第17話 反撃の声をあげて
一方その頃、ヴォリッツの背に乗ったフローラは、当初戦艦が衝突していた3階の渡り廊下のある場所の空中にいた。
天井部分が破壊されたことで高度の制限がなくなった場所に、ヴォリッツが静かに降り立つ。瓦礫をものともせずその足を地に着けると、静かに羽をたたみ、身をかがめて低くしていた。
フローラはその背を伝って、サウゼル魔導士育成学校の校舎に再び降り立った。少し移動してヴォリッツの正面に立つと、元の姿勢に戻ったヴォリッツを少し見上げて口を開いた。
「ヴォリッツ、ありがとう。もう一度あそこに行くときは、よろしくね」
ヴォリッツは何も言わず、フローラの言葉を聞いているだけだった。動こうとしないのを見ると、おそらくはフローラのこの後の行動のことも受け入れてくれているようだった。
――にしても、すごく久々に降り立った気がする
ここを離れて空の上に行ってから、ここに再び降り立つまで。それは同じ日の、短い時間での出来事であるはずなのに、フローラには長く感じられた。
破壊されてしまった校舎は、おそらくは生徒たちが撤去したのか少し綺麗になっている。しかし傷跡は多く残されたままであり、痛ましいことに変わりはなかった。
「でも、ここから反撃出来るんだよね」
片方の校舎へと繋がる入口にいる異形の兵士からは、あまり魔力が感じられなかった。エースのことを疑っているわけではなかったが、エースの言葉に一切の嘘偽りがないことを、その光景が証拠づける。
「先輩!!」
別の入口の方から、おそらくはフローラのことを呼んでいるのであろう声がする。
振り返ると、そこには男女合わせて3人の生徒がいた。
今フローラを呼んだ、桃色の髪の女子生徒がエルフ・ソングナーデ。そうでない方の茶髪の女子生徒が、シーナ・シャーロット。そして男子生徒の名前はレイヴ・リオルゴ。フローラはその3人を、生徒会業務を通じて知っていた。
3人は、フローラを乗せてきたヴォリッツのその図体の大きさや荘厳な佇まいに少し怯えながらも、その横を通ってフローラの近くまで来る。
「ご無事ですか?」
「うん。私は大丈夫だよ」
この場に見合うくらいの笑顔で、フローラは己の無事を告げる。そこにいた生徒たちは、おそらくはフローラが現状を留めていることを何かで知っていたようだった。
「あ、先輩がここに戻ってきた……ってことは、この状況が何とかなりそうってことですか?」
「うん。だから、今から言うことを良く聞いてね」
フローラは少し表情を引き締めて、言葉を口にし始めた。
「私たちを苦しめた兵士たちは、こちらから攻撃しない限りは絶対に動かない。必ず、安全だと言える人数で1体ずつ戦えば、これ以上の損害を出すことなく乗り切れると思う」
フローラの言葉に、生徒たちが顔を見合わせる。おそらくは、これほどにすんなりいくとも思っていなかったが故か。
学校中の生徒が全力を尽くしても、降伏する以外の選択肢がなかった相手が、フローラの言葉通り簡単にいくと思えない。そのことは、もしフローラが聞いている生徒側の立場に立ったとしても分かる話だった。
「嘘は、ついてないつもりなんだけどね……」
「それは先輩のことなので大丈夫だと思うんですけど……今回は負傷者もいっぱい出ているので、簡単には動きづらくて」
「責任を取る、だなんて簡単には言えないけど……でも、大丈夫だと思う。こうして、私がここに戻ってこれたから」
不安な思いを理解した上で、それでも反撃のために動かさなくてはならない。そう思ったフローラは上手く言葉を出せずに、ただここにある状況を並べただけの言葉しか言えなかった。
「そう……ですね。確かに、連れ去られた先輩が、こうして戻ってきているのは事実ですし」
「信じてくれる?」
「はい」
会話を進めているエルフの後ろで、レイヴとシーナが言葉に応じるように頷く。
自身の言葉を信じてくれたことが少し嬉しくなり、フローラの中に前向きな感情が生まれる。
「よし。じゃあ、3人とも、校舎内にいる生徒たちに事情を話して、なるべく賛同する人を集めて。すぐに納得しなければ、私以外の生徒会の面々を先に探して、私の話をしてくれてもいい。多分……私の話を信じてくれるはずだから、やりやすくなると思う」
「「「はい!」」」
「じゃあ、エルフちゃんは私と同じ方向に来て。リオルゴくんとシーナちゃんは、さっき入ってきたところから回ってみんなに話して」
フローラを含めた4人を、2人ずつに分けて、事を動かしていく。
次の瞬間には、別行動となるレイヴとシーナは動いていた。少し間を置いて、フローラも校内へと入っていく。
魔導士育成学校の校内は、敗北的な状況によって作られた悲愴感が支配していた。処理されずに残ったままの砲塔や異形の兵士たちが、まだそこら中にいる。
しかし、それらの兵士たちはもはや置物同然である。状況を整えてやれば、問題なく倒せるはずだと、フローラは知っている。
「「スプリンコート先輩!!」」
声の方を向くと、男女入り混じった数名の生徒が、フローラの姿を見て駆け寄ってきていた。その中には、フローラが最後に戦った場所にいた生徒もいた。
「俺らのために身代わりになったって聞きましたけど、大丈夫なんすか?」
一行を代表する形で、やや軽い口調の銀髪の男子生徒がフローラにそう聞いてくる。
「うん。私は大丈夫。みんなは?」
フローラはいつも通りの笑みで気遣いに返答した後で、少し表情を引き締めて現状確認の言葉を発した。生徒たち一行はそれぞれが少しずつ違う表情で、憂いを表現していた。
「攻撃は止まったんで被害は出てないですけど、校舎も生徒も、みんな傷だらけです。僕たちみたいに動ける面々はそこまで多くないです」
「そっか……」
「あ、でも、あれだけ戦闘を繰り広げたのに、死んだ人は今のところ1人もいないっす。魔力焼けしてる人はいるっすけど……いなくなった人とかも俺が聞いた限りではないっすね」
黒髪の男子生徒の発言にフローラも少し悲しんでいる中、銀髪の男子生徒からの発言で分かった意外な事実。あれだけの全力抗争の中で1人も死者がいないことに、フローラは驚きを隠せなかった。
誰も死んでいないということは、最高の未来を迎えるための可能性をまだ残していること。フローラの中からは、どんどんと絶望が取り払われていく。
「もしかしたら……みんなきちんと生きて、この場を切り抜けられるかもしれない」
「本当ですか?」
後ろから会話を聞いていた紫髪の女子生徒が、驚きと共にフローラへと聞き返す。
「私の言うことを、よく聞いてね」
誰もがこれ以上傷つかないための、フローラの念押し。それを聞いて、生徒たち一行が少し静まる。
「私たちを苦しめた敵は、今はこちらから攻撃しない限りは絶対に動かない。だから、安全だと言える人数を集めた上で1体ずつ戦えば、被害を出すことなく倒せると思う」
「本当っすか?」
「うん。万が一があれば……その時は、私を詰ってくれていい」
フローラは真剣な表情で、いつもよりトーンを少し下げて言葉を口にする。頼むから信じてほしい、という思いで、言葉を選んでいた。
「よーし、俺らも手分けしてメンバー揃えるかー」
「そうだね」
おそらくはリーダー的立ち位置なのであろう銀髪の男子生徒の言葉で、まとまって行動していた面々がさらに小さなグループに分かれて散らばっていく。フローラの思いは、名も知らぬ目の前の生徒たちに届いたようだった。
そんな彼らを、フローラは優しい笑みで見送る。
「お願いするね」
「ういっす!」
やる気のある返事を受け取った後、銀髪の男子生徒を見送る。
そして別の生徒たちに話をしていたエルフに、自身の言葉を向ける。
「エルフちゃん、どう?」
「他の生徒も信じてくれたみたいでした。ひとまず、少しずつ動いてくれてると思います」
「そっか。よかった。ありがとね」
フローラが感謝の言葉を述べると、エルフはいえいえ、と頭を下げる。
「私は、指示を広げるためにここから1階まで降りようと思いますが、先輩はどうなされますか?」
「私は……2階に降りて指示をした方がいいかな」
「分かりました。行きましょう」
エルフのその言葉の後で、フローラは彼女を伴って2階へと降りる。
そして2階に降り立ち、多くの生徒が行き交っている様があるその中で、フローラはまず1階へと降りていくエルフを見送た。
「先輩、頑張ってください」
「エルフちゃんも、頑張ってね」
そうして、エルフがさらに下へと降りていく。
その後で動き出したフローラが次に遭遇したのは、女子生徒の3人グループだった。身なりで同学年なのは分かるが、フローラとはあまり付き合いのない面々だった。それぞれの名前である、エクシィ・ローゼンフォード、レミリア・クリーシア、ナオ・ジェントン以外には、これと言った情報はない。
「あっ、スプリンコートさん、無事だったのね」
「うん」
「なんかざわついてきたけど、何か知ってるの?」
「あのね……」
フローラは先ほどと同じように、兵士たちの現状と、安全にやればきちんと倒せることを口にした。3人はそれぞれに顔を見合わせていたが、やがてエクシィが、フローラに対して問いかけていた。
「嘘は……まぁ、スプリンコートさんだし、ついてないよね?」
「うん。もし万が一が――「その万が一がまたあったら困るのよ」……!!」
フローラの言葉を遮るように、レミリアからの言葉が飛ぶ。フローラ、エクシィ、ナオが、揃ってその生徒の方に驚きの表情を向ける。
「まだ戦闘が続いていた時に、あなたの指示のせいで、攻撃から逃げ遅れた彼氏が焼かれたの。命はまだあるし、傍から見れば八つ当たりかもしれないけど……私は、この2人みたいにあなたを完全に信じるのは無理」
真剣な表情でそう言われ、フローラはすぐに言葉を出せなかった。エクシィとナオも、レミリアの隣にいるだけで、何か言葉を発することはなかった。
「万が一、なんていうけど、それがまたあったら困るのよ。もし何かが間違って、攻撃が再開されれば、生徒たちはいつ死ぬか分からない。しかもあなたは敵側に一時的について行った。その後でこうして何もないまま戻ってきて、それで信じろっていうのは無理」
「……そう、だよね。間接的にだけど、私の指示が、結果として大切な人を傷つけたことには変わりないもんね」
自分が反対の立場だったら、同じことを考えていたかもしれない。そう考えたフローラは、レミリアの言葉を否定することはせず、しっかりと受け止める。
だが。
「せめて、あなたが戻ってこられた理由と、何で安全だと言えるかくらいは、今後のために言えるでしょう?」
その言葉は受け止めきれず、フローラは目線を逸らした。その行動に、レミリアからの視線が突き刺さる。
「それは……言えない」
「なんで?」
「言えない。言っても、信じてもらえないから」
本当はエースやフェアテムのことがばれてしまうが故に、理由を述べることが出来ない。フローラは成す術ない状況に、視線を受け止め続けることしか出来なかった。
「ふざけないでもらえる?」
その言葉と、真剣な表情によって作られたその視線は、確かにフローラに突き刺さっている。
このままだと、場が動かない。何もいい方向に向かない。
けれども、フローラはここで折れるわけにはいかない。
いつも言葉ではなく行動で示してくれる人が、フローラを信じて空の上で待っている。
その人は、守れなくても怒ることなど出来ない状況下で、交わした約束のために全力を尽くしたから。
ぶつかることも、傷つくことも恐れずに、律儀に守り通したから。
「ふざけてなんかない。言えないのは確かに変だけど、でも、私はこの学校を守りたくてここに立ってるし、こうして動いてる。私がスパイか何かなら、こんな動きしなくていい」
「それは……」
ぶつかることを恐れずにフローラが真っ向からぶつけた言葉に、レミリアの言葉が、ここで明確に詰まる。普段の評判からは考えられないほどの強い口調での言葉が返ってきたからだろうか、その後に続く言葉はない。
いつにない気迫に周りがざわつき始めていたが、フローラはそれを気にすることなく思いをさらに言葉にする。
「信じてもらえないなら、私の指示に従わなくてもいい。けど、必死でこの先を切り開こうとしてる人たちに、もう誰も悲しい思いをさせないように動いてる人たちに力を貸してあげて。お願いします」
優しさが適度に抜け落ち、優しさと真剣さが程よく同居したフローラの表情と訴えかけるような言葉、それに首を垂れる姿。
いつの間にか増えていたギャラリーの中で、レミリアは、流石にこれ以上の抵抗を諦めたようだった。
「……分かったわよ」
「信じてくれるの?」
「本当のことは分からない。でも、嘘はついてないみたいだから」
その言葉に、フローラは再び頭を下げる。横でやりとりを見守っていたエクシィとナオは安堵の息を漏らした後に、フローラに声をかける。
「じゃスプリンコートさん、頑張ろうね」
「スプリンコートさん、かっこよかったよ」
そして、3人組が去っていき、フローラはその場に取り残される。
それから数秒後に、少し先の廊下で爆発音があった。フローラがそこに移動すると、そこには、生徒たちが力を合わせて兵士たちをどんどんと砂に還していく姿があった。
――みんな、動いてくれてる……!
自分の言葉によるものかどうかは分からなかったが、動いてくれている生徒の姿を見て、フローラは安心と驚きが混ざった表情になる。
そうして、周りに目を向けてみれば、他の生徒も少しずつ対処にあたっていた。その光景を見て、もうこの場所で動く必要がない、と思ったフローラは、別の場所への移動を開始していた。
だが。
「あっ、先輩、こっちも頑張ってますよー」
行った先でそんな声をかけられ、そっちを振り向くと、すでに生徒たちが対処に当たっていた。恐ろしく早い伝達に、今度は純粋な驚きでフローラは目の前の光景を見る。
「うん。気を付けながら頑張ってね」
数秒間感情を支配していた驚きから解放されると、フローラはそんな言葉を伝えて、また移動する。
が、行けども行けども、フローラの伝達が必要な場所がない。生徒たちはみな、異形の兵士たちを相手にしている。
「せーのっ!!」
「先輩のアツイ思いに応えるぞーー!!」
「コアの破壊を忘れるなー!」
気づけば、そんな言葉が移動中のフローラの耳に入ってくる。フローラが相対している間に急速に広がっていった想いが、学校中で行動を起こしていた。
「力を合わせるぞーー」
「オラオラァ!! 鬱憤晴らしの時間じゃあ!!」
「やられた分きっちり返してやろう!!」
少し前まで沈んでいたサウゼル魔導士育成学校の雰囲気は、既に活気あるものへと変貌していた。思った以上に早く広がっていった想いが、生徒たちに受け入れられ、行動理由となっていることが分かる。
――すごい……!!
その様子に、フローラは胸が熱くなる。少しだけ目頭に涙が浮かぶが、まだ早いと感じ、手で拭った。
「私も……!!」
生徒たちが作り出した勢いに乗って、フローラは得意な水の圧縮弾を、近くの砲塔に向けて放った。大きな図体に寸分の狂いもなく放たれた弾は、螺旋状に相手の胴体を抉り取り、そしてコアも撃ち抜いた。
「フローラ!!」
突如、自身を呼ぶ聞き慣れた元気な声が、どこかから聞こえてくる。
その方向を向くと、そこにはセレシアとミストの姿があった。フローラが気づいたのと同時に、セレシアが駆け足でフローラの元へと飛び込んでくる。
遅れてミストも来る間に、セレシアとフローラは互いに無事を喜んだ。
「フローラ、怪我はない?」
「うん。私は大丈夫。セレシアも大丈夫?」
「あたしは今んとこ平気よ」
時間以上に長く感じられた別離の終わりに、ひとまずの安心感を得るセレシアとフローラ。
しかしフローラは、緩んだ表情をすぐに引き締めた。
「再会したばかりで悪いんだけど……スプラヴィーンくん、セレシア、私と一緒に来て」
「え、うん」
「分かった」
了承の言葉を得たフローラがすぐに動き出すと、セレシアとミストは、その後を追いかける。攻撃が止む前とは違う、いつになく真剣な表情に、会話すらもためらわれる雰囲気があった。
「どこに向かってるの?」
「空の上」
「なんで……?」
道中でセレシアから投げかけられた2つ目の問いに、フローラはすぐには答えなかった。生徒たちが活気づき、異形の兵士たちをどんどんと砂に還していくその横を抜けて、最初に降り立った渡り廊下へ抜けていくまで、フローラは次の言葉を発することはなかった。
そしてようやく渡り廊下へとたどり着くと、同時にヴォリッツが、来た時と同じように佇んでいる様子が見える。何も知らないセレシアとミストは、そこに居座っているヴォリッツを見て、困惑を隠せないようだった。
「空の上に行く理由はね」
呆気にとられているセレシアとミストの前で、フローラが口を開く。
「フォンバレンくんが、待ってるから」
自身をここに連れてきたヴォリッツの前でそう言うフローラの顔に、弱気な感情は一切なかった。
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