終章【虚ろなる君に再会を】

「ゥオーイ、馬鹿弟子ィ」


 廃都市の激闘から二日が経過した。

閉ざされた理想郷クローディア】第一層にある奪還軍本部に、男の声がやたらでかく響く。

 天魔憑てんまつきの憩いの場として機能している大衆食堂には、だらだらと最後の休暇を過ごしている奪還軍に所属する天魔憑てんまつきがいた。席はそこまで埋まっていないが、どうでもいい話題で盛り上がっている連中が口をつぐんで「なんだ?」「ああ、お師匠さんか」などと納得する。

 それは、大衆食堂でカードゲームに興じていたユフィーリアたちにもしっかりと聞こえていた。大衆食堂に顔を見せた褐色肌かっしょくはだの男は、ユフィーリアの姿を認めるなりニッと快活な笑みを見せる。


「よう、馬鹿弟子ィ。元気そうだなィ」

「げェ、師匠……修行はやらねえぞ。俺は今、休暇を満喫してんだよ」


 褐色肌の男――師匠であるアルベルド・ソニックバーンズに、ユフィーリアは言う。

 アルベルドは「ああン?」と眉根を寄せ、


「修行をおこたるんじゃねェやィ。いつ如何いかなる時でも戦えるように」

「あ、ダウト。ハーゲン山札持ってけ」

「オメェ話を無視するんじゃねェ!!」


 アルベルドの説教に、ユフィーリアはうんざりした表情を見せる。いきなりやってきて説教とか、そういうのは勘弁してほしい。

 ところが、アルベルドは「そうじゃねェや」と首を横に振った。説教が目的ではないらしい。


「最高総司令官はいるかィ? あのやたら胡散臭うさんくさい坊主よィ」

「グローリアか? あいつなら執務室で悲鳴を上げてる頃合いだと思うけど」

「ついに発狂したんかィ?」

「仕事人間から仕事を奪えば、そりゃ発狂もしたくなるだろうよ」


 つい一〇分前に「ゔぁあああああ!!」という悲鳴が二階から聞こえてきたので、そろそろ彼の精神状態が心配になってくる。

 アルベルドは奪還軍の全員に三日間の休暇が与えられたことを知らないので首を傾げていたが、グローリアがいるなら別にどうでもいいようだ。「そうかィ」などと頷いて、二階に向かおうとする。


「アルベルド・ソニックバーンズ。何故イーストエンド司令官に用事が?」

「いやなァ、外をうろついていたら白い兄ちゃんを見かけてなァ。どうやら記憶もまっさらだしよィ、とりあえずこの大衆食堂の給仕で雇えねえか交渉しにきたんでィ」


 そう言うと、アルベルドは「あれよィ」と大衆食堂の入り口を示す。

 そこには、全身から色が抜け落ちたような白い男が立っていた。物珍しそうに大衆食堂の内装を見渡しているが、ユフィーリアたちの視線に気づいて不思議そうに首を傾げる。

 白い髪に銀灰色ぎんかいしょくの瞳、白い外套には汚れ一つだってない。完全に真っ白な男は、確かに廃都市で死んだはずの彼だった。


「リヒト……!!」


 椅子を弾き飛ばして立ち上がったユフィーリアだが、男はその名前が分からないようだった。


?」

「…………」


 記憶がまっさらな状態だと、アルベルドは言っていた。

 廃都市で共に戦った、あの白い人形はもういないのだ。


「おう、それがお前の名前だよ――リヒト」

「なるほど、承知した」


 うむ、と頷く白い男は、


「……何故か、懐かしい響きの名前であります」


 眉一つ動かなかった無表情を僅かに崩して、微笑んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る