第6話【問題児の暴走、それから】

「海賊船?」

「ええ、そうです」


 海底支部の一室に通されたグローリアとスカイは、海底支部の支部長であるアグラ・シーグラスの説明を受けて首を傾げた。

 人魚の彼女は神妙な顔で頷くと、


「海の底を移動する海賊船がいるとか……居住区では大騒ぎです。子供たちは『幽霊船だ』とか『かっこいい』とか興奮していますし、居住区から飛び出してしまう子供もいるみたいです。このままでは非戦闘員の彼らが危険な目に遭ってしまいます」


 海賊船とはまた珍奇なものが出てきた、とグローリアは少しだけ驚いた。しかも海の底を進む海賊船とはこれ如何に。

 現実から大いにかけ離れているような気さえあるが、空から謎の怪物が降り注いでいる時点で常識など麻痺してるようなものだ。そんなおかしな事象が発生していても「へえ、珍しいね」なんて軽い調子で受け入れられるようになってしまった。


「つまり、海賊船をどうにか撃破してほしいということですか?」

「本部の戦績は、この海にも届いております」


 深海の如き藍色の瞳で真っ直ぐにグローリアを見据えたアグラは、


「戦死者を一人も出さない作戦を幾度となく成功させてきた最高総司令官様と、あらゆる角度から情報を収集していち早く伝達させる補佐官様。それから――天魔最強と名高い【銀月鬼ギンゲツキ】と生物を殺すことに特化した葬儀屋一族アンダーテイカーに名を連ねる【火神ヒジン】」


 グローリアは、彼女のこの言葉で悟った。

 彼女が頼りにしているのは、あくまで第零遊撃隊であるユフィーリア・エイクトベルとショウ・アズマの二人だ。あの二人は数々の大きな戦果を残してきて、天魔との戦争にも大いに貢献してきている。他はどうでもいいと考えがちか――最初にグローリアとスカイの戦績を称えたのも、単なる社交辞令だろうか。

 素直な感想として留めておくにはあまりに怪しい彼女だが、グローリアは朗らかな笑顔で「恐縮です」と応じる。


「支部を守るのも最高総司令官としての僕の務めです。僕と、僕の部下たちで対応させていただきます」

「……ありがとうございます。そう言っていただけで、やはり貴方がたに頼ってよかったと心の底から思います」


 互いに穏やかに微笑みあっているが、実際のところは腹の探り合いである。その行為すら面倒だと思っているのか、スカイはそっと視線を逸らして震えていた。

 その時である。


「しれいかーん!! 司令官司令官司令官司令官大変だよ司令官!!」


 バタバタバタと喧しく騒ぎ立てながら、青い髪の狙撃手が飛び込んでくる。彼女の後ろには明るい茶色の髪の少年が、肩で息をしながら同じように部屋へ飛び込んできた。

 シズク・ルナーティアとスバル・ハルシーナ――二人は普段、港湾都市の警護を任せている天魔憑きだが、今回は彼らの飛び抜けた視力とスバルの契約した天魔である【感染蟲カンセンチュウ】の異能力を作戦に組み込む為に招聘したのだ。

 海底都市ニライカナイにて他の部下たちと待機を命じていたはずだが、一体どうしたと言うのだろうか。


「第零遊撃隊を筆頭に、他の天魔憑きたちがいなくなっちゃったんです!!」

「あはははははは、ホント笑えねー!!」


 スバルの報告とシズクの甲高い笑い声に、グローリアは目眩を覚えた。

 おそらくだが、第零遊撃隊の二人――というかユフィーリアが、他の同胞たちを焚きつけてどこかに行ってしまったのだ。彼女たちが向かいそうな場所と言えば、この海の底では一つしかない。

 何故なら、遊ぶ場所がなければ彼らのやることなど決まっている。


「海賊船を探しに行ったね、あの問題児たち!!」


 自由奔放な部下を持つと、これだから大変だ。

 問題児たちの暴走に、グローリアは頭を抱えるのだった。


 ☆


「こっちだよ、ねーちゃんたち!!」

「泳ぐの早ェんだよクソガキ、こっちは魚のヒレがついてねえんだぞ」


 海中をスイスイと泳いでいく子供の人魚を追いかけて、ユフィーリアたちは海賊船とやらの視察に向かっていた。

 当然のことだが、グローリアやスカイには伝えていない。ついでに騒がれると面倒なので、シズクとスバルも置いてきた。ユフィーリアとショウ、エドワード、ハーゲンの四人による海賊船捜索の旅についてきたのは、先述した四人を除いた奪還軍の同胞全員だった。

 今頃、海底都市ニライカナイではグローリアが騒いでいる頃合いだろう。戻ったら戻ったで全員仲良く説教を食らう羽目になるぐらいなら、手柄を持って帰った方がいいだろう。

 それに、


「お前も味わったろ、ニライカナイにおける俺らの場違い感。ある意味で差別だぜ、あんなの」


 顔を顰めたユフィーリアがそう言うと、ショウは納得したように「ああ」と頷いた。

 人魚が主流となっている海底都市ニライカナイにおいて、ユフィーリアたち地上の存在は場違いなのだ。足ヒレがない云々と差別的発言を受けた同胞たちもいて、あわや地上対海底の大乱闘が起きる寸前でユフィーリアがこうして海賊船捜索に連れ出したという経緯もある。

 なんというか、人魚たちの差別が酷すぎるのだ。グローリアやスカイなどの上官がいる前ではニコニコと媚びへつらっておきながら、彼らの視線が外れればこんな陰湿なやり口をしてくる輩となど、一緒に仕事など誰ができるだろうか。


「まあ心配すんなよ、どうせお前らは怒られねえさ」

「? どこからそのような自信が?」

「どうせ怒られるのは俺だからだよ」


 ショウの質問に、ユフィーリアは遠い目をしながら答えた。

 グローリアはおそらく、ユフィーリアが同胞たちを焚きつけて一足先に海賊船捜索に乗り出したのだと思っているのだろう。問題児というのも意外と辛いものだ。

 説教は何時間で終わるかな、などと考えていると、ショウがポンとユフィーリアの肩をそっと叩いてきた。


「ユフィーリア」

「おう」

「海底都市、爆破しよう」

「なんで?」


 まさかショウの口から、自爆馬鹿と同じような台詞が聞ける日がくるとは思っていなかった。


「差別することでしか己の優位性を保てない輩など、生きている価値はない。子供の人魚だけ避難させた上で、海底都市は爆破してしまおう」

「待て待て待てショウ坊、おかしいだろ。あんな奴らでも俺らの同胞だぞ? なんで爆破する必要が?」

「何故止める必要がある。他の連中は賛同しているというのに」


 見れば、ユフィーリアの後ろに続いていた他の同胞たちは、ショウの爆破発言に同意を示すように頷いていた。


「どうせだったら、吊った海賊船をニライカナイに突っ込ませようぜ」

「誰が最高総司令官と補佐官を連れ出すよ」

「首根っこ引っ掴んで避難させればいいんじゃねえの?」

「そりゃ一番足の速いエドと怒られ慣れてるユーリが首根っこ掴んで引きずってくればいいんじゃね?」

「おい誰だ、怒られ慣れてるって言った奴。正座で三時間も説教なんて聞きたくねえだろ誰も」


 聞き捨てならない単語が聞こえたのでユフィーリアが同胞たちを睨みつけると、先頭を泳いでいた子供の人魚が「いた!!」などと弾んだ声で言う。

 岩陰に隠れて海の様子をこっそり覗くと、青の世界に木製の船のようなものが沈んでいる。折れた帆柱には海賊旗が掲げられていて、水の流れに沿って揺れていた。船首には祈りを捧げる女神像が飾られていて、如何いかにも海賊船といった雰囲気である。


「あれが海賊船だよ。僕たちの街を脅かす……」

「つい数分前までは俺らがテロリストみたいな感じになってたけど、あれが今回の敵か」

「ねーちゃん、テロリストってなに?」

「聞かなかったことにしろ、少年。お前が魚の開きになるぞ」


 ユフィーリアがそうやって脅しかけると、子供の人魚は慌てて自分の手で口を塞いだ。

 すると、海底に沈んでいたはずの海賊船が、なんの拍子もなく唐突に動き始めた。ゆっくりと海賊船は浮かび上がり、そして滑るようにユフィーリアたちから逃げ出す。


「あ、逃げた!!」

「追え、逃すなァ!!」


 獲物が逃げることを基本的に許さない奪還軍の同胞たちは、嬉々として海賊船を追いかける。


「ユフィーリア、遅れを取るぞ」

「分かってらァ、ショウ坊!! ――少年、うちの上官には上手い具合に誤魔化しといてくれ!!」


 子供の人魚に無駄な言い訳を託したユフィーリアは、同胞たちに遅れを取るまいと一抱えほどもある岩を蹴飛ばして海賊船を追いかける。

 海賊船を追いかけていく奪還軍を見送った子供の人魚は、


「あーあ、行っちゃった」

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