第14話 暗転する世界



 一行が自宅を少し離れた辺りまで来ると、2匹の警戒度はより一層増した。前を行く2匹の異様さに胸騒ぎを覚えつつも、エースは後を追い続けた。


 ついさっき歩いていた森の中の少しだけ整備された道に入り、少ししたあたりで小竜の動きが止まると、エースもその動きを止めた。


 数秒後、2人の視界にフードを被った男2人組が現れた。簡素な色合いのフードにエースは戸惑いの最中どことなく既視感を覚えたが、その根源にはたどり着けない。


「どうしてここが……?」


 小竜が明確に警戒の様相を示している中、フローラから戸惑いの色濃い言葉がこぼれ出た。


 刹那、2人組の片割れがこちらへと向かってくるのを視界に入れたエースが、即座に氷の剣と鉄の剣を一振りずつ手に取り、迎撃体勢に入った。


「フォンバレンくん!?」


「ぐっ……!?」


 フローラの驚きの言葉の最中、相手の勢いに少し押されながらも踏みとどまったエースは、二刀を重ねたまま相手に向き合う。フードの下から覗く相手の顔には、しっかりと目元を隠す仮面がつけられていた。


「ああ、そうか。あの時の仮面か」


 これまでに何度も思い返し、これから何度も思い返すであろう夏の記憶の、その始まり。ローブ姿で、仮面をつけた男の襲撃という点まで酷似している。


 エースは目の前の相手に対し体重をかけ返して少し後退させると、横槍を入れようとしていたのか接近していたもう1人の棍棒による攻撃を間一髪でかわした。


「ひたすらに厄介だな、これは」


 再び最初の立ち位置に戻った相手の、1回ずつの攻撃から、エースは相手の連携の精密さの片鱗を感じ取ったような気がしていた。


 当たってほしくはない予想ではあるが、少なくとも苦戦はするだろう、というのが、この時点でのエースの見立てであった。


 それ故に、表情が強張り、後ろを向くことなくフローラに言葉を向けた。


「多分俺1人だと苦戦する。出来る限りの援護をお願いしたいけど、無理はしないで」


「分かった」


 対多戦闘自体は苦手ではないエースとて、高度な連携を1人で崩すのは容易ではない。正直なところ退避させたかった気持ちを抑えて、フローラに対する援護の要求を発する。


 その直後、エースの直下の地面がせり上がる。地面をせり上げて行動の自由を奪う戦法自体はエースも何度か体験したことがあるので、反射的に飛んで避けていた。


 そんなエースの行動を想定していたかのごとく、魔法を詠唱していなかった方からの突進攻撃が右側からエースを襲った。空中では受け身を取ることも出来ず、とっさの魔法すらも間に合わないため、そのままもらって地面へと叩きつけられる。


「ぐふっ!?」


 叩きつけられた後の転がる勢いを利用してエースが体勢を立て直した時には、もうすでに相手は追撃体勢を取っていた。その動きを止めるべく、エースも魔法を詠唱する。


「リオート・フルバレット!!」


 決して得意ではないが使い慣れた魔法で、大量の氷の礫を作り出して発射する。


 しかし、その礫の半数以上は何もない空間に溶け込んでいく。


「ぐぅ……」


 やってはならないタイミングでの、半数以上の外し。エースは思わず唸るような声をあげる。遠距離制御の魔法が得意ではないことは分かっているものの、頼らざるを得ない状況に陥るとあまりにも無様なそれに頭を抱えたくなってしまう。


 だが、残りの礫が相手の動きを止めることに成功したのか、相手からの物理的な追撃はエースを襲ってくることはなかった。


 代わりに相手からは、さらなるお返しと言わんばかりの、炎の槍が飛んできていた。それらは全てエースを明確に狙ってくる。


「させない!!」


 しかし、その大多数はフローラの展開した水流によってエースに届くことなく消滅していた。展開よりもコンマ数秒早くくぐり抜けてきた数本のうち、エース自身に直撃しそうなものは剣を振って風圧で消そうとしたが、その代償として左手に握っていた氷の剣はやや細身であるが故に融解して刃先がごっそりとなくなっていた。


「助かった」


「うん」


 隙を消すかのように展開された阻害魔法の詠唱主――フローラに対して、向くことなく、しかし確かな感謝と共に言葉を投げる。投げかけられたフローラは、戦闘時であるが故に、短く反応を返した。


「さて、どうするかな」


 一定以上の距離を開けていては、おそらく今のような遠距離魔法の撃ち合いになる。そうとなれば、中遠距離の練度が低いエースにとって分が悪いのは明らかだった。相手の先ほどの行動も考慮した上で、エースは思考と行動をほぼゼロ距離での戦いに切り替える。


 右手の鉄の剣を背中の鞘に納めると、緩衝材を少し入れたグローブの上から、少し掠ったくらいではびくともしない分厚い氷のガントレットを纏う。


 経験と技能では学んだ期間の長い剣術の方が勝るが、それなりにやれるという確証はエースの中にはあった。水流が消えるか消えないかくらいのタイミングで一気に距離を詰め、左側に立っていた方の顔めがけて右ストレートを放つ。


「ぎっ……!?」


 その右ストレートは顔へときちんと刺さったが、仮面に含まれていたであろう金属製のパーツの衝撃が分厚い氷を通して伝わり、その振動と痛みが一瞬エースをひるませる。


 エースの勢いのある攻撃は正面の相手は吹き飛ばすことに成功し反撃されることはなかったが、その隙にもう片方からの地面隆起魔法をもらって、やや後方に吹き飛ばされる。


「ぐぅっ……!!」


――マジで一瞬の隙もないのな……


 互いの隙を補うような高度な連携に、エースは受け身をとりながらそう思わざるを得なかった。対多戦闘への苦手意識というのはエースの中にはあまりないが、ここまで穴を埋めるような連携をされると話は別で、エースとて流石に辛い。


 今はフローラが阻害魔法で後隙を埋めてくれているので、まだ辛うじて一方的にならない状況ではある。始めは連れてこないようにしていたと思うと、改めて彼女の押し切りに負けてよかったと考えざるを得なかった。


 しかしながら、長引かせると辛いのも簡単に予想がついた。相手は、フローラが放った水製の蛇の束縛からようやく脱出した、というところ。ここを逃すまいと、エースはより一層の集中を持って、一撃を放つ。


「せあっ!!」


 気合いと共に放つ、低空姿勢からのアッパー。相手は棍棒を掲げた防御体勢を取ろうとするが、そこを無理やりこじ開けるようにねじ込み、胴体に強烈な一発を着弾させる。


「この距離なら外さない……!!」


 押し込んた分開いた距離は詰めることなく、代わりに追撃として、大きな氷塊を一つ、大砲による砲撃のように、しかし確実に当てられる距離で放った。相手は力のベクトル変化そのままに、勢いにより押される形で後方へと吹き飛ぶ。


 当然そこに後隙は出来上がるが、今相手の側で行動が出来るのは、先ほど吹き飛ばされなかった炎使いだけだったと予測する。その男がある程度のレベル以上の合理的な判断をするのであれば、氷使いのエースと水使いのフローラのどちらを先に狙うかは、自明の理であった。


「やっぱりな」


 攻撃を撃ち終わった後のエースに向けて放たれるのは、空中に展開された大量の火球だった。おそらくは防がれること込みで燃費をよくしたものだと推測するそれは、全てがエースに向けて放たれ、またフローラによる阻害魔法で完全にシャットアウトされる。


「ちょっと借りるぞ」


 全弾着弾したのを見ると、エースは目の前に出来上がった水のカーテンを急速に凍らせた。瞬時に物理への耐性を持った防御壁へと様変わりしたそれは、追撃を望んで接近していた相手を足止めし、その後ろにいるエースの位置を正確に把握させなくしている。


「横から失礼するぜ」


 その一瞬の隙を突いて横に回り込んだエースは、相手を壁に打ち付けられるように、左の拳を放った。横っ腹に突き刺さったそれは、相手を氷の厚い壁に打ち付け、大きなダメージを与える。


 しかし、その相手もただではやられないようだった。


「ブラム・ボンバー」


「なっ」


 拳を打ち付けた後、エースは詠唱を耳にするのとほぼ同時にほぼゼロ距離で爆発魔法を受ける。受け身を取るのも難しい速度で投げ出され、地面に衝突して少し転がる。


「げほっ……」


 内臓や骨を破壊せんとするだけの衝撃に、思わず咽て血を吐き出す。


「大丈夫!?」


「大丈夫!!」


 汚れた口元を拭って、前を見ながら心配する声をあげたフローラに向けてエースはそう叫んだ。実のところそこまで大丈夫な状況でもないが、不用意な心配をさせない方がいいだろうと考えての言葉だった。


 目線の先の世界では、先ほどダメージを与えた方はまだ立て直しに時間がかかっていたが、もう一方の地属性使いのローブ姿は完全にフリーの状態だ。


 しかし、フローラを狙う様子があまり見られない。そのことに少しの違和感があったが、エースはその思考を置いておき、また距離を詰めに行く。


 先ほど狙った火属性使いの方にもう一度、殴りかかろうと体勢を整えると、今度は炎の槍を向けてきていた。まるで突撃兵のように向かってくるそれを、エースは紙一重で避けながら、相手を終点とする円弧軌道で距離を詰めていた。


 視界の大半を埋めるほどの距離まで迫ると、エースはその拳を相手にアッパー軌道でたたき込む。


 相手の反撃よりも先に、相手は吹っ飛び、そのまま距離が出来る。そのまま追撃をすべく再接近のためにクラウチングスタートのような体勢を取る。


 しかし、その後で実際に距離を詰めにかかることは出来なかった。


「きゃあっ!?」


 次の瞬間に、甲高い悲鳴が場に響き渡る。それがフローラのものであることを理解し、反射的にエースがフローラの方向を向く。それは結果的なミスディレクションを引き起こし、エースに向けて投げられていた一つの投げナイフへの反応を遅らせる。


「くっ……」


 それでもギリギリ反応が間に合うタイミングで気づいたエースが、致命傷を避けるべく回避行動をとる。ナイフは左肩のあたりを掠めるようにしてどこかに飛んでいき、何事もなかったかのようにエースの意識を相手に引き戻させる。



 少し空いた距離の先、体勢を立て直しているであろう相手の姿を見て、エースとフローラは驚きを隠せなかった。


「なっ……」


「えっ……!?」


 そこにいたのは、確かにローブ姿の男2人だった。だが、その一方の仮面がいつの間にか外され、露わになった素顔は、数日ほど前に、図書室から出てきたばかりのエースに難癖をつけていた男子生徒――アビス・ツェンモーレンと同じものだった。


 そうなると、同じような背丈をしているもう1人はビスケ・オーレインだろう。使用魔法の属性も一致しており、さらにはあの2人はセットで見かけることが多いため、可能性は十分にある。


 しかしそこまで推測込みで情報を揃えられても、一番肝心な疑問――何故ここにいるのか、が全く分からない。夏の事件の対策として魔法をかけて簡単に入れないようにしているはずなのに、どうして彼らはここにいるのか。


 最初に聞こうとした問いが、全く別の感情と共に再湧する。しかしそれを言う前に、エースの体を先ほどと同じ火属性魔法の爆発が襲う。


「フォンバレンくん!!」


 己の心配をする声に対する、先ほどと同じ大丈夫という返答は、今のエースには出せそうになかった。受け身を取ることも出来ず地面に衝突した後は、こみ上げる血反吐をぶちまけて、痛みをこらえるので精一杯だった。


 明らかに、この2人は意図があってエースを狙っていることは、なんとなく察していた。先ほどからフローラに向けて放たれていた魔法は、フローラが大きなダメージを負うものでなく、地面隆起や炎の壁など、行動阻害や間接的なダメージのものが多い。


 もし相手がフローラの実力に気づいているならば、先にエースを仕留めてしまえばパワーバランスを崩壊させられることにも気づくだろう。そしておそらくはそれを狙っている。


「回復しなきゃ……」


 フローラがエースの状態を心配し、近寄ってくる。回復魔法の効果範囲にも限界があることを考えると必然的なものだが、その効果範囲ギリギリのところで、炎の壁が2人を遮断する。


「こんなの……!」


 フローラが自身の水魔法を炎の壁に向かって放つ。水蛇が、炎の壁を食らうようにして消していく。


 それと同時に、空いていた方の地属性魔法による地面隆起が、満身創痍のエースを襲う。それを転がるようにして回避すれば、また距離が開く。


――きついな、これ


 普段ならば2人を同時に相手にしたところで、エースも遅れを取らないだけの戦闘力はある。


 だが、それは何の制約もない中での戦闘での話。今のように、守るべきものがある状況を想定していなかったが故の、足枷のようなものが、エースを完全に劣勢に引き込んでいた。


 守るべきものなど、数ヶ月前までないに等しかった。それが急に出来たのだから、無理もない話ではある。


 しかし、だからと言って諦める選択肢はない。


「ぐう……」


 近づくことすら叶わないレベルの大量の遠距離魔法。岩はその身を切り裂き、炎はその身を焦がし、氷の壁では受けきれないそれを、エースは半分ほど受けてしまう。


「あぐ……」


 フローラとの距離をつめられないため、回復してもらうことはほぼ不可能に近い。それとなくエースが距離を詰めようとしても攻撃の範囲では長居できず、常に位置を変えるしかなく、そうして体力を奪われ、疼く傷からの鈍痛によって動けなくなっていく。


 フローラ側から距離を詰めようとしても、彼女の行動を阻害するような魔法が彼女に飛ぶ。


 そんな、詰みのような状況にさせられ、何度も攻撃を受け続けたことで、エースは膝をつくしかなかった。


 そんなエースに対し、命の終焉を告げる炎と岩が迫っていた。しかし体は己の命令を受け付けない。今からでは、動いたとしても直撃は免れないだろう。フローラからの悲鳴も、もう何を言っているのか認識できないほどに、聴覚も鈍っている。


 それでも最後まであがこうと、己の氷魔法を、今できる力を振り絞って放とうと体勢を作っていた。もしかしたら、ほんの一瞬の隙がどこかに出来るかもしれないと、淡い希望を頭の片隅に残して、エースは魔法を放つ。



 そこに突如、その耳に聞きなれない鳴き声が響く。いつの間にか連れてきていること自体を忘れかけていたヒールとメールから放たれたそれが、何故だか際立ってエースの耳に入ってくる。甲高くも、不快さを全く感じないその音は、するりと入ってくる。


 十数秒間放たれていたそれは、制御者の手を離れた全ての魔法を消し飛ばす。


 その光景の異様さに驚く暇もなく、次の瞬間にエースの意識は、深い暗闇の中に落ちていった。


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