第20話 切られた札は戻せない



「どう……いう……こと……?」


 突如その場に現れたゼロ。


 エースと瓜二つのその姿は、敵側の情報を一切持たないフローラにとってあまりにも衝撃的だったのか、彼女の目を見開かせ、発する言葉を途切れ途切れにさせていた。


 そんな反応を目の当たりにしながらも、ゼロは特に表情を変えることもなく、言葉を淡々と吐き出すだけだった。


「ヒールとメールの力を石を持たずに使うことがあれば、こんなことはあり得るんだよな。もちろんランダムだし、かなり博打には近いけども」


 その言葉の数秒後、氷の礫がゼロを襲う。狙われたゼロは、慌てる様子を一切見せることなく、薄い壁を生成してしのいでいた。


 その氷の礫を放った人物――エースは、難なく防がれたことに対する悔しさ故か顔を歪めていた。


「そう逸るなよ。エース・フォンバレンの遠距離攻撃なんて数撃たないと当たらんだろうに」


「うるせぇ偽物」


「今更俺を偽物扱いしたところで、お前以外は状況を飲み込めてない以上、お前だけが急いでるようにしか見えないぞ」


 ゼロの発言に、間違いはほとんどない。故に、エースは反撃が出来ず、顔の歪みは戻ることはなかった。


「君は……」


「この時間軸とは別の時間軸から来た、エース・フォンバレン。まぁ分かりにくいから、ゼロとでも呼んでくれ」


 戦場にいるとは思えない程に、ゼロは気さくな語りを見せる。


 しかし問いを投げたフローラは、ゼロがエースと同じ人物であるとはっきり分かったことで、むしろ訳が分からなくなっていたようだった。次の問いどころか言葉自体が出せない中、ゼロが次の言葉を口にする。


「この戦艦による学校の襲撃と、昨年から続くローブ姿の男たちの一連の騒動。それらは全部、繋がっている――なんていきなり言えば驚くか?」


「えっ……」


 ゼロがいきなり口にした言葉に、フローラの表情が驚きに染まる。


 ゼロは、その反応に満足したのか、さらに言葉を続けた。


「何故エースを襲撃しているのに殺していないのか。何故敵はエースをこの場所に誘いこむ必要があったのか。それらを、不思議に思わないか?」


 それらはフローラが確かに感じた、疑問の数々。改めてゼロから語られたそれに、敵前であることを忘れて、フローラは考えこむ素振りを見せる。


「ごちゃごちゃと……!!」


 一方でエースは、フローラを納得させようと語りかけているゼロの言葉を遮るべく、氷塊を発射していた。中身を聞かせないために放たれているようなそれを、ゼロは再び氷壁を張って防いでいた。


「まぁ落ち着けよ。さっさと倒したい気持ちは分かるけどな。こうして謎が分かるのであれば、敵側の事情全てを聞く意味はあるだろう?」


「うるせぇ。フローラの同情を誘って惑わせようとしてるんだろうが」


「惑わす? 何を? 敵側の事情を知ったところで、倒す敵であることに変わりはないはずだ」


 正論を並べ立て、余裕たっぷりの態度を見せるゼロ。そんな彼にイラついたのか、エースが動き出す素振りを見せる。


「待って!」


 そんなエースの腕を、フローラが掴んで止める。その行動に、エースは驚いた様子でフローラに視線を向けていた。


「相手が教えてくれるなら、私は聞いてみた方がいいと思う。何故君が生かされたのかも、分かるかもしれないから……」


 ゼロの言い分を肯定する言葉をフローラに言われてしまえば、エースは次の攻撃の準備を取り下げるしかない。悔しさのあまり皺が刻み込まれたままの表情は、ゼロの余裕ある態度とは正反対だった。


「まぁ仮に攻撃してきたところで、またすぐに復活するんだがな。この体は実体のようで、そうでない、ちょっと特殊な体だから。こんな感じに」


 言葉と共に、ゼロの姿が瞬時に消える。そして驚く間もなく、ゼロは同じ場所に現れる。


 そして、驚きの表情のままであるフローラと、怒りの表情のままでいるエースの方に向き直り、自ら止めた語りの続きを始めた。


「俺の実体は、あの中央に伸びる柱の中にある。この戦艦も俺の体を贄にして動いているわけだから、本当の意味で俺を殺せば止まるが……今こうしてここにいる俺を倒しても、まぁ意味はないな」


「そんな……」


 ゼロの言葉を聞いて、フローラが絶望的な表情を見せる。その横では、怒りか何かでエースが震え始めていた。


 その有様を見ても雰囲気も、語りも変えることなく、ゼロはまた口を開く。


「そんな俺が、エース・フォンバレンを生かしておいた理由。それは、『エース・フォンバレンの体が必要』だったからだ」


 ゼロの語りは、どこか芝居がかっていた。計画を明かすことを気に留めることもなく、ただ音として放っているようだった。


「ダメージは与えても殺さなかったのは、生け捕った後にこの時間軸のエース・フォンバレンの体を難なく乗っ取り、気づかれないうちに入れ替わる必要があった。そしてエースが生きている状態で、いつもの面々から引き離すこともしなければならなかった。この戦艦による学校の襲撃は、目的達成のための手段に過ぎない」


「えっ……!!?」


「だからこの襲撃で、エアード以外は誰も殺されてないだろう?」


 ゼロの口から語られる恐ろしい計画と、それを裏付ける言葉に、フローラが今日何度目かも分からない驚きの声をあげる。


 学校を襲撃し、多くの生徒に傷を負わせることですらも、エースを引き離して孤立させるためにしていたことであり、必要ではなかった、という事実の恐ろしさに、背筋が寒くなっていく。


「じゃあ……始めから、私たちがここに乗り込んでくることも計画に入れて……」


「ふむ……」


 フローラの聞き返した言葉に、これまで語ることを止めなかったゼロの口から、急に言葉が発せられなくなる。いつの間にか、身に纏わせていた余裕のある態度ではなく、いつものエースに近いような考える仕草をしていた。


 口元に手を当て、少しだけ首を傾げるゼロの様子に、フローラが少し戸惑いを見せる。


「いや、エース・フォンバレン以外の面々が同時にここに乗り込んでくるのは……流石に想定外だろうな」


 数秒おいて口にされたゼロの言葉は、何故か他人のように語られていた。どこか芝居がかった口調は消え、これまたいつものエースに近い口調になる。


「想定外……だろう?」


 それまでの断定口調ではなく、推定の口調となったことに対して、フローラが首を傾げる。


「ああ」


 ゼロはフローラの問い返しを肯定した後で、視線をエースに向ける。


 そして、次の瞬間に、衝撃的な言葉を言い放った。





「そうだろう、ゼロ。みんなが来ることは、完全な誤算だったんじゃないか?」


 ゼロ自身が、エースに向けて己の名前を口にする。


 戸惑い続きの中、誰も言葉を発しないまま、ゼロが口を開く。


「話を聞いてもらうために演じるのも疲れてきたし、そろそろ種明かしをしておこうか。そこにいるエース・フォンバレンと、ここにいるゼロ。その精神は、フローラたちが来る前の戦闘で既に入れ替えられている。言ってしまえば、俺がエースで、そこにいるのがゼロだ」


「えっ!?」


 エースと同じ姿をしたゼロの存在を知った時に、フローラが感じた驚き。


 それと同じかそれ以上に衝撃の事実を知り、今この場に響いた驚きの声は、この場でのやりとりの中で最も強く出されていた。


 そうして、驚きを手放せなくなったフローラと、顔を歪めたままのエースを前にして、ゼロは言葉を続ける。


「正確な理由は知り得ないが、エースとゼロの精神を入れ替え、再びエース・フォンバレンとして生きることをしたかったんだろう。ただしそうするためには、ゼロの肉体に宿ったエース・フォンバレンが復活する前にこの場所を完全に破壊して、全てが明るみに出る前に事を終わらせることまでが必須だった。だから、この場所へとなるべくたどり着く必要があって、ゼロは急いでいた……そんなとこだろうな」


 いつものエースと同じ口調で語られたのは、ゼロの計画の根幹の部分。そして、エースが急いでいた真の理由。


 それを知ったフローラが、恐る恐る隣のエースへと声を向ける。


「本当……なの……?」


 問われたエースは、今にも血が出そうなほど強い力で拳を握っており、フローラの問いには答えなかった。


 その代わりにエースの言葉は、ゼロの方へと向けられる。


「ならお前は、俺がエースではなくゼロだという証拠を持っているのか? それもないのに、騙そうったって無駄だ」


「そうだな……。何言っても嘘認定されそうだけど……強いて言うなら、その行動だな」


「行動……だと?」


 ゼロの言葉に、エースが少しだけ面食らったような様子を見せる。


「エース・フォンバレンは絶対に、理由なしに動きはしない。あと、第三者がいるかもしれない場所で、絶対にスプリンコートさんのことを名前で呼ばない。まぁさっき焦って呼んだけど」


「出まかせを……!」


「でも、スプリンコートさんは信じるだろ。そっちの方が、いつも見ているエース・フォンバレンと合致するから」


 ゼロの言葉を聞いて、エースがフローラの方に視線を向ける。


 その先で、フローラは明らかにまごついていた。この場に示されたどの言葉が真で、どの言葉が偽か、その判断がつかなくなっているようだった。


「フローラ、騙されちゃダメだ。あいつが俺と同じなら、それっぽいことを言って言いくるめようとしてる可能性だってある!」


 そんな言葉をかけても、フローラはまごついたままだった。エースからの言葉では、もうフローラは動かせないようだった。


「ならお前は、数日前にスプリンコートさんと交わした約束を覚えているか? いつもの場所――教師棟最上階、校長室の隣の物置部屋で、交わした約束を」


 ゼロの真剣な表情での問いに、エースは答えられないのか言葉に詰まる。それを見たゼロが、自身の言葉に対する答えを続けた。


「『必ず君の頑張りに応える。君が頑張った分を、俺も頑張るから』――まだ一週間も経ってないぞ?」


 ゼロの口から出た約束の言葉に、フローラはまごつきを止めて、ゼロの方を信じられない様子で見ていた。それを見たゼロは、少し安心した様子でさらに言葉を続けた。


「この体は、消費した魔力量に応じて耐久度が変わる。少しの傷で消えるようだと動きにくいんでな、さっきありったけの魔力を使わせてもらったよ。親切なことに、戦艦の方がそれを教えてくれたからさ」


 そう言うと、ゼロの拳が氷の手甲に覆われる。そして、どこか余裕のあった表情も、真剣な表情へと変わっていた。


「俺も、お前も、『エース・フォンバレンとして生きる未来が欲しい』ことに変わりはない。でもこの時間軸でそう出来るのは1人しかいない。だからここで、俺はお前の企みを終わらせる」


 ゼロの言葉で彼が戦闘態勢に入ったのを感じ取ったのか、エースの両手には氷の二刀が握られる。


「フローラ、下がってろ」


 エースの言葉を聞いたフローラは、言葉通りにその場を少し離れた。


 そしてエースとゼロは、お互いがもう引けないと確信し、身構える。二人はにらみ合い、そして――


「ふっ……!!」


 先に動いたのはエースだった。二刀を構えて勢いよく突っ込んでいく姿を、ゼロはその拳を構えて受け入れる。


 氷の刃を、氷の手甲が受け止める。ぶつかり合う衝撃が、互いの得物へと伝わる。


「「ぐっ……!!」」


 2人の口から漏れたのは、受け止めた衝撃に歯を食いしばってこらえる、同じ声。根本を同じとした2人が、自分自身の肉体に対して互いにぶつかりあう様。


 膠着状態は長くは続かず、お互いに後ろへと下がる。そこから相手の隙を狙うように、また剣と拳がぶつかる。


 しかし二度目のぶつかり合いは、エースがやや振り回されたようにバランスを少し崩し、反対にゼロは反応がよりギリギリとなって押し込められるという展開になる。


「「ちっ……」」


 またもや同じ反応で、エースとゼロは立ち位置を入れ替える。根本が同じとは言えども違う道のりを歩んできた体は、いつもの体と感覚が違うようで、その違いの差にお互いが少しだけ弄ばれていた。


 それでも、目の前には倒さなければならない相手がいる。少し体に遊ばれたくらいでは、エースもゼロも止まりはしなかった。


 三度目のぶつかり合いが、お互いの得物を再び真っ正面からぶつからせる。エースは剣を、ゼロは拳を以て、相手の得物を破壊しようとしていた。


 先に得物へと影響があったのは、エースの方だった。刀身の部分にヒビが入ったことを音と感触で悟ると、壊れることを承知でゼロへと体当たり気味に攻撃を行っていた。


 それを受けたゼロは後方に少しよろめくが、すぐに踏ん張り直して、得物が壊れたエースへと左アッパーを叩き込む。受け止める体勢が整えられていなかったエースは後方へと吹き飛ばされ、始めての有効打が2人の勝負に生まれる。


 しかしエースも反撃すべく、飛ばされながらも隙を埋めるべく氷塊を放つ。その氷塊をゼロが避けている間に、ゼロと同じ氷の手甲を纏って突っ込んでいく。


 氷塊をどうにか避けた後のゼロは、こちらへと向かってくるエースの姿を見て防御態勢を取る。その手甲に同じ氷の手甲がぶつかると、こちらも少しひび割れるような音が発せられた。


「くぅっ……!!」


 速度でほんの少し勝っているエースの連打を、ゼロは反射的に防御していく。手甲の耐久力を削られていく中で、相手の小さな隙を狙えるようにするためか、体勢を崩されることなく迎え撃っていた。


 エースが放つ拳はひたすらに小さな連打を繰り返していたが、大きな変化を欲しがったのか、一撃だけ右ストレートが構えられ、そして放たれる。ゼロがそこを狙って、左拳によるクロスカウンターを決めにいく。エースの速度を、ゼロの技術が上回る。


 だがゼロの手甲はもう形を成しておらず、手袋に覆われただけの拳がエースへと突き刺さる。お互いに痛みを感じる中で、ゼロが己の得物を切り替え、氷のトンファーを両手に持っていた。


 二つ目の有効打となる拳を受けて少し怯んだエースへと、今度はゼロの連打攻撃が放たれる。先ほどの自身と同じように小さくまとめられたゼロの連撃の数々を、エースはしっかりと受け止める。


 息つくことすら忘れそうな攻防は、お互いの体力を削っていく。エースもゼロも、少しずつだが確実に、疲労が身体に溜まっていく。


 先に速度が緩んだのはゼロの方だった。連撃の速度が緩んだゼロへと、これまでのお返しと言わんばかりのエースの右アッパーが放たれる。


「がはっ……!!」


 胴体へと突き刺さると同時に、その激痛に耐えきれなかったゼロの声が漏れる。この戦い三発目の有効打が、これまでの2発以上に勝負を左右しようとしていた。


 しかし、ゼロもずっと苦痛に呻いているわけではなかった。エースが二発目を狙おうとしている予備動作に入っている中で、崩れた体勢からの体当たりを放つ。


 予想外の行動にエースも攻撃をもらう他なく、体当たりを食らったエースは後ろに引いた。そして出来上がった物理的な距離を前に、エースとゼロは膝をついた。


 短い時間とは言えど、決死の攻防は、お互いの体力と気力を削っていたようだった。


「さっさと倒れろよ……!!」


「そりゃこっちの話だ……!!」


 お互いに、相手への文句を零す。その視線の先には、倒さなくてはならない敵がいる。


 2人の勝負を見守ることしか出来ずにいるフローラと、宙に浮いているヒールとメールの存在。それらを完全に、意識の外に出していた。


「「はあああああああっ!!」」


 三度目の同じ言葉は、おそらくはこれで終わらせるという、二人の決意だった。


 エースとゼロが目の前のお互いへとぶつかり合っていく。手甲に覆われた拳と、トンファーを握った拳がぶつかり合い、その衝撃にお互いが顔をしかめる。


 その衝撃によって、先に行動が鈍ったのはゼロだった。ぶつかった右拳からトンファーを放り出してしまい、挙句の果てには足元が疲労で崩れる。


 ゼロの体勢が崩れたのを見つつ、エースがぶつかり合って痺れた左拳を引き戻す。その口元には、勝ちを確信したのか笑みが浮かんでいた。


「じゃあな」


 確実なフィニッシュブローを構えたエースが、言葉の後に、隙だらけのゼロへとその右拳を放つ。


 向かう先の、踏ん張りが効かなくなったような体勢を見せているゼロの口元には、エースと同じような笑みが浮かんでいた。


「可能性は、最後まで頭に入れとけ」


 そう言うゼロの右拳からは、淡い水色の光が発せられていた。


 言葉と姿で、エースは瞬間的にゼロの言葉を確かに理解した。だがしかし、その時にはもう己の拳を打ち出していた。


 驚きすらも間に合わない中、エースの一撃を左のトンファーで受け止めたゼロが、右の拳を放つ。速度はこれまでのどの拳よりも遅かったそれは、決めにかかったエースの体へと、吸い込まれるように当たっていた。



 すると、眩い光が突然発生し、この場にいる全員の視界を襲う。エースとゼロ以外の面々は反射的に目を覆った後、瞼越しに感じられる光の感覚がなくなるまで視覚を遮断していた。



 数秒後、光の刺激が弱まり、目を開けた一行の視界にあったのは、先ほどまでゼロとエースがやりあっていた場所に、一人倒れているエースの姿だった。


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