第2話 揃い揃って



 確認を終えてから数十分も経てば、今日学校に来ているほとんどの生徒が確認を終えて、それぞれのホームルーム教室に入っていた。


 エースたちもホームルーム教室に入り、教師陣も含めて揃った後は1年間の流れに関しての説明を十数分ほど、細かい事務連絡を数分ほど受けていた。それだけで、この日の明確な予定は終了だった。


 このあっさりとした朝会であるが故に、年々この日に出席する生徒は減少している――と思いきや、割と一定ラインまで保たれている。あっさりとはしているのだが、たまに重要な情報をこの朝会で告げられることがあるので、損をしないためには出る必要がある、というやや面倒な要素を、この朝会は抱えている。要領のいい生徒は友人伝いに中身を聞くことも出来るのだが、エースとミストはすっぽかして誰かから聞く、ということをするつもりはなかった。


 他の生徒から聞くことに関して、人付き合いがよく異性評価もそれなりに高いミストはともかくとして、エースは初期の性格と物言いのせいで同性からの評判が頗る悪く、異性を含めてもセレシアとフローラ以外は両手で数えられるほどしか聞ける人物がいない。そのため、出席してちゃんと聞くか運悪く欠席して聞き逃すか、だいたい二択だった。


 そんな、友人関係が出席率に関係してしまう朝会を終えた4人は現在、今年のホームルーム教室を出て雑談がてら近くの丸テーブルを囲んでいた。


「あー終わった。これだけのために学校に来るの、なんか嫌だな……。せめてもう少し日程詰めてくれ……」


「ホントだねー。物凄く眠い……」


 エースとセレシアが、思い思いに言葉を発する。無断欠席などの行為は一切しないので決して不真面目ではないが、抜いても大丈夫と判断した状況ではやや手を抜くくらいには真面目でもない2人にとって、出来れば避けたいのがこういった面倒な出来事である。


 揃ってテーブルに突っ伏している様が、彼らの心の内を如実に示していた。


「なんでこれで疲れてるのさ。2人よりももっと忙しくなる人がいるのに。ね、スプリンコートさん」


「あはは……」


 そんな2人を眺めて軽い苦言を呈するミスト。そんな彼からの突然のキラーパスに、フローラは苦笑いするしかない。


「あ、そうか。生徒会の仕事か。依頼関連のやつ?」


「ううん。それは5月の最初の日。この後は入学式への出席だよ」


 エースからの問いかけに、フローラが首を横に軽く振った後答えを述べた。


 サウゼル魔導士育成学校の入学式は、始業日と同じ日の午後に行われる。中等部と高等部で始業日が違うので、当然入学式も違うタイミングで行われることになる。


 ただし、高等部から入ってくる生徒もそうでない生徒も、入学式には出席をする。中等部ですら多い魔導士育成学校の生徒よりも、さらに大人数が所狭しと集まるのだ。


「じゃあ、フローラは昼から大勢の生徒の前に出るの?」


「……それ、言わないでほしかったんだけどなぁ」


「緊張してるのね」


「うん……」


 元々社交スキルが高いフローラは、生徒会の仕事で人と関わることが増えてきたこと自体はさほど問題ないらしい。だが、大勢の人を前にしてしゃべるのは、おそらくこれが初めてだ。


 それ故の緊張をセレシアの言葉で思い起こさせられたのか、フローラはまた苦笑いになる。


「頼れる先輩、見せてこないとだね」


「そういうのは、別の人にお願いしたいかなぁ……」


「だいぶ気弱だね」


 ミストからのからかいこみの励ましにも、その表情は変わらない。むしろ緊張が増しているようにも見える。


 そんなフローラの姿を見かねて、エースがあっけらかんとした口調で言葉を場に投げた。


「まぁ、会長が割と自分から動く人だし、副会長は寡黙だけど頼れる奴だし、他の面々含め大丈夫だろ」


「フォンバレンくん詳しいね」


「どっちも話したことあるからな」


「いつの間に?」


「スプリンコートさんの仕事ちょいちょい手伝ってるときに」


 フローラが生徒会に入った昨年8月以降、たまにエースが雑務に協力することがあった。今年は女子生徒が多い生徒会の面々ではどうしても足りなくなりがちな力仕事が主なのだが、その仕事の際に生徒会の誰かしらと顔を合わせるために、いつの間にかエースは顔見知りになっていたのだった。


「あと、多分だけど、会長には関係性バレてる」


「「え!?」」


 場所が場所であるが故に小声で語られたエースの言葉に、ミストとセレシアが驚きの声をあげる。


「こっちも何か言ったわけじゃないし、あっちから何か言われたわけでもない。でも多分あの感じ、分かった上で俺に仕事手伝わせてる気がする。思い違いかもしれんけど」


「それはマズいんじゃないのかい?」


 恐れていた自体になりかねない状況を知り、強張る表情のミスト。それに対して、エースはそこまで気に留めているようすもなく、少し唸りながら返答する。


「普通の生徒ならそうなんだけど、会長の人となりとか考えたら、生徒の中ではこれ以上ない人が一番味方寄りなんだよな……」


「そうだね……」


「どういうこと?」


 隣にいるフローラも、エースと似たような、色んな感情が混ざり合った表情になっていた。その意味が分からないセレシアは、当然すぐに聞き返す。


「私が生徒会に入ったの、フィーアちゃんからのスカウトが理由だからね」


「場に居合わせたことがあったから知ってるんだけど、結構熱烈にスカウトしてたからな。関係的には会長と書記だけど、多分、会長――クラシオーネさんは一種の偶像崇拝的なものをスプリンコートさんに見てるっぽいんだよな……」


 当時を回想するようなエースとフローラの言葉。それを聞いて、先ほどまで色々と考えて別種の緊張感を漂わせていたミストが口を開く。


「なるほど、そういう背景事情があるんだね」


「そういうことだな。結構芯のぶれない人だし、まぁ大丈夫だと思うぞ」


 エースの言葉まで聞いて、その緊張感をミストは引っ込めていたようだった。


 表情を装うのが上手い代わりにおそらく一番簡単に狂気的なリミッターが外れやすい弟の、いつも通りの様子にほっとしたエースは、また口を開いて言葉をこぼした。


「でもそうか。生徒会の仕事入ってるんなら、久々に4人で依頼に行こうと思ってたのは取りやめないとだなぁ」


「えっ」


「あ、いや、これから探そうかなと思ってただけだから。キャンセルとかいう話ではなく」


 自身の言葉を聞いて、今日はよく変わる表情をちょっと青ざめたようにするフローラに、エースは少し焦り気味で言葉を返す。


「私のことは気にせず行ってもいいんだよ? 場所さえ分かれば、私は後から合流すればいいから」


「それは流石にないかな。単独行動させるのは、ちょっと……」


 フローラの気遣いに、エースが微妙な反応を見せた。それを見て、見守る側の2人であるセレシアとミストは何かに合点が言ったようで、エースの言葉に便乗するかのようにそれぞれの言葉を並べた。


「うん。確かに単独行動させる選択肢はないかな」


「そうね。4人での依頼はまたタイミング見計らっていけばいいし、4人になるだけなら、また機会も増えそうだし」


 しっかりと言い切られた2人の言葉を聞いて、フローラの表情は困惑一色に染まる。


「私、そんなにひ弱に見えるかな……?」


「いや、そうじゃないんだけど……まぁ、後から合流は気にすることが多いし、そもそもこの後スプリンコートさんは生徒会業務もあるし、止めておいた方がいいのはそう」


「そっか。それもそうだね」


 フローラがようやく納得の様相を見せたことで、依頼に関する話題は終わりにたどり着いた。どうにか上手くやり込めて事なきを得たエースが内心安堵する様を、隣に座るミストが面白そうに見る。


「なぁミスト、何か言いたいことがあるなら口に出せ」


「そんなもの、僕の喉元にすらないよ」


「目は口程に物を言うってことわざがあるんだが」


「それはもう口じゃないんじゃないかな」


「ああ確かに……ってそうじゃない言い回しだろうが」


 エースとミストの、テンポよく繰り広げられる漫才のようなやりとりに、セレシアとフローラがクスッと微笑んだ。


「そんな2人まで笑わなくても」


「なんだかこんなやりとり見るのも久々だなーって」


 困惑の色をほんのりと表情に宿したエースに対して、フローラがどこか嬉しそうにそう言った。


 春休み期間中1回会っているとはいえ、長らくこのような他愛ない会話やエースとミストのやりとりを聞かなかったのも事実。懐かしさを覚えること自体は、何もおかしくはなかった。


「あ、そうだ。久々と言えば、ヒールとメールは元気?」


 突如、思いついたような言い方のセレシアの言葉が場に出てくる。


「元気だよ。多分いつもの部屋にいると思う」


「気になるなら、今から見に行くかい?」


「もちろん」


 ほとんどやりとりを置かずして、一行は、ヒールとメールを見に行くことを決める。故に各々が席を立ち、丸テーブルを離れていつものように固まって歩く。


 先ほどまで座っていたその丸テーブルには、早々と次のグループが座っていた。



「ところで……私たち同じクラスなのに、なんで丸テーブルで会話したんだろうね?」


「あ、確かに」


 フローラにそう言われて、エースは今更ながら、自分たちの行動に含まれた変な要素に気づく。今まではどうしても1人以上別の教室を常用していたためにどこか別のところに集まる必要があったが、今年は全員が同じクラスでしかも近い席であり、その必要はない。


「いいじゃない。いつも通りってことで」


「むしろ教室であれこれ喋る方が、慣れないからね」


 セレシアとミストの言葉で、その気づきは疑問に変わる前に答えを得た。時間が移ろっても、変わらないものがそこにあることに、少しだけ嬉しさの感情がこみ上げる。


「ふふっ、そっか。そうだね」


 最初に気づいたフローラも、2人の言葉に笑みを浮かべていた。







* * * * * * *







 数分後、高等部の生徒が普段居座ることになる高校棟を離れたエースたちは、教師陣が普段仕事をこなしている職員室や実習室がある教師棟に来ていた。


 目的の場所は、教師棟3階の奥の、校長室がある一角。


 放課同然の状態になった4人は、目的のために物置部屋を訪れていた。


「流石にまだ戻ってきてないか」


 エースが一番最初に扉を開けて中に入ると、そこにはただ物が置かれているだけの空間が存在していた。大小様々な物品が置かれているその奥の窓にも、何も姿は見えない。


「呼んでないのに本当にここに来るの?」


 続いて入ってきた面々の中で、セレシアがそんな疑問を口にする。


 春初めにエースが始めて学校にヒールとメールを連れてきた日からほとんど間を置かずに春の長期休暇に入ったため、セレシアとフローラはまだヒールとメールがここに来ることは知らない。


 当然2匹の賢さについても知らず、おそらく2人の頭には、フォンバレン家の中で丸くなっている姿が強く焼き付いている。


「ちゃんと来るよ。ここの奥に、一応羽休めスペースは作ってるしさ。ほら」


 エースが言葉を添えつつ指を差した先の、物置部屋の奥の小さな空間。


 入口からは若干遠いが見ることの出来る場所に、若干古びたクッションが2つ置かれていた。スペースと言えばスペースだが、若干物寂しい印象を受ける空間だった。


「なんか……もっとこう、ないの?」


 その様を上手く言い表せなかったのか、明らかに語句の抜け落ちた言葉がセレシアの口から漏れる。それを聞いて、製作者であるエースが口を尖らせて返答を投げた。


「しょうがないだろ物がないんだし」


「言ったら色々あげたのに。ね?」


 エースの反論に、セレシアの気遣いのような言葉が投げかけられる。最後の一言だけは、隣にいるフローラへの同意を求める言葉だった。フローラもそれに応じて、首を上下に動かしていた。


 フォンバレン家から持ち出せる物品は、決して裕福とは言えない環境のせいでそこまで多くはない。その中で色々と考えてエースが自分なりに起こした行動にやんわりとは言え文句が入れば、もちろんいい気分はしない。


「それに、別にここがメインの住処じゃないしな。あくまでも学校にいる間の仮のやつだし、そこまで快適にする必要もないと思って」


「まぁそれもそうね」


 実際に生活するのはあくまでもフォンバレン家であり、この物置部屋にいるのは、エースたちが家に戻ることの出来ない時間帯に、家を開けずとも外を飛び回れるように、という配慮があってのことである。


 故に、この物置部屋を快適にしたところで、あまり意味はない。それが、エースの考えていたことだった。


 そんな羽休めスペースへの空間についての話をする最中、聞き覚えのある鳴き声が耳に入る。


「「くるぅ~~!!」」


 鳴き声をはっきりと聞いたエースが物置部屋奥の窓から外を覗いたタイミングに、ヒールとメールが空から帰還するタイミングが重なる。そしてエースの眼前に、2匹はふわりと滞空していた。


 エースの差し出した手に撫でられて、気持ちよさそうにもう一鳴きする。


「ほら、何も言わずに来たろ?」


 窓の外の空間を室内にいる3人に見せるような立ち位置になったエースが、得意気にそう言う。何も知らないセレシアとフローラは驚きを隠せない様子で、事情を知っているミストは感心したように2匹を見る。


「本当に何も言わなくても来るんだ……」


「ヒールとメールは、エースくんの居場所が分かるの?」


「みたいだな。俺だけ割と正確に分かるらしくて、こうやって物置部屋に来たり、家に帰ろうとしたりすると飛んでくる」


 エースがそんな簡単な説明をし終わるのを待っていたかのように、言葉の終わりに合わせてヒールとメールが室内に入ってくる。ゆっくりとした動きでセレシアとフローラの前まで来ると、再会を喜ぶかのように鳴いていた。


「ヒール、メール、久しぶり」


「ちょっと見ないうちにめちゃくちゃ大きくなったねー」


 毎日見ているエースたちの目から見ても、大きくなったことがすぐに分かるくらい目に見えて成長している2匹。お互いに1か月近く見ていないセレシアとフローラからすれば、サイズ感の違いに多少の戸惑いはあるだろう。


 現に、胸元に寄ってきたヒールをそのまま抱きしめているフローラが、その重さに驚きの表情を見せていた。


「もふもふ感が増した分、ちょっと重たくなってる……」


「あんまり食べないとはいえ、前よりも量は増えてるからなぁ」


「ちゃんと育ったら、私もう抱えられないね」


 笑いながら、フローラがそう口にする。


 このままの成長速度ならば、そう遠くない未来に、この面々の中で最も非力なフローラはもう抱えられなくなることは目に見えている。


「抱えたり肩に乗ったり出来ないのは悩ましいとこだね。ちゃんと育った証拠ってことだろうけど」


「そうだなぁ。あんまり重いとこんなのも出来ないし。なぁ?」


「くるー」


 肩ではなく頭の上に居座っているメールにエースが問いかけると、少しだけ悲しそうにメールが鳴いた。おそらくはずっとこうして触れ合う形が取れないことは分かっているのだろう。


「まぁ、その分今は乗せたりしてやるかな」


 頭から降りて目の前に来たメールを撫でつつ、慈愛が込められた言葉がエースの口から音になる。


 少しして、撫でられているメールを羨ましがったのか、ヒールがフローラのところを離れて目の前に来る。そんなヒールを撫でながら、2匹にエースは問いかけた。


「どうする? 俺は家に戻るけど、まだ飛ぶか?」


「「くるぅーー!!」」


 おそらくは肯定の意を示しているのか、空中をくるくると舞う2匹。それを見たエースにも、きちんと伝わっているようで、視線をいつもの面々の方に向けた。


「今ヒールとメールに言ったけど、ぼちぼち帰ろっかなと思ってる。また来週……って感じで大丈夫?」


「そうね。フローラはまだもう一仕事あるけど」


 セレシアがその言葉と共にフローラに視線を向ける。普通の生徒であるエース、ミスト、セレシアは完全な放課だが、フローラだけは高等部の入学式への出席という大事な仕事を控えている。


「あ、そのことなんだけど……」


「どうした?」


 何かを言いたげにするフローラに、エースが疑問符を浮かべて聞き返す。


「終わった後でフォンバレン家にお邪魔してもいいかな?」


「まぁ俺は別にいいけど……ミストは?」


 エースから流れるように問いかけられたミスト。言うまでもないだろうという表情で、その口を開いた。


「エースを差し置いて僕にノーなんて言う権利はないよ。僕のことはいいから、好きな時においで」


「だそうだ」


「じゃあ、後で行くね」


「ああ」


 了承が得られたことで、フローラの顔に笑顔が現れる。それを見て、エースも自然と笑顔になる。彼女の笑顔は、いつでも心に安らぎと喜びをくれる、エースにとっての魔法だった。


「じゃ、フローラの仕事に余裕がなくならないように、戻りますかー」


 セレシアのその言葉を皮切りに、4人は新しいホームルーム教室への道のりを戻っていくのだった。


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