第18話 揺られて向かって



 エースが時渡の森の中で目覚めるよりも少し前、サウゼル魔導士育成学校及びその近辺エリアにいたエース以外の4人は、時渡の森最寄りの町グリニへ向かう列車に乗り込み、対面に2人ずつで4人が座れる席を1つ分陣取って座っていた。


 そうして座ったフローラとフローゼの膝元には、それぞれヒールとメールが丸くなって居座っている。騒ぎ立てることもなく、ただ丸くなっているだけの2匹を、母娘は似たような様子で優しく撫でながら時を過ごしていた。


「前と比べると、やっぱり人が多いね……」


「まぁ、前は夕方だったからね」


 セレシアとフローラが、それぞれの感想を述べる。


 2人の言葉に出てくる前――つまり冬の事件の時は、放課になってから暗くなるまでの時間が今と比べるとやや早い。列車は暗くなった時間でも外套のない場所を通っていくことから、夕方に列車を用いて遠出する人は少なくなる。そのこともあり、当時列車に乗っていたのは、セレシアとフローラ以外には1人か2人。


 しかし今はまだ朝であり、そして休日である。もちろん人はそれなりに多く、既に情報過多な朝の出来事を全員に共有するには、流石に話しにくさが邪魔をするような状態であった。


「これだけ人が多いと、あれやこれや話せませんね」


「まぁでも、ナトゥーラ過ぎたら人結構減るだろうし、話し始めるのはその辺りかな」


 フローゼの感想に、セレシアがそんな言葉を返す。


 ナトゥーラというのは、今は彼女たちの実家が、未来世界ではフローゼの家がある町の名前である。サウゼル魔導士育成学校の近辺では大きめの町であり、育成学校の生徒に限らず人の出入りは多い。


 また、ナトゥーラの町は近隣の町のベッドタウン的役割を持っている。ナトゥーラの町を越えて北上すると山岳地帯になっていくため、そこを境目に列車に乗る人員は少なくなる、というのが、常用するセレシアとフローラの見立てである。


 しばらくは流れていく景色を見ながら、周りの乗客と同じような他愛ない話をするだけの時間になる。サウゼル魔導士育成学校最寄り駅を発車し、しばらくは景色を眺めていた一行の会話のきっかけは、いつもは反応を受けて広げていく役割を担うミストであった。


「はぁ……」


「どうしたの?」


「いや、お金きついなぁ、と思って」


 小銭入れの中身を見ながら、ミストがそう呟く。


 中にはきちんとお金が入っているが、それはミストだけではなくエースの帰りの料金も入っており、その分を使ってしまうと中身はほぼ空になる想定だった。


「すみません……」


「まぁ、乗り掛かった舟だから、そこはあんまり気にしないで」


 フローゼの申し訳なさそうな声を聞いて、ミストは小銭入れを閉じてやや作り笑いでそう返した。決して裕福とは言えないフォンバレン家の財政事情に影響を与えていることは間違いない。ただ、それをフローゼにとやかく言うのはあまりにもお門違いな話である。


「私の雀の涙ほどのお小遣いであれば、全然大丈夫なので……」


「なんだかスプラヴィーンくんが悪者みたいに聞こえるセリフね」


「ええっ全然そんなつもりは」


 セレシアが何気なく言い放った言葉に、フローゼが解釈違いへの弁明に慌てる。おそらくは冗談で言った言葉に本気で慌てているその様で、セレシアとミストが小さく笑った。


「なんか、誰かさんを見てる気分。ねぇ?」


「あはは……」


 急に話を振られて、フローラは苦笑いを返した。いつも慌てたり赤面したりと、一番被害を受ける彼女は、今のフローゼの気持ちが一番よく分かっていた。


「最近ちょっとずつ耐性ついてきたけど、フローラの反応もあまり変わらないからねー。見てて飽きない」


 ついでにさらりとセレシアからそんな言葉が放たれると、フローゼからは同情の視線が飛んだ。


「苦労してるんですね……」


「分かってくれる?」


「なんか、分かります……」


 素直な分人の言い分を信じやすく、からかわれやすいフローラと、その遺伝子を受け継ぐフローゼ。理解できる者同士、時を越えた分かち合いが、列車の中で行われる。


 そんな彼女たちを連れた列車は進み、通過ポイントであるナトゥーラの町に差し掛かろうとしていた。居住している面々にとっては見慣れた光景である、駅前の噴水広場がホーム越しに見えていた。


「おお……綺麗な町だね」


 車窓から見える綺麗な街並みに、ミストが感嘆の声をあげる。


 昨年夏の事件の際には移動は馬車を使い、冬の事件では列車に乗らずサウゼル魔導士育成学校に残っていたミストにとっては、白を基調としたデザインの噴水広場は始めて見る光景だった。


「こんな風に観光地みたいに見えるのは、駅の周りだけだけどね」


「他はどうなってるんだい?」


「家とかお店とかがとりあえず並ぶ感じ。殺風景ってわけでは全然ないけど、駅前を見た後だと物足りなくは感じるかも」


 ホームからでは見ることの出来ない部分が、セレシアの口から語られる。休日ということもあり、思い思いに過ごす人々でごった返す様が、車窓の向こう側にある。


 そこに向かおうとしている人々は、今ちょうど列車を降りている最中だった。入口が狭いのではないかと錯覚させるくらい、流れ出るように人が外に出ていき、あっという間にがらんとした客車の空間が出来上がる。


「本当にいっぱい降りるんだね……」


「この先に住んでる人もいるけど、出身だから、って人ばっかだし、観光名所は列車使わなくても歩いていける距離だからね」


 そんなミストとセレシアの会話が繰り広げられているうちに、列車は乗客を降ろし終わり、次の駅に向けて出発し始めていた。わずかな振動と汽笛でそのことを知った一行は、表情を引き締めて本題へと移った。


「さて、そろそろ話し始めるけど……フォンバレンくんが転移したってのは、あたしとフローラでしっかり見たし、その後あの神様が来たから事実ってことで、スプラヴィーンくんはオッケー?」


「そうだね。僕は何も見てないけど、みんながそういう考えで一致してるなら言うことは特にないよ」


 セレシアとフローラはその現場に居合わせたためにすでに疑いようのない事実として認識している。フローゼはその場にはいなかったが石の能力で翼竜が転移したことは分かり、セレシアたちの話とすり合わせれば事実として辻褄があうため考えは同じであった。


 故にミストだけが何も知らず、真偽を確かめることも出来ない状況だったが、そもそもここで嘘をつくメリットが全くないため、ミストは特に何かを気に留めることもなく同意の言葉を返していた。


「じゃあ続けるとして……結局あの翼竜が危機回避的に飛んだのに巻き込まれてるから、翼竜とフォンバレンくんは当然時渡の森にいて、それとは別にいる青い竜は時渡の森を目指してて、あたしたちもそこに向かってるから、完全にこの後戦闘になるのは間違いないわね」


「そうですね……」


 同意の言葉を返したフローゼの表情が、少しだけ強張る。4人が戦闘に巻き込まれる理由を作った、という事実がそうさせているのだろうが、責任感を感じているというよりは、気合を入れ直した、という風にも見える。


「翼竜はおそらく相当のダメージがあるはずなのですぐに倒すことは出来ると思います。問題は大きな体をした青い竜の方で、図体が大きい分怯ませることは難しそうなんですよね」


「そうね。あたしとフローラもちらっと見たけど、あれは半端な攻撃は通らなさそう」


「私の見立てだと、頭を狙わないなら打突よりも斬撃系統の方が通りやすそうな気がします」


「全く同意見」


 この中で唯一交戦経験のあるフローゼの見立てと、セレシアのパッと見た感想が一致する。聞く側に回っていたミストやフローラからも、そこについての異論が出ることはなかった。


「ただ、その斬撃系統の攻撃を繰り出せる人がフォンバレンくんくらいしかいないことなんだよね。あたしは持ってきてないから魔法主体だし、フローラは元々そうだし、スプラヴィーンくんは風で疑似的に出来ても効果的かどうかわかんないし……」


「じゃあ、私が頑張るしかなさそうですね。一応、心得はあるのでなんとかなるかもしれませんが……」


「流石に君1人じゃ辛いんじゃないかな」


「ですよね……」


 フローゼが申し訳程度に言った意見を、その負担の大きさを懸念したのかミストが否定気味な言葉を口にし、聞いたフローゼも同意の言葉を返していた。有効打が何になるか、という考えこそ出来てもそれを成すための問題は、確実に存在している。


 いつもの面々で斬撃主体で戦っても問題なく立ち回ることが出来るのが、剣術を学んでいるエースのみ。セレシアの剣術は技術の方向性こそ違うもののエースのそれに遠く及ばないことに変わりなく、ミストは風で切り裂くことが出来なければ斬撃系統の攻撃はない。フローゼも打突主体の戦い方で、フローラの使う水魔法に斬撃系統のものはない。


「とはいえ出来る範囲で有効打を探すしかないかな。打突も、頭狙いなら通らないことはないんでしょ?」


「そうですね。立て続けにいれることが出来れば、隙を生み出すことは可能だと思います」


「それって、そんな簡単に出来るものなの?」


「私は……無理ではないと思いますけど……簡単かどうかは……」


 語気の弱くなるフローゼを見て、セレシアがため息を吐いた。


「結局、フォンバレンくん頼みになりそうね……」


「頭の痛い言葉だよ」


 ある意味ではエースが優秀な前衛であることの証ではあるが、合流できるかどうかが分からない以上、確実に出来る方法を選ぶしかない。しかし、それは有効打をどれだけ放てるか、という要素において不安が残る。


 これから確実に迎える戦闘を前にしての不安要素に、一行の雰囲気は少しだけ沈んでいた。


 そんな一行など知らぬまま、列車はついに、グリニの町に到着する。駅舎から外に出て町の中に入っていくと、少しだけ騒がしい人々の様子が見て取れた。


 ただ、その騒がしさは、活気というよりも騒然とした、という形容の仕方が正しいような、そんなものだった。


「何かあったんですか?」


 代表してミストが、近くで話していた町の人に話しかける。


「今さっき、でっかい竜が飛んでったんだよ。町には何事もなかったからいいんだが……」


「その竜はどこへ?」


「ああ、あっちの森の方だよ」


 男性が指したのは、時渡の森のある方向だった。ミストの後ろで、女性陣が顔を見合わせる。


「ありがとうございます」


「君ら、森に行くのかい? 今森に入るのは危険そうだが……まぁ、育成学校の子たちなら、多少は何とかなるか」


 男は女性陣のフローラとフローゼが着ている制服を目にしたのか、男はこの後の一行の行動について引き止めることはしなかった。


 ミストが感謝を示す一礼をした後、一行は、時渡の森へと走っていったのだった。


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