第6話【最速の剣豪と前当主、現る】

「ぎゃあああああああああッ!? なにあれ、あんなのが塔の中にいたってのかよォ!?」

「驚きだな」

「言ってる場合じゃねえだろ!?」


 絶叫を蒼穹へ轟かせるユフィーリアは、白い塔の壁を突き破って出てきてしまった巨人の天魔から爆速で逃げる。その際に、エリスとショウを回収することも忘れない。

 全く、厄日である。白い塔が出現してから、ロクな目に遭っていない。

 二人を抱えたまま凄まじい速度で大地を駆け抜けるユフィーリアは、奪還軍で最速と謳われるエドワードと並ぶほどの速度で巨人からひたすら逃げる。


「ユフィーリア、凄いぞ。巨人だから一歩で距離が詰められる」

「お前って本当にあれか? 能天気か? 投げ捨てていい?」

「意地でも離さん」


 ショウはガッシリとユフィーリアの腕にしがみついて、絶対に離さないことを主張してきた。

 ユフィーリアは「ッざけんなクソが!!」と悪態を吐くと、


「じゃあ応戦しろよ、あいつ人型で生きてるんだから火葬術が通用するだろ!?」

「それならエリス・エリナ・デ・フォーゼにも同じことを言え」

「それは無理」

「何故だ」


 ユフィーリアが真剣な表情で却下してきたので、ショウは理由を問い質した。


「考えてもみろ、この状況を作ったのは誰だ?」

「…………」

「つまりそういうことだ」


 ユフィーリアの言わんとすることが理解できたショウは、無言で頷いて納得の姿勢を示した。

 この状況を作り出した張本人は、ユフィーリアの右肩に乗っかるエリスである。もしまた余計なことをすれば、確実に事態は悪い方向へ転がる。

 彼女は単騎で複数の天魔を相手にできる実力は持っているものの、連携には向かないのだ。ほわほわと笑いながら事態を悪化させるので、逆に爆弾を抱えているみたいなものである。だったら最初から単騎で雑魚の相手をさせていればよかったのだ。


「……グローリアの奴、体のいい厄介払いってか」

「戦術では役に立つだろうが、実戦ではお荷物ということか」


 コソコソと声を潜めて会話するユフィーリアとショウ。

 そんな彼らの会話を掻き消さんばかりに巨人が絶叫し、ヌゥと手を伸ばしてきた。ゆっくりとショウとエリスの二人を抱えて走るユフィーリアに、巨大な手のひらが迫る。

 捕まえられて握り潰されるか、それとも器用に捕まえて口の中に放り込むか。

 ユフィーリアはせめてショウとエリスだけでも逃がそうと、抱えている二人を落とそうとしたその時だ。


「二の太刀――」


 聞き覚えのある声が、風に乗って運ばれてくる。

 ユフィーリアが青い瞳を見開くと同時に、巨大な手のひらが手首から切り裂かれた。ぶしゃああああッ!! と切り裂かれた手首が血を噴き出す。


「――月閃ゲッセン


 キィン、とつばと鞘が触れ合う音。

 手首を切られて絶叫する巨人から距離を取って、ユフィーリアはようやく足を止めた。二人を地面に下ろして、背後を振り返る。


「おいおい、随分と大きな人間じゃねェかィ。こんなの相手にすンのかィ?」


 巨人の天魔を見上げて、襤褸布ぼろぬのを纏った男が言う。

 白金色の髪を風に揺らし、この辺りでは見かけない健康的な褐色肌。刀身が赤い太刀を担ぎ、雪駄で乾いた地面を踏み締める。翻った襤褸布の下から覗く濃紺の甚平は、明らかに戦場でするような格好ではない。


「アル、それよりもあり得ない建造物があるのだが、そちらに対して指摘はないのかね?」


 襤褸布を纏った男の隣では、書生のような格好をした男が立っていた。

 艶のある長い黒髪をなびかせ、頭の上には狐のお面を載せている。詰襟シャツと黒い袴という服装だが、両手に装備した回転式拳銃リボルバーと剣が一体化した武器が異様な雰囲気を漂わせていた。

 彼らの背中を、ユフィーリアとショウは知っている。奪還軍全体で見れば大したことないかもしれないが、二人にとってはこの上なく頼りになる背中である。


「師匠!!」

「父さん!!」


 ユフィーリアとショウの二人は同時に叫んでいた。

 襤褸布を纏った褐色肌の男――アルベルド・ソニックバーンズはくるりと振り返るや、ニヤリと笑う。


「ばーかーでーしィ。こんな雑魚相手にケツまくって逃げ出したってのかァ?」

「こちとら二人担いでたんだぞ!? 普通に考えりゃ逃げるだろうが!!」


 アルベルドの茶化しに、ユフィーリアがすかさずツッコミを入れる。

 ユフィーリアはショウとエリスというお荷物を抱えていたのだ、巨人の天魔の相手をしてやる暇はない。

 すると、アルベルドの隣に立つ書生姿の男――キクガ・アズマは「コラ、アル」と注意する。


「自分の弟子だからと言って、あまりからかうものではない。逃げなければならない理由はあったのだろう?」

「オメェは冗談が通じねェなィ。ちったァ、オメェの息子を見習えやィ」


 アルベルドがジト目でキクガを睨みつけ、そんなキクガはアルベルドの首根っこを掴む。


「あン?」

「行ってきなさい」

「――――ぎゃあああああああああッ!? て、テメェ、キクガぁぁぁぁぁあああああッ!!」


 キクガはぶん投げた。

 その華奢で儚げな容姿とは対照的な剛腕でもって、自分とそれほど身長の変わらない大の男をぶん投げた。

 自分の息子や彼の弟子が唖然とする中、アルベルドの絶叫が響く。放物線を描いて飛ばされたアルベルドは器用に空中で体勢を変えると、巨人の頭に着地する。


「うばあああああああああッ!!」


 巨人が「そこから降りろ」とばかりに叫び、巨大な手のひらでアルベルドを払おうとする。

 しかし、アルベルドは巨大な手のひらに潰される前に飛び降り、赤い太刀で巨人の眼球をぶっ刺した。鼓膜が破れるほどの馬鹿でかい悲鳴が空に反響する。


「……父さん……?」

「なにかね、ショウ」


 キクガが不思議そうに首を傾げる。

 我が父の隠れた暴力性を目の当たりにした息子のショウは、眼球にぶっ刺された太刀にしがみつくアルベルドを一瞥し、


「……投げなくてもよかったのでは?」

「ははは、ショウ。安心しなさい」


 息子よりも表情豊かな父は綺麗に微笑むと、


「アルは簡単に死なない」

「そうだぞ、ショウ坊。あの馬鹿師匠が簡単におっ死んだら師匠じゃねえから」

「ええ……弟子にまで言われるとはどういう答えを返せば……?」


 ショウはドン引きした様子で言う。弟子であるユフィーリアならまだ分かるが、自分の父親であるキクガがアルベルドに対してあんな扱いをするとは思わなかった。


「ゥオイ、キクガァ!!」

「なにかね、アル。それぐらい、君一人でどうにかならないのか」

「もう一匹いンだよォ!! とっとと相手しやがれこん畜生!!」

「おっと」


 キクガは回転式拳銃と剣が一体化した武器を握り直すと、白い塔に開いた巨大な穴を見やる。

 ユフィーリアとショウもつられるようにして、白い塔に開いた穴へ視線をやった。

 ガラガラと白い塔から顔を出した、新たな巨人。片方の眼球を潰されて、痛みで暴れる仲間を見つけると助けに入ろうと駆け出す。


「があああああああああッ!!」


 雄叫びを上げながら巨大な手のひらを握り込み、拳を作って殴りかかってくる巨人の天魔。だが、そんなことをしても蟻のように小さなアルベルドを仕留めることなどできるだろうか。


「おやおや、そんな鈍間な拳が彼に当たるとでも?」


 いつのまにか突き出された拳の上に降り立っていたキクガが、剣の切っ先を巨人の手の甲に突き刺す。

 巨人の天魔が「ぎゃあああああああああッ」と悲鳴を上げるが、


紅蓮爆月グレンバクゲツ


 次の瞬間、巨人の拳が内側から爆発する。

 赤い液体が飛び散り、肉片が落ち、巨人の片方の腕が消失する。刺された痛みに喘いでいた巨人だが、今度は片手をなくした痛みで叫ぶこととなった。

 ユフィーリアとショウは顔を見合わせると、


「…………なあ、お前の父ちゃんって意外と容赦がねえなァ」

「…………いい父親だ。いい父親なんだ。ただ少し容赦がないというか、それだけなんだ」


 ひらりと地上に降り立つアルベルドとキクガ。

 赤い太刀を肩に担ぎ、アルベルドは「どうすっかねィ」と呟く。


「的がデカすぎんだよなィ」

「あまり術式を使うのも気が引ける。一気に片をつけたいところだが」


 ふむ、と二人揃って顔を見合わせて、


「「まあ、適当でいいか」」


 そう言うと、アルベルドとキクガは二体の巨人めがけて駆け出す。

 樹木の如く太い足を駆け上がったアルベルドは、赤い太刀を巨人の天魔の首を添えると、


「一の太刀――」


 アルベルドの姿が掻き消える。

 赤い剣閃が巨人の太い首に残り、ぶしゃりと赤い噴水が湧き出る。ぐるんと白い目を剥いて巨人は仰向けに倒れ、ズズンと重々しい音を立てた。


「――瞬閃シュンセン


 赤い太刀を白鞘に納め、アルベルドは早々に一体目を仕留めた。


「ゥオイ、キクガ。あまり血を撒き散らすなよィ」

「え」


 二体目の巨人の体を駆け上がり、その両目に剣をぶっ刺してキクガはアルベルドへと振り返る。

 キョトンとした表情を浮かべ、それから彼は申し訳なさそうに言う。


「すまない、もう遅い」


 巨人の頭に火が灯る。

 ぼうぼうと髪の毛一本に至るまで炎に包まれ、巨人は「うぼあああああああああッ!?!!」と断末魔を上げて地面をのたうち回りながら死んでいった。

 巨人が倒れるより先に避難していたキクガは、剣部分が真っ赤に染まった武器を引きずりながら戻ってきる。それから清々しいほどの笑顔を浮かべると、


「ははは、すまなかったなアル。全然話を聞いていなかった」

「オメェよィ、いつも言ってんだろィ。ちったァ加減してやれって、見た目的によィ」

「敵に手加減をする必要性がどこにある? あれは少なくとも息子にまで危害を加えようとした阿呆だが」

「相変わらずだなィ、オメェ」


 気軽に会話するアルベルドとキクガを側で眺めていた彼らの弟子と息子は、


「…………頼りになるけどなァ」

「…………確かにな。少し考えものだが」


 頼りになるが、少しばかり考えたくなる師匠とアズマ家前当主に、ユフィーリアとショウはひっそりとため息を吐いた。

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