第14話 今後の展望
昼休みの屋上でローブ姿の人間と遭遇したセレシアとフローラ。当初はエースかミストと共に行こうと思い、昼の時間が終わる間際に2人がいる教室に向かったのだが、そこにはどちらの姿もなかった。
そのためやや気が進まないところではあったが、女子2人だけで校長室へと向かうこととなった。別に校長であるパードレのことが嫌いなわけではないが、どうしても『校長室』という言葉の響きで背筋が伸びてしまう。
「それもこれも、あのローブ姿の誰かさんのせいってことね……。うーん気が重い」
不満を向けるべき相手は神出鬼没とあって、ただ漏らすことしか出来ない状態。矛先を向けることの出来ない不満がセレシアの口からこぼれるのは容易かった。
「しょうがないよセレシア。解決のために少しでも頑張ろ?」
対して、フローラの口からは不満はこぼれなかった。あくまでもセレシアとの比較だが、何故かやる気に満ちている。セレシアにはどうしても不思議に、決して悪い意味ではないが何か裏があるように思えていた。
「フローラ、なんだかえらく張り切ってるね。もしかして、フォンバレンくんの役に立てるから、とかそういう理由もあったりするの?」
「え、そ、そういうわけじゃないよ? ただ、解決したら平和になるよね、ってそういうやる気だから」
「ふーん……まぁ確かに解決して平和になるのはいいことだから、やる気あればその理由なんて何でもいいけどねー」
やや赤面しているフローラをこのまま少しづつ問い詰めていくのもセレシアとしては楽しいことだが、時間に大きな余裕があるわけではない今はそれは後回し。追求を止めて、扉のある前を向いた。
「校長先生、失礼しまーす」
「失礼します」
光沢のある茶塗りの扉を押し開けると、その奥には前と同じようにパードレが座っていた。前回と違うのは、書類に目を通すのではなく、背もたれに背中を預けて寝そべっていたことだ。どうやら、仕事のない休憩時間だったようだ。
「おーう、揃ってどうしたガールズ?」
「前に話してもらった襲撃事件のことです。さっきの話ですけど、屋上で遭遇したので報告しに来ました」
セレシアの言葉を聞いて、生徒に見せられないような態度で寝そべっていたパードレが驚く速さでその雰囲気を切り替えた。先ほどまで寝そべっていたのは別人だったのかと疑いたくなるレベルである。
「ほう。今度の被害者は誰だ?」
「エアードくんです。といっても、被害そのものはゼロなんですけど」
フローラからの報告に、眉間にしわを寄せたパードレ。数秒ほど考え込む素振りを見せた後、また口を開いた。
「ほう、エアード・ヴィラノローグか……。となると……本当に共通点がなくなってきたな。ややこじつけだが共通点は1回しか襲われてない、ってことくらいか」
こじつけレベルの共通点しか考えつかない、ということは、パードレの言葉の通り共通点と呼べるものがないのだろう。それはつまり、次に誰がどこで襲われるのか見当をつけることができず、防ぐことは不可能に限りなく近い、ということとイコールである。
「もしかして……迷宮入りって感じになってますか?」
「そんな感じだな。まぁ情報が少ないことが響いてるだけだからな、集まればいいんだが……この状況下でそれを言っても仕方ねぇよなぁ」
顎の辺りをいじりながら、現状をぼやくパードレ。
どうやら、本当に迷宮一歩手前らしい。相手が神出鬼没の存在では、無理もない話ではある。
「せめて誰が狙われるかだけでも分かりゃ早いんだがなぁ……」
「そうですね。対策することだってできますから」
パードレとフローラが現状に嘆くような、そんな言葉を交わす。セレシアはその横で会話を聞きつつも自らの頭で色々と考えていた。
「本当に何も共通点ないんですかねー……? ありそうなのは……例えばー……双子、とか?」
そうして頑張って可能性を探った末に出した案を、セレシアは口にする。
ただ、その声にはいつものような明るさは一切なかった。どこか返される答えの中身を恐れているような、うかがうような、そんな感じが見受けられる。
「それも世間一般を考えりゃあり得ない話じゃあないんだがな……。教師の中にも少なからず偏見持ちがいることを考えて、普段教師陣に渡している名簿にも双子かどうかは乗せてない。それを知ってるのは俺と一部の教師陣だけだから、一生徒や外部の人間には別の情報源がない限り知りようがないな」
この世の中に蔓延っている『同い年の兄弟姉妹は忌み子である』、という考えは、大人だろうと子供だろうと持っている人は持っている。出来る限りそういう教師を採用しないようにはしているが、優秀な人材を育てるためにはやむを得ない部分も出てきてしまう……ということを2人は前にエースから聞いたことがある。
その対策を含めて考えると、セレシアの案は普通に考えればあり得ないことらしい。
「仮にセレシアの考えが的中してるとしたら、今までにエースかミストのどっちかと戦闘になってもおかしくないだろう。それがないということは、そうじゃない可能性がかなり高いってことだ。あいつらはもう身バレしてるんだからな」
「そう……ですよね。ちょっと安直だったかな」
捻りだした可能性が潰えたことを知り、セレシアは残念そうにそう言った。どこか安堵しているような感じにも見えるその反応をフローラが疑問に思うことはなく、外身と中身で微妙にずれた感じはすぐにないものとして扱われた。
「まぁとにかく、これからもこうして情報をちょくちょくくれると嬉しい。相手がどう出るか分からん以上、こちらも警護を固めたりするようなことは中々出来ん。おまけに捕まえようと思えば、多少肉を切らせる必要もあるしな。したくはないが」
「分かりました。また何かあったら報告に来ますね。では」
報告が終わったと見るに、最後に締めくくりの言葉を入れて立ち去ろうとするフローラ。もちろん、セレシアも一礼した後は同じように立ち去ろうとする。
「ん、ちょっと待ってくれ。フローラに1つ聞いておきたいことがある」
しかし、2人が揃って扉の方を向いたタイミングで、パードレが何かを思い出したのか帰ろうとしていたフローラを引き留めていた。関係はないが振り向くセレシアの横で、フローラも振り向きながら聞き返した。
「何でしょうか?」
「休日、どう過ごすつもりだ?」
「休日……?」
聞かれた質問の意図が分からず、首を傾げて聞き返すフローラ。それを見て、パードレが言葉を続けた。
「学校にいる時に襲われないように保護しているわけだが、その学校は明日から2日間休みだ。 別にその間もフォンバレン家にいても問題ないが、きっと暇だぞ? おまけに外出の時に2人のどっちかを付けざるを得ない。それだとちょっと気が休まらんだろう。慣れない生活をしていることだろうし、ガス抜きしておかないとな」
「あっ……そっか」
この反応を見るに、どうやらフローラは完全に失念していたようだ。セレシアも言われるまで全く頭になかったが、確かに休日も共に過ごすのは暇な時間が増えてしまう。
しかしそうしないと今度は保護下から完全に離れてしまうため、現状得策ではない。セレシアでもその考えに至ることが出来るのだから、当然フローラにもあったようで、
「私、どうしたらいいですかね……?」
あれこれ考えて最適解が見つからないのか、フローラが助けを求めるような声を出していた。
フローラの良さでもある『他人の考えを優先できる』というのは、こういう場面では逆に不利に働いてしまう。彼女のことを長く見ているセレシアとしてはそこを直せと言うつもりはないが、かといってこういう時に困るのもなかなかに面倒なことである。
「選択肢としてはシンプルに2つだな。このままこちらに残るか、それとも家に帰るか。実現するかしないかは置いておくとして、好きな方を選ぶといい」
そんなフローラに対して、パードレがあえてそこを外して考えろ、という意図の発言で解答を促した。どうやら、パードレもフローラの性格をある程度は理解しているようだった。
「それは……出来れば家に帰りたいですね。ずっと居座っちゃうと、ちょっと申し訳ない感じがするので」
「そうか。まぁまだ確定ではないが、帰りたいならばそれでいいと思うぞ。となると、狙われる可能性の高くなる移動中をどうするかだよな……」
「フローラの家微妙に遠いから、その間何があるか分からないですよね……」
パードレの言葉に付け足すように、セレシアも言葉を発した。フローラの実家がある町は、汽車を使えば割と早く往来が可能になるが、1人で汽車に乗るとなるとそこを狙われた時に対応しきれない。
そうなると、誰かしらが汽車に乗って往来することになるのだが……
「誰かが一緒についていってもいいんだが、そいつが帰り道に襲われることだってあるわけだからな……。そのまま帰ることが出来る人材が一番最適だな」
「だったら……あたしが付き添いしますよ? そこまで近くはないけど、そのまま学校に帰ってくることなしでいられますからね」
迷いなくセレシアがそういうと、パードレは少しだけ渋い顔をした。何か懸念事項があるのか、すぐには縦に首を振らなかった。
だが、数秒の唸りでは背を腹に変えられなかったのか、渋い顔のままでこう言った。
「付き添いがセレシアというのは、正直あまり取りたくはない手段だったが、やむを得んか……。よし、頼む」
「はい、分かりました!」
パードレからの頼みを、セレシアは元気よく二つ返事で引き受ける。それを見たパードレは、うむと頷いてさらに続けた。
「もし可能なら休日の間は自宅でゆっくりと過ごすといい。ダメだったらそのままとんぼ返りしてこい。その費用と退屈しないくらいの休日案なら俺のポケットマネーと脳みそから出してやるから」
「あ、いえ、そこまでしてもらわなくても……」
「これでも校長だ。そしてそれ以前に大人だ。その年でそれだけ気遣いが出来ることはいいことだが、自分の身を守ってもらう時まで気遣わなくていいぞ。まだ守ってもらう立場だからな」
「……すみません。ありがとうございます」
やや過剰にも思えるパードレの気遣いに対して、最初は断ろうとしていたようだったものの、パードレの心に染みる言葉で考えを変えたのか、フローラは礼を言って深々と頭を下げていた。
隣にいたセレシアも少しだけ涙を誘われるほどに、その言葉は心に響いた。苦労の多い世界では、こういう言葉は余計に響く。
「エースとミストにもこちらで事情を話して駅まで同行させるから、道中は楽しく過ごすといい。そして休日を楽しんでくるとなおよしだ」
「はい、分かりました」
「とりあえず今回は以上だ。授業の準備もあるだろうから、そろそろ行くといい」
最後は校長らしく綺麗に事柄をまとめ上げて、この報告は完全に終わることとなった。セレシアとフローラは校長室を後にすると、教室のあるフロアまで戻り、それぞれの教室へと戻っていった。
そしてその日の夕方、自宅行の電車に乗ったフローラは、エースとミストの見送りを受けながらセレシアと共に自宅のある町へと戻った後、そのまま保護後最初の休日を実家で過ごすのだった。
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