第3話【廃都市の白い機械兵】

 廃都市はかつて、聖都せいとと呼ばれていた。

 この世界に宗教というものが確かに存在していたが、今は熱心に宗教へ入れ込む人間は見なくなった。【閉ざされた理想郷クローディア】でも神様がどうのと叫んでいる宗教家はいるが、彼らに耳を傾ける通行人はほぼ皆無である。

 そんな彼らが、過去に聖地としていたのが今の廃都市レヴナントである。廃都市には巨大な教会があり、年に一度の巡礼がその宗教の暗黙の了解となっていたらしい。詳しい部分は誰も分からなかった、何故なら誰も熱心な宗教家ではなかったからだ。


「おかしな宗教に入信なんぞしなくても、自分の力で未来を切り開けってんだ」

「それができないから神に頼るのでは?」

「あの傍観主義者どもが、人間に手を差し伸べたことが一度でもあったかよ。俺は絶対に信じねえ、勝手にやってろ」


 ユフィーリアは「うえぇ」とばかりに顔を顰めた。彼女は宗教家になにかされたのかと心配になるほどの嫌がり方だった。

 首を傾げるショウに、エドワードがこそこそと耳打ちしてくる。


「過去にねぇ、ユーリを御神体とする新興宗教があったみたいなんだよねぇ。ほら、ユーリってめちゃくちゃ強いしぃ、天魔の中でも最強って呼ばれてるしねぇ」

「なるほど、そんなことが」

「エド、嫌なことを思い出させんな」


 ユフィーリアが舌打ち混じりに言うと、エドワードは苦笑しながら「もう終わった話だからいいじゃんねぇ」と言う。

 確かにもう終わった話であるが、宗教に関してユフィーリアは快く思っていない。誰がなにを信仰するのは勝手だし、自分に被害が及ばなければユフィーリアとて文句はない。だが、信仰する対象が自分になるのは想定外だった。


「お前らには分かるかよ。四六時中、ストーカーのように信者がついて回ってくるんだぞ。それで少し話しかけただけで大騒ぎだ。頭がどうにかなるかと思ったぞ」

「俺ちゃんはそこまで目立つような功績はないし、ハーゲンは自爆魔だしねぇ。アイゼはどうなのぉ?」


 エドワードが最後尾を歩くカボチャ頭のディーラーへ振り返ると、彼はトランプを魔法のように手のひらに出現させながら答えた。


「子供からは絶大な人気ヨ♪」

「あー、そういやお前の本職は奇術師マジシャンだもんな。宗教どころの騒ぎじゃねえわ……」


 その見た目の奇抜さ故に、アイゼルネは子供に好かれやすい。一人で【閉ざされた理想郷】を歩けば、必ず子供の集団に捕まってしまう。

 しかし、彼は意外にも子供好きであり、捕まれば気が済むまで奇術を披露するのだ。誰かが止めてやらないと、アイゼルネによる奇術ショーは永遠に終わらない。

 手のひらに出現させたトランプを消しながら、アイゼルネは「大人から子供まで楽しませるのが奇術師の本懐ですヨ♪」と主張する。確かにその通りだろうが、道を塞ぐほど観客で盛り上がられると困るのだ。


「ショウ坊はどうなんだ? お前は宗教の問題に絡まれたことがあるか? 御神体にされそうになったとか」

「ユフィーリアのような面白おかしい事件に巻き込まれたことはないな」


 ユフィーリアの隣を歩く相棒は、やたら辛辣な言葉で返してきた。

 面白おかしいってなんだ、とユフィーリアが反論しようとショウへ振り返ると、


葬儀屋一族アンダーテイカーはその宗派に合致した葬儀を執り行う。宗教の勧誘にあった際に葬儀の方法を確認したら、何故か逃げられた記憶がある」

「…………葬儀屋一族ってのは便利だなァおい」


 宗教以前の問題だったことに対して、ユフィーリアは苦笑するしかなかった。

 すると、アイゼルネの前を歩いていたハーゲンが「宗教の話?」と反応を示す。今までは周りに広がっている陰鬱いんうつとした森に注目していた彼だが、ようやくユフィーリアたちの会話の内容に追いついたようだった。


「お前の場合はもっと用心しろ、馬鹿ハーゲン」

「なんでさッ!?」


 ユフィーリアの辛辣な台詞にハーゲンは琥珀色の瞳を見開いて驚くが、エドワードとアイゼルネが「確かにねぇ」「だよナ♪」とユフィーリアの言葉に同調を示す。


「お前さんの場合は騙されすぎなんだよぉ。壺とか掛け軸とか石とか買わされるんだからぁ」

「それを返品する手間も一苦労なんだヨ♪」

「うぐッ……す、すみませんでした……」


 鋭い指摘をエドワードとアイゼルネの二人から受けたハーゲンは、しょんぼりと肩を落として謝罪した。正論なのでなにも言い返すことができなかったのだ。


「この前も家にきた知らない婆ちゃんから聖書を買おうとしてたよな。一緒に聞いていたショウ坊が背後霊を指摘しなかったら、絶対に三冊は買ってただろ」

「ああ、以前やってきたあの老婆か。奴の背後に佇んでいた幽霊の数は尋常ではなかった。どこの死神かと思った」

「きっと恨み辛みが尋常じゃなかったんだろうねぇ。人の恨みって怖いからねぇ」

「え、いや、でも尻を拭く時とかちょうどいいかなって……」

「聖書をケツ拭く紙の代わりにしよーとか、テメェ様は罰当たりだナ♪」


 陰鬱とした森の中に、五人の愉快な会話が響き渡る。

 珍道中はもう少しだけ続きそうだ。


 ☆


「お、着いたぞ」


 先頭を歩いていたユフィーリアが足を止めれば、後ろからカルガモの子供のようについてきていたショウたちの歩みも止まる。

 鬱蒼と木々が生い茂る森は唐突に終わりを迎え、代わりに荒れ果てた街並みが広がっていた。

 建ち並ぶ建物はどれもこれもが伽藍がらんとした様子で、当然ながら人が住んでいる気配はない。本来なら綺麗に舗装されたはずの石畳の隙間から雑草が伸びて、物寂しさを助長させていた。

 その中でも、真っ直ぐ伸びた道の先にある巨大な教会だけは、荘厳で神聖な雰囲気が漂っていた。

 十字架を掲げる尖塔は空を貫かんばかりに高く、滅びを迎えたはずの都市の真ん中で今もなお堂々と屹立きつりつしている。清掃されていない影響か、嵌め込まれたステンドグラスは埃を被ってしまっていた。王都アルカディアや【閉ざされた理想郷クローディア】でも類を見ないほど、立派な教会である。


「多くの信者が巡礼にくるだけの規模はあるな」


 立派な教会を遠くから眺めながら、ショウが感心したように呟く。

 ここが廃都市レヴナント――かつては聖都と呼ばれて多数の信者を抱えていた都市だが、今ではすっかり寂れてしまっている。

 五人は目の前に建つ大きな教会に目を奪われていたが、当初の目的が教会を見にきた訳ではないことを思い出して我に返る。廃都市レヴナントまでやってきた理由は、機械の天魔という謎めいた存在を見にきたのだ。


「機械の天魔ってどこにいる?」

「建物を全て焼き払うか?」


 赤い回転式拳銃リボルバーを構えて平然と言い放つショウに、ユフィーリアは「ンなことしたらスカイにバレんだろ」と切り捨てる。

 入り口付近でまごついていても仕方がないので、ユフィーリアとショウが先陣を切って廃都市レヴナントに侵入することを決めた。アイゼルネは補佐に回ってもらい、エドワードとハーゲンはいざとなったらスカイの使い魔を呼びにいくという段取りとなる。

 周辺に警戒しながら、ユフィーリアとショウは廃都市レヴナントへ足を踏み入れる。雑草が隙間から伸び放題になっている石畳を踏むと、ヒヤリとした空気が首筋を撫でた。


「…………?」

「――――ッ」


 ショウは「一体なんだ?」とばかりに空を見上げて、ユフィーリアは反射的に腰から佩いた大太刀に手を添えた。

 今の気配は、殺気だ。それも一つではない、一〇も二〇も存在している。街並みの様子からでは察知することはできないが、おそらくこのレヴナント内には潜んでいるのだろう。

 ショウの「建物を焼き払うか?」という提案は、あながち間違いではなかった。この建物の群れを焼き払うことができれば、おそらく殺気を放つ存在に辿り着けるはずだ。


「ユフィーリア……」

「静かに、ショウ坊。相手の反応があるまで、攻撃はなしだ」


 指示を求めてきた相棒に攻撃をしない旨を伝えると、ユフィーリアはさらにレヴナントの奥地を目指して進む。

 すると、一瞬だけ晴れ渡った空が煌めいた。弾かれたように顔を上げると、ユフィーリアとショウの前に人の姿をしたなにかが軽やかに着地をする。ザリ、と石畳を相手の軍靴が踏みしめて、小さな音を立てた。


「……人か?」

「いや、違う。人間だったら高高度から落ちてこねえ」


 ユフィーリアの警戒心は、上限まで引き上げられたままだ。

 ゆらりと第零遊撃隊の前に立ち塞がるのは、一〇代中頃の少年だった。濃紺の髪を適当に伸ばしっぱなしにして、虚ろな銀灰色ぎんかいしょくの瞳はガラス玉のようである。顔立ちは端正であるが、感情を宿していないので能面のようで恐ろしいものがある。純白の外套を身につけている彼は、シワ一つない衣服についた砂塵を手で払ってから応じた。


「警告。ここは我々の領土である。即刻立ち去れ」

「我が物顔で俺ら人類のモンを占拠か。随分な身分だな?」


 人形めいた口調の少年に、ユフィーリアは不敵な笑みで返す。大太刀の鯉口こいくちを切ると、少年は音もなく瞳を眇めた。


「再度警告。それ以上、こちらに踏み込むと迎撃する。即刻撤退を」

「嫌だと言ったら?」


 三日間の休暇のはずだが、ここで敵と出会ってしまえば奪還軍に所属する天魔憑てんまつきとして見逃す訳にはいかない。

 ユフィーリアは背筋を伸ばし、鈴の音の如き声をレヴナント全体に轟かせた。


「第零遊撃隊所属、ユフィーリア・エイクトベル!! 天魔最強【銀月鬼ギンゲツキ】と契約した天魔憑きだ!! 機械だかなんだか知らねえが、この最強の首を簡単に落とせると思うなよ!?」

「……認識。明確な敵対行動と判断。これより全機、迎撃態勢に移行する」


 ――

 朗々と自己紹介してしまったユフィーリアだが、はたと思い出す。

 このレヴナントは敵陣のど真ん中だ。つまり一番危ない状況に立たされているのは、ユフィーリアたちなのだ。


「あ、これ不味い選択をしたな」

「言っている場合か!!」


 赤い回転式拳銃を構えたショウが、紅蓮の炎を噴出して壁を作り出す。

 次の瞬間、敵とユフィーリアを隔てていた紅蓮の壁が、あっという間に蜂の巣のようになって霧散した。炎の壁が消えた向こうになっていたのは、両腕を機関銃の砲身に変形させた少年だった。

 彼だけではない。建物の屋根や物陰から顔を覗かせているのは、ユフィーリアと対峙する少年と全く同じ容姿をした少年の群れである。三つ子や五つ子などの兄弟では片づけられない――まさしく機械のように量産されている!


「建物の中に!!」


 慌てて身を翻したユフィーリアは、ショウの首根っこを掴むと近くにあった建物の中に飛び込んだ。同じようにエドワードたち三人も、建物の中へ飛び込む。

 その直後、ドガガガガガガガガガガ!! と轟音が建物の外から響いてきた。空気が振動し、いくつもの光線が外を飛び交っている。


「相手に喧嘩を売ってどうする!?」

「悪かったって、そんなに怒るなよショウ坊」


 相棒に説教されたユフィーリアは、幾重にもなって聞こえる轟音から耳を塞ぎながら謝罪する。だが、心の底から微塵も申し訳ないとは思っていなかった。

 ユフィーリアたちが飛び込んだ建物は、元々洋裁店のようだった。散乱した布の束と人形、それから――。


「足跡?」


 埃っぽい床に、ユフィーリアたちのものではない足跡が残されている。

 ユフィーリアは足跡を視線で追いかけると、


「……白い人形だ」

「人形だと?」


 ショウもユフィーリアの声に反応する。

 部屋の隅には真っ白な人形が壁にもたれかかっていて、しかし動き出すような気配はない。全身から色という色が落ちてしまったかのような人形に、ユフィーリアは視線を釘付けにされた。

 すると、外で聞こえていた轟音が唐突に途絶えた。姿を消したユフィーリアたちを探す為の行動だろう。このままではいずれ見つかってしまう。


「ユーリ、早く逃げようよぉ!!」

「……そうだな」


 エドワードの泣きを孕んだ訴えに、ユフィーリアは頷く。

 半壊しかけた白い人形に視線を固定したまま、


「あれも一緒にな」

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