第16話 進んだ先の可能性



 数分後、ようやく泣き止んだフローラに、エースは満身創痍だった体の回復を施してもらっていた。


「目、真っ赤っかだな」


「泣きすぎて、ちょっとだけ痛い……」


 長い時間泣いていたフローラの瞼は、分かりやすいくらいに赤く腫れていた。それだけ胸の内に秘めたものが出てしまったのだろうな、と、エースは安らぎの感覚の中で考えていた。


――それだけ、大きな出来事の中にいたんだな……俺たちは


 改めて、目の前の光景を見る。


 未だに動かない兵士たちの有様が、事を成したことをエースに改めて伝えている。ここから悪い方向へと動いていくことは、おそらくはないだろう。あってほしくはないと、エースは心から願った。



 そう考えている最中に、聞き覚えのある鳴き声が2つ、空から聞こえてくる。


「おわ、ヒール、メール、どこ行ってたんだよ」


 空から降りてきたのは、白と水色の小さな体。エースを転移させた後、行方が分からなくなっていた2匹は、エースの無事を喜んでいるのか、空をくるくると舞っていた。エースとフローラは、その姿を見て和やかな気持ちになり、自然と微笑んでいた。



「取り込み中、失礼するよ」


 続いて、フェアテムも甲板の上にやってくる。エースを乗せていたヴォリッツを伴って現れる姿は、人ならぬ者の雰囲気を醸し出していた。


「なんで神様がここに……?」


「力と知恵を貸してもらったんだ。俺一人じゃ、絶対に無理だった」


 穏やかな口調で、そう話すエース。二言目の間には、その視線はフェアテムの方へと向いていた。


「終わった感じでいるが、まだ事が完全には終わってないのは分かっているかい?」


「あ、そうか。アンテナを破壊しただけで、まだこの戦艦自体は破壊してない」


 未だに落ちる気配のない赤銅色の船。アンテナを破壊した後エアードを倒したことにより、エースの中では事が終わりへと勝手に向かっているものだと思い込んでいた。


「そして、そこに関して私は君に問いたいのだが」


「何だよ?」


「君はどうやって、バリアのあるままでアンテナを破壊したんだ?」


「は?」


 フェアテムの問いにより、先ほどの激戦の真実を知るエース。何も知らないフローラを置き去りにして、会話が進んでいく。


「フェアテムがバリアを剥がしてくれたんじゃなかったのか?」


「確かに剥がすとは言ったが、私はあの時、まだアンテナ周りのバリアを剥がすに至っていない。もちろん、戦地の中で合図を出すのは難しいことは分かっていたからこちらでタイミングを見計らっていたが、君は私がバリアを剥がす前に破壊を完遂してしまった」


「そうなのか……」


 エースは、自身が尋問されているかのような気分になる。別に悪いことをしたというわけではなく、おそらくフェアテムもそれを問い詰めているわけではないのだろう。


 エースが問い詰められているのは、アンテナを破壊した方法が、前提条件を覆していることに関してなのだ。


「あのバリアは、ほんの一握りの例外を除いて基本的には何物も通さない。おそらくは、君はその例外に図らずも引っかかっている」


「どういうことだ?」


「つまりは、この戦艦を動かしている者にとっては、君にここまで来てもらう必要があった、ということだ。こうして突破することすら相手の想定の内である可能性は、十分に存在する」


 エースとフローラは、フェアテムの言葉に表情を驚きの色に染める。


 こうして死力を尽くして突破したところまで、既に相手の想定の範囲内。恐怖を増長するような事実に、場の温度が下がったように感じられる。


「待ってくれ。だとするなら、エアードは何故、俺がここに来ることを想定していなかったんだ? あの反応は、明らかに上っ面だけのものじゃない」


「おそらくは、彼はあくまでもこの戦艦を制御する者に動かされているだけだからだろう。本当の敵は、まだ健在だ」


「マジかよ……」


 終わったと思っていた出来事が続いている、という事実。一度緩んだ力が、否応なしに入ってしまう。


「……そういえば」


「どうした?」


「エアードくんが言ってた。『この力は授かったものだ』って」


「なに?」


 フローラの口から述べられた事実に、エースは少し驚く。校舎内での出来事も合わせて、エースの中ではこの事件の首謀者がエアードだと決めつけてしまっていたからだ。


「つまりは、エアードに力を授け、この戦艦に俺を呼び込む必要があった人物がいる……」


 エースが現状知ることが出来ている全ての要素を集めたところで、全てを上手くかみ合わせることは出来ない。相手はエースを呼び込む必要があったのなら、何故エースは死にかけた後にここにたどり着いているのか。


「ひとまず、まだ解決には至っていないのは分かった。増援は望めそうにないけど、見知った面々だけでも協力を頼みたいし……一度学校に戻ったほうが良さそうだな」


「戻る……ってどうやって?」


「それはヴォリッツが力を貸してくれると思う。な?」


 最後の投げかけた言葉に対して、ヴォリッツが重低音の鳴き声を短く発する。幾度かのやりとりでそれが同意だと理解しているエースは、会話を続けた。


「それに、学校の方もどうにかしないとな。兵士たちが機能を停止しているから、こっちが確実に先制攻撃出来るはず……でいいんだよな?」


 言葉の言い終わりと共にエースがフェアテムに視線を投げかけると、フェアテムからは肯定の頷きが返ってくる。


「そうなると、後の問題は……俺とスプリンコートさんが揃って学校に降り立つことが出来ない、ってところか」


「どうして?」


「目立ったり、怪しまれたりでスプリンコートさんの言葉の信頼度を下げそうな気がするから。もっと言うと、何故俺が上にいたのかを問われると、目的を達成しづらくなるのもある」


 少し苦い顔で、エースがそう零す。変な勘繰りを非常事態にしてほしくはないが、相手の行動全てを制御できない以上は、こちらの動きで可能性を消すしかなかった。


「降り立ち方が目立っちゃう以上、俺とスプリンコートさんが一緒に行くのはあまりよろしくない。でもここで待つのも、それはそれでなぁ……」


 上手く落とし込める案がないことに気づき、エースは眉間にしわを寄せる。


「俺はひとまずここの兵士たちの破壊作業して、終わったらここで待つ。スプリンコートさんは、学校にいるみんなに、反撃出来ることを伝える。それでどうだろうか……?」


「うん……」


 エースの言葉を聞いて、フローラの表情が曇る。


 その分かりやすい変化を見て、エースは問いかけを向けた。


「どうした?」


「私が校舎の中にいた時に、わざとじゃないけど、私の指示のせいで生徒を数人大怪我させてしまったの。大型1体を何とかすることは出来たけど、その後すぐの集束砲で何人か巻き込んじゃった」


 そう語るフローラの顔には、不安が色濃く出ていた。そんな彼女の顔を、エースは特に語るでもなく、ただ見ていた。


「それに、しょうがなかったとは言え敵側について行った――そんな私の言葉を、みんな信じてくれるかな……」


 単純に不安を吐露しているようで、どこか縋るような二言目。


 その言葉にエースは、口にする言葉を選ぶために少しだけ間を置く。


「みんなが――というのは分からない。でも、信じてくれる人は絶対にいる」


 そして喉から押し出したのが、その言葉だった。フローラの表情が少し変わったのを見て、エースはさらに言葉を続けた。


「それに、俺には君みたいに人を言葉で動かすことなんて出来ない。だから、普段は行動で示すんだけど……それでも、響く人間なんて数えるほどしかいない」


 自身の言葉で、ほんの少し心に歪みが出来る。嫌う人物はどうでもよく、ある程度友好的な人物だけにきちんと接する――自身のそのスタンス自体に悔いはないが、この場面においてはエースの言葉が機能しない最たる理由であった。


「だけど、たくさんの人と手を取って、その前で分かりやすく頑張りを積み重ねてきた、スプリンコートさんの言葉なら……いやスプリンコートさんの言葉だから、きっと響く人がたくさんいる。言葉で救うのは、君にしか出来ないこと」


「私にしか、出来ないこと……」


「一回でみんなを信じさせることが出来なくとも、最初に君の言葉を信じてくれた人が、きっとその先を繋いでくれる。全部をスプリンコートさんが背負う必要はない。最初だけを君が頑張れば、後の分は君を見た人たちが手伝ってくれる。もちろん……俺も」


 最後に沿えた言葉がさらなる一押しになったのか、フローラの表情に宿っていた不安の色が薄れていく。


「俺はここで待ってる。だから、学校を救ってきて」


「うん」


 先ほど、エースが案を出した時の反応と同じ二文字を、今度はしっかりとした言い方でフローラが口にする。


「よし。ヴォリッツ、スプリンコートさんのこと、よろしく頼む」


 エースの言葉に、同意の重低音がヴォリッツから発せられる。


「スプリンコートさん、ここに乗って」


 人が乗りやすいように体勢を変えたヴォリッツを見て、エースはフローラにヴォリッツの背に乗るように促した。フローラもそれに従って、その白い背中に慎重に乗る。


「じゃあ、行ってきます」


 飛び立つ体勢が整った後、そう言ったフローラを乗せたヴォリッツが、学校の方へと飛び立っていく。


 それを、エースはフェアテムと共に甲板から見送っていた。


「これでよかったのかい?」


「いいも何も、これが最善なんだ。全てをケア出来る選択がない以上、全ての選択に何かしらのケチがつく」


 少しだけ悲しそうな表情をしながら、エースがそう呟く。フェアテムはそんなエースの様子を特に気にするでもなく、次の言葉を口にしていた。


「さて、僕はしばらく姿を消すとしよう。ひとまずの役目は終わったようだから、中枢を壊す、とかで必要になったら呼んでくれ」


「そうする」


 しばらくの間は助力は望まなくともよいだろうことを理解したエースは、フェアテムに短い返答を投げる。そしてそのまま、佇む兵士たちの破砕処理を始めた。


 必ずこちらが先手を取れることが分かっているため、エースにとっては楽な仕事だった。一撃目で武器を切り落とし、反応した兵士の体を二撃目で貫き、露出したコアを砕く。貫く作業に魔力をやや多めに必要としたが、元々魔力量が多めのエースにとっては気にするほどでもなかった。


 その繰り返し作業が、フローラを待つ間に続く。甲板の上に存在するだけでも二十近くあったが、その全てを、エースは赤子の手をひねるよりも簡単に破砕した。辺りには彼らの体を構成していた土がまき散らされるが、エースはそこに何かを思うことはなかった。


 敵と認識すれば、慈悲を与える必要はない。そうでなければ、こちらがやられる。出来る限りの不殺は試みるが、基本的にはそういう考えの元で戦っているからこそ、エース・フォンバレンは高い戦闘能力を誇る。


「この戦艦の主は、何故俺を招き入れるんだろうか」


 自身の能力が周りと比較しても抜けていることを自他ともに認めているからこそ、エースはその問いの答えが己の思考では導き出せず、問いが口からこぼれた。


 仮に招き入れる必要があったとしても、その対象に己の強敵を選ぶとは考えづらい。


 そして、一切姿を見せないことも、こうして冷静に考えられる今は疑問に感じる。


 強敵と戦いたいだけならば、これだけ大事にする必要もなければ、エアードを仲間に引き入れる必要もない。


「何が目的なんだ……?」



 そんな甲板の上にいるエースの耳に、足音が聞こえてくる。それはゆっくりと、確かにエースの方へと近づいてくる。



「お前は……」


 現れたのは、過去に三度も見た、仮面をつけたローブ姿。この事件が、過去のものと繋がっている、ということを、エースは認知させられる。


「お前が、元凶か?」


 その驚きを心の中に押し込めて、短くストレートに、問いを投げる。それは、その中身よりも、答えが返ってくるか否かを知るための問いだった。


「そうだな。俺が元凶だ」


 その問いに、ローブ姿の男は己の口で確かに答える。と同時に、その仮面に手をかける。


 そしてゆっくり外すと、その仮面を傍に放り投げた。


「そして、お前が進まなかった、未来の姿でもある」


 仮面の下にあったのは、エースとほぼ同一の顔であった。まるで鏡でも見ているかのように、自分の顔と非常によく似ている。そのことに、エースは少しの間、言葉を発する能力を失っていた。


「自己紹介をしよう。俺は――ゼロ。何もない。何も持たない。全てを捨てたが故の、ゼロだ」


 ゼロ、と名乗った男は、不敵な笑みを浮かべていた。その表情の意図が読めず、エースは困惑の色を隠せない。


「お前は、何故に俺を招き入れる?」


「知りたいか? なら勝ち取れ。そうでなくとも、気にせず突破するのが俺のやり方なはずだ」


「そうか……」


 ゼロの言葉に、おそらくは倒さなければ全貌が見えないと判断したエースは、その両手に手甲を纏った。対するゼロも、手甲こそしないものの、エースに対して身構えている。


 だが、すぐには動かない。相手の出方を窺うエースと同じように、ゼロもまた、動かない。


 間が空き、場を静寂が支配し始めようとする。風の音だけが耳に入ってくる――


「ちっ……!!」


 次の瞬間に、舌打ちをしたゼロが両手に氷の二刀を握って、エースに向けて突進してきた。手甲の厚く作った部分で受け止め、衝撃がエースに伝わる。


 それをまるでなかったかのように、エースは剣を跳ね飛ばしてその勢いで体当たりを仕掛ける。


「ぐおっ……!?」


 跳ね飛ばされたことで体勢が崩れたゼロの体にエースの肩がぶつかり、ゼロがよろめく。そこを逃さず追撃をするために、エースは前に突っ込んだ際に踏み込んだ勢いで、そのまま右ストレートを放った。


 明確に攻撃と呼べるものを食らったゼロの体が、さらに後方に吹き飛ぶ。反撃の機会を与えてはならないと、エースの体は、もはやエースの思考が制御するよりも早く、反射的に前に踏み出す。


 しかし、飛んだ距離が長い分体勢の立て直しがきいたのか、突っ込むエースに向けて、ゼロから氷塊が飛んでくる。その氷塊を、前に踏み込んだ状態では当然回避できない。


 咄嗟に両手で防御して、エースは己の身体への大きなダメージを防いでいた。勢いは止まってしまうものの、ダメージが少なく済む方が、後々有利になる――


 そう考えていた矢先に、ゼロが突っ込んでくる。おそらくは先ほどまでのエースと同じように、反撃を許さないための、追撃の踏み込みか。その手に何も握られず、エースの使うような手甲もないのが不自然ではあったが、エースはゼロを迎え撃つべくその場で踏ん張り、構え直していた。


「ふっ……!」


 力を抜いて、速度重視でフック気味に打ち込んだエースの左ジャブ。突っ込んでくるゼロの体を一時的に止め、その体に次の一撃をねじ込む準備を整える。


 相手が自分とほぼ同一の存在であるとはいえ、近接戦闘で負けるつもりはエースには当然ない。とはいえ基本通りのコンビネーションでは読まれる、という勘に基づき、エースは折り曲げた左腕の肘打ちを、体当たり気味に押し出す。


 リーチとしては短いその攻撃は、あくまでも牽制だった。ゼロはそれを体の動きで避け、エースの右前方の位置へと移動する。


 攻撃を避けられたエースは、肘打ちを放った体勢から左半身を引き戻し、連動する右半身を全て押し出すようにして、右ストレートを放っていた。



 その攻撃は、確かにゼロに当たる軌道へと入っていた。そしてゼロはそこに確かにいる。


 だがゼロは迎撃のためのクロスカウンターではなく、瞬間的に体勢を下げてエースの攻撃を避け、そこからカウンター気味に、生の拳を放った。


 ゼロから繰り出された、淡い水色の光を放つ拳がエースに当たった瞬間、エースの中に奇妙な感覚が生まれる。


「な、ん……?」


 自分が今どこにいるのかが分からなくなるような、少しの浮揚感と、視界情報のシャットアウト。エースの意識は強引に己の内側にしか向けられなくなった後、今いる場所から無理やり引きはがされ、どこかにつれていかれる感覚に襲われる。


 その感覚に抗うことすらも出来ずに、いつの間にかエースの意識はどこにを向いているのか分からなくなる。そして強制的に意識が落ちて、全てが分からないままで終わる。





 つい先ほどまで戦闘が繰り広げられていた甲板の上にゼロの姿はなく、戦っていた場所に倒れているエースの姿があるだけだった。


 そんな飼い主の様子に、少し離れた場所で戦闘を傍観するしかなかったヒールとメールは、どこか戸惑っているような姿を見せていたのだった。


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