第11話 機を待ちし敗北者
崩壊したサウゼル魔導士育成学校では現在、一時的な休息を利用しての救護活動と瓦礫の撤去作業が行われていた。
役割分担としては、回復魔法を使える生徒と力仕事の出来ない生徒たちが、比較的無事である2階の教室にて負傷者の救護活動にあたり、その他の生徒は動くことが出来るのであれば、大きく破壊された3階の動線確保のための瓦礫の撤去作業と生徒の運び出しをしている。
「ふぅ、ひとまずお疲れ様」
「そっちこそ」
仕事を振り分けられて瓦礫撤去作業にあたっていたセレシアとミストは、今ちょうど、担当する区画の瓦礫の撤去と動線確保に一定の目途がついたところだった。
本来ならば撤去せずとも魔法で破砕することが出来るのだが、未だ闊歩している異形の兵士たちを刺激してしまわないようにと、回復魔法以外は使わないことを生徒たちの間で決めていた。そのため、瓦礫は生徒たちが行き来しない場所に運んで固めておくだけになっており、目の前のフリースペースは、壁に空いた穴が半分見えなくなる程の瓦礫が置かれている。
「僕らが出来るのは瓦礫をどけたり、担架で運んだり、みたいな仕事だけだからね。回復魔法を使える人たちに感謝しなきゃ」
「まぁそれはそうだけど、動線の整理や瓦礫運ぶのだって大事な仕事じゃない? 現に結構動きやすいし」
3階の通路を見ながら、セレシアがそんな感想を述べる。少しだけ片付いたことにより往来のしやすくなった通路には、少しだけ人の行き来が見られる。
「にしても、こんなに酷くやられるとはね」
「そうだね。生徒たちだけでも結構粘った方だと思うけど、この有様を見ると、僕たちの力量を嫌でも思い知らされるよね……」
未だに残る瓦礫の山と、あちこちが崩れた校舎の壁。来るはずだった日常は、壊れてしまった壁から見える教室の中に、残り香が僅かにあるだけ。
その無残な光景によって生み出された、悲しみと悔しさが入り混じった感情は、それぞれの胸中に居座り続けていた。
「にしても、先生たちは何で来ないんだろう? これだけ大事になってるのに」
その中で、唯一事が起こる前から存在していた違和感に、セレシアが言及する。
「エースが言ってた。先生たちは、何かしらの力で眠り続けている状態にあるって」
「眠り続けている……?」
「先生たちは、謎の力で眠ったように動かないらしい。僕も直に見たわけじゃないから知らないんだけど、あそこでエースが嘘をつくメリットはないから、多分本当なんだと思う」
「そっか。じゃあ、外からの増援を待つしかないんだね……」
普段は明るい物言いをするセレシアの、静かに呟かれた言葉。何も出来ずに待つしかないことに、憂いの感情は色濃く出ていた。
ミストはその表情を見て、自身が次に口にしようとしていた言葉の中身を考え、少しだけためらった。その言葉を聞けば、誰もが簡単に、この状況に絶望するだろう。
だが、今期待して今後外れてしまうことによる精神的ダメージよりも、今事実を知ることによって期待しない方が結果的に精神を守れるのではないかと判断し、口を開こうと決めた。
「そうなんだけど、多分その増援は来ないと思う」
「どういうこと……?」
ミストが口にした否定の言葉に、セレシアが首を傾げる。理解できないというだけでなく、その言葉を拒絶したい意味合いも含まれていそうな、そんな仕草だった。
「最初に逃げていった生徒たちも、校門の辺りで戸惑ってたのが見えたのを見ると、多分今僕たちはこの学校から出ることが出来ない。同様に、外にいる人たちは学校の有様を知っても手出しが出来ない。だから、ここは完全に陸の孤島だよ」
「それじゃ、あたしたちはこのままここでひたすらに待つしかない……ってこと?」
「おそらく。後何日続くか分からないけど、こうして耐え忍ぶしかないと思う」
「そんな……」
いつの間にか出来上がってしまっていた絶望的な状況に、セレシアの表情は曇る。
そんな絶望を深める話をしていても周りが咎めて来ることがないのは、おそらくは他の生徒も今この状況がどうにもなりそうにないことを、伝聞や直に見て知ってしまったからだろうか。周りを一瞥したミストの頭には、そんな考えが過る。
現に、作業を終え、手持ち無沙汰になってしまった生徒たちの間では、諦めの色が濃くなってきていた。一時的な休息を得たとはいえ、またいつ戦闘が始まるかは予測がつかない。
「エース、生きてるかな」
「分かんない。けど、あの状態で何も残ってないらしいし、判別がつかないのよね」
エースの姿は、集束砲の通り道には確認出来なかった。集束砲で完全に焼け焦げてしまったのだとしても、そこに姿は残るはずなのだが、それすらもないことが奇妙さを生み出していた。
「ヒールとメールが来てから、これまで何だかんだ命を拾ってきたからね……。あの光に飲み込まれたように見えただけで、っていう可能性にかけるしかない」
「でも、あの何もなさそうに見えた穴の向こうは、確かに壁があったのよね。あの集束砲すら弾いてしまうくらいに、何も通さないやつが」
「そっか。だったら、運よく見えない壁と校舎の隙間に落ちたとか……都合のいい可能性を拾うしかないかな」
安否の分からないエースのことを考えて、今度はミストの表情が曇る。
別の場所でエースと合流していたミストは、エースを先行させるために、道中で分かれる選択をしていた。故にエースが砲撃を受けたタイミングでは現場にたどり着けておらず、着いた時には既に事が過ぎてしまっていた後だった。
当然のことながら現場を目撃していないため、エースの正確な安否も分からない。伝聞情報しか手に入れることは出来なかったが、直には見ていないために気持ちだけが宙に浮いていた。
「万が一死んだってなったら、どうにもやりきれない。代わりになれないものを、エースはいっぱい作ったからね」
「そうね。元々人に代わりなんていないけど、その意味的に考えたとしても色んな意味で、代わりはいない」
ミストとセレシアは、それぞれの表現で、エースが代替不可の人物であることを口にする。
ミストにとってはこの世に他にいるかどうかすらも分からない血の繋がった家族であり、セレシアにとっては彼女が背負うかもしれなかった色々な負担を軽くしてくれた恩人である。フローラとの関係性はもちろんのこと、それだけに留まらないものが、エース・フォンバレンという人物の持つ価値に唯一性を付与している。
「まぁただ、フォンバレンくん1人が生きていたとしても、こんな状況じゃ焼け石に水でしかないかなぁ……」
「そんなのは僕も分かってるよ。状況を打開するために生きてて、っていうのは流石に無理がある。でも、生きていれば、まだ繋ぐことは出来るかもしれないから」
諦めの色が濃いセレシアの言葉を咎めるような形で、若干強めに言い放たれたミストの言葉。そこに続くのは、せめていつか来るこの先の未来に、きちんといてほしいという、ただそれだけの願い。
それを聞いたセレシアは、己の発言を悔いるように少し目を伏せて、また口を開いた。
「そうね。さっきの言葉はちょっとまずかったわ。ごめん」
「別に咎めたつもりはあまりないんだけどね」
「だとしても、あたしたち自身がフォンバレンくんに頼り過ぎなのが否めなくてね……」
「まぁ、それに関しては僕も否定できないかな。というか、エースが飛びぬけてるんだよ」
エース・フォンバレンという人間の戦闘における実力は、2年次の時点で既に学生の中ではトップクラスであった。敵を多く作りながらも面と向かって挑む人間がいない最たる理由がまさにその実力にあるのだが、それ故に、いつもの面々ではエースの突破力に依存する状況というのは少なからずある。
加えて、過去の経験から少し命の危険に迫った程度では揺らぐことのない精神力も併せ持つ。そうなれば、少なくともエースよりも恵まれた幼少期を送り、この学校に入ってきたであろう多くの生徒では、対等な状況で精神的な優位性を持つのは難しい。
ミストにとっては、兄であると同時に、一番頼れる人物なのだ。故に、ここ一番で依存してしまうのは、分かっていても避けられないことだった。
「エースと同等の実力と精神力を持つ人が100人くらいいてくれたら、この状況をどうにか出来るかもしれないけどね……」
「ありえそうだねぇ……。あたしも現に目の前で助けてもらったし、ホント、頼りになりすぎて……」
言葉を口にしつつ、セレシアは少し前の、フローラを守りながら戦っていた時のことを思い出す。
自身が防御で手一杯だった中を、こじ開け、そのまま数体を葬ったエースの姿は、一際輝いて見えた。
「こんな時に言う言葉じゃないんだけど……正直、ちょっとときめいちゃった」
「もし事が終わった後、エースがちゃんと戻ってきたら、面と向かって言ってあげなよ」
「そう……ね。うん」
少しだけ顔を赤く染めて、少しだけいつもの調子に近い会話をする2人。
ふいに、セレシアが空を見上げた。
「フローラ、今何してるのかな……」
フローラは己の身を差し出して、サウゼル魔導士育成学校へのこれ以上の攻撃を止めさせた。そのお陰で人型からの攻撃は止み、大多数の生徒は命を拾うことが出来た。人型自体は門番の役割を担っているのか存在しているが、その個体数は当初よりも減っている。
サウゼル魔導士育成学校の崩壊を一歩手前で食い止めたフローラがいるであろう、空の上を、今のセレシアには見上げることしか出来ない。
「フローラが何を思ってついていったのかは分かんない。でも、少なくとも、多くの生徒はフローラのお陰で救われた」
「そうだね。あのままだともっと悪い方向に進んでたのは間違いない」
既に多数の負傷者が出ている中、残った面々で戦闘を続けていけばいずれ総倒れするのは想像に難くない。実際のところセレシアとフローラは大苦戦しており、ミストも敵の防御力が上がったことで苦戦を強いられていたのは事実だった。
「……さて、そろそろ作業を再開しよっか」
「そうだね。あんまり過ぎたことをしゃべってばっかだと、少しむなしくなってくるし」
2人はしばらく会話をしていた位置を離れ、別の場所に向かう。手を休めないことで、先ほどまで感じていた悔しさや悲しさを、少しでも紛らせようとしていたのだった。
おそらくはセレシアやミストと同じような思いで、動いている生徒はたくさんいるだろう。サウゼル魔導士育成学校の生徒たちは、反撃など考えることもせず、耐え忍ぶだけの時間を続けようとしていた。
しかし、その目論見は、1つの来訪によって、続かなくなる可能性を得る。校内に漂う沈んだ空気を無理やり震わせるような力のある重い咆哮が、空から響き渡ってきたのだ。
生徒たちの多くは、その咆哮を聞いて、発生源である空を見上げた。
そこにいたのは、巨大な図体をした、白い鱗を持つ竜だった。雲の混じった空の色でも分かるほどの存在感を放つそれは、このサウゼル魔導士育成学校の生徒のほとんどが経験したことのないようなサイズであり、どうにもならない現状を諦めていた生徒たちの中に、恐怖の感情が呼び起こされる。
この事件に、事が停滞する時間は、長くは許されていなかった。またさらに事が動きそうな予兆に、生徒たちは、無事を願うことしか出来なかった。
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