第5話 はばたきとの対峙
2匹の小竜は事情を話してパードレの元で預かってもらうことにし、午後の授業に出ることに成功したエースたち。各々がやるべきことを終えて放課となった今は、小竜の様子を見に行こうと集まっていた。
「……にしても、昼の間にそんなことがあったとは」
先程唯一その場にいなかったミストが口を開く。歩く間に事情を聞いた彼は、その都度興味深そうな反応を返していた。
「あの数十分で一日分疲れたよ。おまけに今も尻が少し痛い」
「だろうね。一番好かれないのはエースだから、しょうがないといえばしょうがない」
エースのぼやきに似た言葉に、ミストがあっけらかんと返す。この世界の誰よりもエースとの付き合いが長いミストは、当然ながら彼がいかに生き物に好かれないかを知っている。
「それこそ、2人がいなかったらその3倍は時間かかってたんじゃないかな?」
「タイムリミットがなけりゃ全然あり得たかもしれないな……」
長期戦を覚悟せざるを得なかった昼休みも、今となっては過去になりつつある。エースは、己の体質とでも言うべきものの恐ろしさに、しみじみとした口調で言葉をこぼした。
「スプリンコートさんやプラントリナさんはともかく、僕もエースほど嫌われたことはないからね」
「フォンバレンくんホントに生き物に好かれないよね……」
「大丈夫だよ。いつかはフォンバレンくんのこと分かってくれるよ」
慰め1つに事実が2つ。現状を嘆くには十分な量と質を内包した言葉は、エースの口から再びぼやきをこぼさせた。
「あの2匹はともかく、世界どこへ行ってもマシになるのは、いつになるかな……」
いつ来るか想像もつかない『いつか』に思いをはせつつ、エースはいつの間にかたどり着いていた校長室横の扉を開く。物置部屋となっているそこは、授業に向かう前に校長兼父親のパードレに言って確保してもらった、2匹の一時退避場所である。
「さてさて、ちゃんとしてるかな……?」
立て付けが若干悪いのか軋むような音を立ててゆっくり開いた扉の向こうには、喧騒も遠く静まり返った空間の中、日当たりのよい窓際で2匹が気持ちよさそうに寝ている姿があった。寄り添って丸くなっているその姿に、4人も笑顔になる。
「とっても気持ちよさそうだね」
「あんだけ警戒してたのが嘘みたいだな」
数時間前には近寄るもの全てを吹き飛ばそうとしていた姿は、今の状態からは微塵も感じられない。まるでここに安置を得たかのごとく、寝息を立てている。
「俺についてきたときも、このくらい素直に寝てくれてたらよかったのにな……」
「あれは大変だったねー」
「あんなに視線集めたのは人生で始めてだった。唯一になってくれると助かる」
うっかりすると微睡を共有しかねない2匹を前にして、エースは敷地内に戻ってきた直後のことを思い出す。
「一応大回りで戻ってきたはいいけど、両肩に乗せてた2匹をみんな見るし、校舎内に入っても離れてくれないんだからな……」
「いつも生き物に好かれないエースがそこまで好かれるとはね……」
「いや振り幅が大きすぎるんだが。振り切れるわ」
弟からのからかい込みの言葉に対しいつものようなツッコミを投げつつ、いまだに少しだけ残る双肩の重みを思い返すエース。肩を回しながら、また口を開く。
「実際のとこ嬉しかったのは嬉しかったんだけど、それ以上に苦労が凄かったな」
「2匹が中々フォンバレンくんから離れようとしないから、フォンバレンくんここで授業ギリギリまで粘ったんだっけ」
「粘ったな。そしてくっそ遠いから余裕で遅れたな。これまで真面目に受けてたし、一応出るには出れたけど」
――多分成績は下がっただろうな。あまり得意ではない座学授業も、授業態度などで努力を重ねていたけど。
「まぁ、こんな寝顔見せられたら、さっきまでの苦労とかもマシになったんだけどさ」
「ちょっとした癒しだね」
「これだけ気持ちよく寝られたら、怒りたくても怒れないよね」
間近で会話を繰り返してもまだ安眠を続けている2匹。その様に対して、エース、フローラ、セレシアの順に三者三様の感想が述べられた。
「ところで、2匹は一体何の種族なんだろう? ぱっと見は竜種の幼体だろうけど、細かいところは分からないね」
その一方で唯一感想を述べなかったミストは、これまで誰も触れてこなかった事柄を引き出していた。
「確かに。それが分かれば、この2匹がどっから来たかもわかりそうだな」
「そうなると……少なくとも、この辺りでは見ないね。これだけ目立つ毛色だと、すぐに分かりそうなのに……」
「俺たちが元々いた地方なんかでも見たことないからな……少なくともこの場全員が初見ってことか」
警戒をしていた方は水色、怪我をしていた方は白色の毛に体全体を覆われており、竜種自体の希少さも相まってどこかで見つかっていれば風の便りで耳に入ってくるほどには確実に目立つ姿だ。
しかし、エースのいうように、この場全員が知っているような素振りは一切なかった。それだけに、エース含め全員の脳裏に、一体どこから来て何があったのか、という純粋な疑問が浮かぶ。
「ずっとここにいるわけにはいかないから、早くお家に帰してあげたいね」
「そうだね。多分、親となる個体や、仲間の個体が世界のどこかにはいるはずだから」
「早く見つかるといいな」
エースがいまだ寝ている2匹にそう声をかける。それとほぼ同時に、隣室とを繋ぐ扉が開いた。
「4人とも、ちょっといいか?」
扉の向こうからは、おそらく2匹が寝ているのを知っているであろう素振りでパードレが手招きをしていた。4人はそれに従い、会話をする部屋を校長室へと移動させた。
「どうしたんです?」
「いや、最近暇なもんでちょっと遊び相手にならんかなと思ったらあの2匹寝てたんで暇つぶしに知人とこ行って調べ物してたんで、その情報を、と思ってな」
「暇なんですか」
「夏以来は結構暇だな。まぁ、あんな一大事は起こらないほうがいいんだが」
「激しく同意です」
あの夏の一幕は、この場にいる全員の強烈な記憶となって今も強く残っている。全員の頑張りで結果的に良い方向に転じたからこそ今こうして4人が集まることのできる機会があるが、当時フローラを除く3人が重傷、エースに至っては死ぬ一歩手前まで行ったことを考えれば、パードレの言葉には全員同意の他ない。
「で、話す前に言っておくが、確定情報こそあれど、重要な情報はない。お前らが頑張って文献探せば出る、くらいの情報だと思ってくれ」
「了解です」
主立ってエースが了承の意を示すと、後に続いて3人も同意を示した。
「まず確認も兼ねて……おそらく全員が竜種の幼体と見ているだろうが、それで間違いないだろう。そんなミニサイズの竜がいたら、それこそ新発見だろうな」
「竜種の新種となると、学会発表ものでしょうね」
竜種は、生息地域の偏りや環境の厳しさ故にその存在の確認を行うことが困難かつ貴重である。それ故に現在認定されている数以上の種類がいると言われていることは、座学で確実に学ぶことなのでこの場の誰もが知っていることだった。
「見せてくれとかって言われなかったんですか?」
「普通のやつなら言いそうだがな。そいつは昔俺と一緒に竜の巣まで行って小竜を観察したことがあるから、そんなこと言いやしねぇよ」
「今サラッと凄いこと言いませんでした?」
これまでに幾度かパードレの冒険譚を聞かされてきたエースだったが、この状況で初耳の情報が出てきたことにより、思わずツッコミのような形で聞き返した。
「まぁ昔は怖いもの知らずだったからな……というのは間違ってないがどうでもよくて。そもそも竜種の親は基本的に放任主義っぽくてな。ある程度育ったのを見るとあんまり巣に帰ってこないらしくその隙に色々見れたんだよ」
「ということは、あの2匹もそうやって放任された後に、自分で餌を求めて外に出た感じなんですかね」
「おそらくそうだな。ちなみに放任主義ってのは親だけじゃなく子にも言えるらしく、基本的に竜種の個体は争いこそすれど助け合うことはほぼない。今回見つけたような2匹が互いに干渉しあっている関係にあるのはものすごく珍しい」
パードレの言葉にへぇそうなのか、とエースが率直な感想を漏らす。
一方でその横にいたフローラは、初耳の事実に悲痛な声を出していた。
「頑張って外の世界に出たのに怪我しちゃったなんて、なんかかわいそう……」
「まぁそれが自然界の摂理ってもんだ。隙を見せたらやられる。慈愛を持つことは全然悪いことじゃあないが、時には厳しくもないといけんのだよ。人間だって、傷つきながら前に進むうちに成長していくものだしな」
しみじみとした口調でパードレから放たれた最後の言葉。程度の違いはあれど、立場の問題で苦労を重ねてきた4人には深く刺さる。
そうして、場に重苦しい雰囲気が入り込み始める。察したパードレが、払拭すべく口を開いた。
「おっと、重たい話は場に合わないから粗大ゴミにでもしておこう。あと言えることとしては……竜種は基本賢いってことくらいか。老練な個体なら人語を人間と同等レベルに扱うことも出来るくらいには賢いといわれるが、小竜の段階でも生存本能をきちんと制御できる。いざ攻撃されようものなら反撃もするし、された相手の顔も覚えている」
「じゃあ、フォンバレンくんに敵意を見せなくなったのは……?」
「少なくとも、あの2匹が警戒しなくてもよいと判断した証拠だろう。幼体だから若干思考も単純なのかもしれないな」
「だとしたらその単純さに俺はめちゃくちゃ救われましたね。いろんな意味で」
恋人とその姉を巻き込んでさらに長期戦の様相を呈していた小竜との相対は、セレシアの持っていた1枚のクッキーであっさりと展開を終えた。あれがなければその後どうなっていたのかは、エースにとって永遠に答えの分からない問いとなった。
「とまぁそんなとこだ。何か聞きたいことはあるか? なけりゃ俺から1つ質問するぞ」
パードレの言葉に、4人からの反応はない。それを質問を促すものだと受け取ったパードレは、再び口を開いた。
「エースは懐かれてしまったわけだが、この後どうすんだ? 飼い主など当然いないし、親元に返すという選択肢もないぞ」
「……どうしよ」
エースが当初予定していたのは、2匹がどのような種族かを理解したのちに、生息域に返すというものだった。しかし竜種に関する知識を手に入れた以上、それが得策ではないとなってしまう。
答えを持ち合わせておらず困り果てたエースを見て、パードレが言葉を続けた。
「まぁ食費がかさむだろうが、それでも問題ないなら面倒を見てやるといい。いつかは自らの足で巣立つことにはなるから、それまでにはなるだろうが」
「ミスト、それで大丈夫か?」
「助けておいてあとは放っておくっていうのもナンセンスだし、小竜の生態は興味深いから、僕はいいよ」
世話をするとなるとおそらく一番迷惑がかかるであろうミストからの了承が、あっさりと返ってくる。
「あたしたちも協力するよ。2人だけじゃ大変だろうし」
「何かしてほしいことがあったらいつでも言ってね」
次いで放たれた二言で、姉妹からも協力が得られることが確定した。
「じゃあ、頑張ってみるか……」
そうなればエースには否定する理由もない。見捨てたり、強引に助けたりすることなく、きちんと向き合って助けたからには、助けたなりの責任がある。
「なんか面白いことや興味深いネタがあったらぜひとも伝えてくれ。暇しながら待ってるぞ」
「いや仕事してください校長」
最後にパードレとエースの漫才のようなやりとりを挟んで、この場でのやりとりは一段落の様相を見せていた。外から差し込む日はすでに暮れかけになっている。
「じゃ、俺らは帰ります」
「ありがとうございました」
4人は校長室を横の扉から出た後、隣室からの声を長く受けながらも全く起きなかった2匹を起こし、いつもよりにぎやかになった帰路につくのであった。
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