第11話 最強のコンビネーション



 エースたちがフォンバレン家のある開けた空間から森の中に入り、ある程度進んだ辺りで、2匹の警戒度はより一層増した。当然ながら、それを見たエースたちも、焦りを抑えてより慎重に歩みを進めていく。


 さらに少し進んだ先で、4人の視界にフードを被った男3人組が現れた。被られているフードは冬に見たものと同じであり、それを見た瞬間に、エースは一種の確信を抱いた。


「ああ、なるほど……」


「どうしたんだいエース」


 エースが零した言葉を、ミストが拾い上げて疑問にする。


「これは俺の推測だけど……あいつらはおそらく、俺しか狙わない。だから、気にせずプラントリナさんとスプリンコートさんはフローゼのところへ向かってくれ」


 推測と共に、エースは女性陣に行動を促していた。


 冬の事件の際に抱いた違和感を思い出したことで、この相手は自分以外を狙わないという確信を、エースは抱いていた。それが間違っていないならば安全に向かうことができ、間違っていてもこの距離ならば防御が間に合う。


 進行方向的にも問題はなく、敵の妨害に対する何かしらのアクションを起こすことは可能であった。


「信じていい?」


「任せろ」


 短くとも、自信たっぷりに言われたエースの言葉。それを聞いたフローラはやりとりを長くすることはせず、セレシアの方を向いて言葉を発した。


「セレシア、行こう」


「分かった!」


 短いセリフを口にしたフローラとセレシアが、森の外に出ることの出来る方向へと向かっていく。振り返ることなく進んでいくのは、信頼故の動作か。


 それから間もなく、ローブ姿の3人組の内の1人が動き出し、離れていく2人を一切気にすることなくエースに向けて接近していた。


「同じにはならねぇぞ」


 先手必勝を狙った相手に対して、後手必殺と言わんばかりのエースのカウンター蹴りが当たり、ローブ姿の男を吹っ飛ばしていた。


 そんなエースの蹴り終わりの後隙を狙うように、残りの2人が放った遠距離魔法が、エースに向けて飛んでくる。おそらくは、最初の攻撃が有効打にならないことを相手側が想定していたようだった。


 その魔法をあえてエースが前に突っ込むように回避し、勢いのまま地面に手を着く。


「リオート・アレアガイザー!!」


 エースの魔法が、地面から氷で模した間欠泉をいくつも噴出させる。乱発されたそれは相手に当たることはなかったが、相手の行動を制限するには十分だった。


「剣使わず、体術と魔法を織り交ぜて動くってのも、なんとなく分かってきたかな。違和感はまだ拭えないけど」


「今までと立ち回りが全然違うもんね」


 元の位置に戻るなり相手を見ながらそうこぼすエースに、視線を合わせることなくミストが銃を構えた体勢で言葉を返す。


 昨年11月の、エースが未来世界に飛んでしまった冬初めの事件。そのきっかけとなったローブ姿の男たちとの戦闘を経たことでエースが変えたものが、戦闘面での立ち回りだった。


 今まではグループ構成上前衛を務めることが多く、自らが得意とする近接戦闘の間合いに持ち込むために、相手へと飛び込んで行くことが多かったエース。もちろんそれでも十分な立ち回りが出来てはいたが、冬の事件での戦闘ではそれが仇となったと考え、春になる少し前にパードレと共に体術面を鍛え直した。


 得意とする氷属性の造形で元々防御面での不安はそこまでなかったものの、エースの場合は離れた位置で防ぎきるために使うことが多く、懐に飛び込んだ場合には被弾もそれなりにあった。


 そんなエースは、鍛え直しの成果として、やや受け身に寄せた、これまでとは逆の戦闘スタイルを会得していた。そしてそれをこれまでの立ち回りと併用し、加えて魔法による攪乱というスキルも合わせて使うことで、取れる戦術を大幅に広げる、という、観察眼と器用さに優れたエースならではのやり方が構築されることになった。


 とはいえ、手が空いていないと使えない技も多く、また剣による戦闘がエースの感覚的に受け身では使いにくいということで、二刀装備による剣術は今まで程は使えないというデメリットも存在する。だが、元々拳闘術でも戦っていた上に、体術のスキルアップという形でさらに磨きをかけたことで、総合的に見て大幅なパワーアップになっていた。


「さて、相手はどう立ち回ってくるかね」


 そんな独り言の最中に、ローブ姿の男たちはエースの方へと向かってきていた。まるでエースしか眼中にないと言わんばかりに、それぞれの得物を持って距離を詰めてくる。


「まぁ狂ったようにエースの方に向かうよね。やりやすくていいけど」


 そこに文字通り横槍を入れるかの如く、ミストの射撃がローブ姿の男たちに横から降り注ぐ。風を纏った魔力弾が破裂し、男たちを押し戻したり吹き飛ばしたりしていた。


 前回よりも1人多いローブ姿の集団。いくらエースとて1人で多数相手にするのは体力的に負担が大きく、2人以上でも人によっては負担がのしかかりかねない。


 だが、今回はエースにとってコンビを組むには一番適したミストが隣にいる。それ故にむしろ前回よりも戦力差は感じられない。


 それどころか、これから圧倒しようかという感じの雰囲気さえ出ていた。


「追撃だ。もってけ!」


 エースが空中に生成した氷の塊が、吹き飛んだ相手の1人にぶち当たる。


 若干距離は離れていたが、元々の大きさ故に狂いなくヒットし、さらに遠くへと押しのけていた。


「もう一つ、持っていくかい?」


 追い打ちに重ねて、ミストの風魔法が放たれる。地を這いながら螺旋状に渦巻く風が、相手を宙へ放り投げようと突き進む。


 しかしその追撃は、突如せり立った岩壁に阻まれ、その表面をえぐり取るだけで消え去った。


「連携、なかなかのようだね」


「気味悪いほどしゃべらないのに、どうやって取ってんだか」


 自身の魔法を阻まれながらも余裕のあるミストの感想に、エースが吐き捨てるような言い方で反応する。


 言葉なく、敵意もなく、ただ狙ってくるだけのように見えるローブ姿の男たち。しかしながらその連携は、後隙を埋めるくらいのことは出来ている。それでもエースばかりを狙い、ミストにはあまり攻撃が向いていない。


 行動と様子が織り成す奇妙さが、少なくとも狙われる側のエースにとっては気持ち悪く感じられるものだった。


 その相手は、空いた距離を利用してそれぞれに遠距離魔法を放とうとしていた。ある者は炎を、ある者は氷を、という風に、多種多様なきらめきが見て取れる。


「防いだら突っ込むから、援護頼む」


「はいはい」


 言葉から間伐入れずに放たれた相手の遠距離魔法に対し、エースの魔法による氷の壁が展開される。


 いくら氷と相性のいい炎とは言えど、瞬間的なものでは厚い氷を溶かし切ることは出来ない。氷も炎も岩も、厚い壁を貫通することの出来ない全てを受け止めていた。


 そしてその壁を作り出した本人は、自身の氷の壁に魔法が衝突するのとどちらが先か分からないくらいのタイミングで、壁を越えて走り出していた。


 それは、これまでと同じ自身から仕掛けるスタイル。しかし、以前よりも洗練され、軽やかになった身のこなしでエースは相手の魔法を避けていく。


 前回と同じ地面を隆起させる魔法も当然エースを襲ったが、前回とは違い、飛ばずに前方に転がって避ける。加えて、その勢いをもって、さらに近づいていた。


 視界のほとんどを相手の姿が覆うくらいまで迫ると、エースの体重を乗せた拳が相手の懐に突き刺さった。体に行き渡る衝撃に相手からはうめくような声が漏れるが、エースの耳には届いてもすぐに流れていった。


 敵の隙は、付け込むべきもの。主軸が『倒す』から『守る』に変わったところで、そこに変わりはない。追撃の体勢は、即座にとられる。


「させないよ」


 仲間を助けようとしているのか、エースに対する魔法攻撃を放とうとしている残り2人のローブ姿の男たち。そこに、ミストの風魔法が吹き荒れる。


 風魔法そのものは、物理的な障壁としては使うことは出来ない。しかし何かを巻き上げて視界を悪化させたりするなど、別種の何かを用いての阻害や、物理的な障壁以外の目的をもって相手の動きを止めることは出来る。


 今のミストの狙いは、単純に強い風を叩きつけることで、魔法の詠唱阻害や炎魔法の無力化を図ること。故に相手にダメージが一切入らなくても、行動自体を止めるだけの時間があれば、全く問題ない。


 ダメージを入れることに関しては、最も適した男が、目の前にいる。相手に出来たほんのわずかな隙は、エースの動きを続けさせるには十分だった。


 エースの攻撃が、自身の目の前にいる敵に向かって放たれる。肘打ち、蹴りと言ったその一つ一つの行動は、決して大きなダメージを与えるものではない。


 だが、それが絶え間なく続けば、蓄積されたダメージによって同等のものは期待できる。近距離という己の独壇場にも近いレンジで、一手一手を繋いだ連撃がさながら吹雪のように吹き荒れていた。


 数分の間攻撃を受け続けた相手は、仮面で表情こそ正確に把握出来ないものの、明らかにふらつくほどの消耗をしていたことだけは分かる状態だった。そこに、始めてややモーションの大きい攻撃である回し蹴りがクリーンヒットする。


「お土産だ。もう一個もってけ」


 かかとではなく足裏を使ってスタンプするかの如く側頭部を蹴った後、お得意の氷の塊による追撃が、ローブ姿の男を襲う。


 ぶち当たった相手はよろめきながら後ろに距離を取ろうとしていた。エースはその距離をさらに詰めて、勢いそのままに膝蹴りを相手の腹にヒットさせた。


 そこまで食らった相手は、木に衝突すると、糸が切れたように崩れ落ちた。それを見届けたエースの視線は、鋭い刃のような雰囲気を宿し、次の相手に向く。


 その相手は、次なる詠唱を始めていた。いつか見た炎の槍が空中に展開され、足元の揺らぐ感覚が襲ってくる。明らかにエースを落とそうとするための策であることが分かる連携だった。


 しかし、次の瞬間には突風が吹き荒れ、炎の槍は横風でかき消された。揺らいだ地面も、それだけでは効力を発揮しない。


「僕も混ぜてよ」


 余裕たっぷりに、ミストが相手の眼前へと迫る。エースの鍛え直しに同行していた彼もまた、この冬と春の期間で苦手にしていた近距離戦闘を鍛えていた。加えて彼の属性である風は、使用者に速度において少しの優位性を持たせることが出来る。


 地面に手を着いての脳天を揺さぶるような蹴り上げが、地属性使いの頭を襲う。重い一撃を食らった相手は後ろに吹き飛び、相手はしばしの間動けないでいるようだった。


 そうして相手の相方に隙が出来ることにより、エースの視線は、炎属性使いに向く。


 徒手空拳の得意なタイプであるならば、属性的にはエースが不利ではある。しかしそうでないのなら、懐に入り込んでしまえばエースの攻撃の有効範囲だった。


 まずは勢いを利用した拳による突きで、相手に一つ大きなダメージを与えていた。胸の当たりをどつかれたような衝撃に相手はたまらず後ずさるが、そこをエースが詰めていく。


 カウンター封じのために相手の腕に、鎌で刈り取るようなイメージで蹴りを入れた後、エースはその回転の勢いを利用して回し蹴りを叩き込んだ。


 叩き込まれた相手は、受けきることが出来ず体勢を崩されていた。そこにミストが上手く挟み込んだ風魔法が、立て直しを妨害させ、大きな隙を作り出す。


 わずかに空いた距離が、エースの攻撃のための手助けになる。威力十分の飛び蹴りが炸裂し、また1人ローブ姿の男が戦線離脱させられた。


 意識がなくなった男からは視線を外し、いよいよエースの視線が、最後の1人――地属性使いの男に向く。


 その男と相対するミストは、地属性の咄嗟の防御が難しいという弱点を、風属性による加速によって自らの攻撃の隙を埋めることで丁寧に突いていた。


 場所的にはやや遠いエースは、攻撃を挟むのではなく、今度はサポートに徹するつもりでいた。


 そんなエースが生成した氷の壁に、ミストが蹴り攻撃で相手を叩きつける。衝撃の緩和など一切なされない壁は、むしろその衝撃で壊れる。


 おそらくは全身に走る衝撃をこらえているのであろうその男に、エース以上に容赦のないミストが両手の銃から魔法を放った。空気砲のような実体のないそれは、空気という媒介を伝わり、波のように伝達されるダメージを男にもたらしていた。


 体に走る衝撃に、男が呻く。耐えきってその顔が上がった瞬間には、すでに眼前にミストがいた。


「じゃあね」


 風により増大された速度による高速での飛び蹴りが、さながら槍での突き攻撃のように相手の胴を捉える。


 吹っ飛んでいった相手は、そのまま後ろの木に叩きつけられ、これまでの2人と同じように、その意識を手放していたようだった。



「ふぅ、こんなもんかな」


「ストレス発散みたいに言うなよ」


 これ以上の反撃はないと見た2人が、警戒を緩めてやりとりを交わす。


「ところで、事情聴取どうしようか」


「あっ」


 明らかにダメージ蓄積により倒れた相手は、すぐに起きる気配はない。


 何を理由に襲い掛かってきたのか、など、聞きたいことはあるが、それはすぐには叶いそうになかった。


「しゃーない。移動させてから起こすか」


「だね」


 一戦交えた後とは思えないほどいつものほのぼのとした調子で、エースとミストは、吹っ飛ばした3人を動かし始めるのだった。


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