第7話【蹂躙する王と女王】

「あ、アルベルドさんとキクガさん。いらしていたんですね」

「近くをたまたま通りかかったら、こんな馬鹿みてェな塔が建ってたから驚いたんでィ。キクガの奴に引っ張られて連れてこられたィ」


 白い塔に開いた穴の確認にきたグローリアが、朗らかに笑いながらアルベルドとキクガに挨拶する。

 グローリアの胡散臭さをなんとなく感じ取ったらしいアルベルドは顔をしかめるが、キクガに後頭部を引っ叩かれて怒りの対象を自分の相棒に移す。薄氷色の双眸を吊り上げて、しれっと明後日の方向を見上げる書生姿の男の胸倉を掴んだ。


「ゥオイ、キクガ!! いきなり頭をぶっ叩いてくるたァどういう了見でィ!!」

「最高総司令官に対する態度ではないから、教育的指導をしたまでだが」

「暴力に訴えすぎだろィ!! ちったァ、オメェの息子の大人しさを見習えやィ!!」

「ははは、息子の相手に尽くす面は妻に似たのだな。よかったよかった」


 軽い調子で笑い飛ばすキクガに、アルベルドは迷わず関節技を仕掛けていた。はた目から見れば子供のじゃれあいである。いい歳した大人がやることではない。

 ショウは「父さんが楽しそうだ」などと驚いていて、ユフィーリアはキクガに振り回されるアルベルドに驚きが隠せなかった。彼女の中で師匠であるアルベルド・ソニックバーンズは、自由奔放で周囲の人間を振り回すような人物だと思い込んでいたからだ。

 ぎゃあぎゃあと取っ組み合いの喧嘩をするアルベルドとキクガを無視して、グローリアは白い塔に開いた巨大な穴を見上げて「うわあ」と呟く。


「ユフィーリア、ここまで大きな穴を開けなくてよかったんだよ?」

「俺じゃねえよ、その穴開けたの」

「え、じゃあ誰? ショウ君じゃないよね。君の異能力は生者に限るものね」


 真っ先に疑ってきたグローリアに、ユフィーリアはしっかりと否定する。

 不思議そうに首を傾げるグローリアが白い塔に巨大な穴を開けた犯人を問うと、今度はショウが静かに誰かを指差した。

 白い塔に開いてしまった巨大な穴を見つめて佇む、百合の花の如き立ち姿の老女――エリスである。

 彼女が馬鹿でかい氷柱を白い塔に突き刺した故に、その向こうから巨人の天魔が顔を覗かせて飛び出してきてしまったのだ。敵陣のど真ん中に入口を設けるという大切な作業を、非常に大雑把に終わらせてしまったのである。

 ショウの無言の主張を受け取ったのか、グローリアの朗らかな笑顔が一転して「あはは……」と苦笑になる。さらに追い討ちをかけるように、ユフィーリアが詰め寄った。

 もちろん、しっかりと小声にすることも忘れない。


「お前よォ、体よくお荷物をこっちに押しつけて解決したつもりだけど残念だったな。そいつは爆弾だったぞ。お前の綿密に立てられた作戦を崩壊させかねないぐらいのな」

「ご、ごめん……彼女、戦うのは上手なんだけど、今まで一人でどうにかしてきた人だから……」

「言い訳は情けねえぞ、グローリア。『先生の顔を立ててやろうと活躍の場を作ってやったが思った以上にポンコツだった』って素直に言おうぜ?」

「ち、違うよそんな訳ないじゃないか!!」


 グローリアが唐突に大声を上げたので、ユフィーリアは彼の口を手で塞ぐ。ショウは赤い回転式拳銃リボルバーをグローリアの鳩尾にグリグリと押しつけ、赤眼に鋭さを宿す。

 二人とも、キクガに言わせれば最高総司令官に対する態度ではないのだが、付き合いの長さ故に許されている部分がある。

 まして、今回の罪人はグローリアだ。優れた異能力を持つエリスなら大丈夫だろうという楽観視が仇となり、ユフィーリアとショウを危険な目に晒したのだ。普通ならぶっ飛ばされてもおかしくない。

 エリスやアルベルド、キクガから怪しげな視線が突き刺さる中、ユフィーリアはグローリアに囁く。


「いいか、白い塔っつー異分子のせいで頭がおかしくなってるのかもしれねえが、いい加減に冷静になれ。ここは敵陣ど真ん中だ、誰が戦果を挙げるかどうとか問題じゃねえ。適材適所で人員を配置し、お前の望む『戦死者なし』の戦場を作れ。――俺らはお前の作戦に従うまでだ」


 グローリアがコクコクと小刻みに頷いたことを確認してから、ユフィーリアは上官を解放する。

 これからやるべきことは決まっている。どうせこの白い塔の内部に入り込んで、調査。それから塔の攻略をするという流れだろう。これが定石だ。


「さてショウ坊、行くか」

「了解した」

「いやいや、待て待て待て待てィ」


 白い塔の内部に足を踏み入れようとしたユフィーリアとショウを止めたのは、なんとアルベルドだった。

 ユフィーリアとショウは揃って首を傾げると、


「どうしたよ、師匠」

「なんだ、アルベルド・ソニックバーンズ」

「どこ行こうってんでィ、オメェ。そっちの方向は白い塔の内部だろィ」

「そうだけど」


 ユフィーリアは「なに言ってんだお前」とばかりに応じる。

 どうせやることになるのだから、順番が前後しようが左右しようがやっておいた方がいいだろう。第零遊撃隊とは、そう言った損な役回りばかりなのだから。


「大丈夫だって。ただの調査を兼ねた偵察だよ」

「なにが大丈夫でィ、どこにオメェの言う大丈夫の要素があんでィ!!」

「だって大体こういう扱いだしなァ」


 そう言うと、ユフィーリアはゆっくりと白い塔へ振り返った。

 白い塔へ開けられた巨大な穴からは、新たな巨人の天魔が顔を覗かせていた。血走った眼球をこちらへ向け、左右に引き裂けた口から涎がツゥと垂れ落ちる。

 相手が動くより先に、ユフィーリアが動いた。


「ショウ坊!!」

「了解した」


 赤い回転式拳銃を構えたショウは、巨人の足元めがけて火球を放つ。

 めらめらと燃える炎に踊らされ、巨人は「うぎゃあおッ」と絶叫しながら下手くそなタップダンスを披露する。足元に引火するのも時間の問題だ。

 ユフィーリアは積み重ねられた白い塔の壁の瓦礫を足場にして、宙を舞う。跳躍した高さは巨人の天魔の、ちょうど鳩尾。器用に体勢を立て直すと、


「すっ転べェ!!」


 飛び蹴りである。

 最強の天魔憑きによる綺麗な飛び蹴りが決まり、巨人の天魔は白い塔の内側へ倒れ込む。

 ものの見事に仰向けで倒れ込んで後頭部を地表に打ち付けた巨人の天魔は、低い呻き声を上げた。そんな巨人の腹の上に着地したユフィーリアは、大太刀の鯉口こいぐちを切る。


「よう、クソ野郎。丸焼きの前にその肉を切り刻んでやらァ!!」


 起き上がろうとして首を持ち上げた巨人の天魔をしっかり視界で認識し、ユフィーリアは切断術を発動させる。

 距離を飛び越えて、斬撃は確かに届けられる。巨人の太い首がゴロリと転がり落ち、綺麗な切断面からぶしゃりと大量の鮮血を流す。

 くたりと全身を弛緩させる巨人の死体に、ついにショウの火葬術の影響が及び始める。足元から燃え始め、そして徐々にすね太腿ふとももを経由して胴体にまで包み込む。


「おっと、退散退散」


 ユフィーリアは早々に巨人の体から飛び降りると、白い塔の内部をぐるりと見渡す。

 階段のようなものは存在しないようだ。だが、壁にフジツボの如く並んだ繭からボコボコと天魔が次々と生み出される。巨人の天魔はその背丈に合った巨大な繭から生まれて、彼から見れば吹けば飛ぶほど小さいユフィーリアの姿を認識すると「ゔおおおおおおおッ」と空気がビリビリ震えるような雄叫びを響かせた。

 身を翻したユフィーリアは、黒焦げになりつつある巨人の天魔の隙間から塔の外へ脱出する。心配そうにこちらを見ていたショウの襟首を掴み、ユフィーリアは白い塔から距離を取る。


「ゆふぃ、ユフィーリア!?」

「巨人どもを倒したところで無駄だ、奴らはやっぱり際限なく生まれてくるぞ!!」


 どれだけ倒したところで、やはり際限なく生まれてくる天魔に抗うことなど不可能だ。ショウの『紅蓮葬送歌グレンソウソウカ』で焼き払ったところで、第二波、第三波がやってきたら対応できるだろうか?

 大太刀を黒鞘に納め、次に出てきた敵を八つ裂きにしようとユフィーリアは白い塔に開けられた巨大な穴を睨みつける。そしてゆっくりと姿を現した天魔だが、


「ぐぎゃッ」

「ぎゅきゅえッ」

「ぎえええッ」


 次々と仲間で殺し合っていく。

 黒炭のようになった巨人の天魔の死体を踏み越えてやってきた犬や猫などの天魔は、その鋭い爪や牙でもって味方を攻撃する。犬の天魔の黄ばんだ牙が猫の天魔の柔らかい喉笛を引き裂き、猫の天魔は倒れ込みながら犬の天魔の腹を鋭い爪で引き裂く。

 互いを敵と認識しているのか、それとも外部から命令されたのか。仲間割れのような動きを見せる天魔たちに、ユフィーリアは呆気に取られた。


「まさか――」

「ええ、そのまさかですよ姉上ッ!!」


 蒼穹に轟く勇ましい大音声。

 振り返れば、自信満々に仁王立ちをする王様が真紅のマントを翻す。燃えるような赤い髪に、赤と黒で左右の色が違う瞳。斜めに乗せられた煌びやかな王冠は、戦場では似つかわしくない華々しさが感じられる。

 薔薇のモチーフが飾られた長杖ロッドをくるくると回し、王様は堂々とした口調で争う天魔たちに命じる。


「さあ、戦うがいい勇敢なる怪物たちよ!! 目の前にいる異形は全て敵である!! これは王命だ、存分に戦え!!」


 ふはははははははーッ!! と笑う王様の隣では、美しい修道女が困ったように微笑んでいた。


「お兄様、もしお姉様たちに向かってしまったらどうするおつもりで?」

「なに、クイーンよ。我輩がそんなヘマをやらかすような男だと思うたか。あの卑しくも姉上の隣を独占するどこぞの生意気な小童とは違うぐはあッ!? 誰だ我輩の尊顔に土塊つちくれを投げつけた馬鹿タレは!?」


 美しき修道女の質問に答えていた王様だが、その顔面に泥団子を投げつけられて台詞が強制終了させられる。

 もちろん、泥団子を投げつけたのはショウだ。おもむろにしゃがみ込んだショウは手頃な石を土で覆い、団子状に丸める。それを投擲とうてきしようとしたところで、王様が「そこの貴様ァ!!」と叫ぶ。


「我輩の顔に泥団子どころか、それ石が混ざっているだろう!! 殺す気か!? 貴様、親にどういう教育を受けてきおった!?」

「『気に入らねえ奴には石入り泥団子を投げつけろ』とユフィーリアから」

「姉上の教えでしたか承知いたしました!! それでは我輩も真似させていただき――へぶんッ」

「お兄様、いい加減に子供のような真似はよしてほしいのだが」


 美しき修道女が地面を踏みつけた影響で生えてきた木の根に泥だらけの顔面を引っ叩かれて、王様はあえなく撃沈する。

 静かになった王様の襟首を引っ掴み、彼女は優雅に修道服の裾を摘んで挨拶してきた。


「ご機嫌麗しゅう、お姉様。遅ればせながら、参戦させていただきますわ」


 陽の国タスマンが国王、キング・チェイズとその義妹であるクイーン。

 二人がこの戦争の最後の参戦者だった。

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