第12話 聞き取りは風が吹く前に
森での激闘の後、エースとミストは意識を失った男たちを無理やり学校の敷地まで運んできていた。
その目的にはもちろん明確な自宅の場所がバレることを防ぐ、ということもあったが、学校の敷地まで来てさらに事を起こすことがあれば相手の立場を悪くでき、あわよくば教師の手助けや報告などで助太刀を得られるかもしれない、という打算があったからだった。
しかし、エースたちの思惑はやや外れ、ローブ姿の男のうち1人が静かに目覚めた。顔隠しの仮面は意識がなかった間に外し、フード部分は切り離してあるため、ここから暴れられても、人物特定が容易く若干エースたちに有利な状況になる。
「お目覚めかな、ビート・エレオノーラ」
ただ言われただけならば、寝起きにかけられた優しい言葉、とだけ表現すれば済むもの。それをミストが顔の笑っていない状態で言うことで、内包する意味は反転し、むしろ怖く聞こえていた。現に隣で聞いているエースも、心の中で少しだけ怖がっている。
「この状況はなんだ?」
「おやおや、覚えていないのかい?」
「何があった……ぐっ」
頭では覚えていなくとも、体は確実にその時を過ごし、そして覚えている。そのことをはっきりと示す鈍痛に、ビートが言葉の終わりよりも前に顔をしかめる。
「あれだけ派手にやりあって、覚えていないなんて、まさかね」
「やりあった……?」
ビートの言葉は明らかに疑問符を浮かべている言い方で発せられていた。
確かに同じ時間の中を敵対しつつ経てきたにもかかわらず、ミストの言葉とビートの反応は、傍から見ているエースの視点でも食い違いが起きているように見えた。
「……何をした?」
「その言葉、本気で言っているのかい?」
命を狙ってきているような戦闘の第一手を出した側が被害者のような姿勢を取っている事実。それを受けて、エースとミストは思わず面食らってしまう。
あの規模の戦闘が夢や幻の類だったと済まされるならば、おそらくこの世の小競り合いはなかったことになるだろう。
「あれだけやりあっておいて、何も分からんってのは流石にな……」
戸惑いを見せる相手の様子に、呆れ3割戸惑い7割で接するエース。被害者というバイアスをかけたとしても、嘘だけで出来ているようには見えないその態度に対して、強く出ることへの若干のためらいがエースの中に生じていた。
「口裏合わせて何が言いたいんだお前らは」
「いや、俺らが質問したいわ。俺らとお前らがやりあって、互いに色々傷やら痛みやら付け合っといて、それでこの反応はもうわけわからんよ……」
その場に勢いよく座り込んで、あぐらをかいた姿勢で、重たい視線を相手に投げかけるエース。どう考えても被害者であるはずのエースたちに対して、まるで加害者であるかのような扱いで、何も情報を引っ張り出せそうにない現状。それを反映したのか、口から吐き出された言葉に、諦めの色が濃く出ていた。
「なぁ、本当になんも覚えてないのか、さっきまでのこと」
「覚えてない。気が付いたらここにいた。俺は昨日の夜、この学校から帰っていたところまでしか覚えていない」
「マジかよ……」
言い切られた言葉の中身を理解して、エースの心はすでに頭を抱えていた。体の方は、ミストの苛立ちが目に見えて強くなってきているのを察して行動を制するように腕を出している。
「ミスト、流石に手は出すなよ。本当にこっちが加害者になる」
「ふざけたこと言う顔面が口きけなくなるまで蹴ってやりたいけど、エースがそう言うなら自重しておくよ」
「マジでやりそうなこと言うのやめてくれ……」
リミッターを外して過激になりそうな弟の行動を想像して、エースは気疲れに押し出されるようにため息を吐いた。
「俺らのとこ来て、いきなり殴りかかってきてそのまましばらくやりあってた。これが、さっき起きた出来事だ。嘘でも何でもない。現に俺らはそこそこにボロボロだし、お前は今体が痛いはずだ」
「……」
「過程はどうでもいいが、現状を見て違うとは言えないだろ」
あまりにも情報を出さないビートに対して、エースは苛立ちを微量に含む声でそう告げる。仮にエースの言葉で現状を述べた部分に嘘があるなら、今ここにいる全員に起きていることを否定することになる。
それでは辻褄が合わなくなり、追い込まれるのはビートたち。そう考えて、エースの言葉が吐き出されている。
「お前らは俺に何を望む?」
「さっきのこと覚えてないって言うんなら……そうだな、最後に覚えてた時点で、何があって意識が飛んだのか、か」
相手の言葉も全て肯定するのであれば、最後に意識が現実に結びついていた時間の間に何かがあり、意識がない間に動き、そして今に至る、と考えるのが自然だろうというのがエースの考えだった。
故に、その時間に何かがあると踏んで、それを探るべく、エースの口から疑問が放たれた。
しかし、その次に、予想もせぬ言葉が吐き出されていた。
「何故そんなところまで言わなければならないんだ」
「は?」
予想外の言葉に、エースの口から思わず聞き返しの言葉がこぼれ出る。
「何故……って、君、今の立場が分かってるのかい?」
流石にその反応を見せられては、ミストも黙っていなかった。明らかに苛立ちが含まれた言葉を、ビートにぶつける。
「分からん間に色々されて、全部そうですかと言えるか?」
「……はぁ」
エースの口からは、もうため息しか出てこなかった。
分からないのであれば、素直に答えて潔白を証明することが最もいいことだとエースは考えていた。
しかし、相手の思考回路はエースのものとは全然違うようだった。思うように情報が引き出せず、エースはもう呆れの感情だけで心が満ちていた。
「そうか……。じゃあ、どうしたら答えてくれるんだ?」
半分ほど自棄になりながら、エースは相手に言葉を叩きつける。言葉を言う最中の思考には、多分答えてくれないのだろうな、という諦めの感情を大量に含んでいた。
「お前がスプリンコートさんとの関わり合いをやめたら」
「なんで?」
この場では一切の関係がないフローラの名前を出され、エースは反射的に聞き返した。
「お前みたいなやつと関わるより、俺たちの方がまだ幸せに出来る」
「ほーん……。そりゃあいいことだな。是非とも本人の前で言ってくれ。俺も立ち会ってやるから」
明らかに関係ないこの場で欲に任せて力説する姿に、エースはもはや哀れみの視線を突き刺していた。
少しでも隙を見せれば、相手は理屈なしに何かを求めてくる。エースと敵対する生徒の半数以上はそういう生徒で、だからこそエースは、取るに足らない相手として、適当にあしらっている。
筋の通らない要求は、下手に出たところでエースは取ることはない。
「てか、本当に本気で幸せに出来ると思うんなら、まずはお前のことをはっきりさせないとな。今のままだと、お前らは俺たちを理由もなく殴り、そして被害者面してるだけだって、校長に言うしかないもんな」
だからこそエースは、それまでの相手の言い分を復唱し、そこに真っ向から現実を叩きつけた。
「そしたら、そもそもこの学校にいられないし、接点を作ることも出来ないだろうよ。それでも、お前の要求を通すのか?」
「クソが……」
「何とでも言え。そもそも分かってる部分をきちんと話せば、こういう言い方しなくても済むんだが」
相手が自分たちであること、言い分を聞き入れていることをいいように扱って我を通そうとする態度に苦言をぶちまけるエース。ミストと表向きの態度こそ違えど、エースはこの時点で相手を完全に見下していた。
「……ローブ姿の男に出会った。今俺たちが着ているこれと、おそらく同じだ」
「何?」
おそらくは敵に塩を送る行為だと思っているのか、苦い顔をしながらビートが口を開いた。最初の一言だけでも十分にエースたちを驚かせていたが、その次の一言は、それを容易に上書きする驚きをもたらすものだった。
「最後に聞いた言葉は『エース・フォンバレンを極限まで追い込め。しかし殺すな』だった。そこからは本当に意識がない」
「んん……? 殺すな、だと?」
先ほどまで、明らかに命を刈り取りに、エースだけを狙っているような動きをしていた。その行動の目的が、『殺せ』ではなく『殺すな』というのは、エースとミストにとっては理解のし難い中身だった。
しかし、少なくともエースは、そんな相手の話す言葉に、おそらくは嘘の類はないと想像していた。嘘をついたところで、メリットが薄いと判断していたからだ。
「じゃあつまりは、誰かに操られてた、って言った方が正しい感じか」
「だろう。俺含め3人全員があの場にいて、そういうことになってる」
「なるほどな……」
ようやく聞き出すことの出来た情報を脳みそにしっかりと刻み込み、エースは見えない裏事情をあれこれ思案する。
「つまり、俺を狙う何者かがいて、その男は自らは手出しをせず、誰かを操ってお前らみたいに殴らせる、と……」
狙われる心当たりというのは、校内だけでもおそらくはある。エースの持つ要素のいくつか――双子であること、フローラに好意を寄せられていること、などというのは、あまりにも敵を作りやすいからだ。そのことに関してはエース自身もよく理解しており、敵を多く作るであろうことも分かった上で、これまでの人生における歩みを進めてきていた。
だが人を操る魔法というのは、エースは聞いたことがなかった。知らないだけであるのか、そもそもが不可能なのかは見当のつけようもない。
そういう芸当が可能な相手が、わざわざエースが敵対していそうな人を選んで、狙わせるという手段をとっている。術が解けた際のスケープゴートとしての役割も十分であり、現にそれで昨年冬にはフォーティスの一派だった生徒が2人ほど退学処分を食らっている。
「ううむ……いやでもなぁ……フォーティスとは関係ないよなぁ……」
しかしそれでもエースが唸ったのは、今回の相手であるビート・エレオノーラはそのフォーティス一派ではない生徒だったからだった。となると、その線以外にもあれこれと思案しなければならなくなる。
相手の情報を得ることそのものは出来たが、これまでの情報との嚙み合わせが悪く、エースたちにとっては余計に想像がしづらくなっていたのだった。
そんな最中、エースたちの耳に、どこからか響いてくる重低音が無理やり入り込んでくる。耳を塞ぎ、音の侵入を止めると、その発生源が前方から後方に移動したことをなんとなく察する。
「なんだ……?」
いち早くその音から立ち直ったエースの視界に、空から舞い降りてくる翼竜の姿が見えた。銀色の体を煌めかせたそれは、何故か明らかな敵意を見せている。
全員があっけにとられていると、次の瞬間、翼竜の口から一発の大火球が放たれた。
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