第5話【機械兵、覚醒】
ユフィーリアが黒い外套の内側から引っ張り出した壊れかけの白い人形を、執務室のソファに寝かせてやる。本を
あの時は襲われている状態だったので、持ち帰った白い人形を観察することは叶わなかったが、よくよく観察してみるとやはり人形のようである。
白い髪の一本一本が針金のような硬さを帯びていて、肌の質感も人間のそれとは違ってつるりと作り物めいている。極め付けに、彼には色というものが存在しない。全身に漂白剤を浴びせたかのようにどこもかしこも真っ白で、色に満ち溢れている執務室では異様に目立っていた。
「うーん、洋服も接合されているみたいだね。全部が彼の部品みたい」
白い人形の壊れ具合をつぶさに観察していたグローリアは、白い人形が羽織っている白い外套をひらひらと揺らした。外套はある程度までめくれるようだが、一定値を超すと肌と接合したかのようにめくれなくなる。
服を脱がせる路線は変更となり、この状態のまま修理と記憶の
「任せて。完璧に直してみせるよ」
それからグローリアは懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を掲げると、その石突きで床を一度だけ叩いた。
「適用『
彼の言葉を皮切りに、白い人形が透明な立方体に覆われる。
白い人形の全身が立方体に覆われたことを確認したグローリアは、石突きで二度ほど床を叩く。
「
すると、グローリアが持っていた死神の鎌に埋め込まれた懐中時計の針に異変が起きる。
変わらず時を刻んでいた懐中時計の針が、逆回転し始めたのだ。進んでいた時間を戻すかのように動く懐中時計と同じように、透明な箱に覆われた白い人形の壊れた部分も見る間に直っていく。
誰にも真似できない絶技に、ユフィーリアとショウは揃って感嘆の反応を見せる。
「やっぱすげえな、時間を戻すのって」
「これでは死んだ人も蘇生できるのではないか?」
「残念だけど、僕が時を戻せるのは無機物だけなんだ。生きている人の時間は戻せないんだよね、記憶の参照ならできるんだけど」
時間を戻す作業をしながら、グローリアがユフィーリアとショウの言葉に応じる。
「でも、少しだけ提案なんだけど」
「提案?」
「うん。僕はね、記憶の
なるほど、さすが天才と呼ばれるだけはある。凡人とは考え方が違うようだ。
ユフィーリアは「まあ、好きにしたらいいと思う」と適当に頷いて、グローリアの判断に任せることにした。いざとなれば即座に切り捨てればいいだけで、ユフィーリアにはそれができる実力がある。
大太刀に手を添えて警戒するユフィーリアをよそに、グローリアによる修復作業は終わりが見えてきた。
千切れ飛んだ左腕と左足は
「え、気持ち悪ッ」
「この再生は……さすがにどうかと思うぞ」
「残念だけど、この方法しかできないんだよね。諦めてくれる?」
そしてついに、白い人形は完全に修復された。
ソファに寝転がる白い人形には、傷一つどころか汚れ一つ見当たらない。死んだように眠っている彼だが、寝息すら立てずにいた。
さて、あとは起こすだけなのだが――。
「これの起こし方って知ってる?」
「知らね」
「右に同じく」
グローリアの質問に対して、拾ってきた張本人である第零遊撃隊の二人は正直に答えた。拾ってきた時だって眠っていたし、機械の起動方法など戦闘馬鹿のユフィーリアたちが分かる訳がない。
やれやれと肩を竦めたグローリアが、眠る白い人形に呼びかけた。
「おーい、起きてー。もうお昼だよー」
「それで本当に起きるのかよ」
「だったらユフィーリア、他にいい起こし方あるの?」
「殴れば?」
「反撃されたら元も子もないんだけど!?」
ユフィーリアの適当な台詞に、グローリアが目を剥いた。
その時、部屋中に聞き覚えのない平坦な女の声が響き渡る。
――
――擬似神経接続回路の修復を確認。痛覚機構を
――機体の位置情報を検索。検索完了。大規模な地下都市と推測。
――周辺に熱源反応を確認。数、三。いずれも武器の所持を確認。機体の安全保護を最優先する為、迎撃を開始します。
――機体番号A_00001号機、リヒト。
訳の分からない情報がたくさん出てきたが、熱源反応が云々という下りからユフィーリアは警戒心を高めた。同じくショウも赤い
機体の安全保護の為に迎撃する、と平坦な女の声は言っていた。ならば、この人形は十中八九、襲いかかってくるだろう。攻撃するそぶりを見せれば、ユフィーリアの切り札である『お
女の声が終わった三秒後、白い人形は閉ざしていた
「……失礼ですが、どちら様でありましょうか?」
紡がれた言葉はとても流暢な統一新語であり、彼は不思議そうに首を傾げている。
滑らかな挙動で立ち上がった白い人形は、キョロキョロと興味深げに周辺を見渡した。それから銀灰色の瞳を瞬かせると、
「部屋の外に大勢の生体反応を感知した。位置情報の詳細な情報の開示を要求したい。是か否か」
「…………ここは人類最後の砦である【
白い人形の要求に応じたのは、グローリアだった。彼は懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を握りしめると、白い人形と面と向かって対峙する。
「僕はグローリア・イーストエンド、アルカディア奪還軍の最高総司令官だ。君と争うつもりはない、対話が可能であれば応じてほしい」
「了解であります」
白い人形はしっかりと頷くと、自分が今まで寝かされていたソファに着席した。
「自分は機体番号A_00001号機、個体名称はリヒトと申します。
「――記憶領域に、大規模な欠損? それはつまり、分かりやすく言うと記憶喪失という認識で間違いはない?」
「その認識で問題ありません」
淡々と応じる白い人形――リヒトは、どうやら記憶喪失のようだった。
記憶喪失に陥るのも無理はない、彼はこの【
ところが、彼の記憶喪失は本当の意味での記憶喪失だったらしい。「自分の個体名称と機体番号、それから兵装等の一通りの情報は記憶領域に存在しているが、それ以外の記憶は全て欠落してしまっている」というのが彼の言葉である。
「……そっか。
「改竄とは?」
「こっちの話だよ」
首を傾げるリヒトに、グローリアは取り繕うように笑みを見せた。
「なら、リヒト君。――僕に利用されてくれないかな?」
「利用でありますか」
お決まりの勧誘文句を口にしたグローリアに、リヒトが銀灰色の瞳を瞬かせた。
前代未聞の人形と天才による交渉を目の当たりにしたユフィーリアとショウはひそひそと「上手くいくか?」「さあ? グローリアのことだから、機械さえも口八丁で
「君のような戦力はとても貴重なんだ。だから是非、奪還軍に所属して一緒に戦ってほしいんだけど」
「承知した。これより自分は貴殿をマスターと認め、命令権を委譲する。以後の行動はマスターに従うものとし、自分の全武装・全戦略をもってマスターの命令を遂行する」
そしてすんなりと配下に加わった。このリヒトとやら、意外とちょろいのかもしれない。
しかし、仮にも相手は天魔である。今は記憶喪失と言っているが、不審な動きを見せれば叩き切ることは決定されている。グローリアは「嬉しいよ、ありがとう」などと満面の笑みで受諾してくれたことに対する礼を述べているが、ユフィーリアとショウは変わらず武装を解くことはなかった。
「とりあえず、そうだなぁ。実力を知りたいから、うちの最強と少し手合わせをしてくれるかな?」
「承知した」
「えっ」
いきなり話題を振られたユフィーリアは、グローリアがなんと言ったのか反応に遅れた。
青い瞳を見開くユフィーリアに、リヒトは礼儀正しく「よろしくお願いする」などと頭を下げている。自分はまだ了承もクソもしていないのだが、手合わせする方向で話がまとまりつつあるので、ユフィーリアは待ったをかけた。
「ちょ、ふざけんな!! そこの奴はスカイの目を盗んで持ってきたんだぞ、バレるだろ!?」
「大丈夫、大丈夫。バレないように細工するよ。いくらでも方法はあるしね」
抗議するユフィーリアに、グローリアは満面の笑みでもって答えた。
やはり彼を巻き込むのは間違いだったか、とユフィーリアは頭を抱える。こういう理不尽を平気で言い渡してくる奴であることを、ユフィーリアはすっかり失念していた。
重荷を背負うと言ってくれたショウは、今回ばかりは助けることができないと判断したようで「すまない……」と細々と謝っていた。悪いのは全てこの天才と書いて『馬鹿』と読む青年である。
「よし、それじゃあさっそく行こうか!!」
「逃げるぞ、ショウ坊」
「了解した」
「あ、待って!! 逃げないでよぉ!!」
グローリアの執務室から逃げ出したユフィーリアとショウだが、グローリアに捕縛を命じられたリヒトによって捕まえられてしまう。
自分たちだけ巻き込まれるのは御免だとばかりに、ユフィーリアは一階で寛いでいたエドワードたち三人も巻き添えにしてやった。三人分の悲鳴が追加された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます