第19話 全てが繋がる場所
「何も変わらん……」
やや暗い洞窟のゴツゴツとした岩肌を見て、エースが恨めし気に言葉をつぶやく。
自分以外の事を知っている面々が列車で移動しているとは知らないエースは今、洞窟の中で身を休めているはずの翼竜を探していた。手がかりこそ得られたものの、フェアテムからの助力が一切得られない中で、その身一つで探し当てるのは、普通に辛い所業である。
おまけに再突入した洞窟の中にあるのは、これまでの2回の探索とは変わらない、岩肌ばかりが並ぶ光景。代わり映えしない景色は、エースに相応の虚無感を供給し続けている。
これだけでも肉体と精神に相応のダメージが来る条件が揃っているが、エースが最も面倒に感じているのは、始めてのまともな探索によって分かった洞窟の仕組みだった。
泉から入ることの出来る洞窟は、中から外に出るには手間がかからないが、逆の経路はどうやら入り組んだ迷路のような構造になっているようだった。石に宿っている神的能力の一部である地図上の、2つの光点の僅かなずれを頼りに探すエースは、何度も曲がったり横道に入ったりを繰り返しており、どのくらい進んだか、既に正確なものを覚えきれていない。
流石に肉体的な疲労が見え始め、歩みが少し鈍くなってくる。おそらくは殺す必要があると考えて、そう出来るように切り替えたはずの気持ちも、段々とその鉄仮面がはがれ始めていつもの調子に戻りつつあった。
「いくら何でも不親切すぎる……」
あとどれほど続くか分からない道の途中で、エースの口から、フェアテムへの不満がこぼれ出る。価値観や判断の基準が違うことを分かっていて、それでもなお喉元で止めることが出来なかったのは、その対応の雑さがあまりにもエースたちの負担になっているからだった。
エースの知る範囲ではその理由が部分的に不透明なところはあるものの、黒鱗に身を包んだあの翼竜が今後エースのことを狙わない、もしくは何かしらの被害を出さないという保証はない。全く関係のないところで生まれた被害ならただ起きた事実として処理することが出来るが、巻き込まれる形での今後の被害が想定でき、それを今ならば未然に防げるのであれば自発的に動くべきなのは自明の理である。
とはいえ、もはや義務ですらあるのではないか、という今朝の一連の出来事への対処は、少し考えてみれば時の神様であるフェアテムが動いていれば全て済んだ話なのではないか、という考えを、エースは合わせ持っていた。
少なくとも、こちらの世界においてエースが連続で戦闘をすることは避けられた、ということだけでも不満点になりうるが、未来の娘であるフローゼがあれこれ悩んだり気に留めたりする必要はなかったのではないか、という思いがエースの中に不満を募らせている。
ただし、動いてしまったからには、事は戻せない。それ故に、エースは再び石に魔力を通して地図を開いた。
エースの位置を示す光点と、翼竜の位置を示す光点は、僅かにだが近づいているように見えた。それが仮に見間違いだとしても、近づいている、と楽観視していかなければ、同じ景色を幾度も見ながらの捜索を不満を持ちながら行うことなど出来るはずもない。
僅かなずれは、地図上のエースの位置から左上方向。地図を空中に広げたまま、エースは、その僅かな差との戦いを再び始めた。
もはや唯一の希望である、地図上に示された己の進行方向。現実は何も目印のない道を、まさに神頼みの状態で地図と照らし合わせながら進んでいく。
その道中で何度守護者たるシェルトエレメントとすれ違い、何度少しの慄きを覚えたか、エースは数えることすらしていなかった。実際には襲われることはないと分かっていながらも、体が反射的に警戒態勢へ入ろうとしてしまうのは止められない。余計に神経をすり減らしながら、奥へと足を進めていた。
最後に愚痴をこぼしてから十数分後、幾度かの折れ曲がりの先で、地図上の光点2つがようやく重なるポイントに、エースはたどり着いた。
「頼むからあってくれ……」
『神は嘘をつかない』
冬の事件の際に、エースは現実と夢の中で何度もそう言われた。実際、エースの覚えている限りで嘘をつかれた記憶はなく、今回もそうであるならば、光点のある場所に翼竜は必ずいる。
とはいえ、あまりにも長く代わり映えしない道を歩き続けて疲弊した今、エースの中には懇願するような思いが確かにあった。最後になってくれ、という思いで、エースは角の先の世界を、その両目で見た。
「何も……ない」
そこは、どこからどう見ても行き止まりだった。エースが目覚めた場所と同じような、周りを岩壁に囲まれただけの場所だった。自身の行動が徒労に終わったのか、と思わざるを得ないような光景に、エースの身体に溜まっていた疲労が存在感を増してくる。
この出来事の中でエースが得られるメリットは、解決した後でしか得ることが出来ない。この物事が中途半端に終わってしまっては、積み重ねた時間とそれに付属する疲労が残るだけの、無駄足に等しいものとなってしまう。
そんな精神的に参ってしまいそうな未来に終着しそうな現実から、エースは何も考えずにもう少しだけ進んだ。
「お……?」
すると、何かに反応したのか、目の前の空間が揺らぐ。それは、この洞窟から出る時と同じ、別の場所同士を繋ぐ転移門だった。
エースはその先にためらいなく足を踏み入れた。そして、その先にまだ少しだけ伸びる道を真っ直ぐ進み、最後の角を左に曲がった。
「……おったわ」
そこでは、先ほどまで戦っていた黒い鱗に黄土色の翼膜を持った翼竜が、丸くなって寝ていた。
何を気にするでもなく寝息を立てて寝ている様に、エースの疲労とやる気が、少しだけ抜ける。驚くだけの気力は、既にどこかに落としてきていた。
翼竜を見つける、という目的を達成したエースは、一度周囲を見回した。
ここまでと同じように岩壁しかないこの場所は、エースがこの洞窟で目覚めた場所よりは大きいエリアだったが、それでも戦闘をするには流石に狭いと言わざるを得ない。
「ここで暴れられるのは、流石に崩落とかしそうできついな……」
攻撃がたまたま天井に当たるなどして崩落し、何かしらの被害を受けてしまう、というのは、エースが一番に避けたいことだった。しかしそうなると、この場所で翼竜を倒すには一撃で葬ることが必須になるのだが、エースは一発で頭をぶった切るような芸当は苦手であった。
造形魔法は常用しているため剣の大きさ調節は全く問題ないが、エースの剣術は手数を重ねるタイプであるが故に、一撃必殺で葬るのはかなり厳しいと言わざるを得なかった。
もし一撃必殺し損ねた場合、もちろんそのまま戦闘に突入することになる。ただし、暴れる翼竜の攻撃が周りを崩す前に対処しなくてはならないという、難易度の上がった状態での戦闘をすることになると考えた時、エースは流石にここで戦闘をする、という案を採用する気にはなれなかった。
故にエースは、ここから翼竜を出すために、あえて起こすという選択肢を選んだ。
「わりぃな。こっちも色々あるんでな」
翼竜の顔面に、目覚まし代わりのエースの回し蹴りがクリーンヒットする。
その予期せぬ頭部への衝撃に、翼竜は驚いたような鳴き声をあげていた。その両眼が開き、目の前にいるエースを視界に捉えると、明らかな敵意を見せる。
「こっちだ」
おそらくは理解されていないだろうその言葉を口にして、エースは今自身が来た方向へと進んだ。翼竜は、エースの移動に伴ってその体を動かし始めていたが、縦方向がやや狭い空間であるが故に、地面を這うような形でややゆっくりと移動していた。
これまでのエースの移動距離を考えると、戻る際にも相当な距離を移動しなくてはならないはずだった。しかし、エースは明確な根拠はなしに、外に出る経路はすぐそこに開かれるだろうと確信していた。
そのエースの目論見は当たったようで、曲がり角を曲がってすぐの直線の先の空間が揺らいだ。そこに向かって走り抜けたその先には、これまでと同じ岩壁の他に、外から光が差し込む出口が存在していた。
エースはその足を止めることなく、外に向かって走り続けた。全速力ではなく翼竜が地を這いながらも追跡できるギリギリの速度に留めて、という若干のもどかしさを抱えながらではあったが、エースが頭に即興で描いたシナリオをたどることは出来ていた。
エースの視界のほとんどが外の世界に切り替わると、世界に降り注ぐ日光が、エースの目に強烈な刺激を与える。若干その眩しさに目を細めるが、足は止めず、むしろ早めていた。
「おや、おかえり。戦闘をするなら、この泉から離れてくれると嬉しいね」
「不親切をとことん極めるな」
そんなエースにフェアテムから言い放たれた、あまりにも苦労知らずな言葉。時間があったなら立ち止まってずっとぶちまけたであろう、内に秘めていた不満を、エースは走りながら簡略化してぶつけた。
そしてやりとりをそれ以上は続けず、正面に見える泉のすぐ傍を走り抜けていく。背後を一切振り返らず、己の感覚で十分遠ざかったと判断すると、そこには降り注ぐ陽の光を背に浴びた翼竜が、地から離れて滞空していた。
「ようやくぶっ放せるな」
エースのその言葉に、翼竜も鳴き声を返した。
そこに、さらに反応を投げるかのような咆哮が聞こえてきた。聞きなれないその重低音に、エースはその音の方向――上空を向いた。
降りてきたのは、青い鱗を持ち、目の前の翼竜よりも一回り大きい竜だった。その竜は、何故かエースの方を向いて圧をかけるかの如く唸っていた。
――マジか。
予想外の乱入に、冷や汗が流れる感覚を覚える。
それは、エースがこれまでに遭遇したことのない大きさの個体だった。その背中にはどこかで戦闘をしたのか鱗に若干の血がついているが、それを気に留める様子は竜にはない。
物事が、悪い方向へと傾いてしまっている。そう感じさせるだけの光景が、眼前にあった。
エースが戸惑いでその場から動かない間に、翼竜が明確な動きを見せる。
しかしそれはエースに対してではなく、乱入してきた翼竜に対してだった。周りの延焼など気にすることもなく、その口から火球を放つ。
それを、青い鱗の竜は翼を盾のようにして防いでいた。かなり勢いのあるはずの火球を身一つで防ぎきってしまったその耐久力に、エースは思わず唾を呑んだ。
この三つ巴になりそうな状態で、攻撃を防ぎながら2体ともにダメージを与える必要があるのは、理解していても出来るかどうかは分からない。そうなると迂闊に手を出せないのだが、受け身ではこの場をしのぎ切るのは難しい。
始めてエースに向けて飛んできた火球攻撃を、横っ飛びで回避する。先ほどまでいた場所の地面はえぐれ、跡が残る。
次の一手をどうするか悩みながら、エースは空を舞う2匹を、地上から見据えていた。
「お父さん!!」
その耳に、また別の声が聞こえる。未だ17歳のエースのことを、そのような呼び方で呼ぶ人物は、今のこの世界には1人しかいない。
エースが声に反応して振り向いた先には、その来訪を待ち望んでいた少女――フローゼ・スプリンコートと、いつもの面々――ミスト、セレシア、フローラ、ヒール、メールがこちらへと向かってきていた。
それを見たエースは、次の一手が見つかったとばかりに、戦地の中でニヤリと笑った。
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