第15話【エージ深海戦争の決着】

「ぎゃああああ!! やっぱりこの作戦を提案しなきゃよかったぁぁああああ!!」


 雨霰のように撃ち込まれる砲弾を避けながら、なんとか崩れる地下空間から脱出したユフィーリアとショウは悲鳴を上げながら崩れるニライカナイを爆走していた。

 こちらの姿を確認しないうちに砲撃が始まったことは、想定外だった。というか、想定していたが予定よりも早すぎた。

 本当は挑発できるだけして、外に誘き出して十分に距離をとってから一斉砲撃をしてもらうつもりでいたのに。

 そもそも【海魔女ウミマジョ】が、あれほど巨大化してしまったのが原因だ。きゃあきゃあ言いながら撃ち込まれる砲弾を手で払い除ける彼女のせいで、意図せずこちらへ砲弾が飛んでくる。


「どうする、ユフィーリア。紅蓮葬送歌グレンソウソウカは使用したばかりで、まだ使えるほど体力は回復していないが」

「そこまで無茶はさせねえ、的確な射撃ができればそれで十分さ。――問題は」


 逃げ回りながら、ユフィーリアは【海魔女】を見上げる。

 彼女は、あまりにも小さいユフィーリアとショウの存在など忘れているようだ。雨霰のように撃ち込まれる砲弾をどうするかで手一杯なのだろう。

 しかし、一斉砲撃が通用している気配はない。おそらくだが、巨大化した【海魔女】には核のようなものが存在するのだろう。その核を壊さない限り、あの【海魔女】が死ぬことはない。


「ショウ坊」

「なんだ」


 炎が及んでいない瓦礫の影に飛び込んだユフィーリアは、ここまでついてきた相棒を真っ直ぐに見つめる。

 ショウはカクリと首を傾げると、それからユフィーリアから並々ならぬ決意を感じ取ったらしく、小さく一度だけ頷いた。


「あとは任せたぞ」

「了解した。――ユフィーリア、あまり無理はしないでくれ」


 赤い瞳が、僅かな心配の色を滲ませる。

 ユフィーリアは大切な相棒の少年の頭を乱暴に撫でてやると、快活な笑みを見せる。


「大丈夫だ。無理はするけど、死にはしない」


 ユフィーリアはそう言うと、砲弾が行き交うニライカナイに飛び出す。

 雨霰にように降り注ぐ砲弾を避けながら、ユフィーリアは瓦礫の山を駆け上がって【海魔女】を追いかける。やはり絶えずぶち当てられる的当て状態の砲弾を払い除け、巨大化した海の魔女はきゃあきゃあと甲高い悲鳴を上げて身を捩るだけだ。

 すると、蛸足たこあしの一本が振り上げられて崩れかけたニライカナイに叩きつけられる。ちょうどユフィーリアが伝う珊瑚礁のすぐ側だ。


「うわッ」


 寸のところで潰されることは回避したが、蛸足が叩きつけられた衝撃が周囲にも広がっていき珊瑚の家が次々と崩壊していく。

 舌打ちをしたユフィーリアは、振り下ろされた蛸足の一本に飛び移る。それから蛸足を足場にして【海魔女】の体の上を駆けた。


「なに、なに!?」


【海魔女】が叫んで、身をよじる。

 体の上を走るユフィーリアの感触が気持ち悪いのだろう。彼女の巨大な手のひらが払い落とそうと動くが、ユフィーリアは自分の切り札を発動させて【海魔女】の巨大な手のひらを回避する。


「おり空――」


 迫りくる【海魔女】の手のひらの動きが遅くなる。

 水の流れすらも視界に捉え、時を置き去りにするユフィーリアの絶技が発動する。


(まずは一太刀!!)


 大太刀の鯉口こいぐちを切り、ユフィーリアは【海魔女】の腹を切断する。


(もう一度!!)


 次いで、彼女の右腕を切断。


(さらに!!)


 そして、彼女の青い蓬髪ほうはつの一房を切断。

 肩まで駆け上がったユフィーリアは、四度目の抜刀で【海魔女】の首を掻き切る。


(足りない――まだ!!)


 そう、

 彼女の核を露出させる為の決定打には、まだ足りない。

 数分に引き伸ばされた感覚の中、肩から頭に飛び乗ったユフィーリアは【海魔女】の頭頂部を蹴飛ばして青い世界を高く舞う。青い髪に覆われた巨大な頭を見下ろして、ユフィーリアは虚空を蹴飛ばした。


絶刀空閃ぜっとうくうせん――」


 まだだ。

 まだ時間が追いつくには早すぎる。

 ユフィーリアは物凄い速度で落下しながら【海魔女】の体を何度も何度も切断した。左肩、脇腹、蛸足、指先、その他に至るまで。

 青い光が【海魔女】の体の上を何度も滑り、その様子はさながら青い花が咲いたよう――。


「――――――蒼光華ソウコウカ!!」


 合計にして二〇回にも及ぶ切断術を実行し、ユフィーリアはニライカナイの瓦礫の山に着地する。

 ようやく追いついた時の流れと共に、ユフィーリアに倦怠感が襲いかかってくる。もう立っているのもやっとだ。【毒婦姫ドクフヒメ】を倒した時以上に張り切ってしまったのだから、これは当分の間は筋肉痛に悩まされることだろう。

 大人しくなった【海魔女】を不審に思ったらしく、砲撃は不思議なことに止んでいる。ユフィーリアは動きを止めた【海魔女】を霞む視界で捉えると、


「は、ザマーミロ……」


 暗転。


 ☆


「――今のは一体」


 砲撃を中断させたテイラーが、隣で呆然と呟く。

【海魔女】が不思議な動きを見せたところで、彼女の体の上に青い残光が見えたのだ。まるでそれは、青い光の花が咲くようなもので。

 あんな無茶な芸当ができるのは、ユフィーリア・エイクトベルただ一人だ。彼女が【海魔女】の決定打になったのだ。


「おい、見ろよ!!」

「船長!! 【海魔女】の奴が崩れていきます!!」


 テイラーが「崩れるだァ!?」と頓狂な声を上げたが、グローリアは簡単に想像できた。

 あれはおそらく、仮初の体だ。本体は核として存在していて、その仮初の体をユフィーリアが切断術で木っ端微塵にしたのだ。

 ホロホロと崩れていく【海魔女】の胸の辺りから、蛸足の少女が飛び出していく。仮初の体が崩れ去ったことで焦燥感に駆られているのか、こちらの気配には一切気づいていないようだ。

 他の海に逃げ込まれて、また手下を増やされても困る。グローリアは奪還軍で最も高い命中率を誇る、笑上戸の狙撃手へ振り返った。


「狙えるかい、シズクちゃん!!」

「任せなさーい!! あっはははは、狙撃手は後方支援が専門のお仕事よ!!」


 ケタケタと笑いながら、シズクは真剣な眼差しで銀色の狙撃銃を構える。

 彼女の事情は聞いている。シズク・ルナーティアという狙撃手は、自分の狙撃の腕前だけで天魔を圧倒させた稀代の天才狙撃手だ。その腕前は、ユフィーリアの隣に並ぶショウさえも凌ぐだろう。

 普段は喧しく感じるほどうるさい彼女が、途端に静かになる。青い世界に逃げようとする【海魔女】の本体を銃口で追いかけて、


「死んじまえ、蛸足の魔女さん」


 タァン、と。

 細く長い銃声が、深海に響き渡る。

 射出された弾丸は途中でフッと消え失せると、逃げようとする【海魔女】のちょうど後頭部付近に出現する。任意のものを任意の場所に転送することができる術式――転送術だ。

 音もなく転送された弾丸からは逃れられず、呆気なく後頭部を射抜かれた【海魔女】はゆっくりと海底に落ちていく。瓦礫の山の上に落ちたところで、グローリアは他の同胞たちを相手に声を張り上げた。


「【海魔女】の遺体を回収!! 死亡確認を急いで!! 残りは人魚の残党を始末しよう!!」

「ああ、最高総司令官殿。オレの部下たちも手伝わせますわ」

「お願い。人手は多い方がいいからね」


 テイラーは自分の部下へと振り返ると「お前らも手伝え!!」などと命じている。部下たちが慌てた様子で船から駆け下りていく姿を尻目に、炎が消えつつあるボロボロの状態のニライカナイを見つめたグローリアは感慨深げに呟く。


「終わったね、決着が」

「……なあ、最高総司令官殿」

「なにかな、キャプテン・テイラー殿?」


 隣に立つ骸骨へと振り返ると、彼は照れ臭そうにしながら、


「ありがとうな。おかげで、あの【海魔女】にも勝てた」

「……僕は部下に助けてもらっただけですよ。お礼を言うなら――」


 グローリアはその紫眼を、崩れゆくニライカナイに向ける。

 彼の視線の先には、瓦礫の上で大の字に気絶する銀髪碧眼の女とそこに駆けつける黒髪の少年の二人が映っていた。少年が彼女の大太刀を鞘にしまい、それから横抱きにしてニライカナイからの脱出を図る。

 一番の功労者は、やはり彼女だろうか。悪いこともしたけれど。


「ユフィーリアに言ってください」

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