第5話【海の底で人魚の歌を】
極彩色の帆船がゆっくりと降り立った場所は、巨大な珊瑚礁を模した建物の群の中でも特に立派な建物だった。例えるなら一際大きな珊瑚礁と言ったところだろうか。
グローリアやスカイ、他の奪還軍の同胞たちは優雅に船から降りるが、途中で欄干から飛び降りてしまったユフィーリアとショウは走って追いつくという原始的な方法で珊瑚礁まで辿り着いた。仲間と合流を果たした時にはすでに疲れ切っていた。
「今度からはきちんと確認しようね」
「……うるせえ、殺すぞ……」
ニコニコと朗らかな微笑みを向けてくるグローリアに、肩で息をするユフィーリアは静かに中指を立てた。
最後にアグラが船から降りると、極彩色の帆船は再び浮上して、
最後にアグラが船から降りると、海底を滑るように移動する。遠ざかっていく船を見送ると、美しき人魚姫は凛とした声で奪還軍の同胞を歓迎した。
「ようこそ、海底支部へ。ここは海底支部を擁する海の底の都市――ニライカナイです。王都と比べると狭いところではありますが、どうかゆっくりとお寛ぎくださいませ」
おお、とまだ見ぬ海底支部――そして海底都市ニライカナイを探索しようと駆け出そうとした同胞たちに、アグラが「ああ、少しお待ちを」と呼び止める。
「あまり遠くへ行かれないようにお願いいたします。このニライカナイ内であれば私の声は届くと思いますが、ニライカナイから出てしまうと声が届かなくなってしまいますので」
「――そういうことだから、しばらくはニライカナイで待機ね。僕とスカイはアグラ支部長と作戦の打ち合わせがあるから、終わったら『
グローリアの言葉に、部下である彼らは「はーい」「はいはい」「分かったよ」「了解」などと口々に応じた。軍とは名ばかりで、別に上下関係が厳しくないのでこんな応じ方になってしまうのだ。
浜辺に続いて自由時間を与えられたユフィーリアとショウは、互いに顔を見合わせる。奪還軍きっての問題児である彼らのやることと言えば、
「よし探検しよう、ショウ坊」
「エドワード・ヴォルスラムとハーゲン・バルターも呼ぼう」
「当たり前だ。あいつらいねえと楽しくねえし」
「何事も大人数の方が楽しい」
人間が訪れるような場所ではない海底支部など、格好の冒険場所である。
人員を早々に確保したユフィーリアとショウは、意気揚々とニライカナイの街へ飛び出していくのだった。
☆
巨大な珊瑚礁を模しているだけあって、海底都市ニライカナイはたくさんの人魚が行ったり来たりしていた。
女性だけではなく男性の人魚もいるので、ユフィーリア、ショウ、エドワード、ハーゲンの四人は二度見する羽目になった。
今しがた通りすがった男性の人魚を視線で追いかけた四人は、
「……夢がねえ」
「俺ちゃん的にはアリ寄りのアリなんだけどねぇ」
「人魚って言ったら貝殻のブラジャーだろ!? なんでビーチク晒してんだモザイク処理しろよ!!」
「ハーゲン・バルター、どこに向かってなにを叫んでいる?」
訳の分からない事情で叫ぶハーゲンへ、ショウの冷ややかな視線が送られる。
珊瑚や貝殻などが店先に飾られた料理店も魚の料理を出すところがほとんどで、主に『海藻食べ放題』と銘打たれていたりされていた。その幟を見つけた時のショウは、ちょっとだけしょんぼりとしながら「海藻か……」と呟いていた。
「腹になにか詰めとくにも、これから走り回るんだろ。走り回りながらゲロ吐きたくねえよ、俺」
「他人様に見せられない絵面を晒す真似はよそうねぇ、ユーリ。知ってる? お前さんの最近のあだ名は『外見詐欺師』だからねぇ?」
「なんだよそれ。俺のどこか詐欺師なんだよ」
「見た目が物凄く美人なのに、中身がガサツだからだよぉ」
エドワードからの忠告に不満を露わにするユフィーリアは、澄んだ音を聞いて思わず立ち止まってしまった。
ニライカナイを歩き回っていたら、いつのまにか広場らしき場所までやってきていたらしい。貝殻の形をした椅子やゴツゴツとした岩に人魚が腰かけ、不思議そうな視線をユフィーリアたち四人にくれてくる。すぐ近くの子供の人魚が「足ヒレがないね」「人魚じゃないね」などとこそこそと話していた。
そんな賑やかな広場の片隅にて、美しい歌声を響かせる人魚が一人。どうやら路上で歌声を披露して日銭を稼ごうという魂胆らしく、人魚の前には割れた瓶らしきものがちょこんと置かれていた。
「綺麗だねぇ、あの子の歌声ぇ」
「人魚が歌上手いの当たり前じゃね?」
「それは異性を誘い込んで溺死させようとする働きがあるからだ」
「ショウ坊は怖いことまで知ってるなァ」
とはいえ、興味が出てしまったものは仕方がない。ユフィーリアたちは、素晴らしい歌声を披露する人魚の元まで近づいてみる。
伸び伸びとした歌声を響かせる人魚は若い少女の姿をしていて、祈るように胸の前で手を組み、身動ぎするたびに明るめの青い髪が揺れる。
悲しくなんてないわ 貴方が側にいてくれるから
寂しくなんてないわ 貴方が私を想ってくれるから
珊瑚礁を越えてその先へ そこに貴方が待っている
会いに行くわ いつの日か
それまで私のことを どうか忘れないでいて
少女の甘い歌声は、余韻を残して海底都市に浸透していく。
少し冷やかすだけのはずが、いつのまにか聴き入っていた四人はその対価として拍手を送った。
「おー、すげえいい歌」
「ああ。今まで聴いたどの歌よりも素晴らしいものだ」
「すごいねぇ。とても綺麗だったよぉ」
「もう一曲!! 今度は別の奴!!」
すると人魚の少女は、自分を囲んでいるユフィーリアたちに驚いて、慌てた様子で割れた瓶を拾い上げると、どこかに泳いで逃げてしまった。
あっという間に遠ざかっていく少女の背中を残念そうに見送ったユフィーリアは、ポツリと呟く。
「……褒めただけなのになァ」
「称賛されたくなかったのだろうか」
「だとしたらこんな目立つところで歌わねえだろ」
不思議そうに首を傾げるショウに、ユフィーリアは彼の言葉を一蹴する。この広場には今もなお老若男女問わずたくさんの人魚がいるのだから、いやでも目立つに決まっている。
――もしかして、人魚ではないユフィーリアたちに話しかけられたくなかったのだろうか?
「人魚ってのはあれか、差別主義者か」
「足ヒレつきがそんなに偉いのか」
「みんな違ってみんないいじゃんねぇ」
「そうだぞ。こんなところに狼の耳と尻尾を生やしてる、いい年したおっさんがいるんだからな」
「キャイン!?」
唐突にエドワードが悲鳴を上げた。原因は、ハーゲンが彼の尻から生えている尻尾をむんずと掴んだからだ。
さすがに痛かったようで、エドワードはハーゲンの頭を鷲掴みにして「痛いんだよねぇ、尻尾を掴まれるとさぁ!!」「ぎゃああ頭が割れる!!」と騒がしいやり取りを繰り広げる。広場の人魚たちからは、さらに奇異な目線で見られることとなった。
その時、
「なあ、なあ!! ねーちゃんとにーちゃんは、
「お?」
少し弾んだ声が降ってくると同時に、ユフィーリアの目の前に小さな人魚の少年がやってくる。水の浮力を利用して、上から覗き込むような感じで。
くりくりとした大きな翡翠色の瞳に、薄青の短い髪。あどけない顔立ちには
やはり例外に漏れることなく両足は魚のヒレとなっていて、彼は器用に泳いでユフィーリアの正面に回り込んできた。
「地上の人ってめちゃくちゃ強いんだろ?」
「おうよ。俺らはめちゃくちゃ強いぞ」
人魚の少年の期待に応えるように、ユフィーリアは豊かな胸を張って堂々と言う。こちらは天魔最強と名高い【
瞳を輝かせた少年は「すっげぇ!!」と歓声を上げると、
「じゃあ、あれにも勝てるかもしれないな!!」
「あれ?」
なんのことだ、とばかりに首を傾げるユフィーリアたちに、人魚の少年は満面の笑みで言い放つ。
「海賊船!!」
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