気持ちリリース

くにすらのに

気持ちリリース

 私がオンラインゲームを始めたのは高1の夏。

 どっぷりハマって引きこもる訳ではなく、他の子達が猫の動画で盛り上がったり、その裏では別グループで誰かの陰口を言い合っている時間にゲームをしていました。

 だから成績は上位だし、誰も私がゲームをしているなんて知りません。

 クラスでも特別浮いた存在ではなかったけれど、だからと言って特別親しい友達もいません。

 優等生の仮面を被って学校生活をやり過ごしていました。

 ゲームの中で私は強くて頼れるオーガを演じています。

 ガチ勢には遠く及ばないけれどそれなりに強い装備も持っています。

 時にはモンスターに絡まれている初心者さんを助けることもあるんですよ。


 アタシがネトゲにハマったのは大学に入ってからだったかな。

 なんか可愛いキャラクターを作れるってCMで見たのがきっかけ。

 小さい頃から男子とサッカーとかしてたせいでボーイッシュなファッションが定着してるけど、実はフリフリのお姫様に憧れてるんだよね。

 そんなのアタシが着たら絶対に笑われるけどゲーム中ならもう1人の自分を作れる。

 能力よりも見た目重視の装備を作っていたらゲーム内で彼氏ができた。

 アタシの分身ことエルフちゃんがモンスターに絡まれているところを助けてもらったのがきっかけ。

 なんとなくフレンドになって、それからよくクエストに行くようになった。

 ゲームの世界でもこういう可愛い女の子は得するんだね。エルフちゃん自身の戦闘力は笑っちゃうくらい低いけど、クエストの解決率はなかなかのものだ。

 これも全部オーガさんのおかげ。


 大抵の人は昼間に学校や仕事に行って、夜を自由に過ごすと思います。

 おそらくエルフさんも学生なのでしょう。プレイ時間がよく被るので一緒に遊ぶ機会が多いです。

 エルフさんのお洋服はとっても可愛らしいのですが、見た目ばかりで性能はお世辞にも良いとは言えません。

 だからそんなエルフさんを守りながらクエストをクリアする私はまるで勇者のようです。

 自分に自信を持ち姫を導く。学校では味わえない感情をエルフさんに教えてもらっています。


 エルフちゃんの中身はきっと学生なんだろうな。たまに昼間にログインしても全然会えない。

 だからアタシもちゃんと大学に行って、エルフちゃんの装備を妄想しながら1日を過ごす。

 バイト代でちょこっとだけ課金して可愛い装備を付けるとオーガさんが喜んでくれる。

 なんかすごく理想の女の子って感じで毎日が楽しい。


 高2の夏、私は結婚しました。もちろんリアルではなくゲームの話です。

 お相手はエルフさんです。夫婦になるとゲーム内の特典が多いからであって、深い意味はありません。


 アタシは大学2年生で結婚した。できちゃった婚とかじゃなくてエルフさんとだ!

 だいたい、こんな男っぽい女を相手にしてくれるやつなんて大学にもバイト先にもいねーし。

 でもいいんだ。例えエルフさんの中身が男でも、ゲーム内ならアタシは間違いなく女なんだ。


 さすがに高3の一年間はあまりゲームができませんでした。

 それでも私と結婚を続けてくれたエルフさんは本当に素敵な方だと思います。

 

 どうやらエルフちゃんの中身は受験生らしい。学生だとは思っていたけどまさか年下の高校生だったとは。

 高校生にゲーム内でエスコートされて結婚するとかアタシってチョロかったんだな。

 去年までより会える頻度は減ったけど、その分濃密な時間を過ごせてる気がする。


 無事、大学に進学しました。

 結局高校で親しい友達はできなかったけど、エルフさんと出会えたことが宝物です。

 だって、大学ではこうして自分のパソコンでオーガさんに会いに行けるのですから。

 オーガさんも大学生らしいので、今日はこうして昼間に待ち合わせをしてみました。

 

 エルフちゃんは大学生になったらしい。

 ログインしようと思えば昼間もできたけど、エルフちゃんに会えないならと今までしなかった。

 いつも通りゲーム内で会うだけのに、昼間に待ち合わせをしてるってだけでなんかドキドキする。

 ネットに繋げるカフェテラスに行くとそれなりに混んでいた。

 お、すげー可愛い子、アタシのエルフちゃんが画面から出てきたみたいだ。

 隣の席が空いてるしそこに座るか。


 大学にはいろいろな人がいます。

 今、私の隣に座った女性はすごくスタイルが良くてカッコいいです。

 私のオーガとは違う方向性の男らしさを感じます。

 

 パソコンが立ち上がるまでの数十秒、別に見ようと思ったわけじゃないけど隣に座る子の画面が見えてしまった。

 すごく見覚えのあるその風景はアタシがやってるゲームの世界そのもので、しかもそのキャラはアタシの旦那ことオーガに似ている。

 いや、まさか。そんな偶然があるわけない。

 性能を追い求めてたらああいう装備になるんだって。今までもそっくりさんに会ったじゃん。

 そう自分に言い聞かせながら急いでログインすると、彼女の画面に私のエルフちゃんが現れた。


 あ! エルフさんがログインしてくれました。

 お昼の待ち合わせは成功です。

 こういうことで大学生になったのを実感するのは少しズレているかもしれません。

 浮かれながらふと視線を横に移すと、カッコいい女性のディスプレイにも同じような風景が映し出されていました。

 決して覗こうと思ったわけではありません。ただ偶然目に入ってしまったのです。


 ゲームの中で出会って3年。結婚もしてるけど相手のことを全然知らなったと痛感した。

 まさかオーガさんの中身が、アタシが憧れるような可愛い女の子だったなんて。


 出会って3年くらいでしょうか。私、エルフさんのことを全然知らなかったのですね。

 まさかこんなに素敵な女性だったなんて。


 まずはチャットで確認するか? いや、ここで声を掛けなかったらきっと今までと変わらない。


 ひとまずチャットで……。いえ、この出会いはきっと運命。3年の付き合いで人となりはわかっているつもりです。

 きっと悪い人ではありません。


 「「あの、もしかして」」


 2人の声が重なりました。私達、気が合いますね。

 

 漫画かよ。2人同時に声を掛けるって。ま、夫婦だしな。



 ゲームの中で3年間培ってきた気持ちをリアルで解放した2人の恋は、ここからが本当のスタートなのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

気持ちリリース くにすらのに @knsrnn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ