第三章:時超えし巡り会い/未来を混ぜ込むRemix
第1話 移ろいを進めて
温暖な気候となり、ウグイスの鳴き声が響き渡る場所がちらほらと出来てきているサウゼル地方。その最大都市にして魔導士育成学校の敷地を有するソゼリアでも、春の訪れを告げられた後から、道端を彩る木々が桜色に染め上げられている。
吹く風は心地よく感じられるくらいに穏やかで、春風がほのかな香りを運んでくる。日がもっと昇れば芝の上で日光浴をし始める人も出てくるだろう。今はまだ、活動を始めたばかりの人と、これから始める人とが町に点在している。
そんな4月の早朝、サウゼル魔導士育成学校から北東の方角の、ピンクに染まった森の中にある一際目立つ黒色の家屋――フォンバレン家。そこから、2人の青年――エース・フォンバレンとミスト・スプラヴィーンと、2匹の小竜――ヒールとメールが出てくる。
「エース、ちゃんと物は持ったかい?」
「流石に持った」
「逆に、2年の時の徽章は置いてきたかい」
「あ」
「忘れてるじゃないか」
背後からミストに至らなさを軽く笑われながら、エースはもう一度家屋の中に戻った。
サウゼル魔導士育成学校では毎年、4月の学年が変わるタイミングで身に着ける徽章が変わる。学外では所属を示すことができればそれで十分であり、徽章の細かな違いは特に意味を為さないためどの学年のものをつけていても問題ない。
だが学内では、制服ではどうやっても判別しきれない学年を示す重要な装飾品だ。つけ間違えると色々と面倒なことになる状況も、あるにはあるくらいのそこそこな重要品。
そんな、1年間学び舎の中でいつも身に着けていた装飾品を、今日は胸元から外して玄関口に置いておき、また外に出る。
「ほい、これで問題ないだろ」
「そうだね。じゃあ、行こうか。ヒールとメールもついてきてよ」
「「くるるぅ!!」」
ミストの背後でふわふわと浮いていたヒールとメールが、元気よく返事をする。
昨年の冬から少しだけ大きくなった2匹は、春の陽気に包まれ始めたころから外を飛び回り始めるようになった。基本的にはフォンバレン家から遠くへは行かないものの、当初は遠出し過ぎないかと心配の種にもなっていた。
ただ、ずっと家屋の中にいさせるのもどうかということで、最近は校長であり義父でもあるパードレ・ファルシュがいる校長室の隣の物置部屋を拠点にして、校内では『パードレが校長権限で飼っている』という名目で、サウゼル魔導士育成学校の上空を元気に飛びまわっている。
そんな放し飼いのような形にしていても問題ないのは、エースたちが起きる時間や学校に向かう時間、昼休みや放課後の時間まで正確に覚えているくらいにはヒールとメールが賢いことが判明したからだ。長期休暇前の3月頭、始めて放し飼い形式をとった際に、特定の時間になったタイミングで教師棟最上階の物置部屋からエースたちのいる位置まで真っ直ぐに飛んできた時、エースは喜んでいる2匹を目の前にして驚きを隠せなかった。
今日こうして春最初の登校を共に出来ているのは、そんな2匹の賢さならば問題ないだろうとエースが判断したが故のことだった。
そんな内情など全く知る由も術もない道行く人々は、存在の珍しい小竜に対して一瞥を投げてくることもある。が、幾度かの外出で慣れてしまったことや、そもそも人がまばらなこともあり、エースたちは視線をそこまで気にしなかった。
「ちょっと早めに出たから、まだそんな人はいないね」
「そうだな。まぁ、みんなそんなに早くは来ないだろ」
桜並木を右側にして続く通学路を進み、折れ曲がって校舎の見える直線状の道が見えてきたところで、エースとミストは一言ずつ感想を漏らす。
春の長期休暇の際も学校は依頼を受け付け、集まった依頼を受ける生徒もいるため、長期休暇はただ単に学校が授業を開講しないだけの期間である。故にこの4月の最初の登校は、『開講準備日』と言われることが多い。
ただ、特に何かがあるわけでもないので、依頼を受けている生徒やごく一部の不真面目な生徒は最初の開講日に最初の登校を合わせ、この開講準備日には来ないこともあるという。そのような行為が許されているのは校長パードレの指針らしく、エースたちが入学する前の、校長がパードレに変わった当初は不満もあったらしい。
それを『何もないのに来させる方がおかしい』と突っぱねたのだから、肝が据わっているな、とそのエピソードを聞いた当時のエースたちは思っていた。
なお、実際に授業が始まるのは来週からである。今週はまだ高等部の入学式を残しており、それが終わると週末の休みに突入する、というタイムスケジュールになっている。
「なんだろう。割と来てるはずなのに、今日だけは校門をくぐると新鮮な気分になる」
「確かに」
会話をしながら校門をくぐり抜けると、見慣れた校舎のそびえ立つ様がそこにあった。遠くからでもよく見える白塗りの校舎を間近で見て、地続きの日常の残り香と、少しの新しい何かを感じる。
「そういや、今年で最後だな。こうやって新しい学年のやりとりするの」
「ああ、そうか。もう最後の年だね」
魔導士育成学校への在籍は基本的に、中等部からで6年間、高等部からで3年間となる。エースたちは中等部から在籍し始め、この始まりはすでに6回目。
1年後、また同じような始まりを迎えることは、特別な事情がない限りはない。その時には既に、それぞれの道を歩み始めている。
「長かったな……ってこれは卒業で言う言葉か」
「そうだよエース。まだ早い。無事に1年終えないと」
「それもそうだな」
校門から少し敷地に入ったあたりで、白塗りの校舎をもう一度見上げる。5年の間色んな出来事を経て今に至る様を少し思い返しながら、残りの1年間に思いを巡らせる。
そこにどのような出会いと別れがあって、どんな思い出が残るのか。エースとミストは、少しだけそれを気にしていた。
「さて、外で立ち話もあれだし、さっさと中に入ろうか」
「そうだな。ヒール、メール、また後でな」
「「くるぅ……」」
エースの言葉にヒールとメールが少し名残惜しそうに鳴いた後、その翼を広げてどこかへと飛び立っていく。その様を少しの間見届けた後に、エースたちの足は校内へと向いた。
校門を背にして11時の方向に、生徒の出入り専用の大きな玄関口――生徒玄関がある。ガラス張りの入口は感知ドアと呼ばれる、人の出入りに反応して扉を開く特殊なドアで出来ており、それをくぐり抜けて校舎の中に入ると、靴箱の先にやや広いエントランスエリアがある。
その中央には時計のついた柱があり、それを取り囲むようにソファーが設置されている。どこかの町の広場、もしくは建物の待合室のようにも見えるその場所は、出入りも時間の把握もしやすいことから、生徒たちの憩いの場所としては最適だった。
そんな場所のやや左奥の方に、見慣れていながらも、久しく見ていなかった姿が見える。
「おーい」
「フォンバレンくんにスプラヴィーンくん。久しぶり」
そこで会話をしていたのは、エースたちをこうして待つことのある数少ない人物である、クリーム色の髪をした2人組――セレシア・プラントリナとフローラ・スプリンコート。手を振りながら、それぞれの反応をエースたちに向けてきていた。
「おっす」
「久しぶりだね、2人とも」
そんな女性陣に、エースとミストもそれぞれの反応を返す。
「元気だった?」
「うん。こっちは特に変わりなく元気だったよ。そっちは?」
「こっちも何か目立ったことはなかったよー」
普段一番行動を共にすることが多い感覚のある面々だが、春の長期休暇中、この4人が一堂に会したことはない。エースとフローラが1回だけ出かけてはいるが接触としてはそれだけで、ミストは女性陣を、セレシアは男性陣を一か月以上見ていない。第一声が常套句な近況報告になるのも、至極当然な流れだった。
「私たち、3年生になるんだね」
「そうだな」
そんな級友との再会を喜ぶ2人とは違い、他の面々よりも会っていない期間の短いエースとフローラのやりとり。それは事実確認のような、短い言葉から始まるやり取りだった。
ただ、内に秘められている想いは、会わなかった体感時間の分だけ膨れ上がっているだろう。昨年度1年間を経て関係性が大きく変わり、今では恋人同士になったが故に、こうしてやり取りをする1分1秒そのものに意味がある。
「そういや、2人はホームルームは見に行ったのか?」
「ううん、まだだよ。どうせ見に行くなら、みんな揃っての方がいいかな、って」
サウゼル魔導士育成学校は、学年が変わると使用するホームルーム教室も変わる。どこの教室を使うかは固定化され、その教室の割り当ては開講準備日である今日以降に判明する。
その割り当てを見に行くのが、今日来る生徒の大多数の一番の目的である。残りの少数含め、新しい徽章を取りに来るのも、もちろん大事な役目ではあるのだが、割り当ての確認はお楽しみという側面を含むために、徽章の方は生徒たちの中では優先度が下がっている。
「んじゃ行くか。今年はどうなってるかな」
「仲間外れとかないといいねー」
「だな」
エースの誘いの言葉にセレシアが反応したのを皮切りに、エースたちはエントランスエリア左の通路から出て高校棟に入り、それから上の階を目指した。
ただしいつものように入ってすぐの通路を右に曲がって中央階段を目指すのではなく、左折して最もエントランスエリアに近い階段を使って3階まで上っていた。この階段も数えきれないほど使ってはいるものの、それは2階にある教室群を使用するときであり、教室のある3階まで上るとなると少し新鮮味がある。
「よいしょ、っと」
真っ先にセレシアが3階に繋がるステップを踏んで、その後にエース、ミスト、フローラの順で続く。
「さて、どこの教室かな」
「手分けして探す?」
「それでもいいけど、時間あるしみんなで見て回ればよくないか?」
「あーそれもそうね。そうしよっか」
エースとセレシアのやりとりだけで、場の進行が進んでいく。特段の意見があるわけでもない残り2人は、何も言わずにその後ろについて歩いている。
目的の場所は、それからまもなくして現れた。
教室のガラス窓に挟まれる配置で、少しだけ突き出た柱の位置に、その教室の使用者がリストアップされた紙が貼られていた。
「あ、あった! フォンバレンくんの名前」
「……なんで最初に見つける名前が俺なんだ?」
何故かセレシアがエースの名前を見つけるという謎の現象とエースの反射的なツッコミ。ともあれまずはエースの使用する教室は確定したようだった。
「じゃあ僕もこのクラスだろうね――うん、やっぱりあった」
次いでミストも、使用する教室が確定した。ミストにとって、エースと同じ教室になるであろうことは、これまでの事情からも容易に想像できることだった。
それ故に、言葉に驚きの感情は一切こもっていない。
「じゃあ、私とセレシアは……」
その傍でフローラが、残る2人分の名前を探していく。何故か順不同で長々と綴られている名前の中から、目的のものを探して――
「「あった!」」
同じように探していたセレシアと同時に、2人の名前を見つける。
「じゃあ、今年は4人とも同じクラスなのか。始めてじゃないか?」
「うん。去年の3人が最高だったから」
フローラの言う通り、昨年のエース、ミスト、セレシアが同じホームルームを使ったのが最大人数。それ以前だと全員バラバラもなく、4人のうち2人が同じ教室を使用することが多かった。
「そっかー。最後の年にみんな揃っていられるの、嬉しいね」
「そうだね。中々難しいことだから」
セレシアとミストも、顔に喜びを映し出しつつ、それぞれに感想を口にする。今までその機会が一度もなかっただけに、このタイミングで実現することに感慨深いものがあった。
そんな中で、エースはもう1度、リストアップされた紙を見る。
最初にエースがフローラと同じ教室を使ったのは、出会いがあった中等部1年の時。その次は、両片思いになっていた中等部3年の時。たくさんの時間を過ごして、久々に同じになった今――高等部3年は、両想い。
月日の経過と関係性の変化を感じ、エースは少しだけ物思いにふける。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。また1年間、よろしくな」
少し黙っていたことが気になったのか問いかけるフローラに、そう返すエース。直後、フローラが綺麗な笑顔を見せ、抑えきれない喜びをこめた返事をする。
「うん、よろしくね」
各々が喜びの感情を胸に、エースたちの最後の1年間が幕を開けたのだった。
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