第12話 夢と現の報



 その日の放課後、いつもの4人で時間を合わせて、教師等最上階の校長室に向かっていた。


「あたし、何も悪いことしてないのに、物凄く行ってる気がする」


「いやまぁ確かに結構な頻度で来てるよな」


 道中、セレシアの素直な感想に、エースが反応を返していた。


 通常の生徒は、教師棟の最上階に来ることなどほぼなく、入学してから卒業するまでの3年ないしは6年の間一度も来ることなく学び舎を発つことの方が一般的である。


 何らかの事件を起こして処分を下されたり、何らかの表彰を得たりする際に来る生徒の数が少数で、エースとミストのように何回も来るパターンは限りなくゼロに近い。


「考えてみれば、夏からそんなに経ってないのに2つも大きな出来事があったわけで。人数やその中身は色々と違ったりしてるけど、2人とも数えるのに両手がいるくらいには来てるでしょ」


「そう……だね。夏の事件関連と、今回の2匹のことと……」


 ミストの思い返すような言葉に、フローラが左手で指折り数えながら考えている。


「俺らはしょうがないから置いとくとして、ここに来る頻度が多いっていいことなのか……?」


「少なくとも、フローラにとってはいいことだったんじゃない?」


「えっ、なんで?」


「どういうこと?」


 セレシアの発した言葉に対して、エースとフローラがほぼ同時に、同じ意味を持つ言葉を口にしながら振り向いた。その表情に、セレシアはニヤリと笑いながら続きを言い放った。


「ちゃんと事情があった上で、合法的に過ごせるわけだから」


「ああ、それは間違いないね」


 セレシアの言葉と共にミストが追い打ちのごとく放った言葉を聞いて、意味を理解したフローラがはっとした表情を見せた後、頬を少しだけ紅潮させた。最近は関係性の変化によりフローラも茶化されることへの耐性が少しついたものの、未だに慣れない、という本人の言葉を、エースは脳裏の片隅で思い出していた。


 そのこともあってか、エースの口から出たのは、2人の言った言葉に対しての呆れを込めた言葉だった。


「あのなぁ……」


「僕らは何も言ってないよ」


「顔が口以上にもの言ってるんだが?」


 弟からの反論にもほぼ間を置かずに再反論を投げたエース。最近明らかに増えたであろうミストのほくそ笑む姿を見て、これは触れないほうが身のためだと感じ、諦めのため息を1つ吐いた。


「やっぱりいついじっても面白いね」


「はいはい。ずっと言ってろ」


「つれないなぁ」


「釣り針が使い過ぎて古びたんだと思うぞ。てかそれよりも、ぼちぼち着くからそのつもりでな」


 エースたち一行が会話をしながら歩みを進めているうちに、既視感を強烈に感じさせられる辺りまで来ていた。すぐそこの曲がり角を左に曲がれば、親の顔と同じくらいには見るあの茶塗りの両開き扉が見える。


 十数秒後、実際に見えた両開き扉は、何故か豪快に開け放たれ、その奥からは学園長パードレが何故か勝ち誇ったような表情で扉の前に来た4人を見ていた。


「おーう来たかボーイズアンドガールズ」


「なんでここ開いてるんです?」


「来ると思ってたからだな。男のカンってやつだ。んで、こうして開け放っておけばちょっとビックリするかな、と」


 パードレのあっけらかんとした言葉に、エースとミストは、それぞれ別の表情で全く同じ思考――『なにやってんだこの人』、というのを、心の中に具現させていた。


 その一方で、女性陣は全く違う反応を示していた。


「あれ、でもドアを開ける音なら聞こえそうなものなのに、こっちに来た時全然聞こえませんでしたよ?」


「こっちの方、とっても静かだからドア開ける音ならこの階にいれば聞こえると思うんですけど……」


「ほう、そこに気づくとは……賢いな。男どもはまだまだかもしれん」


 パードレの明らかに遊んでいる感じの発言に、エースとミストは顔を見合わせて、父親の行動に呆れの意を示すため息をこぼした。


「んで、実際のとこどうなんです?」


「いやぁ、完全に来ること忘れてて、1階でお前ら見たから急いで外に氷魔法で階段を作って登って窓から入って、防音壁貼ってドアを開けた」


「予想以上にぶっ飛んだことやってるわこの人」


 真実を聞かされたところで、反射的にエースの口から言葉が飛び出た。他の3人も、苦笑いや先ほどよりも明確な呆れた表情を、それぞれパードレに向けている。


「そんなに強烈な視線を浴びせられると、さすがのおじさんも心にくるとこがあるぜ」


「それだけのことやってるんですけどね。まぁいいや、下手に時間食いたくないし、始めますか」


 このままだと完全に惰性で話が流れてしまうことを考えたエースが、話を本来予定していた路線に乗せ戻す。その第一声は、あいよ、と相槌を返したパードレの口からだった。


「そんで、あの2匹はうまーく飼いならしてんのかい?」


「そうですね。食費の多少かさむ分は全員で協力して頑張ってますし、思ったほど食べないこともあって結構楽してます。あの2匹、結構おとなしいですよ」


「そうか。まぁ、竜種は種族によって様々らしいからなぁ。色んな事情を考慮したら、あの2匹の種族や性格がそういう感じでよかったな」


 含みを持たせた言い方をしたパードレの言葉通り、決して裕福ではないエースとミストの経済状況を考えた時に、食費がさほどかからないのはありがたいことであった。


 また、魔導士育成学校の高等部が学業と依頼のどちらかを優先すべきという明確な方針がないことや、セレシアとフローラという協力的な人物がいることも、ここまで一つの苦労もなく2匹を家族のように迎え入れられている理由であると、エースとミストは考えていた。


「んで、意外だったのは、エースが無茶苦茶好かれてることかと」


「ほーう? そりゃ意外だな」


 ミストの言葉を聞いたパードレが、言葉を口にすると共に眉を釣り上げた。


「エースの生き物への好かれなさは異常だからな。いつだったかな、くっそ大人しいと評判の犬にめちゃくちゃ吠えられて嘆いてたの」


「14歳の時です。あれ結構へこんだやつ」


 パードレの言葉で当時の出来事を思い出したのか、エースの顔に苦い表情が表れる。言う、というよりほぼ吐き出されたに近い言葉のその発せられ方にも、触れてほしくなかったという思いが強く表れていた。


「へー、初知りなんだけどそれ。犬に吠えられてへこむフォンバレンくん、なんかかわいい」


「自分で思い出したくないのに人に言うわけないだろ」


 よほど苦い思い出だったのか、セレシアの言葉に返されたエースの言葉も、半ば吐き出されるように発せられていた。渋い表情のまま、エースは長年の疑問を口にする。


「全くどうして俺は生き物に好かれないのか……」


「依頼先で何回かあったけど、本当に謎だよね……。フォンバレンくん、別に何かしたわけでもないのに」


「何かしたんなら覚えてるし、ピンポイントで嫌われるもんだと思う。でも俺、基本全ての生き物に好かれないんだよな。嫌われてるわけじゃないからめちゃくちゃ困るわけではないけど」


 思い出したくないものを避けつつ、今までを思い返しながらエースは言葉を口にした。旅先で生き物に見向きもされない経験は、エースの中にいくつもある。


「ホント、スプリンコートさんがうらやましいよ」


「えっ、私?」


「俺が生き物に好かれないだけに、余計に」


 一方で、生き物に嫌われたことがないのがフローラだった。正反対の性質を持つエースがいると余計に目立ち、生き物は何故かエースのいない方からだけ寄ってくる、ということがあった。


「お、なんだ惚気話か? おじさんには眩しいな」


「違うしこれ昔っから言ってるんですが」


 最近になってやたらと増えたこの手の言葉に、いつものようにレッテルを貼り付けるかの如く言葉を投げた後、エースは表情を緩めて続きを口にした。


「まぁ、あの2匹のお陰で新鮮な体験できてるんで、本当にありがたいですね。今日は布団の上に乗っかってました。しっかり重かったです」


「そりゃあまた。本当に好かれてるな」


 貴重な体験が出来て満足気にその感想を口にするエースの言葉を聞いて、パードレも少し嬉しそうにそう返した。


「それにしても、フォンバレンくんにかなり懐いているの不思議だよね。クッキーはあたしのだし、刷り込みで親だと思っているわけでもないし」


「うーん……あの2匹にとって、フォンバレンくんは安心できる何かがあるのかな?」


 現状が見せているわずかな不思議さに、女性陣が揃って首を傾げる。あの場にいたのはミストを除くいつもの面々だったが、その中でエースだけがかなり好かれており、生き物に好かれているフローラよりも優先度が高いような仕草が見受けられた。


 しかし、そうであるならば、一つだけ腑に落ちないことがある。


「ぱっと見なら、僕も結構似てるから間違えることなんて1回くらいありそうなものなんだけど、ヒールとメール、僕とエースを完全に見分けてるっぽいんだよね。僕とエースの時とで微妙に反応が違うんだ」


「みたいなんだよな。何で見分けてるんだろ」


「ホント、不思議だよね。ぱっと見分かんないときあるのにね」


 男性陣も、別の視点からの疑問で首を傾げる。風呂上りや寝起きすぐなど、意図せず容姿が被るタイミングというのは多くなくとも存在するが、そのどれにおいても、間違えられたことはないのだ。


 ふと、エースの脳裏に、とある言葉が過る。


 それは、今朝夢の中で言われた、この場の誰からでもない一言だった。


――まさかとは思うが、本当に俺は『選ばれた』のか……?


 その一瞬の思慮が見せる、表情の深い掘り込みは、周囲に少しの疑問を抱かせた。


「どうしたんだいエース。何か思い当たることでも?」


「ん……いや、なんでもない」


「ホントに?」


「本当だ。特にここで出すような話題じゃない」


「ならいいけど」


 確信が持てないエースは、ここで出せる情報ではないと思い、提示することを拒んだ。そんなエースに対してミストは、何かあるのだろう、という長年の付き合いから来る勘のようなものありつつも、それ以上の追及をすることはしなかった。


「まぁ、これに関しては不利益になる何かがあるわけじゃないからね。分からなくたって、問題はなさそうだ」


「それに、2匹と触れ合ってニコニコしてるフォンバレンくん、楽しそうだし、それでいいんじゃない?」


 ミストとセレシアの言葉に、その場の面々がそれぞれに同意の頷きを返す。問題がなければ、特に懸念することもない。


「さて、この後はどうするんだ?」


「そうですね……。僕とプラントリナさんで買い出しに行って、エースとスプリンコートさんはフォンバレン家に先に戻るって感じですかね。2人に関してはなんならそのままいてくれてもいいけど、大荷物になりそうだったらいけないから一応追ってもらえると助かる」


「え、何その予定。始めて聞いたんだが」


「そりゃあだって、エースにだけは一言も言ってないし」


「言えよ」


 ミストのあっけらかんと言い放ったその言葉に、何故俺だけに言ってないんだと、理由は分かっても納得など出来るはずもない。その思いを込めて、エースは短い言葉と共に物言いたげな視線を全力で突き刺していた。


 そんなやりとりと、結果出来上がったエースの態度を見て、パードレも少し笑っていた。


「まぁ問題がないならそれでいいじゃねえか。後悔しないように、出来る時に好意を受け取っておけ」


「ミストのそれは好意じゃないときあるんですけどね……」


 何度この手の提案を受け入れて、存分にからかわれたか。エースはもうその回数を数えるのは、とっくのとうに止めていた。数えたところで、その行為自体に虚しさが募るだけだ。


「まぁ、いいか。そうさせてもらおう。スプリンコートさんも、それでいい?」


「うん。私は、先に聞いてたから全然問題ないよ」


「そうだったな……。全く、いつ話したのか」


――そしてなんでフローラは隠し通せてるのか


 いつの間にやら隠し事が上手くなってないか、とそんなことをエースに考えさせるフローラの姿。悪い方向に行かなければいいな、とそうも思わせる。


「よし、じゃあここらでお開きにするか。またなんかあったり気になったらこうして聞くわ」


「了解です」


 いつものようにパードレの締めの一声とそれに追随するエースの返しで、この場での5者談義は閉幕を迎えた。


 開け放たれた茶塗のドアから外に一歩出ると、これまで防音壁で聞こえてこなかった様々な音がまた4人の耳に舞い込んでくる。


 それらを背景音楽にしながら、4人は学校を後にするのだった。



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