第14話 越えて戻りし切り札
「見えてきた……!」
白き時竜ヴォリッツの背に乗り、空を越えて戻ってきたエースの視線の先には、赤銅色の物体――神の戦艦が存在していた。
よく見れば、薄い防護膜のようなものが張られている。おそらくはそれが、己の力だけでは突破出来ないものなのだと予想していた。
「しっかりと防衛機能が働いているね」
「しっかりと働かないでいてくれたら助かったんだがな」
「それを神々の作品に求めるのは無理があるね」
敵を目の前にして、竜の背に乗るエースと宙に浮いているフェアテムは、少し緊張感の欠けたやり取りを交わしていた。ただし、その視線は交わることなく同じ方向を向いている。
「さて、これからの流れだが……まずはあの防護膜を僕が消滅させる。といっても一時的なものだから時間的猶予はそこまでない」
「どのくらいなんだ?」
「だいたい1時間くらいかな」
「結構余裕ありそうだな……」
一度着陸してしまえば、時間的な猶予は限りなく伸びる。幾度もの戦闘をこなすのはおそらく内部に入ってからになると予想すると、エースの頭の中では割と余裕をもたせての見積もりが出来ていた。
「まぁ、機能そのものを止めるには外から膨大なエネルギーをぶつけて戦艦そのものを壊すという手もあるけど……君の大切な人があそこにいるから、それは無理だったりする」
「何!?」
フェアテムの言い放った言葉に、エースは反射的にフェアテムの方を向く。
少しして戻した視線の先にある神の戦艦を見ても、物理的な距離が遠すぎるため言葉の真偽は分からなかった。だが嘘をつかないと日頃から言っていることを考えると、本当にあそこにいるのだろうと、そう考えていた。
「ついでに言うと、外の状況は好転させるためには、外にあるアンテナを壊す必要がある。あれを壊さなければ、兵士たちは生み出され続け、その統制力を失わない」
「アンテナってのはどこに?」
「あそこだ」
フェアテムが指差す先に、エースは視線を沿わせる。
そこにあったのは、戦艦の上部に少しだけ見えている細長い棒のようなものだった。
「あれのお陰で、兵士たちはこの戦艦の外に出ても、その連携を失わず、コアを失わない限りは復活し続ける。おまけに外の状況に応じてその硬度を変えてくるわけだから、まさに難攻不落だね」
「つまり、あれを潰せば、全てのアドバンテージが失われてこっちが有利になると」
「その認識で間違いないけど、あくまでも戦艦の外での話だよ。内部に入れば、その限りではない」
「外が好転すればそれでいい。中のことは、ひとまず外が片付いてから考える」
狙うべきところを見据え、エースはそう発した。その表情には、熱さと静かさが上手く同居している。
「今から外のバリアを消失させるけど、それと同時に防衛システムが働いで反撃が飛んでくるから、近づくのは至難の業だよ」
「……マジかよ」
そんなエースに対してのフェアテムの忠告は、やる気を削ぐような言葉も入っていた。少しだけ、エースから熱さが失われる。
エースにとって、遠距離攻撃というのは未だに不安の残る要素だ。いくらか改善したとはいえ、このような状況下で外すことなく攻撃を当てるのはまだ難しいことだった。
「まぁそもそもの話として、距離に関わらず高い威力の攻撃でなければバリアを貫通することは不可能だ。それがこの戦艦を不落にしている最大の理由だからね」
「ならどうするんだ?」
「そのバリアを剥がすところも私の役目になるね。君がするのは、バリアを剥がした後のアンテナの破壊と、内部からの戦艦の破壊だ」
「なるほどな」
簡単に了承の言葉を返しはしたが、エースの中では、目論見通りにするための算段は未だについていない。どうにか出来る可能性は、これから無理やりにでも探し出す必要がある。
「じゃあ、始めよう。おそらくは反撃が飛んでくるが、頑張るといい」
その言葉を皮切りに、フェアテムが手をかざす。
すると一瞬で戦艦を覆っていた防護膜が消失し、やや紫がかっていた周辺の景色がいつもの色に戻る。
「ヴォリッツ、頼んだ」
エースの呼びかけに対して、ヴォリッツが喉を鳴らすようなこもり気味の重低音を出す。
おそらくはそれが了承の合図だったのか、ヴォリッツは戦艦の方へと進撃を開始した。エースは宙に投げ出されてしまわないように、その大きな背中をしっかりと持っていた。
「んぐっ……!?」
程なくして、戦艦の方からは魔力の集束砲が飛んでくる。ヴォリッツが避ける際の急制動によってかかる力に耐えることに専念していたエースは、集中砲火されている現状に、不安交じりの表情になっていた。
「これは簡単には接近出来ないし、出来たとして長くはいれなさそうだな……」
やや距離をとったためか少しだけ緩んだものの、やはり数発は近くを通っていく砲撃の真っただ中。少しばかりの余裕が出来たエースは、赤銅色の表面とその上にいる数体の異形の兵士や、砲塔のようなものを見ていた。
先ほどフェアテムから語られた全てを滞りなくこなさなければ、この先に繋がっていく道を切り開くことは出来ない。借りられる力は神様と、今乗っているヴォリッツだけ。この上ない味方がいるが、力を貸してもらえる範囲は多くはない。
自らの力で切り開く必要があり、それが出来なければ、借りた力すらも無に帰してしまう。全てが己次第とも言えるこの状況で、迷っていられる時間は多くはない。
故にエースは、ヴォリッツに対して、これからの行動のために言葉をかける。
「俺をあの戦艦の上に降ろしてくれると助かる」
激しい反撃が予想される上で、エースの言葉にまたもや短くも響きのある重低音でヴォリッツが返事をする。それが承諾の意を示しているのだろうと思ったエースは、これからかかるであろう衝撃に備えるべく、再びその背にしがみつく。
「ぐうっ……」
急制動と回避のためにかかる力は先ほどよりも強く、エースの体を軋ませる。
次いで鳴り響く爆発音。おそらくはヴォリッツの放った火球が、戦艦を直撃したのだろうか。少しだけ顔を覗かせると、戦艦から数体の兵士が落ちていた。
しかしそれでも、兵士の数が減る様子はない。当然ながらまだ止まない攻撃に、ヴォリッツがエースを乗せて少しだけ引き、二発目の火球を放つ。
再び揺れる戦艦から、また兵士や砲塔が落ちていく。その落ちた分が、少し時間をおいて補充され、アンテナを守るように配置、攻撃を放つ。そしてヴォリッツがエースを乗せてそれを避ける。
早くもループ状態になりそうな状況下で、エースは、どう頑張っても一定範囲内に近づけない現状に歯噛みをしていた。
おそらくは、ヴォリッツはエースが安全に下りられるように敵を排除することを優先しているのだろう。だが、戦艦の上からは一時的に減っても、近づいている間にまた数が戻ってしまう。
そんな状況を打破できない自分に対しても、エースは悔しい思いをしていた。かといって、降りることを優先していれば、この集中砲火の中を行くことになり、ただでさえ高い危険度がさらに跳ね上がる。
――もし俺が、フローラのような寸分の狂いもない正確な射撃能力を持っていたら
この瞬間に、エースの脳裏にはそんな思いが渦巻いていた。
もし既に高確率で当てられる距離にいるのであれば、これ以上危険の伴う接近はする必要がない。しかしエースが魔法をほぼ当てられる射程距離は短い。ようやく距離を少し伸ばしても問題なくなったばかりで、これほどの長距離を狙うにはまだ感覚が乏しい。
フローラが遠距離攻撃の技術を磨き始め、その天性の才能が明らかになった時、エースの中には、嫉妬の感情が確かに存在していた。おそらく自分の実力を抜いて、命を奪うことなく遠くから敵を行動不能にする、という芸当が出来るようになる日は、もうそれほど遠くはないと、エースは思っている。
自分に出来ることは、自分自身が一番よく理解している。故に、今この瞬間にフローラが隣にいてくれたら、という思いも、胸の内に確かにある。
だが、ないものねだりは出来ない。今己の持てる力だけでどうにかしなくてはならない。
けれども。
――爆発魔法があれば、もう少し簡単に蹴散らせるのかな
どうしても、自分にはないものを考えてしまう。
エースの攻撃、及び操る氷属性は、複数回当てること、もしくはある程度狙いを絞って当てることで最大限の力を発揮する。だがこれだけ距離が離れた上で多少の命中精度を気にせず戦うのなら、爆発魔法などの広範囲の攻撃能力が今ここで必要なのだ。
しかし、今それを行うことは出来ない。誰も呼べず、何かを用いることも出来ない。
そう考え、腹をくくったエースはヴォリッツに対して口を開く。
「俺の安全は考えずに、真横から勢いよく突っ込んでくれ。背中から飛び降りて接近する」
チャンスは、おそらく一度きり。その一度目も、一度だけ勢いよく通過する間に飛び移るような、危険度の高い方法。仮に失敗すれば、二度目を得ることすら叶わぬようになることもあり得る。
仮に風魔法が使えれば安全に着地することも可能だが、もちろんエースは普段風魔法を使うことは出来ず、使えたとしても難なく制御できるほどの腕はない。
「……っ」
少しだけ、手が震える。失敗すれば、全てを失いかねない。
そんな思いを心に住まわせるエースを背に乗せたヴォリッツは、何かしらの反応をすることはなかったが、敵からの遠距離攻撃が飛んでくる中をエースの言葉通りに、戦艦の真横まで高度を下げていく。
そして、これまでよりも一際大きな火球を、戦艦に向けて放った。触れたものを消し炭にするような赤熱した塊が、戦艦の上にいる兵士や砲塔をなぎ倒していく。
「行こう」
エースの短い言葉に反応して、ヴォリッツが戦艦へと突っ込んでいく。先ほどとは比べ物にならない速度で、赤銅色の物体が近づいてくる。近くをいくつか攻撃が掠めていくが、その数は、減っているが故に数えられそうな程だった。
やがて、赤銅色の物体が視界を占める度合いが大きくなった後、おそらく下に戦艦があると思われる位置で、エースは手を離して戦艦の上部へと移った。ヴォリッツが進行する方向と逆向きの力をもろに受けたせいでやや位置が離れているが、戦艦に立つことには成功した。
「うおっ!?」
踏み出した一歩が置かれた戦艦の上部の床が、少し沈む。ぱっと見では固いように見えた場所は、やや不安定な足場と化していた。
そこに足をとられたエースに向けて、迎撃用の異形の兵士の攻撃が放たれる。間一髪のところで生成した氷の盾が弾き、飛び散った破片がエースの服を掠める。
「歩きにくい……!!」
おそらくは敵にまともな場を与えないために不安定になっている足場が、エースの移動距離を制限する。少しずつアンテナの方へ近づいているものの、状況も相まって恐ろしいほどに進んでいる気配がなかった。
そうして戸惑いながら進む間にも、敵の攻撃は止まない。どうにか防ぎ続けていたが、反応が間に合わず、エースは一発分を食らった。
「ぐふっ……!!」
攻撃によって吹き飛ばされはしたものの、運よくエースの体はアンテナへと近づくように飛ぶ。転がるような移動は沈む床に阻止されたものの、エースが足で稼いだ距離に近い距離を稼いでいた。
その事実に気づいた瞬間に、エースの頭に、あまりにも危険な考えが過る。
―― 一か八か……いや、リスクがデカすぎる
一部の攻撃を食らって、吹っ飛ぶことによって移動する。あまりにもリスクが大きすぎるその考えを、エースは即座に投げ捨てた。
すると、戦艦が揺れ、エースは少しだけよろめいてアンテナの方へ動く。
「もしかして……?」
空を見ると、ヴォリッツが遠くで発射体勢をとっている姿が見えた。おそらくは、敵を排除するための攻撃なのだろうが、図らずしてエースの移動の役に立っている。
「俺も頑張らないと……!」
歪んでいる足場を、前転回避をするようにしてどうにか移動する。攻撃が飛び交う中を、エースは防御に集中し、瞬時に作れる小さな氷の盾だけで攻撃を防いでいた。
しかしそれでも、防げる攻撃の量に限界があった。
「ぐふぅ……っ!!」
エースが、戦艦に降りてから2発目の直撃をもらう。転がるように吹き飛んだエースの体が起き上がるために必要な労力は、先ほどよりも増えていた。
しかし、幸か不幸か、最初は遠くに見えていたアンテナが、エースの遠距離攻撃が普通に当たるくらいの距離のところにある。
「壊れろ……!!」
エースは足場が安定しない中で、氷塊を放つ。大きな氷塊は、アンテナを確かに捉えていた。
だが、そのアンテナに吸い込まれるように、氷塊は消えていく。そんな異様なものを目にしたことにより出来た隙を、防衛システムや兵士は狙ってくる。
それをギリギリで回避すると、エースは遠くにいるヴォリッツに聞こえるように大きな声で呼びかけた。
「このアンテナに火球を撃ってくれ!!」
エースの声が聞こえたのか、遠くからヴォリッツが発射体勢を取る。
そして放たれた大きな火球から逃れるべく、エースは横に飛んで避けた。
しかし、轟音は鳴り響かず、振動も来ない。どうやら火球も氷塊と同じようで、アンテナに吸収されるだけで終わった様子がエースの目に映る。
「マジかよ……」
その光景が、エースに絶望を運ぼうとしてくる。
これ以上高威力の攻撃を作るとすれば、それはもうフェアテムに力を借りるしかない。しかし、あまりに借り過ぎると代償が大きくなることを考えると、その選択はとれない。
「かくなる上は……!!」
迷いの残る中でエースは、短剣を生成し、向かってきた兵士たちを刻みつつ、再び動き出した。そして回避により空いてしまった距離を埋めた後に、アンテナに手を伸ばした。
「壊れろ……!!!」
もはや祈るような思いを零しつつ、エースは両手でアンテナを握ってへし折ろうと力をかけた。しかし、当然のことながら、すぐに壊れる感じはない。
――俺が、俺が頑張らないと……!!
焦り始めるエースの気持ちとは裏腹に、敵の数が増えてそちらへの対処が必要になる。急いで準備した二刀を用いて、エースは全力で迎え撃つ。
「壊れろ!!!!」
ようやく数を減らした後に、魂の叫びのような声で撃ち出した一撃も、刀身ごとアンテナに吸われていく。魔法がすべて消えていく中で、物理的な己の力を信じるしかなくなる。
再び、地面が揺れる。援護のためにヴォリッツが撃ち出した火球が、また兵士の数を減らす。
「壊れろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
ありったけの力で、エースはアンテナに力をかける。
何が理由かは分からないが、全身が熱くなってくる。焦りとタイムリミットで感情がごちゃごちゃになる。
これを破壊できればこれから先への逆転の一歩になる。出来なければ、自分はおそらくここで果てる。決意をした自分の思う未来へ進むために、ここでなんとかしなくてはならない――
刹那、アンテナが、何の前触れもなくへし折れる。それにより、エースの体勢が崩れ、そこに敵の攻撃が当たる。
「ぐはっ……!!」
無防備な体に当たった攻撃により、エースの体は、折れたアンテナを離してしまうほどに吹き飛ぶ。
「やべ……!!」
吹き飛ばされた距離は、やがて戦艦上部の床がない場所――すなわち甲板へと落ちてしまうほどのものになっていた。
だが、何故かこの瞬間に不思議とネガティブな感情が湧かなかった。感覚がスローモーションになっていくように思える中、壊れたアンテナがとてもよく見える。
成し遂げたことによる笑みを浮かべながら、エースはそのまま戦艦上部から、フローラやエアードのいる甲板へと落ちる。
「…………っ!!」
上手く着地することによりダメージを軽減する方法は知っていても、為せなければ意味がない。高所からの落下によるダメージは、これまでの蓄積もあって声も出せない程の痛みとなった。それは多少の興奮状態にあるエースを、痛みに悶えさせるにしてもやや過剰なほどだった。
それでもどうにか視界に収めた甲板の上の光景。折れたアンテナの行方は分からないが、兵士たちはその場に佇むだけで、エースを狙うことすらしない。目論見通りに事を動かすことが出来たことへの、確かな証拠になっていた。
動かなくなった兵士たちと、驚くフローラとエアードの前で、満身創痍のエースは確かに笑っていた。
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