第5話 時を越えた団欒



 セレシアの発言で、なし崩し的にフローゼのフォンバレン家への宿泊が決まり、その後、セレシアが寮に戻ってフローラの衣服の調達。ミストはとんぼ返りするかの如く追加の買い出しに向かい、家に残った面々は布団類の準備と、寝泊まりの支度。


 そうして、いつもの4人がそれぞれの役割を果たしながら時間が経過していき、今は既に西日が沈みかけ、灰に朱を差した空が一面を覆っている時間になっていた。


 その時間のフォンバレン家は、大勢で囲む夕飯の準備中であった。広くも狭くもない台所にミストとフローラが並んで立っており、エース、セレシア、フローゼはダイニングテーブルで、ヒールとメールは窓際で夕食が出来上がるのを待っていた。


「本当にすみません。ご馳走までしていただけるなんて……」


「一応、客人だからね。僕の目が黒いうちは、客人には料理をさせないよ」


「頼もしいです」


 ミストの言葉に、ダイニングテーブルの椅子に行儀よく座っているフローゼが眼を輝かせながらそう反応する。もはや子犬にしか見えなくなった彼女の反応に、4人の中で一番疑いの目で見ていたミストも早い段階から毒気を抜かれていた。


 今はすでに一客人として、彼女を認識しているようだった。


「にしても……エース、本当なら君が台所に立つべきだと思うんだけど」


「適材適所。俺に大人数が食べる料理をしろってのはまだ無理」


「それはそうだけどね」


 ミストのからかい8割ほどの言葉を、エースはするりとかわす。


「ん、じゃあフォンバレンくんも料理するの?」


「出来るようにはなった。その分ミストにしごかれたけど」


「お疲れ様」


「あれは軽い地獄だったな……」


 リビングでテーブルを共に囲んでいるセレシアからの言葉に、エースが日々を思い返しながらそう答える。


 昨年冬の事件以降色々と頑張るフローラに触発されて、エースもちょっとは頑張るか、と料理をし始めた。そこまでは何もなかったのだが、それに目を付けたミストに春休みにしごかれて、短期間で腕をあげることが出来た代わりに失敗すると昼ご飯がないというプレッシャーをかけられながら日々を送ることになった。


「人聞きが悪いなぁ。可愛い子には旅をさせよじゃないけど、圧かけたら嫌でも早く上達するかなって」


 エースのしみじみとした言い方と中身に対して、ミストのあっけらかんとした言い方での反撃が飛んでくる。


「それはそうかもしれんけど、ミストの圧のかけ方、結構嫌」


「なんか、分かる気がする……」


「そうストレートに言われると、流石に堪えるんだけど」


 エースのオブラートを投げ捨てた言い方とセレシアからの追撃を受けて、ミストの言葉が若干弱くなる。一番メンタルの強い彼も、流石の攻撃にはダメージがあったようだった。


「フローゼちゃん、もう少しで出来るから待っててね」


「はーい」


 そんな雑談から少し離れてせっせと準備を進めていたフローラが、このタイミングで始めて口を開いた。合わせて、フローゼからも返事がなされる。


「フローゼのいた世界線でも、こんな感じのやりとりだったの?」


「はい。普段はお母さんと私、休みの日にはお父さんも加わって食卓を囲んでます」


「ふーんお父さん、忙しいんだね……」


 セレシアが率直な感想をしみじみとした口調で漏らす。


 と、そこで何かに気づいたのか、いつもより少しだけ目が見開かれる。


「そういや、フローゼのお父さんって誰なの? あたしたちでも知ってる人?」


「ええと、それは……」


 セレシアからの問いに、フローゼの物言いが若干怪しくなる。数秒だけ視線が宙を泳いだ後、また言葉が発せられた。


「私のお父さんは、アンドレイ・ファルシュという名前です。知ってるかどうかは、私には分かりませんけど」


 若干早口気味に語られた言葉に含まれていた名前は、4人の誰もが知らないものだった。そのことに、ダイニングで話を聞いていた2人の表情が、フローゼを見つめたまま驚きの色に染まっていた。


 そしてその驚きは静まったその空間だけではなく、台所にいたフローラにも伝播していたようだった。


「あつっ」


「大丈夫かい?」


「うん。ちょっと鍋に触っただけだから」


 心配の言葉をかけるミストに対し、フローラは加熱調理中の鍋に触れてしまった右手を、水道で冷やしながらそう答える。


 ダイニングテーブルを囲んでいた3人の視線は一度フローラの方に向くが、すぐに元に戻り、セレシアとエースはフローゼの口から告げられた情報を理解しようとしていた。


「ファルシュ……って、校長と同じ苗字だよな。本当の息子おったんか……?」


 エースとミストは、現サウゼル魔導士育成学校校長パードレ・ファルシュの義理の息子ではある。ただ、あくまでも義理であり、パードレの親族関係については、現在教師として在籍している娘を除いては知らない。


 故に、フローゼの言葉を聞いて、エースは驚いたのだった。


「そっか……そうなんだ……」


 一方で同じ驚きの反応を見せていたセレシアは、少しの間だけ、言葉が飲み込めないでいたようだった。


「私、何かマズいこと言いましたか……?」


「あ、ううん、そうじゃないよ。気にしないで」


 フローゼの心配そうな言葉に、セレシアが若干作り笑いを含んだ笑顔でそう答える。


「で、そのアンドレイさんは何をしてるの?」


「魔導士育成学校の先生です。色々とやることも多いみたいで、最近はちょっと話す機会減りましたけど……」


「そんなお父さんのこと、嫌だったり、寂しかったりしないの?」


「むしろ誇らしいです。なんでも、若い頃から先生やってたみたいで、今では授業する傍らで副校長も務めてます」


「え、すごい」


 フローゼから語られる未来の話に、一番興味を抱いているセレシアからの反応。


 それは、言葉にはしないがエースたちも同じ思いだった。魔導士育成学校は、感覚的な要素を排除できない魔法や、長い修練を経て会得した技術を教える場だ。当然、そこで教鞭をとる教師になるということ自体が、相応の実力を持つことを意味する。


 あの普段はふざけ気味の現校長パードレでさえも、氷魔法・剣術・体術において実技授業を開いて教えていたという過去がある。


「ん、でも待てよ。副校長なんてうちの学校あったっけ?」


「いや、ないと思う。未来のどこかで新設したんじゃないかな」


「私もそう聞きました。校長が変わった時に、サポートとして置いてほしいって新設したそうです」


 未来の世界では、なにがしかの変化は起きているだろう。フローラに娘ができ、その娘が今のフローラと同じ年まで育つくらいの年月の経過があるのだから、当然のことである。


「あと、私の魔法技術・戦闘技術は大半がお父さんの教えなので、私がこうして皆さんに会えるまで立派に育ったのも、お父さんのお陰です」


「お母さんには何か言われなかったの?」


「お母さんには『自分で自分の身を守れるくらいには強くなりなさい』って口を酸っぱくするくらい言われました」


「言いそう」


「あはは……」


 未来の自分が娘に言っていた言葉に、料理作業中のフローラも苦い笑顔を作るしかなかった。フローゼのいた世界線のフローラがどのような生活を送っていたのかは不明ではあるが、こちらの世界線では、フローラが戦闘系の技術を学び始めてから重ねた日数はそこまでではない。中々にタイムリーな話題ではある。


「でも、実際それは本当のことなので感謝してます。それに、遠距離魔法の制御感覚はお母さんからの遺伝なので、実質貰い物ですし」


「ほーん。じゃあ相当優秀なんだな」


 その視線をフローラに向けつつ、エースがそう口にする。


 フローラの持つ空間認識の感覚や、遠距離魔法の制御度合いは、エースはその足元にも及ばず、遠距離魔法を得意とする同級生の中でも群を抜いていた。少し学んだだけで精密射撃レベルの制度を誇るまでになり、それを見た教師が『何故もっと早く教わらなかったのか』とこぼしていたほどだ。


 つい最近判明した事実と、そこに由来する羨ましさが、エースの視線をフローラに向けさせている。


「俺もそんな才能が欲しかったな……」


「どの魔法でも、持ってて損はないもんね」


 エースが零したないものねだりをする言葉に、セレシアが反応する。おそらくは両親のどちらかの遺伝子なのか、セレシアも遠距離魔法の精度は高い。


「じゃあそっか。フローゼは前衛後衛どっちもいけるんだ。大変だったんじゃないの?」


「最初は大変でしたけど、自分で決めたことですし、今は色んな人と依頼に行けるし、楽しいですよ」


 セレシアの問いに、フローゼが笑顔でそう返した。


 いつもの4人のうちフローラ以外は近距離遠距離どちらも出来るが、本当の意味でどちらも出来るかと言われれば否、とはっきり断定できる。エースは小手先の技術として使うことはできるが、本気が出せるのは近距離限定。ミストはマルチに能力を発揮できるが遠距離にやや分が悪く、セレシアは近距離が苦手なマルチレンジである。


 どちらもこなせる人物がどれだけ貴重で、それがどれだけすごいことかは、この場の全員が理解している。


「さて、晩御飯の時間だよ。準備をよろしく、エース」


「おーらい」


 台所だから投げられた台拭きを、エースが片手でキャッチする。そしてそのまま、食卓に夕飯の準備が始まった。


 ものの5分で、食卓に一つの大きな鍋と、5人分の食事用の器がセットアップされる。その全ては、エースとミストの手慣れた連携プレーでなされていた。


「おお……」


「いつ見ても、2人の息ってぴったりだよね」


「ま、そりゃな」


 セレシアの感心したような言葉に、エースがしれっとそう答える。


 生まれたときから今に至るまで、ほとんど同じ人生を歩んできたエースとミスト。細かな違いはあるが、その思考はだいたい分かる。


「というわけで、今回はスプリンコートさんの案を採用してみた」


「普段この家は2人暮らしだし、食器が少ない中で大人数で食べるなら鍋を囲むのが一番かなって」


 ミストとフローラが、台所から出てきてエプロンを外しながらそう言う。


 フローラの言う通り、フォンバレン家で生活しているのはエースとミストの2人だけなので、食器類はそう多くはない。しかし食べ盛りの年齢になる少年少女が5人も集まるとなるとそれなりの量は必要になってくる。


 食器類は少なめに、しかし量は多めに確保する。そんな2つの条件を両立できるのが鍋料理であった。


「鍋料理か……。なんだか最初に揃って食べたときを思い出すね」


 セレシアの言葉に、エースが向かい側で首を縦に振って頷く。


 昨年の夏、4人が始めてフォンバレン家で食卓を囲んだ時も、そこにあった料理は鍋料理。それから半年以上を経て、各々をとりまくものが色々と変化したが、それでもこうしてまた食卓を囲む機会があることに、少しだけ感慨深いものがある。


 ただし、それで胸の内は満たされるが、各々の空腹までは満たされない。


「はい、これはヒールとメールの分」


「「くるる~」」


 これまで会話を眺めるだけで丸くなっていたヒールとメールのところに、ミストが夕食の小皿を運ぶ。元気な一鳴きを聞いた後に、ミストが空いた席に座ったことで、ようやく夕食に向かう準備が整った。


「じゃ、食べるとしますかね」


「はい、いただきます!」


 席に全員が揃ったのを見たエースの言葉に反応するような、おそらくは待ちきれなかったのであろうフローゼの元気な挨拶を合図に、フォンバレン家での5人と2匹の夕食が始まったのだった。


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