第13話【あの人形はもういない】

「イッテェ!! あれ俺らどこに飛ばされた!?」

「転送の方法が雑すぎる!! これは抗議するべきだ!!」


 リヒトによる『擬似・空間歪曲』にて、ユフィーリアとショウは教会の外に放り出された。

 腰から地面に落下し、ユフィーリアは痛みのあまりうめく。同じく雑な感じで外に放り出されたショウは、その扱いに憤っている様子だった。

 なにが「逃げてほしい」だろうか。重要機関である脳味噌の群れを破壊して、攻撃できるようになった。一人で背負うなと言っておきながら、彼はやはり一人で戦う道を選んだのだ。


「ユフィーリア、ショウ君。リヒト君はどうだったの?」

「苦戦してるようだったから助けに入ったが、お前の『空間歪曲ムーブメント』の猿真似で外に追い出されやがったよ!!」


 外に待機していたグローリアが、虚空から降ってきたらしいユフィーリアとショウにリヒトの安否を聞いてくる。リヒトによる雑な扱いで苛立いらだちが募っているユフィーリアが、怒声でもって返すと同時だった。

 腹の底に響くような音と共に、教会の中心から光の柱が立ち上った。天魔が降り注ぐ青い空を焼き焦がさんと出現した光の柱は、古びた巨大な教会すらも飲み込んで消し済みにして、それから僅かな光を残して消える。


「…………リヒト?」


 ポツリ、と。

 ユフィーリアは反射的に呟いていた。

 あそこにはリヒトがいた。リヒトが戦っていた。

 しかし、教会が崩れてしまった。唐突に出現した光の柱によって消し炭にされて、教会は見事に瓦礫の山と化してしまった。

 ならば、その地下で戦っていたはずのリヒトの存在はどうなった?


「……ユフィーリア」

「行くぞ、ショウ坊」


 なにかを言いたげなショウを無視して、ユフィーリアは言う。

 おそらく、この予感は的中するはずだ。それを踏まえて、瓦礫の山と化した教会の中に踏み込もうと言ったのだ。

 相棒の強い意志を汲み取ったショウは口をつぐむと、静かに「了解した」と返した。


 ☆


 倦怠感に支配された体を引きずって、ユフィーリアとショウは瓦礫の山と化した教会に足を踏み入れる。

 倒れた扉を越えた先にある礼拝堂は天井が抜け落ちて、さらに床にも巨大な穴が開いていた。パラパラと頭上から雪のように降ってくる瓦礫の破片を払い除けながら巨大な穴を覗き込むと、あの鋼鉄の聖女の残骸がほんの少しだけ見えた。


「これは……」


 ショウがなにかを言う前に、ユフィーリアは穴を通じて地下空間に飛び降りた。体に倦怠感は残るものの、歩き回る分には問題ないだろう。――頭上に開いた穴を通じて地上に戻ることはできなさそうだが。

 地下空間を埋め尽くす瓦礫を踏みつけ、ユフィーリアは白い人形の姿を探す。埃が舞っていて視界が悪く、今まで気にならなかったかび臭さが鼻孔を掠めて顔をしかめる。


『ピピ、ギガガガガ……』

「なんだ、リヒトの母ちゃん。まだお前は生きてんのか」


 地下空間を支配していた鋼鉄の聖女の首が、突如として雑音を奏で始める。穏やかな微笑を浮かべる聖女の顔は、半分以上が融解していた。

 どろりと溶けた鉄が瓦礫の上に落ちて、ジュッという音が静謐せいひつに満たされた地下空間に響く。口元をモゴモゴとさせる鋼鉄の聖女の元へ歩み寄ったユフィーリアは、あまりにも巨大すぎる女の首を見上げた。


「お前の息子はどこ行ったよ。一緒にいただろ」

『ガガガ、ガガ、ギギギギギ……ひ、とォ? り、ひと?』

「そうだよ、そいつ。お前と心中した、長男坊だよ」


 ユフィーリアはなんとなく、リヒトはもう生きていないことを悟っていた。

 彼は母を殺す為に、自らを爆発させた。決死の覚悟の自爆である。ハーゲンと違ってリヒトは再生するような機構を有しておらず、ユフィーリアがわざわざ地下空間まで降りてきたのはリヒトの残骸を探す為だ。

 せめて、彼の遺体ぐらいは持ち帰ってやろうと思ったのだが、この有り様では探しようがない。


『り、ひお……ガガ、ピー、りひと、はァ、ガガガガガ、


 すると、ガボンと聖女の閉ざされた口が大きく開いた。

 食われるかと思って身構えていたのだが、その喉奥からボロボロになった白い腕が転がり落ちてくる。瓦礫の上にボトッと叩きつけられたその白い腕は、リヒトのものだった。

 のろのろと落ちた白い腕を拾い上げると、鋼鉄の聖女は雑音混じりに言葉を紡ぐ。


『りひ、とォ、ガガガ、たいせ、つ、な、むす、ピピーッ、が、ガガガ、あいして、ギギギギギザザザザザザ』


 砂嵐のような雑音を響かせる聖女だが、次の瞬間、明瞭な言葉を発した。


『――――息子を、よろしくお願いします』


 それは、その一言は、まさしく母親そのもので。

 それきり、鋼の聖女は一言も喋らなくなった。ただの顔が溶けた鉄製の首だけが、静かな地下空間に鎮座しているだけとなった。

 ユフィーリアは白い腕を抱えて、


「おう、任せろ」


 ☆


 ショウに支えてもらいながら地下空間から脱出したユフィーリアは、グローリアにリヒトの腕を差し出す。「これしか残ってなかった」とぶっきらぼうに言うと、彼はなにも言わずにリヒトの白い腕を受け取った。

 誰も死なない作戦を理想とする司令官たるグローリアの、初めての戦死者である。彼はリヒトの腕を抱きしめると、寂しそうに笑った。


「――君は、決死の覚悟で【絡繰姫カラクリヒメ】に挑み、そしてその勝利をもぎ取ったんだね。とても褒められたような戦術ではないけれど、でも、君はそうしなければならない理由があった」


 それからグローリアは懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を掲げ、


「適用『永久暦カレンダー』」


 白い腕が透明な膜に覆われる。


遡行開始リリース


 グローリアが厳かに呟くと、透明な膜に覆われた白い腕の時間が元に戻り始める。

 腕から見る間に体が再生され、胴体が作られ、両足も元通りになり、最後には目を閉じた状態の頭部さえも再生した。完全な人の状態を取り戻したリヒトだが、その中身である人としての脳味噌までは再生できなかったようだ。

 目覚めない白い人形を横たわらせたグローリアは、


「彼をここで眠らせてあげよう」


 その言葉に対して、異を唱える同胞はいなかった。


「彼は、名誉ある戦死を遂げたのだから」


 朴訥ぼくとつであり、どこまでも真面目で、術式を見せれば少しだけ狼狽うろたえて。

 ほんの少しの間だけ共に戦い、仲間として振る舞った純白の人形――リヒト。彼は自分の目的を成す為に、自らを犠牲にして達成した。

 二度と目が覚めない白い人形から背を向けて、奪還軍は廃都市から引き上げていく。

 弔いの涙を、残して。

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