第13話 平穏と突然と



 放課後の報告会という名の雑談を終え、エースたち4人は各々がそれぞれの役目を果たすためにそれぞれの方向に向かっていった。具体的には、エースとフローラがヒールとメールの様子を見に遠回り経路でフォンバレン家へ、ミストとセレシアは食材の調達のために買い出しに行っている。


 校長室では色々と言うくらいには押しつけられた感じはあるが、こうして出来る限り2人きりの時間を作ろうとしてくれていることに関しては、エースは一定量の感謝の念を抱いていた。それはおそらく、フローラも同じだろう。


 自発的に作れる時間は少ないため、押し付けであっても嬉しいことに変わりはない。


「そう言えば、俺って家への行き方言ったことあるっけ?」


 フォンバレン家への遠回りの道をのんびり帰る中、エースがその口を開いた。


「行き方? 道なら知ってるけど……」


「ああ、そうじゃなくて。つい最近だけど、学園長に頼んで学校側から直接来るとき限定で、手順知らないと同じとこループするように結界を張ってもらったんだ。もちろん、諦めて引き返すことが出来るようにはしたけど」


「そうなんだ……。私物覚えはいい方だと思うけど、迷わないようにしないと」


 意気込むようにそう言うフローラ。


 その姿がおかしく思えてきて、エースは少しだけ笑った。隣を歩くフローラは微かに漏れた笑い声を聞いて、思わずエースの方を見る。


「えっ、私何かおかしいこといった?」


「いや、全然そんなことないんだけど」


 そこまで意気込むことでもない事案なのに、妙に張り切ったようなフローラのその様。そんな姿も愛おしく思えるエースは、目の前で首を傾げるフローラに対して、誤解のないようにと口を開いた。


「俺がいる時は、ちゃんと俺についてきてくれれば大丈夫だよ」


「あっ、そっか。フォンバレンくんがいる時は一緒にいればいいんだ」


「そ。俺がいないときはミストに頼るってことも出来るけど、俺いないときはミストもいないこと多いから、あいつに頼る状況は少ないと思う」


 エースとミストの学校に関連したタイムスケジュールの類は、授業の時間帯こそ異なるものの、依頼に行くときは高確率で同じタイミングで向かうため、どちらかが学校にいる確率よりも揃っていない確率の方が高い。


 そのため、エースの言葉通り、フローラがミストに頼ってフォンバレン家に行くことは、今後大きなタイムスケジュールの変更がない限り確率は低い。また、仮にあったとしても、多少はエースに無理やり頼ませそうではある。


「とはいえ外で言うのもあれだから、フォンバレン家についた後、4人揃った段階で言うよ」


「そうだね。誰に聞かれてるかも分からないから」


 周りを見回しながら言ったエースの言葉に、フローラも同意の言葉を返した。


 学校の敷地に隣接する森の中、というかなり近い距離であるが故に、所在が正確にバレるのは避けたいことであった。針の穴に糸を通すような確率を拾い続けて隠し通してきてはいるものの、夏の事件の以後、どこかから情報が洩れているかどうかはエースたちにも把握できていない。


 自分たちで把握できるだけでも可能な限りは隠しておきたいのがいつも集める面々の正直な気持ちである。


「さてさて、2匹は元気にしてるかな……」


 森の中の小道を歩き続けて十数分後、2人の視界に、開けた場所とそのやや奥に少し大きめの平屋が映った。小竜たちが周辺を飛び回っているような気配は見当たらず、鳥の鳴き声が少しばかり聞こえるだけである。


「2匹とも、行儀よくお家で待ってるんだね」


「みたいだな」


 喧騒とは程遠いフォンバレン家の周りの様を聞いて、フローラが素直な感想を漏らした。エースも半ば反射的に同意の言葉を返しつつ、後に現状を悩むような心の内を続けた。


「出来れば、出して外を飛び回らせてあげたいんだけど、防犯的な問題があってだな……」


「特にエースくんたちの場合だと、お金盗まれちゃうと死活問題だもんね……」


「そうなんだよな。代わりに、時々校長室に預けてから来たり、たまに家に帰って昼飯食う時だけ遊ばせる、とかはしてあげてるから、大丈夫だと思いたい」


 エースとしても出来る限りのことをやってはいるつもりだが、それが2匹にとって十分であるかは、2匹の反応を見る以外に知りえる方法はない。日頃、エースの見ている限りではご機嫌な反応を見られてはいるが、総じてよい生活を出来ているのかは、エースには分からないことである。


 そんなエースの心に居座る不安を感じ取ったのか、フローラがエースの方を向いて優しく言葉を紡いだ。


「きっと大丈夫だよ」


「そう……なのか?」


「うん。友達に聞いたけど、動物って思ったよりも人間の感情を受けてるんだって。エースくんは楽しそうに接してるから、ヒールとメールもきっと楽しく暮らせてると思うよ」


「そっか。そうだといいな」


 フローラの言葉を聞いたエースが心の内に溜まっていた何かを、ふっ、とした吐息と言葉に乗せて漏らした。色々と考えていたことで蓄積していたのかもしれない悩みは、その一部が元々なかったかのように消え、心が若干身軽になる。


 そんな心の状態を実感した後に、エースは自宅の扉を引き開けた。



「ただいまー」


「くるぅ」


「くるるぅ」


 エースの声が室内に響いた直後、その帰還を待ち望んでいたのか、室内であるにも関わらずそこそこの勢いでエースの元へとヒールとメールが飛翔してきた。しかし勢いそのままに飛び込んでくることはなく、うまく制動して、エースの眼前で羽ばたいていた。


「2匹とも嬉しそう」


「「くるる」」


 後ろにいたフローラの感想を肯定するかの如く、2匹が一鳴きずつ返す。


 嬉しさを感じ取れそうなその様相を見ていたエースは、目の前に展開されている少しのやりとりを見ただけで、先ほどのフローラの言葉をより一層信じられる気がしていた。


「帰ってきたし相手したいのはやまやまだけど、先に冷蔵庫の中を見ないとな」


 ふわふわ浮いている2匹の間を通り抜けて、エースはリビングやキッチンへとつながる通路を歩き出した。その後ろに2匹がふわふわ浮きながら続き、さらに後ろをフローラが歩きながらついていく。


 リビングの扉を開けてすぐに左を向くと、正面やや右寄りにキッチンが見える。調理場に入り込む前に冷蔵用の箱があり、しゃがんで開けば、ここに来た目的そのものが達成される。


「大丈夫そう?」


 奥行きのある箱の中を探りながら確認しているエースに対して、背後からフローラがそう問いかける。エースは、声の方を向くことなく、探っていた手を止めて口を開いた。


「まぁ、うん。減るペースは当然早いけど、まだもちそう。かといってそこまで余裕があるわけじゃないけど」


「じゃあ、やっぱり荷物持ちに行った方がいいのかな?」


「だな。仮に無駄足になっても、それはそれで」


 手が必要なかったところで、のんびりしゃべりながらフォンバレン家までの道のりを楽しめば、無駄足も名ばかりになるだろう。そう考えた後、言葉を口にして、よいしょ、と一声いれながらエースは再び立ち上がり、自身の背後にいたフローラの方に向き直った。


 すると、その背後にいたヒールとメールが、首をキョロキョロさせながら落ち着かない様子を見せていた。


「ん、どうした?」


 エースの問いかけに反応することなく、2匹は見えない何かを探るように視線を動かし続けていた。十数秒ほどそのような様子を見せた後、窓際へと移動したヒールとメールは、エースたちに何かを訴えるようにいつもと違う鳴き声をあげた。


「外がどうかしたの?」


「分からないけど……とりあえず何かあって、2匹が警戒してるのは確かだと思う」


 2匹を過剰に反応させているのは一体何なのだろう、という素朴な疑問が、2人の頭に居座り始めた。良からぬことでなければいいが、などという心配も、せざるを得ないような印象を、小竜たちのあまり見ない反応から感じ取る。


「流石にこんな反応をされると気になるし、見に行ってみるか……。ヒール、メール、案内よろしく」


「「くるるぅ!!」」


 2匹が興奮している理由を知るべく、エースは外へと向かうことを決めた。興奮状態のままエースの声に反応を返した2匹が先導し、その後をエースが、さらにその後ろをフローラがついていく形で玄関口の方へと向かっていく――


 とはならず、エースはドアを開けたところで後ろにいたフローラの方に向き直っていた。


「エースくんどうしたの?」


「フローラはここにいてほしい。何が起きてるか分からない以上、もし大事だった時に、絶対に守りきれる保障がない」


「それはそうだけど……でもエースくんは? エースくんは1人で大丈夫なの?」


「うーん……。本当にヤバいことが起きてるなら、大丈夫かどうかは分からないかな」


 場の状況が見えない以上、笑い話で済むのか、大事件にまで広がっていくのかは、今の時点ではエースには見当はつけられなかった。


 いくら戦闘能力が低いとはいっても、フローラもエレメント系統やアンデッド系統の魔物の討伐ならばこなすことが出来るくらいの能力は持っている。そもそもこの魔導士育成学校の高等部の学生として生活する以上は、ある程度の危険がつきまとうことは、エースもよく分かっている。


 だが、それはあくまでも個人の感情を一切抜いた時の、誰もが出来る判断に過ぎない。エースとしては、フローラを危険にさらすことはなるべく避けたいことである。彼女に大きな負担をかけることだけはしたくなかった。


 ただ、それを上手く言えなかったのがまずかったようだった。フローラが、納得のいかない表情を浮かべて、エースに向けて口を開いた。


「そんなに危ないかもしれない、って場所に、大切な人を1人で送り出せるほどの勇気は、私にはないよ」


「いや、でも……」


「それに、エースくんに何かあったってなる前に、少しでも傷を癒してあげられるのは、今は私しかいないから。私も、ついていく」


 いつもよりも芯の通った、強い言葉がエースの心を突く。自身を少し見上げるような形で刺さってくる視線に、エースはそれ以上、とどめることは無理だと思わざるを得なかった。彼女が心に決めたら、中々変えようとしないのはエースもよく知っている。


「分かった。でも、無理だけはしないで」


「うん」


 エースの中に一抹の不安はあったが、決断を尊重する他ない。


 そんな風にして話がまとまった後、玄関口で待たせている2匹と共に、エースとフローラは外へと向かうのであった。


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