第13話 望まない再会



 フローラは基本的に、昼の時間はセレシアと一緒に昼食をとることが習慣となっている。日によって迎えられる方がセレシアかフローラかの違いや、他に加わる人数の差はあるものの、基本的にこの時間は一緒にいる。


 そのことに関しては例えフローラが保護中の身であっても変わることはなく、今日もフローラのいる教室の外からは、いつものようにフローラを呼ぶセレシアの陽気な声が響いていた。


「フローラ、一緒にお昼食べよー?」


「いいけど、ちょっとだけ待ってて」


 窓から姿を覗かせて、弁当を指し示しながらこっちをニコニコ見ているセレシア。少し羨ましく思いつつも、フローラは先ほど急いで購買にて買ってきたパンの入った袋を、通学用のカバンから取り出す。


 いつもなら取り出すのは親が持たせてくれた弁当なのだが、現在は保護中の身ということで親には会えない。昨晩ミストに弁当作ろうか? と言われたものの、流石にそこまで負担をかけるわけにはいかなかったので、フローラはこれから数日は購買のパンで済ませるつもりであった。


 そしてこれは、いつも昼食を共にしているセレシアならば気づいて当然の違いである。


「ん、今日はパンなんだねー。珍しい」


「まぁ、色々あってね」


 自然な流れで繋がった何気ない会話に、細かいところを曖昧にした理由をつなげていく。


 今朝のこともあり目の前にいるセレシアはすでに詳細な事情を知っているが、その他大勢の生徒は現在フローラが置かれている状況は一切知らない。そういった知らない大勢をごまかすための、言わば『噓はついていない』理由だ。


「で、どこに行く?」


「屋上はどうかな?」


「屋上かぁ……フローラ、大丈夫なの? あれ、まだ3日くらい前の出来事だよ?」


 セレシアのいう『あれ』というのは、3日前の放課後、フローラが屋上にてローブ姿の人物に襲われた事件のことである。経った時間の中に詰め込まれた出来事のせいですでに過去のことのようになりつつあるものの、日数的にはまだまだ最近の話である。


 おそらくセレシアは、そのことによる精神的なショックの有無を気にしているのだろう。


 だが、フローラの中では周囲が思っているほどひっかかりがあったわけではなく、むしろ自分でも驚くほどすんなり飲み込めていたのだった。


「私は大丈夫だよ。そのことに関しては気にしないで」


「なら気兼ねなく屋上行けるねー。誰か他誘う?」


「ううん、2人で食べよ。色々とお話したいから」


 隠し事はあまりしたがらないフローラだが、それはフローラが一切秘密を持たないこととイコールではない。誰しもが何かしらの秘め事を持つように、フローラにもその類いはもちろんある。普段はそういう隠し事のための嘘をつくことが苦手だと言われ、自分でもよく分かっていることだが、それはあくまでもそこまで重要度が高くないものに限る。本当に重要なことは漏らさないようにしなければ、運悪く傷口を作り、それを悪意のある第三者に大きく広げられてしまうこともあるからだ。


 また、そういう踏み込んだ部分の話が出来る人はもちろん多くはないが、最奥まで踏み込んだ話をするのはこの学校の生徒で最も付き合いが長いセレシアを除いて他にはいない。


 つまりは、屋上にて2人だけで昼食をとろうと提案したことも、そんな話をセレシアとするために他ならない。それを決めて教室に留まる理由のなくなったフローラは袋を左手に提げて、近い方の扉から教室を出た。


 一方すでに教室の外にいるセレシアは、窓枠越しに別の女子生徒と会話をしていた。席が隣り合わせになった縁からフローラが『リーナちゃん』と呼んで親しくしていることもあり、割といつもセレシアとフローラのやり取りを見ている。


「セレシアって、フローラのこと大好きだよね。もしかして、そういう関係だったりするの?」


「確かにあたしフローラ大好き人間だけどさ、そういうのではないかなー。一線は超えないよ」


 女子生徒からしてみれば半分以上はからかいなのだろうが、セレシアにとっては割と真面目な部類の問い。セレシアがフローラに対して抱いている想いは、実際に一緒にいる時間以上にフローラに伝わっている。フローラがセレシアに対して抱く想いも、同じようなものだからだ。


「んじゃーいこっか、フローラ。あたしご飯はスローペースだから、早くしないとお昼の時間終わっちゃうよね」


 会話を終えたセレシアが、こちらへと振り向く。若干時間を余分に過ごしてしまったものの、まだまだ昼の時間は始まったばかり。フローラとセレシアは、昼食をとるために屋上へと向かった。







* * * * * * *







 普段フローラたちが過ごすのはクラスルームが並ぶ3階であり、この校舎は3階建てなので、屋上は1つ上のフロアとなる。縦に長い校舎の廊下を歩き、1階層分の階段を半分昇るまでは、いつもと変わらない昼休みであった。


 それがややおかしな方向へと向かい始めたことに2人が気づいたのは、階段の向こうに屋上の空間と校舎内を隔てる扉が見えてきた時だった。


 そこで2人が目にしたのは、3日前、セレシアがエースと共に遭遇したのと同じ光景。鍵は開いているはずなのに、固く閉ざされた扉。手をかけて引っ張ったところで、セレシアの力ではびくともしない。


「またこれ……?」


「またってことは、前にもあったの?」


「フローラが襲われてた時も、ここが開かなくてフォンバレンくんが焦ってたの。あたしが来たから開いたんだけどね」


「今回もそれと同じなのかな……?」


「分からないけど、やってみる価値はありそう。あたしあっためるから、フローラは扉開けるのをお願い」


「分かった」


 そんな最初の遭遇の時とほぼ同じようにセレシアが扉の下の方に手をかけてあっためる体勢をとり、今回はエースではなくフローラが扉の取っ手に手をかける。力は間違いなくフローラが劣っているが、元々正常な状態の戸を引くのに力はほとんど要らないため、さほど問題はない。


「じゃあいくよー」


「はーい」


 セレシアの合図と共にフローラが力いっぱい引っ張る。非力なこともあって最初はびくともしなかったが、温められたことで扉の鍵代わりになっていた氷が少しずつ融解していったのか、ゆっくりながらも扉が動き出した。


 そして数分後。


「「開いたー!」」


 ついに扉が開ききった時には思わず声をあげていた。


「あれ?」


「何もないね……」


 その奥に開けた屋上の光景には、何もなかった。ただ屋上の開けっ広げな光景が広がるのみ。床の灰色も、ベンチの配置も、何一つ変わっていない。数日前の小さな戦闘の跡もない。


 だが、その景色を見るがままに感じることが出来たのは、ほんの少しの間だけだった。


「うわぁぁぁっ!!」


 直後、男子生徒の悲鳴が籠ったような音で聞こえて来た。


 その反響の仕方から、今の自分たちからは見えない場所にいることを悟った2人。屋上へと出てすぐに左に2回曲がり、室内からではすぐには見ることの出来ない扉の反対側のスペースまで来る。


「エアードくん!?」


「あ、フローラさん……助けてください!」


 そこにいたのは、必死の形相でこちらへと助けを求めるエアードと、3日前に見たものと同じローブ姿だった。フードの下の顔は仮面に隠されて表情も視線も分からなくなっているが、今は間違いなくこちらを見ているだろう。


「フローラ、バックお願い」


「分かった」


 セレシアとフローラは、それを見てすぐさま臨戦態勢に入った。屋上なので、地面にさえぶつけなければ魔法の使用に制限はないと言っていい。制約の多くなる森や市街地よりは強めの力でいけるので、自然と力が入る。



 しかし、セレシアのそのやる気を嘲笑うかのように、相手は地面に何かを叩きつけた。


 次の瞬間には、眩い光が辺り一帯を覆った。


「きゃっ!?」


 いきなりだったために全く対応できず、ローブ姿の人間以外のその場にいた人全員が視界を奪われた。


 相手の出方が見えないこの状態は、全員にとって非常によろしくなかった。セレシアはどの方角からでも大丈夫なように身構えるが、そもそも見えないのだから対処には限界がある。おまけに当初狙われていたエアードの安否も確認出来ない。


 だが、こちらを攻撃するかと思われた相手は、どうやら1対3は不利だと判断したらしく、前回の遭遇と同じようにその足音を遠ざけていった。


 遠ざかる相手を追いかけたい気持ちはあったが、光が収まった後も少しの間視界が回復しきらない状態だったので、セレシアは追跡を断念せざるを得なかった。

 

「とりあえず、何もなくてよかったのかな」


 ひとまず、何もない状態のまま終われただけでもよしとして、セレシアはこの言葉を発した。


 セレシアの操る炎属性は最大威力を誇る分、属性相性的な難が多い。地、水の2属性に対しては効果が薄く、風属性に関しても場合によっては効果が減衰してしまう。


 それ故に剣術も鍛えていたりはするのだが、さすがに昼食時までは持っていない。魔法だけでどうにかするつもりであったが、何事も起きないのならばそれはそれで問題ないと納得することにした。


「エアードくん大丈夫?」


「ああ……はい。大丈夫です。来てくれたおかげで何ともなくすみました。ありがとうございます」


 一方、バックアップに徹しようとしていたフローラは、事が終わった後エアードへとすぐさま駆け寄り、その身を心配していた。


 エアードの言葉を聞くに、どうやら事が起こる前に2人が来たことで未然防止となったらしい。


「でも、なんでここに来たの? 昼休みに屋上に来る人なんて、あたしたちくらいしかいないと思ったんだけどなー」


「それは、えーと……言いにくい理由なのですが……」


 だが、近づいてきたセレシアの疑問に対しては、奥歯に物が挟まったような言い方となった。誰にでも言いたくないことがあるのは分かっていることだが、それは興味が湧かないこととイコールではない。


「言いたくないなら、別にいいよ」


「いえ、そこまでのものではないので大丈夫です。恥ずかしながら、今朝このようなものが机に入っておりまして……」


 エアードが2人に見せたのは、1通の便箋だった。丁寧に封までされたその中をエアードが開けると、そこに入っていたのは手紙。書かれていたのは、『昼休みすぐの時間に屋上に来てください』という一文。差出人の名前がないので、誰が書いたのかは分からない。


「これは……なんだろう? ラブレター……ぽいけど」


「僕もそう思って、少しウキウキしながらここに来たんです。そしたら、先ほどのようなローブ姿の男に襲われまして……」


「それは災難だったね」


「ええ、まさかまさかの期待をした自分が少し浅はかだったようです。まぁ、そうチャンスが来るわけがありませんよね」


 自虐気味にそう言うエアードの表情は何も気にしていないようではあったが、声はやや暗かった。どうやら、期待と現実の落差でそれなりの精神的ショックがあったらしい。


「エアードくん、自分でそういうほどかっこ悪くないと思うよー?」


「うん。エアードくんのこと好きな人だってちゃんといると思うよ」


「いえ、2人とも助けていただいただけでなく励ましてくださり、ありがとうございました。昼食がまだなので、そろそろ戻りますね」


 心の内を心配した2人の言葉で失っていた自信を少しだけ回復したのか、そこまで肩を落とすことはなく校内に戻っていくエアード。曲がり角で姿を消し、さらに階段を下りる音が聞こえてから、セレシアはフローラの方を向いた。


「そう言えば、フローラは前に告白されて断ったんだっけ」


「うん。表面では気にしてない風に言ってたけど、内面ではお前が言うなーって、きっと思ってるよね」


「かもね。まぁでも、容姿的にダメじゃないって分かっただけいいんじゃないかな? フローラだって、もしフォンバレンくんとは何の関係もない赤の他人だったとしたら、別にオーケーしてもよかったんでしょ?」


「うーん……多分?」


「いや多分って」


 フローラが返した曖昧な答えに、セレシアは少しの呆れと何故か安心感を得ながらそう言った。


 どうやら、そういうところはフローラはブレないらしい。よく言えば一途、悪く言えば頑固とでも言い換えることの出来るそんなところは、近くで見ていて非常に誇らしく、微笑ましく、羨ましいところだった。


「さーて、お昼ご飯どうしようか? ああいうことが起こった後だとさすがにここで食べる気にはなれないよねー……」


「そうだね。校内に戻って食べる?」


「うん。色々とお話しできないのは残念だけど、それはまた別の機会に、ってことで」


 肝心の昼ご飯に関しては、さすがに先ほどのハプニングがあった後では美味しいものも美味しく感じられないだろう、等々の理由で屋上で食べることを断念した2人。階段の近くに置いたままの昼食を再び持って、来た道を戻ることになるのであった。

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