第14話 繋がって、離れて
休日の学校の敷地内には、平日ほどの人の気配はない。休日の施設管理のための人員こそいるが、生徒も教師陣も、休日に来る来ないは基本的に自由である。常識やルールの範囲内でなら、行動も自由がある。
それは裏を返せば全てが自己責任だ、ということになる。こう言った個人由来のトラブルであれば、個人での対処が基本線。舞い込んできたトラブルは、余程の被害を出さない限りでは、その場にいた生徒や教師が対処する。魔導士育成学校は『個人でどうにかしろ』という一言のスタンスで、説明が片付く。
そのためエースと翼竜の戦いは、誰かが助太刀に来ることもなく、野次馬に見られることもなく、余韻に混じる喧騒は遠いままで終わった。
地面に墜ちたままの翼竜は、身動きをする様子はなかった。先ほどまでやりとりをしていたビートたちのように、見ただけではまるで事切れたかのように、しかし近づけば寝ているかのように、その場に伏せている。
そこにも共通点を見出すのであれば、その背景にあるものは同じになりそうだと、エースは平常時と同じくらいに気を緩めつつ考えていた。
――まぁでも、その共通部分ってなんだろうな……
相手がエースだけを狙う理由は何なのか。おそらく裏にいるであろう人物が直に狙うのではなく、誰かを操るという行動を2度も選んだのは何故なのか。そしてそのための行動命令が『生け捕りにしろ』というものなのは、どういうことなのか。
『狙われている』という事実以外の何もかもが分からない状態では、エースにも手の打ちようがない。これからも続いていくであろうローブ姿の何者かや別の生物による襲撃は、今のところはこれまでと同様に受け身で出来事の起こりを迎えてから対処することしか出来なさそうであった。
戦いそのものは、負担の度合いによってエースの精神をすり減らすことはあれど、切り抜けてしまえばすぐ回復するほどの微々たるものでしかない。それよりも、出来事の間に挟まる何もない時間ですら警戒を要求されること、それによって精神がすり減らされ続けて残量が正確に分からなくなることの方が、エースにとっては嫌であった。
自分自身にだけ降りかかる災厄ならば、それでいい。そこに他の誰かを巻き込むのは、意地でも避けたい。
そんな考えは、一人で対処しきれる可能性が低くなった今、不確定要素の前では簡単に潰える。思い通りにならないことなど山ほどあるのは、エースがこれまでの人生の経験で嫌でも知っていることだが、それを受け入れられるかどうかはまた別問題である。
大切な人を巻き込んでしまう可能性のある未来に、エースは頭を悩ませ、大きなため息を一つ吐いていた。
「ひとまずミストのとこ行くか……? いやでもな……」
どうにもならない疑問は頭の片隅に追いやっておくことにしたエースの頭に、別の疑問が生まれる。
果たして、意識がないだけのこの翼竜をそのままにしてしまっていいのだろうか。そう考え、グラウンドの出入口に向かおうとしたエースの足は数歩で止まった。
また起きて新たな被害を出されれば、厄介なのは間違いない。しかし、このままずっと見張り番をすべきかどうかも悩ましい事実ではある。
そんなことを考えているエースの耳に、すり減った精神と張りつめていた心を回復させてくれる、癒しの声が聞こえてくる。
「おーい」
声の聞こえてくる方を向くと、セレシアとフローラ、ヒールとメールがこちらへと向かってくる姿がそこにはあった。エースも顔を合わせようと、少しだけそちらの方に近づいていく。
すると、まだ少し距離がある位置で、セレシアとフローラが何かに驚いて立ち止まった。その反応を見たエースも、視線を今いた方に向け、それでも理由が分からず、また距離を詰める。
「どうした、2人とも」
「あれって……翼竜?」
セレシアの指が示す先は、先ほどまでエースが相手していた翼竜だった。見れば分かるはずのものをあえて問いとして投げたその意図が分からず、疑問符を浮かべながらエースは問い返していた。
「まぁそうだけど、それがどうかしたのか?」
「えーと……どこから説明したらいいんだろう」
エースからの質問に対して、セレシアとフローラは、明らかに答えを持っているが答えられない、というような反応を返してきていた。されたエースは困惑の表情を浮かべるも、少しして場を回すための新たな問いかけを表に出した。
「ところで、フローゼには会えたのか?」
「うん、会えたのは会えた。けどフローゼちゃんその時戦ってたの」
「戦ってた?」
フローラの発した言葉は、まさに疑問が疑問を呼ぶものだった。最後数文字を復唱するような問いかけが、エースから発せられる。
「うん。多分今も戦ってるんだろうけど、私たちがフローゼちゃんと合流した時、入れ替わるようにどこかに行ったのが、そこにいる翼竜だったの」
「あー、なるほど」
フローラの答えがやりとりの最初の疑問と繋がったことで、エースの口から、そんな短い言葉が零れた。
他の3人と違い、精神世界で本当の目的などを会話でやりとりしたエースは、フローゼがこの世界に来た理由を全て知っている。翼竜を止める目的があることも当然分かっており、翼竜がどこから来たのか、ということの理解には至った。
同時に、その翼竜が何故エースを狙ったのか、ということについても、エースの中では何となく察しが付いた。おそらくは外部から何かしらの力が働き、狙いが変わったのだろうという推論が、簡単に組み上がる。
「ところでスプラヴィーンくんは?」
「あいつなら最初に襲ってきた面々連れて校長室。多分取り調べ中」
「なるほど……」
思案の最中に投げられたセレシアからの問いに、エースは思考を止めて答えを返していた。納得したセレシアの様子を見て、エースは再び思考回路を起動する。
「ん、待てよ……?」
そうして色々と考えを巡らせている最中、ふいにエースの頭に、一つの可能性が過る。
――あの翼竜、フローゼの追ってたやつなんだよな?
腕を組み、口元に手を当てて、エースは自身の頭にある記憶の保管庫を開けた。そこから、まだ記憶に新しいはずの、自分とフローゼ、フェアテムしか知りえない情報群の中から、目的のものを探し出す。
「フォンバレンくん?」
「どうしたの?」
そんなエースの反応を、フローラとセレシアは不思議そうに見ていた。何も知らない彼女たちでは、エースが今何を思い出そうとしているかは分からない。
保管庫をあさり始めてから数秒も経たないうちに、エースは目的の記憶にたどりつき、そこからあることに気づいて顔を上げた。
「ヤバい。あの翼竜、自分の窮地を察してまた逃げる気がする」
「「えっ?」」
エースの言葉に女性陣が首を傾げるのとほぼ同時に、グラウンドで倒れていた翼竜がその黒い体を起こしていた。翼竜の小さな唸り声でそれを察したエースは、ほぼ反射的にそちらを振り向く。
「マズい……っ!!」
翼竜が頭を上げたその動作が何を示すのかは、この場の誰も分からない。その中でエースだけは、全速力で翼竜の方へ駆け寄った。
直後、聞きなれない咆哮が、グラウンドにいる面々全員の耳に無理やり入ってくる。やや高い大きな音に、駆け寄っていたエースを含め全員が耳を塞いだ。しかしそれでもエースは歩みを止めず、目と鼻の先まで近づいた。
その数秒後、音の余韻を残したグラウンドから、エースと翼竜の姿が跡形もなく消えていた。
「あっ……」
セレシアとフローラは何もなくなった空間を見つめ、ヒールとメールは慌てているのかせわしなく宙に舞っていた。
「えっ、フォンバレンくんは……?」
「ええと、多分……転移しちゃった……?」
戸惑いに染まった表情で口にされたセレシアの疑問に、同じように戸惑っていたフローラが答える。
今のような突如として消えるような事象を、フローラだけは確かに経験していた。
それは、冬始めの事件において、ヒールとメールと出会ってから間もない頃。エースが始めて転移を経験した場に居合わせたフローラは、同じように聞きなれない咆哮の後に跡形もなく消えるという光景を見たことがあった。当時とは違い明らかに生きている状態で消えた今回は取り乱すことはなかったが、それでも、フローラの心はざわつき始めていた。
その次の瞬間、セレシアでもフローラでもない誰かの、軽々しい声が響いた。
「ふうむ、ここか」
次の、さらなる突然の来訪者――フェアテムは、やはり場にそぐわない質の声をもってそこに現れた。一度しか見たことのない姿ではあったが妙に焼き付いたその姿に対して、フローラから、本人確認の言葉がやや弱い口調で投げられる。
「ええと、神様……?」
「おや、君たちかい。また会ったね」
フローラたちの姿を見るなり、気さくな挨拶をかけてきたフェアテム。周囲を見回し、少し考える素振りを見せた後で、再びフローラたちに視線を向けて言葉を発した。
「君たち、ここで何があったか分かるかい?」
「ここでですか?」
この場で起きた事の詳細を、フェアテムは求めてきていた。おそらくはあの時と同じように純粋な疑問で聞かれたそれに、あの時と違いセレシアがはっきりと答えた。
「えーと……そこに傷ついた翼竜がいて、フォンバレンくんが、『翼竜が逃げるかも!』って言って、その後起きた翼竜が変な鳴き声を出して、それで翼竜とフォンバレンくんが消えて……今?」
「なるほど。だいたい分かったよ」
突然の連続でかき消されてしまいそうだった記憶を、どうにかたどって出来た言葉。それを聞いたフェアテムは理解が及んだようでそう返していた。
「つまりは、翼竜の危機回避に巻き込まれたわけだ。転移先は……彼がきちんと石を持っているならこの世界の、そうでないなら別世界線の、時渡の森だね」
「あ、じゃあ、フォンバレンくんは何ともないんだ」
「転移はあくまでも場所を移すだけだからね。ダメージなんてものは一切発生しないんだ」
そんなフェアテムの言葉で、エースの無事は立証された。
そうなれば、エースについては余程のことがない限りはあまり気にしなくてもよさそうであった。翼竜を相手して1人で倒し切れるほどの人物が、そう易々とピンチに陥るとも思えないからだ。
「さて、私はそろそろ戻るとしよう。君たちも彼の安否が正確に気になるならゲートを開くけど、来るかい?」
「あー……どうしようか……」
フェアテムの誘いに、セレシアとフローラがしばし悩む。
確かに、エースの安否は気になることではある。
しかしながら、エースが転移したという情報を知らないミストや、元々翼竜を追っていたフローゼがここにいないことを考えると、その提案をすぐに受け入れることが出来なかった。
「ありがたいですけど、まだこっちにいる面々がいるので、合流してから……」
「流石にそれは待てない。今すぐが無理なら、後から己の力で来るといい」
「あーじゃあそうします。流石にあたしたちだけってのはあれなんで」
「そうかい。分かった」
待つという選択肢が取れず、エースは少なくとも生きていることが分かっている以上は、無理に誘いに乗る必要はない。
そう考えたセレシアが拒否の言葉を投げると、フェアテムはそれを了承したようで、次の瞬間に指を鳴らしていた。
「じゃあ、森で待っているとしよう」
その言葉の数秒後には、薄れていたフェアテムの姿は完全に消え、また場を静寂が支配していた。
「……どうしよっか」
「まず、スプラヴィーンくんやフローゼちゃんと合流して話をしないと……」
今後の行動を同じにすべく、未だこの場の出来事を知らない2人との合流を図ろうとするセレシアとフローラ。
そんな2人の耳に、重苦しい低音の咆哮が入る。
一瞬びくっとした反応を見せた後、何事かと思い空を見上げた2人の視線の先で、濃い青色の鱗を持つ、先ほどの翼竜よりも大きな竜がこちらを見下ろしていた。強者の余裕とでもいうような姿を見せる竜に、セレシアとフローラは警戒態勢をとる。
しかし、竜はしばしの間空から見つめるだけで、何かをすることはなかった。少しして翼を羽ばたかせた竜がどこかへと向かったことで場は再び静かになり、少し拍子抜けした2人は顔を見合わせていた。
「えっと、さっきの竜って……フローゼが戦ってたやつだよね」
「あ、そういえば……」
間に起きた出来事こそ濃密だったものの、時間自体はそこまで経っていないこともあってあの青い鱗の竜を2人は確かに覚えていた。
そして、その竜が今ここに姿を現したことで、ある可能性へと思考が行きつく。
「フローゼちゃん、大丈夫かな?」
「気になるわね。ひとまずフローゼに言われたことは果たしたし、ここでのことも話さないといけないから戻ってみよっか」
「うん」
意見を一致させた2人は、会話の間ずっと宙に浮いていたヒールとメールをつれて、若干戦闘の爪跡が残るグラウンドを出た。
そして、少しの胸騒ぎを覚えつつ、戦闘をしていたはずのフローゼの元へと向かったのだった。
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