第2話【廃都市】

「飽きた」


 世界のどこよりもきらびやかで華やかな戦場に、つまらなさそうな声が落ちる。

 カジノ『ジャックポット』――イカサマをしなければ勝てないと名高い、賭博師の戦場である。広々とした賭博場には様々なゲームの卓が展開されていて、大勢の博徒が一喜一憂している。

 その賭博場に併設された酒場にて、ユフィーリアは火酒ウィスキーを呷っていた。酒杯グラスで巨大な氷がカランと音を立てて揺れ、半ばヤケクソ気味に酒杯をカウンターへ叩きつける。無愛想な酒場の主人が、なにやら嫌そうに眉根を寄せた。


「飽きた!! そもそも三日も休みを与えられたって、やることなんざねえんだよ!!」

「そうよねぇ」


 叫ぶユフィーリアへ同調するように頷いたのは、灰色の髪が特徴の巨漢――エドワード・ヴォルスラムである。刃のように鋭い銀灰色の瞳は酒精アルコールによってとろんと眠たげに細められていて、手持ち無沙汰に手の中の酒杯に満たされた琥珀色の火酒ウィスキーを揺らす。

 相棒といつもの三人で賭博場に遊びにきたユフィーリアだが、早々に飽きがきたのだ。それまでは楽しそうに他人の嘘を暴いていたのだが、休みの日にやることなんて賭博か酒か馬鹿みたいに騒ぐことしかできない。

 ユフィーリアはカウンターに突っ伏すと、


「休みになるのは全然いいんだよ、むしろ大歓迎だよ。でも趣味も特にねえ俺にとっては、三日間の休暇なんて地獄でしかねえよ。なにすればいいの? むしろなにして過ごせばいいの?」

「切実すぎて逆に笑えるねぇ。創作料理にでも打ち込んでみればいいんじゃない? ほら、ユーリって料理が上手いじゃん」

「三年前に飽きた」

「年数が具体的すぎるよぉ」


 苦笑するエドワードをよそに、ユフィーリアは僅かに残っていた琥珀色の酒を一息に飲み干す。それから無言で酒杯グラスを磨いていた酒場の主人に空の酒杯を突きつけて「お代わり!!」と要求する。

 主人は無言で酒杯を受け取ると、同じように火酒ウィスキーを注いでユフィーリアの前に置いた。やはり無言だった。この主人、よくもまあ客相手にそこまで無愛想を貫けるものである。


「エド、なんか楽しいことない?」

「ないねぇ。俺ちゃんが楽しい話題を持っているとでも思ったぁ?」

「思ってねえな。お前って顔の割に規則正しいクソ真面目な生活をしてるから、面白みがまるでねえ」

「それって悪口だよねぇ。俺ちゃん、面白みのない生活を送っているけど売られた喧嘩は買うよぉ?」


 人を三人ばかり食い殺してきましたという凶悪な顔面に笑みを張りつけ、エドワードが拳を握る。

 しかし、相手も天魔最強を謳われる【銀月鬼ギンゲツキ】の天魔憑てんまつきであるユフィーリアだ。「お、やるか?」と即座に応じる。


「ユフィーリア、ユフィーリア。チョコレートの店員を見失ってしまった」

「おう、お帰りショウ坊。――お前の引きずってるそれは一体なんなんだ?」

「先程絡まれたので落とした。俺に喧嘩を売るとは運の尽きよ」


 チョコレートを販売するお姉さんを追いかけていたショウが戻ってきたが、彼は何故か下着姿の鶏ガラのような男を引きずっていた。どうやら彼を手篭てごめにしようとしたらしいが、以前とは違ってショウも一定の自分の意思を持ち合わせている。命令に順守する人形ではなくなった彼に、強引な行動はもう通用しない。

 ボロ雑巾のようになった男を放り捨て、ショウはユフィーリアが腰かける椅子の反対側を陣取る。エドワードとショウでユフィーリアを挟むような形だ。当然ながら未成年なので酒は飲めず、ショウは無愛想な酒場の主人に「オレンジジュースを貰えないだろうか」と注文していた。

 琥珀色の酒に浮かぶ巨大な氷を指先でつつきながら、ユフィーリアは唇を尖らせる。


「三日間も休暇を貰っても暇だよなって話してたんだけどよ、ショウ坊はなんか話題はねえのか?」

「厄介ごとに巻き込まれるのはいつもユフィーリアだから、貴様ならなにかあるのでは?」

「どうしよう、正論で返ってきた」

「しかもきちんと厄介ごとを持ってくる相手も理解してるねぇ」


 提供されたオレンジジュースをちびちびと飲みながら、ショウは不思議そうに赤い瞳を瞬かせる。「なにかおかしなことを言っただろうか」と自分の発言を振り返っているようだが、彼自身はなにも悪くないのだ。

 火酒ウィスキーを一口飲み、ユフィーリアは深々とため息を吐く。やはり地上に無断で出て行って、天魔を手当たり次第に狩るのが最大の暇潰しだろうか。だが、そんなことをしてしまうとスカイに怒られそうな予感さえある。

 グローリアに怒られるのは屁の突っ張りでもないが、スカイに怒られるのは少し怖い――というのがこの場の全員の意見だった。大人しく【閉ざされた理想郷クローディア】で三日間を自堕落に過ごすしかないのか。


「そんなお客様ニ♪ とても素晴らしいエンタメがありますヨ♪」

「うおおああ!? びっくりした、驚かせんなよアイゼ!!」


 ひょっこりとユフィーリアの背後に忍び寄ってきたカボチャ頭のディーラーことアイゼルネが、いつものように楽しげな口調で言う。


「テメェ様らは、廃都市はいとしって知ってるカ♪」

「廃都市ィ? あー、なんか北東にあるっていう滅んだ都市のことか」


 アイゼルネの話に、ユフィーリアはなんとなくどこかの誰かに聞いた話を思い出す。

 北東に位置する大都市が、天魔の侵攻をきっかけに滅んだ。その都市を廃都市レヴナントと呼ぶようになり、そこにお化けが出るだとか根も葉もない噂がいくつも流れている。

 レヴナントの話題は一般人に限られていて、普段からお化けよりも怖い怪物と戦っている天魔憑きからすれば「へえ、それのどこが怖いの?」となる話題だった。


「その廃都市が今、機械の天魔が占拠してるらしーゼ♪」

「機械の天魔だと?」


 まだ半分ほどオレンジジュースが残った酒杯をカウンターに置き、ショウがアイゼルネの話題に首を傾げる。

 ユフィーリアもエドワードも、ショウと同じような反応を示した。機械の天魔など聞いたことがなく、そんなものまで存在するのかと驚いた。


「百聞は一見にかずって言うだロ♪ 見物に行こーゼ♪」

「まあ、暇だしな」


 ユフィーリアは火酒を飲み干し、


「よし、じゃあその廃都市に行って機械の天魔ってのを拝んでこようぜ。スカイに見つからねえようにしねえとな」

「ご安心ヲ♪ オレ様の認識阻害で綺麗に隠して見せますヨ♪」


 さすがアイゼルネである。伊達に長い間、他人の目をあざむくような真似はしていない。

 自信満々に胸を張るアイゼルネが持ち込んできた話題のおかげで、この三日間は退屈しないで済みそうな予感がしたが――。


「ぎゃああああ!! アイゼ、アイゼ助けて!!」

「どーしたし、ハーゲン♪」


 スロットをやっていたらしい赤茶色の短髪の少年――ハーゲン・バルターが、アイゼルネに泣きついた。どうせスロットに大金を注ぎ込んだと泣きつくのだろうと思ったのだが、予想は違っていた。


「な、なんかスロットが壊れた!! めっちゃチップが出てきて怖いんだけど!!」

「お前それ大当たりだよ!!」

「うわぁ、本当に壊れたみたいにチップを吐き出しまくってるんだけどぉ。なにあれ、どんな仕組み?」

「本当に壊れているのでは?」

「あとピカピカ光ってるから目に眩しイ♪」


 ガタガタ震えながらチップを勢いよく吐き出すという夢のようなスロットを目の当たりにして、五人は本格的にこの大量のチップの処理をどうするか頭を悩ませるのだった。


 ☆


 世界中に散らばったスカイの使い魔の監視から逃れることは難しく、上官からの説教を恐れた天魔憑きは大人しく三日間の休暇を楽しむことにした。

 ――この五人以外は。


「意外と普通に出られたのだが」

「まあ、スカイも監視が忙しいんだろ」


 廃都市レヴナントを目指して、ユフィーリアたち五人はこっそりと地上に出てきていた。アイゼルネの認識阻害も使っているので、こそこそと泥棒よろしく移動する五人は小動物に見えていることだろう。

 晴れ渡った青い空からは雨の如く得体の知れない化け物が降り注ぎ、我が物顔で地上を闊歩かっぽしている。四つの頭を持つ蛇の怪物、一つ目の巨人、枝を手の代わりにして根っこを足代わりに彷徨さまよう樹木――形状は様々だが、どれもがこの世のものとは思えないぐらいにおぞましい生き物である。

 あれらが天魔だ。ユフィーリアたち奪還軍の敵であり、地上を支配した怪物たち。


「ところでアイゼ、オレらって今どんな風に見えるようになってんの?」

「小動物に見えるよーにしたけど、聞きたイ♪」


 ハーゲンのなんとはなしの質問に、アイゼルネはやはり壊れたようにケラケラと笑いながら答える。


「ユーリは白猫ナ♪ 真っ白で目が青い美人猫♪」

「ほーう、そいつァ役得だな。スカイに餌でも強請ねだればくれるかな」


 先頭を歩くユフィーリアは、アイゼルネへ振り返って不敵に笑った。


「ショウちゃんは黒猫♪ ユーリとおそろがいーでショ♪」

「…………にゃん」


 アイゼルネの言葉を受けて、能面のような表情を保ったまま、ショウは可愛らしく猫の仕草をしてみせる。小首を傾げる姿に愛嬌があったので、ユフィーリアは無言で彼の頭を撫でた。


「エドは狼♪」

「俺ちゃんは別の動物がよかったなぁ。狼なんていつも通りでしょぉ」


 狼の印象から脱却することができなかったのか、エドワードは肩を落としていた。「逆に狼以外だったらなにがいいんだよ」とユフィーリアが問いかけると、彼は「小型犬がいいなぁ」などとその巨躯に似合わない願望を呟いた。

 残ったハーゲンが急かすようにアイゼルネへしがみついて「オレは? オレは?」と問うと、


「ハーゲンは鸚鵡オウムナ♪」

「鳥!?」

「あー、うるせえしな」

「妥当な判断だと思う」

「鳥類以外に考えられないねぇ」


 アイゼルネの判断にハーゲンは琥珀色の瞳を見開いて驚愕するが、ユフィーリアら三人は正しい判断だと頷いた。口喧しいハーゲンは、言葉を繰り返し叫ぶ鳥類以外に考えれられない。

 最後に残ったのはアイゼルネだが、


「アイゼはなにに化けてんだ?」

「オレ様はこれ以外にないでショ♪」


 ユフィーリアの質問に、アイゼルネは待ってましたとばかりに言う。


「カボチャ♪」

「ハーゲン、つついてやれ。カボチャが二足歩行してるぞ」

「コケーッ!!」

「それはニワトリだよ馬鹿ハーゲン」


 鸚鵡オウムに変身しているはずなのに何故か鶏の鳴き声を上げながら、ハーゲンはアイゼルネに頭突きをした。白い美人猫と黒猫に見えるらしい第零遊撃隊と、いつも通り狼に見えているはずのエドワードは騒がしい二人を置いて廃都市を目指す。

 上官に内緒の廃都市珍道中は、ここから始まった。

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