断章【一方その頃の奪還軍】
異変が訪れたのは明け方だったか、夜中だったか。とにかく定かではない。
襲撃を告げる鐘の音が【
そこで見つけたものは、天魔ではなかった。
「――クッソ、どうしてこんなことに!!」
銀髪碧眼の美女――ユフィーリア・エイクトベルは悪態を吐きながら大太刀を振り回して
彼らが相手をしているのは、ただの敵ではない。曇天から雨の如く降り注ぐ天魔だったら、どれほどよかっただろうか。
それは巨大な
天魔だったら問答無用で切り捨てていたが、相手はスカイの使い魔――もっと言ってしまえば味方である。ユフィーリアは舌打ちをすると、大口を開いて襲ってきた犬の怪物を叩き落とした。やたらと大きい犬の怪物で、脳天にぎょろりと輝く眼球が血走っていた。
「グローリアの奴、絶対に傷つけないでって言うけど!! これは無理だろ!?」
「同感だ!! 殺さなければこちらが殺されるぞ!!」
ショウも絶妙な加減で使い魔を牽制しているものの、その作業によほど神経を割いているのだろうか。彼の表情には疲れが見て取れた。
エドワードによる陽動撹乱も、アイゼルネによる幻惑も通用せず、奪還軍が強いられているのは正面からやってくる使い魔の群れを武力で押さえ込むことのみだ。しかも最高総司令官であるグローリア・イーストエンドからの命令は、スカイの使い魔を一切殺害しないという無理難題である。
やらなければやられる状況でその命令は、つまり『お前らは死ね』と言っているようなもので。
「だったらいっそ『
「俺に文句を言われても困るのだが!?」
「愚痴を言ってなきゃやってらんねえんだよ!!」
「それは俺も同じだ!!」
ユフィーリアはショウの腕を引き、空中へ放り投げる。曇天を背に華麗に虚空を舞うショウは、上空から襲いかかろうとしていた黒い鴉を蹴飛ばして撃墜していた。
空中で器用に体勢を変え、ショウはユフィーリアが水平に構えた大太刀の刀身に着地する。重力を軽減させる靴を履いている影響で、ショウの体重は羽のように軽い。
四方を暴走するスカイの使い魔に囲まれた状況で、数多くの難関任務をこなしてきた第零遊撃隊の二人は青と赤の双眸で敵を睨みつける。悪態を吐き、文句を垂れ、無理だなんだと叫びながらも、必要に駆られれば無理難題でも貫き通す。
――それが、最強の二文字を背負う彼らだ。
「給金はたーっぷりと弾んで貰わねえと、無理難題を押し通した意味がねえよなァ?」
「法外の値段を請求したところで文句など言わせるものか。それぐらい価値のある仕事をするのだから」
襲いかかってきた狼の怪物へ拳を叩き込み、飛びかかってきた猫の怪物に火球による牽制で突き放す。
相手は怪物なので多少は乱暴に扱っても壊れないが、それでも手加減しなければ殺してしまう。この絶妙な加減が難しいのだが、ユフィーリアとショウはなんとか暴走する使い魔を相手にしていた。
爪を振り下ろそうとする熊の腕を押さえ、綺麗な背負い投げで気絶させながらユフィーリアは王都の壁へと振り返る。
「さっさと起きろよ、スカイ……!! この状態も、いつまで続くか分かんねえぞ……!!」
☆
グローリア・イーストエンドの前には、一人の青年が眠っている。
毒々しい赤い髪はまるで鳥の巣よろしく乱れていて、分厚い前髪で目元を完全に覆い隠している。不摂生を象徴するように体は痩せ細っていて、肌の色も驚くほど白い。
着古したジャージをまとう彼は、規則正しい寝息を立てていた。どこにも体の不調はないようで、ただ夢の世界からもう三日ほど帰ってきていない。
「……スカイ……」
グローリアは、静かに腹心である彼の名を呼ぶ。
いつでもグローリアの隣には、スカイ・エルクラシスがいた。部屋に引きこもりがちな彼を無理やり外に出したり、地上には必ず使い魔がついていたり、毎日のようにかかわっていた大切な仲間。おそらく、ユフィーリアや他の天魔憑きよりも付き合いは長いだろう。
眠るスカイの冷たい手を取って、グローリアは祈るように瞳を閉じる。
こればかりは、グローリアの戦術をもってしても解決できない。なにせ、彼は夢の世界に旅立ったまま帰ってきていないのだから。
「僕、君に無理をさせすぎたのかもしれないね。ごめんね……」
彼にはいつも無茶を言ってばかりだった。
ひとえにそれは、スカイ・エルクラシスという存在が驚くほど優秀な存在であるが故の甘えだった。世界中を眺める情報網を有し、どこにいてもその声を届ける伝達技術。伝令や手紙のやり取りなどもはや必要ではなく、彼が存在すればあらゆる情報はすぐに手に入る。
そんな彼が眠りにつき、グローリアはスカイ・エルクラシスという青年の重要性を再確認した。自分の理想を実現させるには、やはり彼の存在が必要不可欠なのだ。
「――だから、スカイ。もうそろそろ起きよう? この世界は理不尽だらけだけど、僕は君がいないと寂しいよ」
珍しく、グローリアの泣きそうな声は、眠るスカイの耳には届かない。
――寂しいよ。
聞き慣れた声が聞こえて、スカイはふと顔を上げた。
王都が燃えている。
空が燃えている。
ぐったりとしたまま動かない赤い髪の女を捨て置いて、スカイは崩壊しかけた王宮の窓を開けた。バルコニーに出ると、熱気が肌を焼く。
「大丈夫ッス、グローリア」
スカイは微笑んで、燃える空に手を伸ばす。
「もうすぐ、帰るッスよ」
さあ、目覚めの時間だ。
偽りだらけの世界に別れを告げて、【
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