第10話 損とか得とか



 同じ日の昼下がり。エースとセレシアの姿は魔導士育成学校の校舎内ではなく、学校のある街の近郊にある洞窟にあった。


「さてさて、ぶちかましますかね」


「なんで俺よりも依頼に乗り気なんだ……?」


 何故かいつもよりやる気に満ちているセレシアを横目に、エースは眼前に広がる暗闇を見る。


 背後にある洞窟入口から差し込む光と内部の松明でそれなりに明るい現在地よりも奥の、暗い空洞から微かに聞こえてくるうめき声。


 羽を伸ばしたくなるくらいに綺麗に澄み渡る青空が広がる時間には全くもって似合わないそれは、洞窟の奥に生息するデッドリビングのうめいているような声の反響音だった。


 魔力と、生き物の気配さえあれば、明かりの乏しい場所に生まれ出てくる下級の怪物。それがデッドリビングである。日中は陽の光を嫌って外に出てくることはまずないが、夜の帳が落ちる頃になると、運悪く外に出てきた個体が人を襲う、などという被害事例も、エースたちの耳にたまに入ってくる。


 被害の大きさこそそれほどなくとも、厄介さが目立つ魔物。それ故に、定期的に各地のデッドリビング討伐・掃討依頼が魔導士育成学校に舞い込んでくる。どれも安全確保を目的として、生徒たちの元に届くのである。


 エースたちが雑談のあと手に取ったこの依頼も、その手の類いである。近くに共同墓地があるということで、荒らされたり、訪れた人が被害を受けないように、と依頼されたものだった。


「まぁやる気があるに越したことはないし、さっさと済ませますかね。2日間あるとはいえ、初日に頑張って楽をしておきたいし」


 デッドリビングは洞窟奥に湧きやすい分、ある程度の期間をもって掃討・安全確認が行われる。


 エースたちの受けた依頼は2日間で掃討を行い、3日目に依頼主と共に確認がてら奥地に向かうという形式のものであった。当然ながら早いうちにある程度掃討しておけば2日目には余裕をもって望むことができるわけである。


「そうね。さっさと殴れるだけ殴っておきましょ」


「言葉が物騒なんだが」


 洞窟の、今は見ることが出来ない奥地へと、2人の足は一切のためらいなく踏み出される。


 1年半ほどである程度の場数を踏んだ2人にとっては、特別な条件でも付かない限り、デッドリビングは恐れるに足らぬ魔物である。故に、この程度で進むことをためらうこともない。


 洞窟の壁には、しばらくの間、松明がある程度等間隔で並んでいた。灯りに照らされた道を、土を踏みしめながら進んでいく。


「この辺りにはまだそんなに出没の跡はないな」


「ここはまだ入り口に近いからね。もっと奥の方に進めば、松明も倒れてたりとかして分かりやすくいそう」


「分かりやすいから仕事もしやすくて助かる」


 場所に似つかわぬ呑気そうな声色での会話の最中でも、洞窟の壁に反響してうめいているような声が聞こえてくる。


 ただし、その本体はいまだに姿を現していない。多少進んだくらいでは、デッドリビングは姿を現さない。


 彼らが生み出され、生息するのは、通常は立ち入りをためらうようなもっと奥地になる。人為的にしろ自然にあったにしろ、一定以上の深さを持つ洞窟は、否応なしにデッドリビングの生息域になる。


「なぁセレシア」


「なぁに?」


「朝から気になってたんだけどさ……なんでその髪型なんだ?」


 エースが気にしていたセレシアの髪型は、若干編み込みの入ったミディアムヘアだった。彼女のミディアムヘア姿こそ珍しくないものの、動くときにまとめていないというのは、エースの考えられる範囲内でも不思議に感じられた。


 そんな彼の素直な疑問に、問いかけられた側のセレシアは一瞬きょとんとした後、少しニヤリとしつつ口を開いた。


「あら、フォンバレンくんも女の子の髪型を気にするようになった?」


「あ、いやそういうわけじゃないけど……いやでもわけじゃなくもないか……?」


「どっちなのよ」


 セレシアのからかうような言葉に対して若干しどろもどろになるエース。その姿を見て、ふふっ、と軽く笑ったセレシアはまた口を開いた。


「まぁいいわ。この髪型ね、ちょーっとフローラに寄せたのよ。今までほど一緒に依頼に行けるわけでもないから、こうやって髪型だけでも面影があれば、フォンバレンくんも寂しくないかなーって」


「え、俺への配慮だったの」


「――という冗談はさておき」


「嘘なんかい」


 エースの反射的なツッコミにまたクスッと笑いつつ、セレシアはそのまま言葉を続ける。


「ただの気分転換よ。いっつも同じ髪型じゃ味気ないし、動くからって言っても、ここじゃ剣使うようなことにもならなさそうだし」


 腰に差している細身の剣の柄を撫でつつ、セレシアがそう呟いた。


 彼女の携帯する剣は、どちらかというとサブアーム的な意味合いが強い。セレシアが得意とする炎属性魔法はその性質上地理的な使用制限を強く受けるため、そのような場所でも問題なく戦えるように、ということで身につけているらしい。


 使い方も、同じ剣を持ち武器とするエースの斬撃主体型とは異なり、セレシアの剣は刺突がメインになる、というのは本人談である。そのため、剣術を学ぶ、という点においては一緒でも使い方が異なるためにエースとセレシアは剣術の授業で顔を合わせたことは一度としてない。


「まぁそんな話をしている間に、気を引き締める必要が出てきたわね」


 そういうセレシアの視線の先、洞窟のさらに奥へと続く道は、松明の光が途切れ途切れになり始めていた。エースとセレシアは一度立ち止まり、さらに奥へと進む準備を始める。


「灯りはあたしが灯すわね」


 セレシアが慣れた手つきで右手人差し指の指先に灯りを点し、それを持っていた棒に移す。


「何その棒」


「あたしも譲り受けたものだからよく分かってないんだけど……なんでも魔力で灯した炎に反応して、松明代わりになる魔法具なんだって。ペーパーで炎を灯すよりも、全然続くみたいよ」


「へぇー……便利なもんだな。マジックペーパーをたくさん持たなくても済むのはありがたいな」


 棒の先についたキャンドルのような結晶の先に、灯火が光を湛えるその様を見ながら、エースは率直な感想を漏らす。マジックペーパーを不注意で切らす度に呆れながら怒られるエースにとっては、それこそ夢のような魔法具である。


 もちろん、魔法具自体が高価であるため、日々の生活で一杯一杯のエースはその類を1つとして持っていない。


「ヴヴヴヴ……」


「……待った」


 己の聴覚に他の音を感じとったエースの視線が、洞窟の先に向いた。何者かを見定めるような視線を投げつつ、場の雰囲気を切り替える。


「ヴヴヴヴ……」


 少しして、討伐対象であるデッドリビングが2体、エースたちの目の前に現れた。ノロノロとした緩慢な動きではあるが、明確にこちらへの距離を詰めてきている。


「向こうからお出ましのようだ」


「そうみたいね。ちょっとこれ持ってて」


「え? あ、ああ……」


 いつものように氷の剣を生成しようとしたところに松明型魔法具を押し付けられるように渡され、戸惑いの声を発するエース。そんな彼を尻目に、セレシアがゆっくりとした歩調でデッドリビングとの距離を詰める。


「こう八つ当たりしても問題ないときってそうないからね」


「八つ当たり……?」


 そんな彼女が空中に展開した2本の炎の槍は、現れた瞬間からその勢いを増していた。


 誰の目で見ても明らかにオーバーキルだろうと感じられるほど、過剰に。


「フローラから聞く惚気話、最初はいいかなって思ってたけど、最近ちょっとずつ堪えるの辛くなってきてるんだよねー」


「八つ当たりってああ……ってそれ今言うこと?」


 あまりにも唐突に引き出された話題の中身に、松明を預けられたエースは半分呆れながら言葉を口にする。


「というわけでくらいなさい。ブラム・ランサーチャージ!!」


 轟々と燃え盛る炎の槍が2本、寸分の狂いなくデッドリビングを襲う。緩慢な動きの体に容赦なく突き刺さった高温の魔法は、デッドリビングの体ごと核を強引に燃やし尽くし、その場で構成魔力を霧散させていく。


 跡形もなくなったその場を見ながら、セレシアは手を二度、汚れを払うように叩いた。


「これでよし、っと」


「セレシア、だいぶ溜まってたんだな……」


「何のことかなー?」


「あっ、はい。何でもないでーす」


 触らぬ神に祟りなし、このまま触れないでおく方が吉だろうなと、言葉の纏う雰囲気からエースは直感する。


「よし、この調子で行くわよ。灯火係、よろしくね」


「え、何、八つ当たりのためだけに討伐依頼を選んだの?」


「とーぜん。話聞くのは辛いんだけど、あんなに嬉しそうに話すフローラに止めてっていうのも、なんか気が引けるからさー」


 苦笑いしながらそういうセレシアの姿を見て、エースの中では謝罪、呆れ、同情の思いがそれぞれ均等に占めていた。


 気苦労を感じつつも、幸せを願うが故に強くは言えない状態であろうことは、エースにとっても想像することはそう難しくない。普段のセレシアの、フローラへの溺愛っぷりを見れば、自明の理であるからだ。


「なんか……うん、大変だな」


「まぁ、でもそうやって話すことがあるのも、君のお陰だけどね」


「それなら少しくらい討伐手伝わせてくれ」


「それはダメです。今日はあたしの気分転換に付き合ってもらうわよん」


「……分かった」




 その後、セレシアの放つ八つ当たりのごとき炎の槍が、大量のデッドリビングを焼き尽くす様は、想像に難くなかった。目の前で幾度も繰り返される光景を眺めつつ、エースは託された魔法具を持つだけの役割をこなし、退屈ともいえる時間を過ごすこととなった。



 ちなみに、この時のセレシアの魔法の火力の様を思い出したエースがフローラに対し、惚気話も程々に頼むという会話をセレシアのいないときにしたのは、後日談である。



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