第14話【本当の海魔女の爆誕】
「ご気分はどうよ、海の魔女様。生まれた世界は、絶賛燃え盛ってるぜ」
ユフィーリアは笑いながら、生まれたばかりの【
粘ついた液体を纏う青い
「最悪だわ、他人の家を火事にしてくれるなんて」
「そいつは悪かったな。なにせ手段は選ばない性格でね」
【海魔女】の辛辣な台詞に肩を竦めて答えるユフィーリアは、大太刀の
そのユフィーリアの不審な動きを察知した【海魔女】は、ニヤリと笑って言う。
「へえ? わたしになにかするつもり? 生まれたばかりなのに」
「生まれたばかりだからこそ、早いうちに芽を摘み取っておこうと思ったんだよ」
「そう……」
ずるりと巨大な殻から這い出てきた【海魔女】は、近くの卵から産まれたばかりの自分の仲間に近寄る。それからその細い腕を伸ばして、卵から産まれようとしている仲間を引き摺り出す。
パリパリと殻を破って引き摺り出された仲間は目を白黒させて【海魔女】を見上げる。小さな少年の人魚だ。粘性のある液体によって緑色の髪は濡れてしまっていて、
【海魔女】はそんな彼を笑顔で見下ろすと、
「ギィッ」
ぐぱぁ、と。
【海魔女】は小さな口を開けて、産まれたばかりの人魚の少年の首へ噛みつく。
溢れ出す鮮血を啜り、血肉をむしゃむしゃと美味そうに食らう【海魔女】は、口の周りをべったりと血で汚した状態で自分が産んだ他の我が子に手を伸ばす。卵の殻から伸びた腕を掴み、今度は少女の人魚を殻から引き摺り出す。
訳も分からず引き摺り出された少女の人魚の首筋に【海魔女】は噛みつく。溢れ出る鮮血を啜って、血肉を餌にする。
「……共食いしてやがる」
ユフィーリアは呟く。
それはまさしく、共食いと呼んでも差し支えない光景だった。
せっかく産んだばかりの我が子を、あの産まれたばかりの【海魔女】は食らいながら急速に成長していく。仲間の血肉を餌とするより前は未発達の状態だったのに、餌として食らい始めた時にはもう大人の体になっていた。
豊かな双丘は上手い具合に青い
三人、四人、五人と人魚を食っていく【海魔女】は、赤い口元を乱暴に手の甲で拭う。それから「あはは」と楽しそうに笑った。
「だぁって、お腹が空いてしまったんだもの。せっかく前のわたしが餌を用意してくれていたはずなのに、餌がないんだものねぇ?」
口調さえも崩れているので、彼女の本当の性格はこんな子供っぽいものなのだろう。
ユフィーリアは舌打ちをすると切断術を発動しようとして、
「あーら、簡単に切らせると思ってる?」
抱いていたぐったりとした状態の人魚を盾にして【海魔女】はユフィーリアの視界から逃れる。
反射的に切断術を発動させてしまったユフィーリアは、距離を飛び越えて人魚の首を落としてしまう。極大の舌打ちをしたユフィーリアはショウに地下空間を一掃してもらおうとして、
「あらあら、残念だけど貴女たちにはここで死んでもらうわ」
ず、となにか巨大なものが背後で蠢く気がした。
ユフィーリアは「ええ……」とドン引きする。その後ろに佇むショウは「……うわ」とやはり同じようにドン引きしたような声を上げた。
「……どうする、ショウ坊。この状況をどう説明しようか」
「見たままをそのまま言えばいいのでは?」
痛みを訴え始めた頭を押さえて、ユフィーリアは上を見やった。同じように、ショウも天井付近まで視線を上げる。
何故そうなったかと言うと、人魚を食った【海魔女】が急成長したからだ。――その身長を巨大化し、頭は天井に届くほど高い位置にあり、蛸足は木の幹よりも太くなってしまう。
【海魔女】は藍色の瞳をキュッと
「貴女たちなんて丸呑みできちゃうわあ」
巨大な手のひらが襲いかかってきて、ユフィーリアはショウの腕を引っ掴む。それから彼を引きずって、階段を駆け上がり始めた。
「逃げるぞ!!」
「了解した!!」
二人して急いで階段を駆け上がると同時に、背後からなにかが盛大に崩れる音を聞いた。
☆
「――――なるほどね、理由は分かったよ」
ユフィーリアからの伝言をエドワードから受け取ったグローリアは、しっかりと頷いた。
先程、自己紹介を互いに済ませた【
「あの最強さんらしいなァ」
「この短時間で、彼女の性格を見抜けますか?」
「いやァ、あのお嬢さんは実に警戒心が強くて非常に優秀な手駒だな。うちの海賊にほしいぐらいだ」
「あげませんよ、彼女は」
グローリアはテイラーを睨みつける。
ユフィーリア・エイクトベルは奪還軍最強の天魔憑きだ。彼女を失えば、天魔との戦争は間違いなく勝てなくなる。もちろん、手駒である他の同胞たちが一人でも欠けてしまえばダメだ。
誰も失わずに、誰も死なせずに、この戦争に完全に勝利する。
それが、グローリアの理想なのだから。
「へえ。じゃあ、あの【
「ユフィーリアに殺される覚悟がお有りなら」
こちらも別に嘘は吐いていない。
ユフィーリアはショウ・アズマという少年が気に入っている。少し前までは『
もし、ユフィーリアからショウを奪えばどうなるか。――彼自身もおそらく身を持って分かっているはずだ。
テイラーもさすがにユフィーリアの怖さを思い出したのか、ぶるりと身震いして「もう言いません……」などと言った。やはり死ぬような思いでもしたのだろうか。
「船長、砲弾の用意が終わりました」
「船長、こっちの船も用意できてます」
「船長、いつ砲撃しますか? 敵はまだ姿を見せませんよね?」
ゾロゾロと他の骸骨たちがテイラーに近づいてきて、きびきびと砲弾の準備が終わったことを告げる。
テイラーは「まだ姿を見せてねえだろ、見せてから判断する」と待機命令を下して、部下たちを下がらせた。それから髪の生えてない頭蓋骨を、ポリポリと骨になった指先で掻く。
「こっちも優秀な狙撃手を使うけれど」
「ま、決定打を持っていくのはオタクの部下さんだろうけどな」
二人がこそこそと作戦会議をしていたその時、燃え盛る珊瑚礁の中心に聳え立つ貝殻の塔が唐突に崩壊する。
ガラガラと崩れた貝殻の塔の下から、青い髪のようなものが見えた。
瓦礫を掻き分け、まるで卵の殻を破る雛のように地下空間から顔を出したものは、巨大な姿をした女だった。ボサボサの青い髪で剥き出しの体を覆い、うねうねと蛸足で瓦礫を蹴飛ばして地下空間から這いずり出てくる彼女。
――かつて、王都を毒で支配していた天魔がいた。その天魔は巨大な女の姿をしていて、下半身は蛇の胴体のようだった。
「今回も同じような系統なの……?」
地下空間という卵の殻から生まれた巨大な女の天魔――【海魔女】が、藍色の瞳でジロリとグローリアが乗る海賊船を睨みつけてくる。
グローリアは懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を握りしめると、それから術式を発動させた。
「適用――『
ガラン、ゴロン。
海の中に時計の荘厳な鐘の音が響き渡る。それが、砲撃開始の合図だ。
テイラーもあらかじめ決めていた通りに動き、部下の骸骨たちへ振り返ると声を張り上げた。
「撃てぇぇぇぇ――――――――――――!!!!」
多くいる海賊船から一斉砲撃が行われる。
今や巨大な的と化した【海魔女】は、飛んでくる多くの鉛玉を一身に受けて甲高い悲鳴を上げた。振り払おうとしても、用意していた鉛玉はとんでもない数なので、集中攻撃は止むことはない。
「これで終わりだ……【海魔女】!!」
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