第4話 会議はフォンバレン家にて



「というわけで……」


 フローラの驚きの声が森に響き渡ったであろうその数分後。


 フォンバレン家のテーブルに、エースとフローラが隣り合わせで、その向かい側にフローゼ、という配置で座っていた。


 ミストは一応呼んでおいた方がいいかもしれないという判断の元、寮生活中のセレシアを呼びに学校へと向かっている最中なのでここにはいない。その際に預かった買い物袋の中身を整理すること数分で、今のこの状況に至っていた。


「えーと、改めまして……私は、フローゼ・スプリンコートと言います」


「本当に、私と同じ苗字なんだ……」


「はい。正真正銘、未来のあなたの愛娘です!」


 ニコニコしながらはっきりと言うその様には、フローラと違う意味で人に愛されるであろう気質が垣間見えていた。意気込んでいる時のフローラにそっくりなその様子に、どことなく尻尾を振る子犬っぽさが混ざっている。


「一応、お名前聞いていいですか?」


 丁寧でありながら、堅苦しさの緩和されたその口調。おそらくは外向きではあるが、若干そこに彼女自身の気質が混じっているようだった。


 そしてそこにも、フローラと同じものが感じて取れる。


「私は――ってもう分かってると思うけど、フローラ・スプリンコートです。で、この人が」


「エース・フォンバレンです。よろしく」


「はい! よろしくお願いします」


 元気に返答するその様は、全くの意図なくエースの中にあった若干の訝しむ気持ちを消そうとしていた。少なくともここまでのやりとりでは、明らかに敵意か策略の類いが見えない。


「「くるる~」」


「わあ、可愛い」


 その証拠に、ヒールとメールが何故かフローゼの周りをふわふわと浮いていた。


 エース以外の面々だといつもいるミスト、フローラ、セレシア以外には懐く様子を見せない上、何かしら敵意がある面々が近づくと興奮状態になるのだが、全くその素振りが見えない。


「ヒールとメールがこんなに友好的になるなんて珍しいな……」


「だね……」


 エースとフローラも感嘆の言葉を零すほどに、フローゼに対する反応が友好的である。ヒールはふわふわと浮いているだけだが、メールに至ってはフローゼに抱かれているほどに馴染んでいる。


 抱き枕のようにメールをしっかり抱いた状態で、フローゼがその口から問いを紡ぎだした。


「で、私のことを話す前に、一つ質問したいんですけど……」


「どうしたの?」


 フローラが短く聞き返すと、フローゼの視線はエースの方を向く。視線を向けられたエースは、その水色の眼差しに戸惑いながら問い返す。


「俺?」


「はい。なんで、エースさんが私の名前を知っているのかな、って」


 その視線に込められているのは、敵意の一切ない、困惑と興味の混ざったものだった。


 最初に名前をその口から零した時にも言われたように、目の前にいるフローゼは、エースが何故自身の名前を知っているのか不思議そうな顔で見ていた。


 エースはまた、頭の中に置いていた答えを口に出来ないでいた。


 それは、あの冬の未来への転移騒動及びそれに関連した出来事は口外しないようにと、時渡の森の主ともいえる神――フェアテムに言われているからだ。


 そんな様子を見せたまま、口を開こうとしないエースに対して、フローゼの言葉が投げかけられる。


「もしかして、未来に行ったことがあるんですか?」


「どうしてそれを?」


 己の内に秘めた悩みをピンポイントで言い当てられ、エースは驚きの表情で聞き返す。


「知ってるのにぼかすってことは、そういうことなのかな、って。私も当然未来から来た身なので、そのあたりの事情はなんとなく分かります」


「あ、そうか……」


 フローゼの鋭い指摘と、それに付随するその理由。あまりに当然の来訪に忘れかけていたことを、エースは今更ながら思い出す。


「始めて未来に飛ばされた時、助けてくれた女の子がフローゼって名前だった。君と姿はほぼ同じだけど……でもなんか違うな……?」


「多分、それは別の世界線の私だからだと思います」


 フローゼの口から語られた『世界線』という言葉に、エースだけが思案を始める。フローラは完全に理解が及んでいないようで、疑問符を浮かべたような表情をしていた。


「未来は色んな出来事を分岐点にして枝分かれするので、世界線が違えば、同じ名前でももちろん違いがあります。例えば、お母さん――フローラ・スプリンコートという名前の人間も、この世界と、私の世界と、そのフローゼのいる世界とでは、辿ってきた、もしくはこれからたどるであろう道筋が、少しずつ違ってきます」


 身振り手振りを交えて説明をするフローゼの姿を、食い入るほどとまではいかなくともエースとフローラは真剣に見つめていた。


「だからもちろん、娘である私――フローゼ・スプリンコートにも違いが現れます。例えば、魔法とか」


 そう言うと、フローゼは左の掌の上に小さな氷の球体を瞬時に作り出し、また次の瞬間に消していた。


「ご覧の通り、私は氷属性使いです」


「確かに、俺が出会ったフローゼは水属性魔法使ってた」


 当時を思い返し、目の前との光景と照らし合わせながらエースがそう口にした。


「あー、じゃあつまり、俺の会ったフローゼと君は、同じ名前だけど別の人間ってことか」


「そういうことです」


 エースの言いまとめた表現で、エースの知るフローゼと目の前のフローゼが違う理由は、しばらく聞くこと専門になっていたフローラにもしっかりと伝わったようだった。


 だがすぐに別の疑問が浮かんできたようで、今度はフローラが切り口になって話が始まっていた。


「で、フローゼちゃんは何でここに?」


「それはですね、時間軸を飛んだ後、やらなければいけないことがありまして……」


 そういうと、フローゼが着ている制服のポケットを探り始める。


 数秒後、そこから取り出したのは、青色の歯車状の石だった。それをテーブルにおいて、フローゼは言葉を続ける。


「あの、これと同じような歯車状の石って持ってますか?」


「ちょっと待って」


 フローゼの問いかけを聞いたエースが、席を立ってリビングから出ていく。


 それから数分後、リビングに戻ってきたエースの右手には、小さな小箱が握られていた。


「これのことかな」


 再び着席したエースが机の上に置いた小箱を開く。


 そこには机に置かれたものよりも若干綺麗な、青い歯車状の石が丁寧に収められていた。


「そうです。それです。貸してもらってもいいですか?」


「いいよ」


「ありがとうございます。では、それを私の持っているのと合わせて……」


 エースが許諾の言葉と共に小箱から取り出した歯車状の石を渡すと、受け取ったフローゼはそれを、自身の持っていたものと歯車が嚙み合うように合わせる。


 すると次の瞬間、淡い光を放ちながら、歯車がひとりでに動き出した。まるで時を刻むようにゆっくりと、しかし確かに動いている。


「おお……こんな使い方があるのか」


「「綺麗……」」


「え?」


 フローラのものに重ねて放たれたフローゼの見入っているような言葉に、エースが思わず聞き返す。


「見たことあるわけではないんだ?」


「はい、やり方を知ってるだけで、実際には初めて見ました。そもそも時間軸を越えたのも今回が初めてですし」


 そんなやりとりの間に、青色の歯車の回転は終わり、微塵も動かなさそうな様相を呈していた。エースとフローゼはそれぞれ己に近い方を手に取り、元いれていた場所へと収めた。


「で、これで終わりか。なんかあっけないというか……」


「私も、これでいいのかなって拍子抜けした感じはあるんですけど、これ以上のことは見聞きしていないので……」


 エースの感想を肯定しつつ、フローゼもやや困った顔でそう言った。


 これ以上の進展もなく、場は停滞の様相を見せ始めていた。




 その時、フォンバレン家に、来訪を告げるベルが鳴り響いた。


「お、帰ってきたかな?」


 エースが半ば反射的に席を立つと、玄関口とリビングを繋ぐ扉からセレシアとミストが現れる。


「おお、お帰り。あといらっしゃい」


「どもー」


 ほのぼのとしたやり取りを交わすエースとセレシア。放課になって時間が経つためか、セレシアは制服ではなくパーカーにスカートという私服姿だった。


「で、あなたがフローゼ」


「はい」


「ふーん」


 座っているフローゼの姿を、その周囲を動きながら見るセレシア。少しの間それを続けて、満足したのか口を開く。


「見れば見るほど、フローラそっくり。あたしも、娘だって言われても信じるわ、うん」


 フローラに最も近い血の繋がりを持つセレシアから見ても、フローゼは非常によく似ているようだった。


 そんな、フォンバレン家にて繰り広げられる和やかな様子を見て、未だ緊張感を捨てていないミストだけが苦言を呈する。


「ずいぶんと呑気だね」


「ヒールとメールがああやって懐いてるの見ても、それ言えるか?」


 呆れている弟に対してエースが指を差した先には、フローゼに抱かれたままのメールと、その傍で丸くなっているヒールがいた。それをきちんと視界にとらえたミストも、ここでようやく緊張感が薄れた。


「へぇ、ヒールとメールがあんなに懐いてるんだ……」


「だから、敵対心抱いてないのは間違いなさそうなんだよな。あと娘だってのも間違いなさそう」


 そこにある事実とエースの言葉に、ミストもとやかく言うのは止めたようだった。


 そんなやり取りを男性陣がしている間に、女性陣の方で別種の会話が進んでいた。


「ところで、なんでフローゼはこの世界に来たの?」


「私は、これから時渡の森に向かおうと思ってます」


「えっ」


 フローゼの言葉に、セレシアが驚きの反応を見せ、次いで全員が視線をフローゼに向ける。明らかに異質な反応に、フローゼは困惑しながらその口を開いた。


「私、何か変なこと言いました?」


「時渡の森、今から行ったら着くころには多分夜前とかだぞ……」


「えっ」


 今度はフローゼが驚く番だった。エースの言葉を聞いて、その動きが固まっている。


「ど、どうしよう……」


 全く頭になかった事態だったのか、フローゼの顔が分かりやすく青ざめる。その姿は、想定外のことが起こった時のフローラの反応によく似ていた。


 そんな中、予想外の方向から提案が飛んでくる。


「泊まっていくかい?」


「「「「えっ」」」」


 思いがけないミストの言葉を聞いて、残りの4人が全員表面的に同じ反応でミストの方を向く。おそらくはフローゼだけが希望的なもので、残り3人は驚きだけで模っているその反応を、ミストは何食わぬ顔で見つつ言葉を続けた。


「そもそも敵意がないなら問題ないし、仮にいくつか嘘を含んでいても、このまま野放しにするくらいなら僕やエースの目が届くところにいてくれた方がいいかな、と思って」


「なるほど……」


 きちんとした理由を語るミストに対して、感心したようにセレシアが首を縦に振る。


「え、じゃああたしやフローラも泊まっていい?」


「急だね」


「だって、フローゼにあれやこれや聞きたいもん」


 セレシアには純粋な興味で色々と聞きたいという願望があるようだった。企みこそするものの、あまり害になることはない彼女の気質からしても、おそらくはそれだけだろう。


 とはいえ、フローラを含むとなると一つ問題があった。


「プラントリナさんは大丈夫として、フローラはお父さんお母さんに許可取らないとマズいんじゃないか?」


「それがね、フォンバレン家なら許可なしで大丈夫なのよ」


「マジ?」


 セレシアから聞かされる驚きの事実に、フローラに視線を向けるエース。


 それを受けて、フローラは縦に首を振っていた。


「マジか……」


 明らかに度を越えていると思われる信頼に、エースは頭を抱えたい気分になった。フローラの両親が自身に向けてくる信頼の重さが、昨年の冬から段々と分からなくなってきている。


 ひとまず目の前の出来事を回すために悩むことを後回しにして、エースは口を開いた。


「いやまぁ寝泊まりされるのは慣れた面々だしいいんだけど、フローゼはそれで大丈夫?」


「はい! お願いできるなら、是非!」


 元気よく答えられたその言葉を発端にして、フォンバレン家の夕方は、賑やかになっていきそうな雰囲気を醸し出していた。


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