第20話 終わりと始まりの繋ぎ目



 巻き込まれる形で転移し、正確な所在が分からなくなっていたエースと、森の中で合流したミストたち。


 振り向いたエースの背後で繰り広げられている翼竜と竜の戦いを見て、フローゼだけが困惑の表情を見せていた。


「どうしてあの2匹が戦ってるの……?」


 おそらくは彼女の想定とは、現実が大きくかけ離れていたか。零される言葉に色濃く出ている戸惑いが、周りにそう思わせていた。


 それ以外の面々は、空中に浮いているヒールとメールも含め、警戒の色を強めている。


「なぁフローゼ」


「あ、はい、なんでしょう?」


「あの2匹、どっちも倒してしまっていいやつ?」


 未だ事実をきちんと知らないエースは、おそらくこの場で一番多くの情報を持つフローゼに対して、確認のために言葉を飛ばした。


「やっちゃっていいやつです。ただ、あの翼竜の方は私に任せてください。何とかします!」


 フローゼからは、ほとんど間を置かずに答えが返された。


 後の一文は、おそらくは責任感から来る発言だと、エースは考えていた。とはいえ、やる気に満ちている彼女の答えを否定する必要は全くない。


「オーケー。2体同時にまともに相手するのはきついから、それで頼む」


 故にエースはフローゼに対して、了承の言葉を返した。


 そうして、どちらも倒しても問題ないということが分かった後は、久々にやりとりするような気分で、ミストたちにも言葉を向けた。


「再会して早々頼むことじゃないんだけど……一緒に戦ってもらってもいいか?」


「ここまで来て見捨てる方が無理でしょ」


「巻き込まれたのは僕らも同じだしね」


「うん、任せて」


 セレシア、ミスト、フローラの順に発せられた、三者三様の、しかし意味はすべて快諾を示す返事。巻き込んでしまった彼らの好意的なその反応に、エースはまたニヤリと笑った。


「ありがとう。んじゃ、前は俺とフローゼで務めて、残り3人で上手く支援してもらう形にするかな。下手に決めない方が楽だと思うし」


 エースの割り振りに、異を唱える者はいなかった。各々が未だ空中でやりあっている翼竜と竜に相対する心構えを、既に持っているようだった。ヒールとメールには流石に役割を与えることは出来ないが、手出しが出来ないと分かっているならばしないという判断が出来る2匹であるが故に、エースの方から何かを支持することはない。


 そうして、場を動かすための準備がほぼ整った。あとはエースの中に残る少しの不安を、消すための準備だけだ。


「というわけで……ミスト、あれだけデカいと大変そうだし、力貸してくれ」


「なるほど?」


 エースの言った言葉の最後の一文に、ミストの眉が少し上がる。


 通常、『力を貸してくれ』というのは、単純に言われた側の能力を貸してくれ、という意味だ。


 しかし双子の片割れであるエースにとっては、その言葉は、ある意味で覚悟のいる言葉だった。双子であることを利用し、性質の似た別属性の魔力によって、もう片方の属性を使うための鍵を回す行為は、己が異質であることを認めている証拠だ。


 それ故に、エースはこの能力――エースは『共鳴』と呼んでいる――を使うところを選び、ミストの方からこの言葉を言うことはない。前線に飛び込んで行くのは、いつもエースの役目だからだ。


「いいけど、あとで倒れないでよ」


「後のことは後で考える。後先考えてどうにかできる相手じゃなさそうだからな」


 ミストの忠告にエースがそう返した後、呼吸を合わせて1つになるイメージで、それぞれの利き手の拳をぶつけ合わせた。


 直後、春に似合わぬ氷の嵐が周囲に吹き荒れる。次第にそれは不自然に細く棒のように集約していき、数秒後には急に何もなかったかのように消えた。


 その突然の吹雪を、女性陣は驚いた様子で見ていた。フローゼだけが思い当たる節があったのか、声を発する。


「もしかして、それがお父さんが昔話で言ってた『共鳴』……」


「そっか。フローゼは未来の俺から聞いてるのか」


 風を纏いながら、エースは少しだけ優しい笑みを浮かべて、フローゼの言葉に反応した。


 しかし表情はすぐに、戦地に飛び込むために真剣なものへと変わる。エースと同じ前衛を務めるフローゼも、それを見て同じように表情を引き締めた。


「じゃ、行くぞ」


「はい!」


 両手に氷の剣を持ったエースと、氷の刃をつけた棍を右手に持ったフローゼが、突入の構えを見せる。その後ろには、ミスト、フローラ、セレシアが魔法による援護体勢を整えていた。


 そして、やりあっている2匹の元へ、エースとフローゼが同じタイミングで駆けだした。


 風によっていつもよりもさらに速度が増しているエースが、先に翼竜と竜の戦いの場に入り込む。2匹はエースの接近に気づき異分子とみなして対処をしようとするが、エースの飛び込む速度の方が早かった。


「相手が悪かったな」


 竜に向けて放たれた圧倒的速度の突きが、翼に突き刺さる。纏う風によって増したその威力は竜の青い鱗を易々と切り裂き、結果として竜の飛行高度を下げさせるのに十分な攻撃となっていた。


 その一方で、割り込む形で己の獲物をとられた翼竜が、竜と相対するエースに向けて攻撃を仕掛けようとする。


 それを、遅れて飛び込んできたフローゼの氷の槍が阻止する。攻撃そのものは当たることはなかったが、竜とエース、翼竜とフローゼがそれぞれ単独で相対する形になるような立ち位置になっていた。竜と翼竜はそれぞれ乱入者に対し、恨めし気に鳴いていた。


 分断完了も束の間、エースは既に次なる攻撃の予備動作へと入った。敵視する竜は迎え撃つべくと口を開いて至近距離で火球をぶつけようと、こちらも予備動作へ入った。


「させないよ」


 そんなミストの言葉と共に、竜へと風と爆発が襲い掛かる。的確なタイミングで挟まれたミストの風魔法とセレシアの炎魔法が行動阻害とダメージ付与を両立させ、加えて注意がそちらに向く間に、一瞬だけ竜の意識の外に出たエースの、二刀での攻撃が竜の背中に叩き込まれた。


 いつもならば跳んだところで届かない高度へ風の力が押し上げ、竜の背へとエースを運ぶ。そしてその両手に握られた剣は、竜の青い鱗を血塗りにすべく切り裂いていく。その代償として浴びる返り血は気にすることなく、エースは斬りつけている背中を踏み台にしながらの連続の剣撃を叩き込み、追撃として風で勢いをつけた氷塊を落とした。


 その連続攻撃により背中に強烈なダメージを負ったことで、竜は飛行能力の使用を止めざるを得ないようだった。地面に2本の足で降り立った後、己に刃を向けるエースに対して怒りの咆哮を浴びせた後、図体の大きさを活かしたその場での回転による薙ぎ払い攻撃を行ってきた。


 その攻撃を、エースは二刀を重ねた防御の構えで受けた。ダメージこそないものの、勢いによって弾き飛ばされるが、すぐさま受け身をとって体勢を整えた。


 そんなエースに、背後から大きな火球が迫る。明らかに反応の間に合わないそれに、エースは衝撃への備えとして身構えた体勢を取る。


 しかしそれは突如現れた氷壁に衝突し、氷の破片を飛び散らすだけにとどまった。フローゼが翼竜のまき散らした火球を見て、咄嗟に氷壁を展開したようだった。


「お母さん!」


「分かった!」


 ほとんどの中身のないやりとりが、フローゼとフローラの間で交わされる。無差別にまき散らされた火球により木々に燃え移った火を、フローラの放った水魔法が消していく。さながら火を飲み込む蛇のようなそれは、寸分の狂いなくすべての延焼を防いだ。


 その間に、フローゼは翼竜へと向かい、空いていた左手で氷魔法を発動して翼竜へ一撃を入れた。元々転移前にエースの怒涛の攻撃でかなりダメージを負っていた翼竜は、フローゼの作り出した氷塊による攻撃に反応しきれず、よろめきながら地に降りた。


 一撃で地に降りた翼竜へ、氷の穂先を持つ槍と化した棍を握ったフローゼが、勢いよく接近していく。空けていた左手にも棍を添え、両手持ちになったフローゼは、踊るようにその刃を翼竜の身に刻み込む。


 翼竜は、早くも力尽きそうな姿を見せていた。翼膜の端には破れたような跡が残り、その黒い鱗には、分かりづらいが血がにじむ。


「もう一息……!」


 内に秘めている優しさ故か手に持つ棍の先を球状に変えてはいたが、最後の一押しとばかりに、フローゼは上段構えの振り下ろし攻撃を放つ。翼竜はそれを迎え撃とうと、その巨体に身を任せた突進でフローゼを押し返そうとする。


 しかし、この場にいるのはフローゼだけではない。ミストの風魔法に氷が合わさり、上からの奇襲を受けた翼竜は行動出来ずにその場にとどまる。そこにフローゼの振り下ろし攻撃が当たり、少し間をおいて下から強烈な水流が突き上げたことで、翼竜はそのダメージで完全に地に伏せた。


 最後の一鳴きを響かせて、息絶えた翼竜の姿を、フローゼは少しだけ悲しそうに見る。


 翼竜に対し、最後の一撃となる水流での突き上げ攻撃を当てたのは、フローラだった。彼女もまた、悲哀の色を真剣な表情に少し加えて翼竜の様を見ていた。


 一方でこちらもその様を見ていたエースは、翼竜の果てる姿を気に留めることもなく、水流と同様の突き上げる形での攻撃を、氷魔法で生成した氷柱を使って行っていた。竜に対して放たれていたそれは、当てるのではなくその身を挟むように乱打され、竜の身動きを封じる。


「セレシア!」


「任せて! ブラム・エクスプロージョン!!」


 エースの呼びかけに応じたセレシアが、身動きの取れなくなった竜に向けて爆発魔法を放った。炎魔法の中でも最大級の威力を誇るそれは、青く厚い龍鱗に覆われている竜に明確なダメージを与え、傷口への衝撃を与えていた。


 竜はその痛みに対して、明らかに悲痛に染まった鳴き声をあげていた。少しの罪悪感が一部の面々に宿るが、すぐに振り払って追撃を行う。


 翼竜の撃墜により手が空いたフローゼと共に、エースは竜に向けてまた距離を詰めていた。氷柱を砕いて身動きをとろうとしている竜は詰めてきている前衛2人に対して、これまでとは違う様相の火球を放ってきていた。


 直撃する軌道ではないが、進行方向に落ちると分かったそれに対し、エースとフローゼは回避すべくやや横に逸れる。


 だがその火球はゆっくりと地面に刺さった直後に爆発し、広大な範囲に爆風をもたらした。その威力は、前衛後衛問わず影響を与え、瞬間的に後衛の面々の視界を塞ぐ。


 そして、前衛には視界不良だけでなく、強烈なダメージをもたらしていた。


「きゃああ!?」


 避けきれない威力の爆風を受けて、やや軽いフローゼの体が少しの間宙に放り出され、その後ある程度の距離地面を転がった。


「フローゼ!?」


「大丈夫!?」


 視界が晴れた後、それを見たセレシアとフローラが、フローゼへと近づき、すぐさま水魔法での回復が試みられる。衝撃と痛み、熱によって瞬間的にかなりのダメージを受けるそれに、フローゼは地に伏せるしかなかった。


「お父さんは……!?」


 自身よりも先を行っていたエースの姿は、自身の傍にはない。



 位置的にフローゼよりも近い位置で爆発を受けたはずのエースの姿は、先ほどよりも竜に近い位置に、二刀ではなく手甲を纏った姿で存在していた。


 近距離で熱波を受けて衣服はボロボロになっていたが、それでもエースは確かにその両足で大地を踏みしめ、竜と相対していた。それを見たフローゼが、驚きの声をあげる。


「あの爆風を無理やり突破したって……無茶苦茶過ぎませんか?」


「それをやってのけて、後でフローラの回復が必須になるのが、フォンバレンくんなのよね」


 セレシアの言葉に、ミストとフローラもうなずく。


 目の色を変えたエースは、未だ身動きが取れない竜の頭に攻撃を叩き込んでいた。


 蹴りはさながら命を刈り取る鎌の如く放たれ、拳はまるで槌のように脳天を揺らす。


 攻防どちらでも優秀な氷属性に、速度におけるアドバンテージをもたらす風属性。その2つをもって繰り出される強烈な攻撃の数々は、さながら吹雪のように竜を襲っていた。


 眼前で高速で動き回るエースを、竜はその図体の大きさゆえにとらえきることが出来ない。氷柱を破壊することは叶ったが、エースをどかして反撃に移ることは、どうやら不可能なようだった。


 エースの高速の右拳が、竜の顎を捉える。


「エース、避けて!!」


 直後聞こえてきたミストの声に反応し、エースが左方向に移動する。


 ほとんど間を置かずして、ミストの風魔法と氷魔法の合わせ技が、竜の頭上から襲った。


 最初に明確なダメージを受けた時と、図らずして同じになったその攻撃は、ついに竜を仕留めたのだった。








「っはー疲れ――いって!!!?」


 静寂が訪れようとしていた時渡の森に、エースの間抜けな声が響く。


 今日の朝という短い時間の中で3回も大規模な戦闘をこなしたが故に、その身には確かにダメージが蓄積していた。だがいつの間にかその辺りの感覚が麻痺していたようで、今になってその全てが返ってきたのだった。


「お疲れ様です」


 仰向けに倒れ込んだエースの頭上から、フローゼが顔を覗き込むような形で声をかける。


「お疲れ。フローゼ、大丈夫か?」


「私は大丈夫です。それよりもまずはご自分の心配をしてください。無茶苦茶すぎます」


「はい」


 いつか、どこかで聞いたような言葉に、エースは苦笑いしながら短く答えた。


 そんなやりとりの後で、後衛を務めた面々もエースのところへ近づいてきていた。


「大丈夫?」


「ああ。色々痛いけど」


「それを大丈夫とは言わないんだよ、フォンバレンくん」


 目線が近くなるようにしゃがみ込んだフローラの顔は、エースの返答を聞いて、少しの困り顔も含まれた優しい笑みになる。その後、フローラは左の掌をエースの鳩尾の辺りに当てて、水魔法を唱え始めた。


 全身に暖かい感覚が行き渡り、痛みや傷の感覚を押しのけて遠ざけていく。少し時間はかかったが、エースの体は全快に近い状態になっていた。


 フローラの左手がエースの体を離れると、エースは感覚を確かめながら上体を起こした。


「いつもありがとう」


「このくらいお安い御用です」


 笑いながらそう返すと、いつの間にかエースの元に飛んできていたヒールとメールが空中でくるくると回っていた。おそらくは喜びを表しているのか、元気な鳴き声を響かせている。


「ひとまず、終わったと見ていいの?」


「まぁ、大丈夫だと思うぞ」


 周りを見回しながらのセレシアの言葉に、エースは立ち上がりながら己の予測を言葉として返した。翼竜も竜も、また動き出す気配は感じられない。動き出したとて、また対処をすればいいだけの、簡単な話ではある。


「大丈夫と言えば……フェアテム、あんたはこれでよかったのか?」


 思い出したように、エースが、いつの間にか少しこちらへと近づいてきていたフェアテムに向けて問いかけを投げた。


「別に構わないよ。自然の摂理だからね。敵対すれば、そういう運命を辿るものさ」


 フェアテムはあっけらかんとした言い方で、そう言葉を並べた。その理念に納得できるか否かはさておきとして、問題ないならこのまま事を収めてしまってもいいだろうと、エースは考えていた。



「そっちが問題ないなら、これできれいさっぱり終わったわけか」


「そうですね。お別れ、ということです」


 言葉の途中で、エースはフローゼに視線を向ける。


 向けられた側のフローゼは、名残惜しそうな表情を浮かべながらも、来てしまった別れの時間を受け入れていたようだった。


「あっ、セレシアさんから借りたこのパーカー、どうしましょう?」


「流石にそのまま帰らせられないし、お土産代わりにあげるわ」


「すみません。お言葉に甘えて、このまま着て帰ります。色々とありがとうございました」


「いいのいいの。こっちも色々と楽しかったし、貴重な体験が出来たから、お互い様ね」


 気遣いの言葉に対して、フローゼが丁寧に頭を下げる。礼儀正しい仕草に、セレシアは笑みを浮かべつつ言葉を返していた。その表情には、名残惜しさはあまり出ていない様子だった。


 そんな姉とは対照的に、フローラは名残惜しそうな表情を浮かべていた。再び頭を上げたフローゼの視界に映るその表情は、彼女に一度受け入れたはずの別れと、それに伴う思いを呼び起こさせていた。


 直後、フローゼが駆け寄ってフローラに抱きつく。一瞬驚いたフローラも、それを受け入れて同じようにその腕をフローゼの体に回した。


「未来に戻れば会えると分かってるけど、やっぱり寂しいです。もう少し、同じ年のお母さんと――フローラさんとお話したかったです」


「うん、私も寂しいし、もっとお話聞きたかったな」


 うっすらと涙を浮かべた2人は言葉を交わした後、もう一度お互いを抱きしめて、そして離れた。


「あんまりぎゅっとしてると惜し過ぎて帰れなくなりそうなので、これ以上は止めておきます」


「そうだね」


 もう一言交わして、フローゼはフローラのところを離れた。


 次に近づいたのは、エースとミストのところだった。今度は少し晴れやかな表情で、フローゼが2人を見つめる。


「ミストさん、泊めていただいてありがとうございました。本当に助かりましたし、楽しかったです」


「うん。最初は警戒したけど、僕も楽しめたし、よかった」


 フローゼの言葉に、ミストが柔らかな笑みでそう返す。当初一番警戒していた人間も、やりとりを通じて自然とやりとりをしていた。


「ヒール、メール、もふもふ気持ちよかったよー。お父さんと仲良くね」


 エースの傍にいたヒールとメールにも、フローゼが言葉をかける。来訪直後からフローゼを敵視することのなかった2匹は、その言葉に一鳴きずつ反応を返していた。


 そして最後に、エースだけに水色の視線が向く。


「お父さんは、お母さんとハグしたことないんですよね?」


「まぁ、ないな」


 フローゼの問いに、エースは間を置かずに答えた。周りの目があることの方が多く、そういう行動をできる機会自体がないのが、その主な理由だった。


「本当はですね、お母さんと同じようにぎゅーっとしたかったんですけど……そういうスキンシップの始めてをお母さんからとってはいけないので、止めておきます」


「出来た娘だね」


 フローゼの言葉に対して、ミストがいつものようなからかい調子で反応し、フローラが少しだけ赤面する。


 それをセレシアとフローゼが少しだけ笑って、エースは頬を指でかいている。


 最後の和みを経て、またフローゼが口を開いた。


「お父さんの話もいっぱい聞けて、嬉しかったです」


「ああ。俺も、やりとり出来て楽しかったよ」


 好意的な言葉に、エースも優しい笑みと言葉を返す。約半日の貴重な体験は、エースの中で一際輝く思い出として、残り続けていく気がしていた。


 全員に言葉を残したフローゼは、すっきりとした表情でフェアテムの方を向いた。


「神様、転移門を開いてもらえますか?」


「分かった、帰りの門を開こう」


「はい、お願いします」


 フローゼの返答を聞いて、フェアテムが洞窟の入り口に転移門を開いた。遠くから微かに見える煌めきで、門の開通が見て取れた。


 フローゼがそちらへと歩いていくのに合わせて、エースたち一行も見送りのために歩いていく。


 そうして、洞窟の中がはっきりと見えるほどになって、全員が足を止めた。


「では、お別れです。最後に……私じゃない、私の代わりに、1つだけ言葉を置いて帰ります」


 洞窟の前に立ったフローゼが、エースたちの方をくるりと振り向いた。


「未来で、待ってます!」


 満面の笑みでそう言うと、フローゼの姿は、洞窟の奥の揺らぎへと消えていった。おそらくは無事に転移を終えて、元の世界に戻っていったのだろう。


 そうして、いつもの面々だけが残された空間が出来る。


「行っちゃったな」


「そうだね」


 隣り合う位置に並んだエースとフローラが、今朝の見送りの時と同じように、名残惜しさを言葉に変えてこぼした。


 時が運んできた非日常は、どうやら終わりを迎えていたようだった。


「さて、じゃあ帰るとしますかね。俺たちの未来が待ってる」


 エースのその言葉に、ミスト、セレシア、フローラが頷き、何故かフェアテムもそれに満足げな表情を見せる。



 事の完全な終わりを経て、エースたちはまた、元の日常に戻っていくのだった。


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