第8話 繋いだ道の、先の光



 一方その頃、セレシアとフローラは迫る人型との交戦を続け、中学棟の戦線を維持していた。


 早めに動きを見せ、途中でも数人の生徒が道を切り開いたことにより、中学棟側の対処に割く人員はある程度の人数を、現状確保出来ている。また、一個体の対処に必要な能力もそこまで求められず、場慣れした生徒は1人で、そうでなくとも連携プレーで人型を正確に仕留めることが出来ており、物量だけが厄介な現状は少なくとも絶望的な考えを生徒に持たせることはなかった。



「やらせない!」


 戦場の中、スナイパーのように、フローラの放った水の圧縮弾が一撃で敵の体ごとコアを打ち抜く。他の生徒との交戦の間をすり抜けていた人型は瞬時に地面に落ち、その形を戻すことはなかった。


 砂と化した人型の様子を見た後、フローラは、近くの教室の中に目を向ける。教室の中ではまだ中等部に入ったばかりの生徒たちが怯えた様子で固まっていたが、フローラが少しだけ微笑みを見せると、恐怖が少し和らいだようだった。



 今、中等部の生徒の多くは、フローラが見た教室と同じように、ドアを閉じた教室内から高等部の生徒を心配そうな表情や怯えた様子で見守っている。自発的にそうした、というのもあるが、基本的には高等部の生徒の多くが『戦えない生徒を無理に放り込むのは危険だ』という判断に至ったからであった。


 中学生は高校生とは違い、依頼に行くことを許されていないため、実戦経験のない生徒ばかりである。加えて模擬戦闘に関しても授業の関係で取ることの出来るタイミングがまちまちであるため、模擬戦闘すらしたことのない生徒は数多くいる。


 そんな生徒たちを戦線維持のためにと無理やり前線に放り込めば、慣れない中で犠牲を出して士気が下がる可能性は非常に高い。そうならないように、優秀な生徒だけ援護に回して残りの生徒は己の防護だけ考えればよい、という状況にするべきだ、という意見で、今のこの状況が作られている。


 本来ならば教師陣が加われば戦線の維持は容易いのだが、今もなお、ほとんどの生徒が目にしていない。そのことをおかしいと分かっていながらも、目の前の対処で手一杯になり、ほとんどの生徒は場から長い距離を動けずにいた。



 そんな教師陣の様子に関する情報を、恋人であるエースが持ち帰ってくると信じて、フローラはまた目の前の人型への対処を始めた。まだ距離が空いている中で、最近扱いに慣れてきた水による圧縮弾を打ち出す。


 撃ち抜くために鋭く成形する際の感覚やコツは、魔法による造形に手慣れたエースからの伝授だ。彼ほど微細かつ瞬時に生成は出来ないものの、慣れてきたことでこの圧縮弾だけは戦闘時でも扱える。


 そして作ってしまえば、後はフローラの天性のセンスを光らせるだけだった。空中に放たれた弾は、寸分の狂いなく敵の胸部のコアの辺りへと吸い込まれるように進んでいき――



 その胸部にぶち当たると共に、消滅した。しかし敵である人型の形は崩れることなく、確実にフローラへとその意識を向けてきていた。


「えっ!?」


 これまで一撃で粉砕してきたフローラの必殺とも言うべき攻撃が、これまでと同じ当たり方で、これまでと違う結果を生み出す。そのことに、フローラは驚きを隠せない。


 ほんの少しだけ生まれた隙が、相手の接近への対応を遅らせる。まだ懐へ入られそうになるのを防ぐ術は多くなく、持っている術は、広くない空間で使うにはやや不便だ。


「フローラ、よけて!」


 突然後ろから飛んできたセレシアの声に、フローラは戸惑いながら横に体をずらす。そうして出来た空間に、セレシアが飛び込み、目の前の人型の頭にその右拳を入れた。


 フローラを狙っていた人型は、想定外の攻撃に耐え切れず、その場で砂と化していた。その中で赤いコアが地面へと落ちるのを見て、セレシアの横にいたフローラが撃ち抜く。


「セレシア、ありがとう」


「流石に近接戦闘はまだまだね。ま、しょーがないか」


 そう言いながら、今も向かってきている人型に、セレシアはフローラ顔負けの遠距離攻撃を放つ。


 延焼させないように的確に飛んだ2本の炎の槍は、人型を焼き尽くすには十分だった。砂と化して地面に落ち、コアも魔法による炎で焼けて溶けていた。


「にしても、敵が段々硬くなってきてる。みんな連戦で段々と疲れてきてるし、1人で対処するのは得策じゃないかもね」


「そうだね……」


 ほんの少し出来た余裕を使って、セレシアとフローラは言葉を交わす。未だ数の減る様子がない人型と、少しずつ疲労の色が見えてきた生徒の様子は、確かな焦りを生む。


 そんな2人を含めた生徒たちの聴覚を、突然の轟音が支配する。戦地にいることを分かっていながらも、反射的に耳を塞ぐと、その轟音の余韻を上書きするように、悲鳴が聞こえてきた。


「何!?」


 明らかに邪魔な人型を無理やり火球群で葬りつつ、セレシアが音の聞こえてきた方向を見る。


 そこには、これまで相手していた人型と同じ色をしながらも、明らかに図体の大きな個体が存在していた。廊下の幅のほとんどを占めるほどの大きさで広い共有スペースを陣取っているそれは、その無骨で大きな両腕を使って、味方であるはずの周囲の人型ごと生徒を薙ぎ払い、邪魔な壁や柱を破壊していた。


 歪なほどに腰部が細く、上半身を回転させるかのように攻撃を放つその姿は、あまりにも暴力的だった。必死で戦っている多くの生徒の士気を一瞬でごっそりと削ぎ、絶望を呼び込む。


 もちろん、セレシアとフローラも例外ではない。大きな個体の出現と共にやや数が減った人型を相手しつつも、その図体と攻撃に驚きと恐怖を植え付けられていた。


「あんなの、どうしろって言うの……?」


 生半可な攻撃では通りそうもなく、明らかに接近戦を許してくれそうにないその図体の相手は、骨が折れるどころでは済まないだろうと、容易に想像させる。


 周囲の人型の相手をしながらの交戦は、人型の数こそ減らせるかもしれないという希望的観測は出来るが、薙ぎ払いに巻き込まれてしまえば重傷は免れないだろう。


 とはいえ、引こうにも引けないのが現状だった。野放しにしていては、廊下に面する壁を破壊し、中学生に被害が及ぶこともあり得る話なのだ。


――エースくんがいたら……?


 フローラの中に、ふと、今別行動をしている恋人のことが過る。


 いつもなら無理を通してでも先陣を切って飛び込んで行く少年は、ここにはいない。それは即ち、この場を切り抜けるための手段を、自らで用意しなくてはいけないということだが、今のフローラに現状を何とか出来る能力はない。


 現状を知るために別行動をとったエースはその目的を果たした後で、フローラがいるこの場に来ようとするだろう。そうすれば、彼と共にこの場を立て直せるかもしれない、という考えは、今ここにある。


 しかし、どれほどの時間待てばいいのか。ここに来た時のエースは、どれほど疲弊した状態なのか。力のなさ故に自らを守ろうとする考え方で、今の自分が、どれほどの負担を押し付けようとしているのか。


 誘惑に似た自らの考えが、フローラの表情を歪ませる。待っているだけでは遅すぎるのではないかという思いが、誘惑を押し込め、現状でどうにかする選択を持ってくる。


「セレシア、あれ、みんなで突破出来ると思う?」


「みんなでか……」


 戦地の中で、背中合わせに会話をするセレシアとフローラ。周囲に気を配りながら、会話の中の指示語をすり合わせる。


「やってみる価値はありそう。乗ったわ」


「うん」


 セレシアの前向きな言葉によって迷いを振り払ったフローラは、次の瞬間に行動を起こしていた。


 大型の個体へ自身の攻撃が届く位置まで走ると、いつもは出さないほどの大きな声で、周囲に呼びかける。


「みんな、力を貸して!!」


「あいつ、止めるよ!!」


 セレシアの付け足しの言葉と共に放たれたフローラの言葉は、発言者のこともあり周囲に驚きを与える。


 自らが生徒会の一員であることを利用して、協力を集うという、ある意味で無謀で過信かもしれない行動。自身だけでは切り抜けられないならば、その力を外に求める、というのが、フローラの取った選択だった。


 もしかしたら他は誰も協力してくれないかもしれない、という考えを、フローラは無理やり締め出す。希望的な予測で、フローラは目の前の大型の個体に対抗しようとしていた。



 その希望的な予測は、己の立場が故か、はたまた己自身の要素故か。希望的な予測の通りに、協力者が現れていく。


 周囲で人型を対処していた生徒の中でも、自然な流れで役割分担が行われていく。数が少し減り、少しの余裕が出てきたこのタイミングは、大型個体の突破を目的として力を合わせるのには最適だった。


 そうして場を整えていく最中で、校舎のどこかから歓声が聞こえてくる。確実に希望が含まれたその声は、どこかで誰かしらがもたらした大きな勝利を意味していることを、生徒に伝えていく。


 根拠があるわけではなかったが、その勝利の歓声をもたらしたのがエースなのだと、フローラは思っていた。それによって自信と力がみなぎり、目の前の敵に立ち向かうための勇気が生まれる。


 いつの間にか集まっていた生徒たち数人の姿に、厳しいはずの戦いの中で、フローラは確かな笑みを浮かべていた。


「私の声に合わせて、あの細いところに向けて魔法を撃って!」


 その声で、生徒たちが魔法を構える。周囲の生徒たちは、大型撃退の役割を担った生徒たちへの攻撃を妨害するべく、必死に抗戦している。


 一方で目の前にいる大型の個体は、何かしらの気配を感じ取ったのか、その両腕を振るって生徒たちに襲い掛かろうとしていた。予備動作へと入ろうとする動きは、図体ほどの緩慢さはない。


「今!!」


 しかし、遅いことに変わりはなく、攻撃を繰り出そうかとするその瞬間に、フローラが号令をかける。自らの水魔法による高水圧の水流と、周囲の生徒が放った色とりどりの魔法が、大型の個体へと放たれた。


 そして、多少の誤差はあるものの、フローラの指示通り大型の個体の細くなった腰部へと突き刺さる。回転攻撃により弾こうとしていた大型の個体は、遅すぎた初動のせいで、その腕を振るうための土台を破壊され、何も出来ずに地面に伏せる。


「もう一撃! 今度は思いっきりぶつけるよ!!」


 今度はセレシアの声に合わせて、各々が魔法を放つ。地面に伏せた大型の個体の上半身を撃ち抜くような魔法の数々は、上半身どころかその中に入っていた複数のコアすらも粉砕したのだった。


「やった……!」


 フローラも含め、撃退に加わった生徒たちを中心に歓声があがる。力を合わせることで撃退に成功した、という事実は、フローラだけでなくその場にいた生徒たちに希望をもたらす。



 その次の瞬間、雰囲気すらも切り裂いて、セレシアの大きな声が響き渡る。


「みんな避けて!!」


 突如として発せられた声に、得られた希望に浸っていた他の生徒は反射的に少し固まる。何があったのかと、戸惑いで行動を制限された生徒たちは、そこを動くことが出来ない。


「せめて……!!」


 セレシアは横にいたフローラを抱えるような体勢で、横の道へと飛び込もうとする。フローラは戸惑いの声すらあげられず、為すがままにされていた。


 まもなくして、踊り場に向けて、どこからともなく放たれた魔力の集束砲が通り抜けていく。轟音をあげ、全てを破壊しながら突き進む奔流は、やがて壁へとぶち当たり、こじ開けて宙へと抜けていく。



 少しの間廊下を通り抜けた無慈悲な光の奔流は、掴めたかもしれない希望の未来を、無理やり押し流していくのだった。


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