてくる。それすらもエースは意に介さず、自分の席へと歩いて行った。


 その道中終盤、自席正面右の位置の席に座るセレシアから、久々に挨拶をかけられる。


「あ、おはよー」


「はよっす」


 エースが挨拶を返すと、セレシアが少し嬉しそうな表情でエースを見る。


「何だよ」


「いや、ちゃんと戻ったなーって」


「まぁな」


 周囲に他の生徒がいるためか、セレシアとエースのやりとりは小さく、そして言葉はかなり欠落している。だがそれでも、口にされなかった部分含め、内容はセレシアにしっかりと伝わっていたようだった。


 事情を知る面々の中では、立場的には一番遠くはあるが、セレシアにも色々と迷惑をかけたことには違いない。もしかするとあまり気にしていないのかもしれないが、いつかは埋め合わせをしないとな、とエースは考えていた。


 そのセレシアが座る席の横――エースから見て1つ前の席は、今日は空席だった。おそらくは、今頃レスタの街に向かっているのだろうか。


 あの感謝の言葉の後、エースはフローラとはほとんど言葉を交わしていない。


 彼女のことを嫌いになったわけでは決してない。今までも、今も、そしてきっとこれからも、エースは彼女のことを好きでい続ける。


 だが今は、話したい、という思いはいい意味で少し薄れていた。機会があればよく、無理ならばそれほどに求めないくらいの、事件前の自然体に戻ったような、そんな感じだった。


 それは、エースが欲しかった言葉を、全てが望んだ形ではないにせよ、フローラが発してくれたからであることには違いない。心の隙間が塞がった今は何を気負うでもなく、いつも通りと自信を持って言えるほどになっていた。



 そんなふんわりとした思考に、沈みかけていた時。


「やぁ、エース・フォンバレン」


「どーも」


 自身を呼ぶ声に、エースは少し捨て吐くように反応する。


 フルネームで呼ばれるときは、エースはあまりいい気はしない。そのほとんどが、厄介事がすり寄ってきた時に発せられるからだった。


「あなたが受けた勝負の人数と日程を、取りまとめてきましたよ」


「そりゃあお疲れ様」


「退学処分を求めての勝負です。かなりの人数が集まったが故に、長期にわたる勝負にはなりますが」


 渡された数枚の紙に記された中身を見て、エースは愚痴を零す。


「多いなぁ……」


 署名の人数からするとかなり減っているが、仮に毎日1人か2人ずつ戦ったとしても丸1ヵ月はかかる計算になる。平日の間のどこかにでも勝負の時間をはめられてしまえば、平日の自由度は下がるだろう。


 流石に二つ返事で了承することは難しい、というのがエースの第一印象だった。それはエースの横から覗いていた2人も、由来となる感情こそ違えど、その中身にいい反応は示していなかった。


「正気とは思えない」


「こんなに一方的な勝負にしてまで……」


「むしろ、闇討ちや衝動的な戦いにしなかっただけマシだと思いますけどね」


 横から覗き込むミストとセレシアの感想に、ジウェルが一言添える。


 その言い分に対しては、エースもどちらかというと肯定よりの考えだった。衝動に任せての行動にならなかったのは、おそらくはあちら側に律している人間が少なからずいるからだろう。

 

 とはいえ、全てを理解できたわけではなかった。生じた疑問を、素直にぶつける。


「2つ、質問していいか?」


「ええ、どうぞ」


「1つ。これだけ日程空いてるのに、金曜日ばっかなのは何で?」


「みんな週の終わりの方がいいようです。本当は全員したかったようですけど、話し合ってバラけさせました」


「なるほどな」


 その発想は、エースにも何となくは共感できた。


 疲れるイベントを週の初めに持ってくるのは中々に辛いところがある。金曜日にまとまるのであれば、エースにとっても都合がいい。


「んでもう1つ。本当に、退学処分を求めて日程組んだのか?」


「そうですが、何か不可解な点でも?」


 ジウェルは、エースの問いに首を傾げていた。


 もう一度、エースは紙に記された日程と、戦う人数の配分を見つめ直す。


 日程こそ長いものの、2日おきに1人か2人と戦う、というのは、エースからすると8割くらいは負けない自信があった。残りも『どちらに転ぶだろうか』くらいで考えており、負ける心配というのは、はっきり言ってほとんどなかった。


 それを、『これなら対等』と言われて出されたのは、正直なところ少し心外であり、拍子抜けした部分もあった。


「まぁあんたにしか聞けないから聞くんだけど、この日程の組み方で、そっちと俺で勝ち負け五分五分、もしくはそっち有利だと思ってる感じか?」


「僕はあくまで伝達役なので細かいところは分かりませんが、戦いに参加する面々はほぼほぼそうと聞いています。ごく少数と、参加しないけど署名に名前書いた面々は、ちょっと渋っていたと聞きますけど」


「なるほどな……」


 ジウェルから聞いた話で推測するならば、おそらく参加しない面々のほとんどは『エースと戦ったことがある』もしくは『エースの戦闘シーンを見たことがある』のどちらかだろうと、エースは思っていた。


 口にするとただの傲慢なので基本は言わないのだが、エースは戦闘面における自分の評価は割と高めに見ている。自己評価が基本低いエースがそう見るのは、外からの評価も相応に高いからだった。


 それを知らない面々も、校内にはかなりいる。


「んじゃまぁ、このペースで連戦させられたくらいで、どっかで望み通り勝ちを得られると、そう踏んでいるわけだ」


「何が言いたいのです」


「こんなに長い間、そっちサイドに時間を割いてもらう必要もない、とでも言おうかな」


「今更勝負を捨てると言うのですか?」


「いんや? そんな気はさらさらない。ただ、時間かけてやるほどのものでもないだろう」


 エースの言いたいことが分からず、ジウェルは訝しげにエースを見る。


 そんな彼に、エースは真っ向から言葉を突き付けた。


「みんな金曜がいいなら、今週末の金曜1日だけくれれば、そこで文句があるやつ全員、順番に相手する。そっちの方が、何日も気にしなくていいだろ」


 その言葉に、話に加わっていた面々だけではなく、教室中がエースに視線を向ける。


「しょ、正気ですか!?」


「生徒が頑張っている中でたった1人逃げたって言われてる人間だぞ? 普通の判断すると思ってるなら、もうそこで計算違いだ」


 ジウェルの驚きの言葉に、エースはこれまでの扱いを含めた皮肉で返した。


「文句なけりゃ、金曜の昼から相手する。平日が嫌なら、土曜でもいい。こっちが有利というわけでもないし、少し間が開くし、問題ないだろ?」


 明らかに違う物言いに、もう言葉が出ないようだった。


「分かりました。全員にそう伝えてきます」


 前に会った時には敵意も好意もなかったジウェルも、今回ばかりはなめられていると思ったのか少し不快そうに言葉を吐く。そして、エースに渡していた紙を奪い取っていくと、そのまま去っていった。


 その後も、教室の中にいる生徒からの視線を受けるエースに、ミストとセレシアが心配そうな表情を向ける。


「エース、本気かい?」


「フォンバレンくん、本当に大丈夫……?」


「ああ。大丈夫だよ」


 確かに人数こそ多いものの、相手が人数を揃えてくるだけならば勝機があるとエースは考えていた。


「まぁ、本当の意味でまともにやりあうだろうし、油断は出来ないけど」



 そう言うエースの視線は、どこか遠いところを見ていた。


 それは、少し前までのエースとは全く違う、はっきりとした見据え方だった。




 エースにとっての大一番が、動き始める。


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