第12話 報告と謎と



 この日、早く学校に来た理由はもう1つ。


 それを果たすべく始業前にぽっかりと空いた時間を利用して、セレシアを除く3人が再合流した後に向かった先は校長室だった。


 その目印でもある、漆塗りなのか光沢の見られる大きな両開きの扉を前にして、フローラが固唾を飲む。来慣れているエースとミストがすでに捨ててしまった緊張感を、彼女はまだ持っているようだった。


「そんなにガチガチにならなくても……って無理な話か。来慣れないもんね、ここ」


「まぁスプリンコートさん優等生だもんな。本来は全く縁のない場所ではある。最近がおかしいだけで」


「僕らもまともに過ごしてるから本来は縁のない場所のはずなんだけどね。まぁ校長のおかげで今も生きていられるわけだから、別に呼ばれるくらいじゃ何とも思わないけども」


 緊張しているフローラを見たエースとミストが緊張の欠片もないそんなやりとりをした後に、一番前にいたエースが茶塗りの扉を押し開けた。


 そこにはいつものように、茶塗りの机を挟んだ向こう側にパードレがいた。開く最中に椅子を回転させていたのが見えたことから、扉が開けられたと分かってから回転式の椅子を回した様子だった。


 何もしていなかったということは、エースとミストが報告に来るのを待っていた、ということだろう。ひとまず、この日最初の接触ということで、軽く頭を下げて挨拶をする。


『おはようございます』


「おう来たか少年少女。待ってたぞ」


 いつもと変わらず校長の威厳も何もない軽い挨拶で出迎えるパードレ。エースとミストはいつも通りの様子、つまり校長と相対しているとは思えない程緩い感じでいるが、フローラだけはやや緊張気味である。他の面々との対比で余計に強く見える。


「フローラ、そんなに緊張しなくてもいいんだぞ。説教が始まるわけじゃないんだしよ」


「え、あ、はい」


「んー……なーんかまだ固いな……。まぁしょうがねぇか。ほとんどの生徒はここ来ねぇもんな。こいつらが特例なだけで」


「義理とはいえ親と顔合わせて緊張なんてしませんからね」


「全く同感です」


 内容としてはパードレの言葉を肯定しているが、言い方のせいで否定的に聞こえてくる2人の言葉に、パードレは少し笑った。2人を指差しながら、1人浮いてしまっているフローラに話しかける。


「まぁ、こんな感じだフローラ。こいつらの家で過ごしたとは思うが、昨晩は大丈夫だったか?」


「は、はい。安心して過ごせました」


「こいつら、飢えた獣みたいに襲い掛かったりしてないよな?」


「はい、大丈夫です」


 笑顔でそう答えるフローラ。その横では、2つ目の問いかけに少し脱力感を感じさせるエースとミスト。


「いや、義理の息子どんだけ信用してないんですか」


「推薦したのあなたでしょうに……」


 2人揃って2つ目の質問に突っ込む。表向きの表現は違えど、意味するのは自分が依頼を頼んでおいてそれか、という呆れ半分の言葉だった。


「いやぁこんなべっぴんさんを家に上がらせるんだ。心配くらいはする」


「そんなに心配なら教師の誰かが見ればよくないですか? 俺たちが見るよりもいいかもしれませんよ」


「それが出来れば苦労せんよ。依頼の時や、教師が全員遅くなった時はどうするんだ?」


「いやまぁそれはそうですけども。俺らみたいに年頃の異性に任せるよりか全然マシでしょうよ。社会的な立場もありますし」


 どちらも道理なために平行線をたどり始める、エースとパードレの議論。エースは『異性がひとつ屋根の下で生活している』ということの問題点から、パードレは『教師の負担と護衛できる時間』という問題点から話しており、そもそもの切り口が違うために終息の兆しが見えない。


 しかしながら、情報量の違いと思考の至る範囲が同等でなければ着眼点が違っても噛み合ってしまうのが、長丁場になりそうな雰囲気を出していたこの議論の、あっけない終息理由であった。


「なら復習授業をここで1つしよう。いいか、お前らに任せている意味をよーく考えてみろ。犯人はほぼ間違いなくこの学校の関係者で、可能性が一番高いのは生徒だと俺は最初に言った。これは覚えているな?」


「覚えてますよ。依頼を受ける前、最初に忠告を受けた時に言ってましたね」


「そうだな。だが、俺はそのほかの可能性がないと考えたわけじゃない。あくまでも可能性が高いというだけの話だ。で、仮に俺の予想通り生徒だったら、寮にいれば危険が高まる。もし教師なら面倒を見させて2人だけになった時に危険だ。その他の関係者だとしてもこれは同じ。となると、今のとこ潔白を俺が証明できるお前らしか選択肢がない。要は消去法だ」


「最後の答えまでにだいぶ回り道しましたね」


 結局のところ、代替がききそうできかなかったためにこうなった、という事実。昨日のやる気を返せと、2人は少し落胆しながら思う。


 とはいえ、任された以上はいかなる理由があろうとも依頼を放り出すことは出来ない。保護対象が赤の他人であってもそうなのだから、見知った人ならば余計に投げられない。


「この依頼は、とりあえず2週間が一旦リミットとなる。一番はその間に捕まえることが出来ればベストだが、捕まらない場合その後どうなるかはテレノさんと話し合って決める予定だ」


「2週間守り抜きながら、犯人を探せ、と?」


「そういうことだな。とりあえず守り抜いてくれることが最優先だ。人命優先ということで頼む。捕まえるのはその次でいい。見つけて相手が分かれば俺たちでもなんとかなる」


 言い換えれば、危ない橋を渡ることはせず安全第一で、ということだ。その方針をとる方が依頼の達成との両立がしやすいので、エースとミストにとってはありがたいことであった。


「報告関連は以上だ。何か聞きたいことはあるか?」


「なら1つだけ。俺たちが行き帰りさえ見守ればいいのにも関わらず、俺たちの家にいさせる理由が知りたいです」


 ここぞとばかりにエースが今朝考え付いたこの疑問をこの場で放つと、パードレが少し顔をゆがめた。


 その反応は、何かがあると予感していたエースとミストの今朝のやりとりは、間違いではなかったことを確かに示していた。


 しかし、その間違いではないときっちり証明できるような中身は、一切得られなかった。


「それはな……すまん。ここでは言えんのだ。これに関しては、最悪生死にかかわる可能性もある」


「訳が分かりません」


「とにかく、何故お前らの家にいさせているのか……これに関しては、詮索しないでくれ。これはテレノさんからも頼まれたことだ。いくらお前たちでもこれだけは話せない」


 どうやら、最も秘密にしておかなければならない部分に触れてしまったらしい。エースとミストは、パードレの姿を見て、それ以上の追求をすることを止めた。そのせいで、場が静まり返る。


 それにより、エースたちの背後――扉の方から、今までは聞こえなかったであろう微かな物音が聞こえて来た。パードレが気配を消して扉に近づき、開け放つ。


 そこには、急な出来事に固まってしまったセレシアの姿があった。どうやら聞き耳を立てていたらしく、バレたことで怯えた表情になっている。これではさすがにエースたちにもフォローが出来ない。


 パードレは厳しい表情で、セレシアを見ていた。


「何をやってるんだ、セレシア・プラントリナ」


「ご、ごめんなさい……。3人が気になってここまで来たら、中で何か言ってるのが聞こえてきて、つい……」


「はぁ……。そういや防音壁を張ってなかったな」


 セレシアのやったことに対して、ため息をつくパードレ。本来なら聞き耳を立てていた彼女を怒りたいのだろうが、自身の過失もあることを考慮しているのだろう。怒るに怒れないでいるようだ。


「本来ならば何かしらの処分を課したいところだが、防音を忘れていた俺にも非がある。普段からこの3人と仲がいいということもあるしな。ここでのことは、くれぐれも他言無用で頼むぞ」


「は、はい! 分かりました!」


 その結果、他言無用という形で許されたセレシア。


 直立不動でパードレの言葉を聞いている最中の彼女の姿は、この場では不謹慎な感想ではあるがおかしかった。普段あそこまで背筋の伸びた姿は、付き合いの長いエースたちでもほとんど見たことがないからだ。


「せっかく開けちまったし、今日はここらへんで報告はお開きとしとこう。遅れずに帰れよ」


 そう言うとパードレは校長室の中に戻り、入れ替わるように出て来た3人は詰まっていた息を吐きだすセレシアの姿を見ていた。


「はー……。死ぬかと思った」


「聞き耳立てるからだよ」


「いやーだってさ、3人が揃って行っちゃうから気になって……」


 好奇心で物事を追いかけていくとどれだけ悲惨なことになるのか、セレシアの姿を見てよく分かったような気がする3人。まさに『人の振り見て我が振り直せ』という事柄である。


「というわけで、他言無用で頼むよ。もしものことがあれば、俺らが絞め殺される」


「うん、分かった。このことは絶対に他言しない。約束する」


 セレシアが真面目な表情でそう言うのを見て、エースとミストは少し安心する。セレシアはあまりそうでもない秘密はたまにうっかり漏らすが、大事な秘密は絶対に漏らさない。真剣さを帯びていたかどうかはそれを判断する重要なことだったので、2人はセレシアの様子を見て安心することが出来た。


「さーて帰るかー。朝の伝達タイムがあるしな」


「そうだね。遅れないようにしないと」


 何はともあれ報告を無事に終えたということで、エースを先頭に4人は教室のある棟へと戻る。前では、エースとミストが今日の授業やら晩御飯のメニューやらを話し合っている。



「で、どうだった?」


「楽しかったよ」


「よかったね。あたしも安心」


「うん。きっと大丈夫」


 そのため、後ろでセレシアとフローラの間でこのような会話が小声で行われていたことは、全く気づかれていなかった。


 こうして依頼2日目は、望まぬ形ではあるが理解者を得て、始まりを迎えるのであった。



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