第18話 少女たちのレゾナンス
エースが待っているであろう、赤銅色の戦艦へと向かう途中。ヴォリッツの背中に乗っているフローラが、口を開いた。
「そう言えば……スプラヴィーンくん、一つ、聞きたいことがあるんだけど……」
「どうしたんだい?」
「フォンバレンくんとスプラヴィーンくんが使う共鳴って、どういう能力なの?」
「あ、それあたしも興味ある」
フローラが持ち出した話題に、好奇心をくすぐられたのかセレシアが乗っかる。
解答を求められている側のミストは、特に何かを思うこともなく話し出した。
「共鳴はね……簡単に言うと僕とエースの魔力を混ぜこぜにするのさ。そうして、1人の人間が2種類の魔力を持つようにする、っていうのが、共鳴の主な役割だよ」
「1人の人間に魔力が2種類……って、そんなこと出来るものなの?」
「現に出来てるし、単純に知られていないだけじゃないかな。そんなこと試す人そういないだろうし、出来たとして普通じゃないから、誰かに話すこともない」
「そっか。確かに、普通の状態じゃないよね」
ミストの言葉で、フローラは共鳴が知られていない理由に納得する。
通常、1人が使える魔法の属性は1つ。マジックペーパーによって他属性の魔法を使うことは出来るが、それには前段階の準備が必要になる上に、1回の詠唱に魔法陣の書かれたマジックペーパーを1枚消費するため、連発することは難しい。
「じゃあ、スプラヴィーンくんたちはどこで知ったの?」
「僕らは昔、たまたま知ったんだ。受け渡した後の魔力ってどうなるんだろう……って僕が疑問に思って、エースと2人で試したら偶然出ることに気づいた」
「そんなに偶然知れるものなんだ……」
エースとミストの切り札のような技術でもある共鳴。その出自はただの疑問の試行結果によるものだと知り、セレシアとフローラは少し驚いているようだった。
「でも、なんでそんなことが起こるんだろう?」
「これは、僕らの推測なんだけど……僕とエースは双子だから、魔力の質もとてもよく似ている。魔力が共存するのも、元々同質のものを混ぜているからだと考えている」
「じゃあ、あたしとフローラでも、同じことが起こりえるわけ?」
「可能性としてはあるんじゃないかな。でも、魔力があっても知識がないと魔法は使えないわけだし、知ったところで、って話ではある」
「まぁ、そりゃそうだよね……」
「ただ、僕らもお互いの魔法を全部使えるわけじゃないからね。僕は氷属性の氷を飛ばす系統の魔法しか使わないし、エースも風属性の速度強化系の魔法しか使わないんだけど、お互いの戦闘スタイルを活かす分だけが使えれば十分なんだよ」
共鳴がもたらすものの実態を知り、質問を投げていたセレシアがちょっと残念そうに話す。そこに、ミストがフォローする形で言葉を添えていた。
そして今度は、フローラから何度目かの質問が飛んでくる。
「スプラヴィーンくん。その共鳴を使うとして、大事なことって何かあるの?」
「お互いの呼吸と、魔力の波長をしっかり合わせること。今でこそ僕らはすぐに出来るけど、最初の頃は成功率も高くなかったよ」
「そっか……」
「まぁでも、2人なら成功するんじゃないかな」
そんな風にやりとりを交わしている間に、赤銅色の物体が見えてくる。次第にその大きさに比例して存在感を増していくそれに、3人の表情は引き締まる。
程なくして、甲板上の様子が見えてくる。
そこには、エースが倒れ込んでいる様子と、その上でふわふわと浮いているヒールとメールの姿があった。
「フォンバレンくん!!」
ヴォリッツの背中を降りるなり、全員がすぐに駆け出す。エースの傍まで最初にたどり着いたフローラが、その肩をゆすった。
「フォンバレンくん! しっかりして!!」
フローラの呼びかけに対して、エースはまるで寝起きかのように、鈍い反応を見せる。
「ん……?」
その両瞼がゆっくりと開いたのを見届けた3人は、ひとまず安心感に浸る。
一方のエースは、何か驚いているのか、目の前の光景を眺めた後、己の両手に視線を移す。感触を確かめるように、握ったり開いたりを繰り返している。
そんなエースに、ミストからの問いかけが投げられる。
「エース、一体ここで何があったんだい?」
「……この奥から現れた敵と、一戦交えた」
一拍置いてから放たれたエースの言葉に、エース以外の面々から驚きの声が漏れる。各々が心のざわつきを抑えようとしている中、ミストが場を進めるべく次の言葉を発した。
「それで、やられてこうなった、っていうわけだね。でも、それなら敵は何故エースを殺さなかったんだろうね?」
「確かに、なんで俺は生きてるんだ……?」
ミストが発した疑問に、言葉で繰り返したエースはもちろんのこと、聞いているだけのセレシアとフローラもその答えになりそうなものを、すぐに表に出せない。
それっぽいものが音になったのは、十数秒ほど経った後の、フローラの口からだった。
「フォンバレンくんを、生かす必要があった……?」
「何のために?」
「分からない。でも、少なくとも、この先にまだ敵はいる、っていうことは間違いなさそうだよね……」
ミストの質問に答えつつ、少し不安そうに、フローラが奥の見えない戦艦の中の方を見る。
その表情が、不意に変わる。何かを決めたのか、真剣な表情へと。
「ねぇセレシア」
「なぁに?」
「さっきスプラヴィーンくんに聞いた共鳴、ここで試せないかな?」
当然のその言葉。今度はフローラの言葉に、一行が驚く番だった。
「あたしは別にいいけど……でもフローラ、無理してない?」
「無理はしないよ? でもここで頑張らないといけないし、この先で足手まといにはなりたくないから。出来ることはやっておきたいの」
真剣な表情で語るフローラに、セレシアは特に何かを言うことはなかった。
代わりに、エースが言葉を挟む。
「本当に大丈夫か? 出来る限り俺が守るから、無理しなくても……」
「うん、君のことは信じてる。でも君にばかり負担はかけられない。私が出来ることは、私が頑張る」
エースはフローラの言葉に少し面食らったようだった。
それでもどこか納得のいっていない様子のエースに、ミストが言葉をかける。
「いいんじゃないかな。どのみちエース一人じゃきついだろうし、連携はそのままに戦力アップ出来るなら問題ないだろう?」
「まぁ、そう言うなら」
少し不満そうにするエースも、流石に自分以外の意見が一致しては反論することは止めたようだった。
それを見て、セレシアとフローラはぶっつけ本番で共鳴を試していた。
「コツは、2人の呼吸と魔力の波長を合わせること……」
「合わせようと思ったら狂っちゃうから、お互いに相手に乗っかるイメージで頑張れ」
ミストのアドバイスを聞きつつ、セレシアとフローラがお互いの両手を合わせ、目を閉じる。
それから少し経った後、状況に変化はない。エースの腕組み姿も、ミストの見守る表情も、特に変わることはなかった。
「属性相性の問題って、あったりするのかな」
「さぁな……」
自分たちでは試しようのないことであるが故に、これ以上のアドバイスは出来ない。
故に見守るしかない。2人が波長を合わせ、お互いの力を得るその瞬間を待つしかない。
「この時間で、僕らもやっておくかい?」
「何を?」
「共鳴」
「……しとくか」
ミストの突き出した拳に、エースが己の拳を軽く突き合わせる。そして――
「あれ?」
「ん?」
目の前で今も波長を合わせているセレシアとフローラと同じように、何も起きなかった。
「おかしいなぁ。最近ミスしたことなかったんだけど」
「なんでだろうな……。調子悪いからか?」
「そんなに簡単に狂うものじゃないんだけど……まぁ、出来ないならやらない方がいいか」
ない袖は振れぬ、とばかりにすぐに断念するエースとミスト。
そんな2人の前で、水と炎がちらつく。
「おっ」
「これはきたかな?」
エースとミストの視線の先で、少しずつ大きくなり始めた水と炎が、周囲に渦巻いていく。そして、セレシアとフローラの周囲で打ち消すことなく螺旋を描き、弾けた。
「成功かな?」
ミストがそう口にする先で、おそらくやり終えた後のセレシアとフローラが、お互いの手を見つめていた。
「どう? 感触は」
「なんだか、不思議な感じだった」
「こう、言葉に言い表すのは難しいけど……うん。本当にピタッと合う感じだった」
自分たちの手に残る感触を思い出しながら、セレシアとフローラはそれぞれに感想を述べる。
「ただ、めちゃくちゃ集中したせいか一気に疲れた」
「うん。でも、まだ終わってないから、頑張らないと」
「そうね。もうひと踏ん張りしなきゃ」
慣れない感覚と集中で疲労感を感じる中、セレシアとフローラは互いに励ましあう。
そんな2人の様子を見て問題ないと判断したのか、エースが口を開いた。
「よし、じゃあ奥に向かうか」
発せられた言葉の通り、まずはエースが奥へと向かうその先頭を走る。後に続いて、ミスト、セレシア、フローラ、さらにはずっと宙に浮いて場を見守っていたヒールとメールも戦艦の中へと入っていく。
始めて見ることになった戦艦の内部は、まずは一本道の通路が続いていた。光源がないのにも関わらず、不自然に明るいという奇妙なところが少し不気味だったが、先頭のエースがお構いなしに走っていくことで、その不気味さは簡単に流されていた。
そして目の前に、通路の終端たる扉が現れる。その扉を見ても、エースは勢いを止めることはしなかった。
すると、その扉は横にスライドして、エースたちを迎え入れる体勢を見せていた。
「このまま突っ込む!」
勢いそのままにエースがそう宣言し、駆け抜ける。それを誰かが止めることなく、全員が開いた先の大きな空間へと踏み入れる。
高すぎて天井を見るのが辛いほどに巨大に作られた空間の奥には――
「うわ……」
「多っ……」
「とんでもないね……」
エース以外の面々がそれぞれに言葉を零すほどに大量の、異形の兵士たちだった。砲塔や大型はおらず、校舎内ほどでもないものの、物量で押そうというのが見て取れるほどに圧倒的な数であった。
しかしそれを目の当たりにしても、エースだけは動じていない様子を見せない。
「共鳴したのなら、2人が爆発魔法をばらまけば数を減らせるんじゃないか? 学校じゃないし、気軽にぶっ放せるだろ?」
特に顔色を変えることなく、エースがそう言い放つ。両手には二刀が握られ、戦闘態勢はすでに万全のようだった。
「そっか。私とセレシアがひたすら撃ち続ければいいんだ」
「フローラ、いけそう?」
「使ったことないけど……頑張る」
フローラの意気込むようなその言葉に、セレシアが小さく笑って身構える。
「細かい調整はなくていいからね。じゃあ、いくよ?」
「うん」
「「ブラム・エクスプロージョン!!」」
姉妹揃っての、上級爆発魔法ブラム・エクスプロージョン。
赤い煌めきを放ち、丁寧に位置の調節がなされたそれが、大量の敵を吹き飛ばしていく。攻撃を受けて爆発四散していく味方の間を抜けて、異形の兵士たちもようやく戦闘を開始する。
「僕たちも、やれることはやらないと」
「そうだな」
続いて、エースとミストもそれぞれの装備を持ち、向かってくる異形の兵士を蹴散らしにかかる。
「今までの分を、きっちりとお返ししないとね」
両手の銃と蹴り業で、兵士たちを翻弄していくミスト。吹き付ける風が敵の行動を制限し、纏った風は敵を撃ち抜く螺旋となる。敵以外が誰も干渉しない中、風を自在に操り、アクロバティックな動きで多くの敵を葬っていく。
「ふっ……!!」
そのアクロバティックさ程ではないものの、エースも手に持った二刀でひたすらに敵を斬っていた。防御の上から無理やり押し込みにかかり、体勢を崩させてから両断するという、普段あまりない豪快さがあった。
時折片方の剣を乱暴に投げ、空いた手で氷の壁を生成して敵を無理やり受け止める。攻防に申し分ない実力を発揮し、攻撃の方向を絞らせつつの対処をしていた。
これまでの戦闘が、校舎内でありスペースは限られたものしかないため、生徒たちの行動には無意識のうちに制限がかかっていた。それはここで戦っている面々もそうで、そうしているいちに兵士たちに追い込まれていった。
そうした制限がなくなった今、相手の戦力がやや低いことを加味しても、当初ほど押し込まれることはない。むしろフローラが炎属性の魔法を使うことが可能となり、セレシアと共に遠慮なく撃てるようになった今、火力と精度が融合し、多くの敵を土に還していた。
そのこともあってか、気づけば敵の数は想像以上に早いペースで減っていた。それを見たのか、エースが大きな声を発する。
「みんな! ここ、任せていいか!? 俺は先に行く!!」
早くも先へと進もうとするエースの言葉に、ミストがいち早く反応する。
「分かった! ここは受け持つ!!」
やや離れた位置だったためか、ミストもいつもより大きな声で言葉を返す。そのやりとりを聞いて、今も爆発魔法を連発していたフローラが、すぐ近くにいるセレシアに小さく言葉を返す。
「セレシア、私も先に向かうね」
フローラからの言葉に、セレシアは視線をそのままに、短く返答する。
「任せなさい」
「うん」
了承を得て、フローラもエースの方へと向かう。
その動きに、今まで邪魔にならないように届かない位置で宙に浮いていたヒールとメールが、フローラの元へと来る。
「あなたたちも、一緒に」
「「くるるぅ!!」」
元気な返事を受け取りながら、フローラは、もう扉の方へと向かっていたエースを追いかけた。道中で、ようやく手に馴染んできた爆発魔法を、片手で両側に打ち、無理やり道をこじ開ける。
その音と吹っ飛んでいく兵士たちで気づいたのか、扉の前で敵を両断していたエースがフローラの方に向き直った。
「フローラ……?」
「私も行くよ」
「……ああ」
少しだけ不満そうな表情は、ほんの数秒だけ。短いやりとりを交わした後に、エースとフローラは、扉の向こうへと消えていく。
「スプラヴィーンくん!!」
「ああ、僕たちも踏ん張るよ」
残ったミストとセレシアは、エースとフローラの行動を、最後までは見なかった。お互いに言葉を交わし、気持ちを入れ直して、目の前の異形の兵士たちを相手にしていく。
いつもの面々は、この戦いの完全な終わりに向けて、それぞれの考えの元で動き始めていた。
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