第4話【天才様も引き込もう】

 廃都市から逃げ出した五人は、一緒に連れてきた半壊状態の白い人形を観察する。

 左腕と左足は千切れ、右足や右腕は焼け焦げている。首は人間ではあらぬ方向に折れ曲がり、さらに左眼球が視神経らしき配線と繋がってぶらぶらと揺れている。右目だけは静かにまぶたを閉ざしていて、死んでいるというより眠っているという状態に近いだろうか。

 それにしても。

 汚れてはいるが、この人形はどこもかしこも白い。全身から色が抜け落ちてしまったかのような髪も肌も服すらも白い人形を観察しながら、ユフィーリアは呟く。


「これって、廃都市の奴らと同じじゃね?」

「確かに。顔は半壊しかけているが、彼奴きゃつらと同じもので間違いないだろう」


 ユフィーリアの言葉に、ショウが頷く。

 仲間が壊されたから襲いかかってきた、とは考えにくい。天魔憑てんまつきは廃都市なんかにやってこないし、ユフィーリアたちもつい先程訪れたばかりだ。

 考えられる原因とすれば、他の天魔と縄張り争いの末に一機だけ犠牲になったか、それとも。


「――仲間割れかネ♪」

「アイゼもそう思うか?」

「だナ♪ 他の天魔と縄張り争いって可能性だと、一機だけ犠牲になるのはおかしイ♪ それにあれだけ強いカラクリどもなのに、どーして並大抵の天魔に負けると思うノ♪」


 廃都市を陣取る人形たちの強さを、ユフィーリアは詳しく知らない。だが、建物の中から攻撃を目撃したが、重火器の類を使うことで間違いないだろう。おそらく、この白い人形にも同じことができるはずだ。

 自分たちではできないことをやってのける人形――それも人形なのだから、壊れても直すことができる。


「どうするのぉ、ユーリ。こんなものを連れてきちゃってさぁ。仲間が追いかけてくるとか考えなかったのぉ?」

「仲間同士で壊したってのに、どうしてこいつを追いかけてくる必要がある? 自分たちの中身を知られたくないっていう機密保持なら理解できるが、俺らはそんな中身なんぞ興味はねえだろ?」


 追手の心配をするエドワードに、ユフィーリアは悪どい笑みを浮かべた。彼女の言いたいことを察知したエドワードやアイゼルネは「なるほどねぇ」「ユーリも悪い奴♪」と言うだけで、別に否定はしなかった。

 なにをするのか分かっていない様子であるのは、ショウとハーゲンぐらいのものだろう。二人揃って首を傾げているので、ユフィーリアは悪どい笑みのまま説明してやった。


「こいつを直すんだよ」

「直してどうする? 敵と判断されて、襲いかかられる可能性は?」

「なーに、その部分は細工してやれ。幸いにも、そういうことができる輩を一人だけ知ってる」


 そう、この壊れかけの白い人形を完璧に直すことができる人物は、おそらくこの世に彼一人だけだ。しかも、敵味方を識別する部分に施す細工も、完璧にしてくれるだろう。

 さらに首を傾げるショウに、ユフィーリアはこう言った。


「グローリア・イーストエンドって知ってるか? あいつ、記憶の改竄かいざんもできるんだぜ」


 ☆


 白い人形はまるで四次元空間のようなユフィーリアの外套がいとうの内側へと隠し、超優秀な最高総司令補佐官のスカイ・エルクラシスにバレないようにアイゼルネの強力な幻惑を施してもらって、五人は【閉ざされた理想郷クローディア】まで帰還した。

 途中でカボチャに見えるような幻覚をかけていたアイゼルネを狙って鳥の天魔が襲いかかってきたりしたが、なんとかスカイにバレずに撃退できた。こればかりはアイゼルネが悪いとしか言いようがない。

 さて。

 狭い昇降機エレベーターに飛び込んで、賑やかな【閉ざされた理想郷クローディア】に戻ってくると、ユフィーリアたち五人はようやく安堵あんどの息を吐いた。彼らにとっての恐怖は雑魚の天魔に追いかけられることよりも、三日間の休日を言い渡されたにもかかわらず地上を歩き回ったことがスカイにバレることだった。どうなるか分かったものではない。


「イーストエンド司令官はどこにいるだろうか」

「どうせ本部の自分の部屋に閉じこもってんだろ。大量に渡された推理小説を読破して、感想文を提出しなきゃいけねえんだから」


 そういう訳で。

 五人は真っ直ぐ奪還軍の本部までやってきた。一階にある大衆食堂では何人かの天魔憑きが歓談を楽しんでいるようで、ユフィーリアたちを認識するなり「よう」だとか「おっす」だとか挨拶してきた。

 挨拶もそこそこに、ユフィーリアは大衆食堂にたむろしている同胞たちに問いかける。


「グローリアって執務室にいる?」

「五分ぐらい前に大絶叫が聞こえたから、多分いると思う」


 それがどうした、とばかりに平然とそんなことを言う同胞に、ユフィーリアは顔を顰めた。

 大絶叫が聞こえてくるということは、最高総司令官様のご機嫌は大層悪いようだ。白い人形の修理ついでに記憶の改竄も頼もうかと思ったのだが、話しかけることすら地雷を踏むような行動な気がしてならない。

 ユフィーリアは意見を伺うように他の四人へ視線をやると、四人のうち三人は静かに視線を逸らした。唯一、視線を逸らさずにいてくれた相棒のショウは、


「部屋に火でも放つか?」

「お前ってグローリアの扱いが乱暴になってきてない?」


 赤い回転式拳銃リボルバーを掲げて物騒なことを言い放つ相棒に「その意見は却下」と言うと、ユフィーリアは深々とため息を吐いた。

 この白い人形を修理するだけなら、ユフィーリアの腕でも可能だ。なんだったら師匠であるアルベルド・ソニックバーンズを巻き込んだって構わない。

 しかし、記憶の改竄かいざんまではユフィーリアも手が出せない。あれは時間を巻き戻すことによってできる芸当であり、この世で時間を操ることができる人物はグローリア・イーストエンドただ一人だ。彼であれば修理と記憶の改竄の二つを同時に行うことができるが、機嫌が悪いのであれば頼みにくいことこの上ない。

 少しだけ考えて、ユフィーリアは深呼吸をした。やると決めたからには最後までやり通すのが、ユフィーリアの仁義である。


「俺が行ってくる。骨は拾ってくれ」

「「「行ってらっしゃーい」」」


 エドワード、ハーゲン、アイゼルネは死地へ向かうユフィーリアを早々に見捨て、大衆食堂の隅っこの席を陣取っていた。生きて帰ることができたらあの三人をぶちのめす、とユフィーリアは心に決める。

 薄情な三人とは違い、唯一無二の相棒だけは意見が違った。


「俺も共に行こう」

「ショウ坊……」

「俺はユフィーリアの相棒だ。貴様が死地へ向かうのであれば、俺も共におもむくべきだろう。貴様一人に、重役を背負わせないと決めたのだ。俺にも背負わせてほしい」


 嘘偽りが混ざっていない純粋な眼差しで言うショウに、ユフィーリアは感動を覚えた。やはりこの相棒、どこまでも素晴らしい相棒だ。

 ジンと熱くなった目頭を押さえたユフィーリアは、ショウの肩を掴む。


「お前は最高の相棒だな!! あんな薄情な連中とはえらい違いだ!!」

「そう言ってもらえるのであれば、光栄だ」

「よし、行くかショウ坊!! 薄情な馬鹿三人に命を預けるよりも、お前に預けた方が何倍もいいわ!!」

「了解した」


 聞こえよがしに「薄情」という言葉を連呼したユフィーリアは、背中から聞こえてきたエドワードたちの訴えを全て無視して二階にあるグローリアの執務室に向かう。

 狭い階段を上り、スカイの執務室の前を抜き足差し足で通り過ぎて、最奥にあるグローリアの執務室に到達する。扉に耳を欹ててみるが、物音一つ聞こえてこない。


「……よし」


 ユフィーリアは上等な扉の表面を、軽く叩いた。コンコンコン、と乾いた音が廊下に響き渡る。

 遅れて、ボソボソとした声が聞こえてきた。


「はぁーい……」

「グローリア、俺だ。ちょっといいか?」

「…………いーよー」


 やたら元気のない声が返ってきて、ユフィーリアは心配になった。扉を開けるといつものように戦術書やら地図やらが散乱した悲惨な部屋が広がっていて、執務机には部屋の主人である最高総司令官殿が突っ伏していた。

 彼の脇には腹心である最高総司令補佐官から贈られた大量の推理小説が山を作っているが、彼がそれに手をつけている様子はない。ピクリとも動かずに、最高総司令官――グローリア・イーストエンドは「なに?」と応じる。


「僕は今、見ての通りの状態なんだけれど」

「……忙しいのか?」

「逆だよ!! 退屈すぎて仕方がないんだよ!!」


 ガバリと跳ね起きたグローリアは、見当違いなことを言うショウに悲鳴混じりで訴えた。うつ伏せになっていたからか、彼の額は一部が赤くなってしまっている。

 しかし、額の痛さなど屁の突っ張りでもないのか、グローリアは脇に積み重ねられた大量の推理小説の表紙をバシバシと叩きながら叫ぶ。


「こんな推理小説の山なんて、考察も兼ねて三時間もあれば読破できちゃうよ!! 感想文だって嫌がらせに五〇枚書いてあげたさ!! それが終われば暇になっちゃうんだよ!! 仕事はできないし!!」


 うわーん!! と終いには再び机に突っ伏して泣き叫ぶグローリア。

 あれだけ山のように積み重ねられた本を三時間で読破してしまうとは、天才の名は伊達ではないということか。しかも嫌がらせとして読書感想文は驚きの五〇枚という超大作ができあがったらしい。「こんなものいくらでも書けるんだよぉ!!」と机に広げられていた原稿用紙の束をバッサバッサと振り回しているので、おそらくあれが読書感想文か。

 やはり暇を持て余していたか。ユフィーリアたちと同じである。

 ちょうどいいとばかりにニヤリと笑ったユフィーリアは、さっそく本題に入った。


「グローリア、実はお前に直すついでに記憶の改竄かいざんをしてほしいものがある」

「えっ」


 ユフィーリアの言葉に、グローリアは紫色の瞳をキラリと輝かせた。


「それはなにかな?」

「お前は廃都市の噂を知ってるか?」


 グローリアは「知ってるよ」と頷き、


「機械の天魔でしょ。あんなの眉唾まゆつばだよ」

「それがもし、一機だけ持ち帰ることができたとしたら?」

「…………もしかして、スカイに内緒で君たちは廃都市に行ったの?」

「こっちには優秀な道化師ピエロがいるからな。上手いこと誤魔化せたはずだぜ」


 湿った視線をくれてくるグローリアに、ユフィーリアは綺麗な微笑みで対抗する。友人の異能力をどう使おうが、本人の同意さえ得られれば勝手だろう。

 それでもやはり、これ以上の退屈は必要ないのが彼の意思らしい。近くに立てかけてあった懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を手に取ると、


「それ、見せてくれる?」


 こうして、天才と名高い指揮官を引き込むことに成功したユフィーリアは上手くいったとばかりに悪どい笑みを胸中で浮かべるのだった。

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