第6話【機械兵の目的は】
五分間で起きた事実を、会話文のみでお伝えしよう。
「俺らだけが廃都市に行ったんじゃねえ!! もう三人ほど同罪だ!!」
「エドワード・ヴォルスラム、ハーゲン・バルター、アイゼルネの三人も巻き込め。彼奴らも共に廃都市へ行った」
「そうだなぁ、使える人材は多い方がいいから巻き込んじゃおうか」
「承知した。該当する人物を連れてくればいいのか?」
「うん。よろしく頼むよ、リヒト君。その間、僕はこの二人が逃げないように時間を止めておくから」
――そんな訳で。
【
グローリアの『
ユフィーリアは遠くを見据え、ショウは上官であるグローリアを忌々しげに睨みつけ、エドワードは静かに涙を流し、ハーゲンは動き回るリヒトに興味津々で、アイゼルネに至っては相変わらず壊れた様子でケタケタと笑い転げていた。
グローリアは空から雨の如く降ってくる異形の怪物の群れ――
「うん、今日も天魔は元気に降ってるね」
声が弾んでいた。
自分は戦いに巻き込まれない絶対の自信があるのか分からないが、とにかく声が弾んでいた。ユフィーリアは試しにリヒトへ「あいつを背後から殴ってこい」と命令してみようかと思ったが、起動の際の一部始終を目の当たりにして、命令権がグローリアにあることを思い出したのでやめた。
グローリアは満面の笑みでげっそりとした様子のユフィーリアへと振り返り、
「さあ、戦おうか」
「……本気でやらなきゃダメ?」
「多分強いんだろうけど、実力を見ておいた方が作戦に組み込みやすいでしょ? こうして動き回れるし、もしかしたら
「だからって俺ちゃんたちも必要ないよねぇ!?」
エドワードが泣き叫ぶ。スカイに怒られる恐怖が先行しているのか、彼はボタボタと大粒の涙を流しながらグローリアに抗議する。
「俺ちゃん帰っていいですか!? 死にたくないですぅ!!」
「ダメ」
「どぉしてよぉ!! 俺ちゃんがそこの白いお人形さんと戦う訳でもないのにぃ!!」
エドワードはもっともな意見を叫ぶが、グローリアは清々しいほどの笑みでもってその意見を一蹴した。
正直なところ、ユフィーリアも【
リヒトはご主人様であるグローリアの決定に逆らうことなく、直立不動のまま手合わせが始まるのを待っていた。彼に異論はないらしい。昔のショウを見ているようで気味が悪い。
「リヒト君、軽くでいいからね」
「承知した。――それでは、相手はユフィーリア・エイクトベル殿で間違いはないだろうか?」
感情が浮かばない
「おうよ。どっからでもかかってこいや」
「承知した。お手柔らかに頼む」
ペコリと礼儀正しく頭を下げるリヒトに、ユフィーリアは「さっさと始めろ」とばかりにひらひらと手を振った。
味方である以上、術式は使えない。ユフィーリアの術式は、視界にあるものであれば距離・空間・硬度を全て無視して切断できるという『切断術』であり、仲間相手に使う代物ではない。
適当に流すか、とユフィーリアは軽く準備運動しながら考えていると、一〇歩程度の間隔を開けて立つリヒトから平坦な女の声が聞こえてきた。
――擬似神経接続回路による痛覚機構を停止します。
――兵装を選択。初期設定されている『
――彼我戦力差、未知数。演算を開始します。
――
そして。
ユフィーリアは、人の身ではあり得ない事象を目の当たりにする。
「――え」
リヒトの右腕が変質する。
ぐにゃりと関節すらも曖昧なぐらいに歪んだかと思うと、右腕が伸びていた箇所が鈍色の刃に作り替えられる。ギラリと輝く刃を掲げ、リヒトは平然と仁王立ちする。
「では参る」
「嘘だろなにそれ!?」
驚愕するユフィーリアをよそに、リヒトが襲いかかってくる。
頑丈に作られた城壁を踏み抜かんばかりに強く足元の壁を蹴飛ばし、リヒトはユフィーリアへ肉薄する。陽光に照らされて鈍く輝く右腕の刃を掲げ、彼はユフィーリアの足元を狙って刃の切っ先を叩きつける。
しかし、ユフィーリアとてタダでやられる訳にはいかない。こちらとしても天魔最強と謳われた【
リヒトの攻撃を大きく飛び退いて回避すると、ユフィーリアが今まで立っていた箇所にリヒトの右腕の刃が突き刺さる。――弾くのではなく、見事にぶっすりと突き刺さっていた。
「わあお、切れ味抜群」
「自分が誇る最高峰の刃物であります」
リヒトはぶっすりと突き刺さった刃を城壁から抜くと、再びユフィーリアめがけて突進してきた。
目の前に突き出された刃を首を傾けて回避し、自由だった左腕がユフィーリアを拘束しようと飛んでくるが、これも手で払い除ける。首を掻き切らんと横へ薙がれた鈍色の刃を膝を折って回避すれば、今度は顔面めがけて膝蹴りが飛んできた。
バク転の要領で攻撃を回避したユフィーリアは、自分の心臓が高鳴るのを感じていた。軽い手合わせだから生温い動きしかしないかと思っていたが、相手はどこまでも本気で立ち向かってきている。
(――これ、少しぐらい本気を出したっていいんじゃね?)
術式は使わない。
はた目からすれば防戦一方に見えるだろうが、ユフィーリアの方が余裕がある。
緩みそうになる口元を引き結び、ユフィーリアはリヒトが突き出した鈍色の刃を踊るように回避する。さながら舞踏会で踊る姫君よろしく、彼女の黒い外套の裾がひらりひらりと舞う。
(――これ、一発ぶん殴ってもいいんじゃねえ!?)
上段蹴りを片手でいなし、ユフィーリアはリヒトの背後を取った。
しかし、これにリヒトは素早く反応してくる。ぐるん!! と勢いよく振り返ってきた彼は、体ごと鈍色の刃を振り回してきた。身を仰け反らせて刃を避けたユフィーリアは、立ち位置を入れ替えた状態でようやく止まることができた。
――敵対勢力の戦力を上方修正。
――現状から計算すると、七二時間四五分三六秒後にこちらの敗北で決着します。
――推奨。兵装の変更、並びに早期の撃破を。
リヒトから聞こえる平坦な女性の声は、兵装の変更を促している。ついでにユフィーリアの撃破も望んでいるようだった。
迷いを見せるようにリヒトは鈍色の刃へ視線を落とすが、ユフィーリアは気にせず相手を挑発してやった。
「こいよ」
「……しかし、撃破する要因が見当たらないが」
「殺す気でこなきゃ勝てねえぞ?」
銀灰色の瞳が見開かれた。
大胆不敵に笑うユフィーリアは、人差し指を自分の方向へ動かして、
「俺を誰だと思ってやがる。天魔最強と名高い【
リヒトは静かに鈍色の刃を下ろした。それからユフィーリアを真っ直ぐ見据えると、
「兵装の変更。対脅威用兵装へ」
――承認。兵装を対脅威用兵装へ変更いたします。
ぐにゃり、と今度は両腕が変質する。
すぐに変質は完了し、リヒトの両腕は重機関銃の砲塔に変わっていた。――廃都市で見た、あの人形の群れと同じような。
銃口をユフィーリアへ向けると、リヒトは迷うことなくその引き金をぶっ放してきた。
「ふははははははははははッ!! そうこなくちゃなァ!!」
ただの手合わせが、本気の殺し合いへと移行した瞬間だった。
重機関銃の銃口からは、銃弾ではなく無数の光弾が射出される。ぶばばばばばばばば!! と雨の如く光弾がユフィーリアへ襲いかかり、ケタケタと笑いながらユフィーリアは空中へと逃げる。
空を悠々と舞うユフィーリアに、リヒトが照準を向けてくる。だが、その隙にユフィーリアは腰の愛刀ではなく、外套の内側から取り出した剣を抜いていた。装飾は施されておらず、長大な刀身が特徴の無骨な剣である。
鞘からすでに抜かれた状態である長剣を構えると同時に、再び光弾が襲いかかってくる。ぶばばばばばばばばば!! と空に向かって飛んでいく光弾を、ユフィーリアは自分に向かってくるものだけ剣で払い除けた。
「――オラァ!!」
重力に従って落下しつつ、ユフィーリアは剣をリヒトへ叩きつけようとする。
しかし、刃が触れるより先にリヒトが片腕の重機関銃の砲塔で防ぎ、
「さっさと――負けろ!!」
ユフィーリアは重機関銃を払い除けると同時に、持っていた剣も投げ捨てた。呆気に取られるリヒトの動きが止まり、それが隙に繋がる。
素早くリヒトの懐に潜り込んだユフィーリアは、彼の無防備な顎めがけて手のひらを叩き込んだ。骨を、というより鉄の鎧でもぶん殴ったかのような衝撃が、手のひらを介して伝わってくる。
「イッテェ!! お前硬いな!?」
ぶん殴った方だが、何故かユフィーリアの方が痛みが大きいような気がする。
じん、と鈍痛を訴えてくる手のひらを振るユフィーリアだが、上を向いたままピクリとも動かないリヒトに異変を覚えた。ふと視線をリヒトへ移動させると、彼は両腕を元の状態に戻して頭を抱えた。
「ユフィーリア!! 壊しちゃってどうするの!!」
「それほど強く殴ってねえよ!!」
外野からグローリアの説教じみた台詞が飛んでくるが、そこまで力を入れて殴った記憶はない。ユフィーリアが力を込めて殴れば、確実にリヒトの首は胴体からサヨウナラしている。
「母……母が、母は乱心した、乱心? どうして? そうだ乱心した。我々の敵は誰だ。我々の味方は誰だ。我々は誰だ。なすべきことはなに? なに? なに?」
ぶつぶつと訳の分からない言葉を繰り返すリヒトに、ユフィーリアは本気で壊してしまったことを後悔した。顎ではなく胴体とかを狙えばよかった。
半眼で睨みつけてくるグローリアをよそにぶつぶつとなにかを呟くリヒトは、青い空を振り仰いで言葉を漏らした。
「母を殺さなくては」
その言葉を最後に、リヒトは意識を失ったようにその場で崩れ落ちた。
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