第5話【嵐の前の】

「今日はもう遅い。社の部屋を貸し出す故に、滞在を許可しよう」


 そんな八雲神やくもがみの一言によって、ユフィーリアたち三人の『斗宿ヒキツボシ』宿泊が決定した。

 グローリアはこれを好機チャンスと捉えたのか、断られたばかりだというのに「じゃあ一晩中口説けるねっ」などと瞳を輝かせながら言っていた。さすがに一晩中はやめてあげてほしい。本気で八雲神に追い出されるかもしれない。

 まさか滞在まで許してくれるとは思いもよらなかったユフィーリアだが、その部屋割りになんだか悪意を感じた。


「お連れ様はこちらのお部屋をお使いください」


 金髪の狐巫女――葛葉くずのはに案内された先は、広々とした和室だった。客間と呼ぶにはあまりに上等すぎて、なんだか申し訳なく思ってしまうほどだった。

 だが何故、畳の上に敷かれた客用の布団が二人分と捉えても差し支えないほどに広いのか。あとついでに枕も二つ並べられているのだが、これはつまりだと思われているのか。

 ――とまあ、そんな方向も一瞬だけ脳裏をよぎったが、別に寝るだけであれば問題ないだろう。ショウの寝相が悪くなければの話だが。


「ではごゆっくり」

「待て、待て葛葉とやら。部屋割りの変更を求める」


 静かに去っていこうとする葛葉を捕まえて、ショウが部屋割りの変更を求めた。青少年からすれば、男女が一緒の布団で寝ることなどあり得ないのだろう。それが当たり前の反応である。

 一方で葛葉は、こういう事態になることを想定していなかったのか、頰に手をやって「あらあら?」と不思議そうに首を傾げる。


「困りましたでございますね。お部屋割りのご変更ですと、最高総司令官と一緒のお部屋になりますが」

「構わない。むしろそちらの方がいい」


 なんとしてでも一緒の部屋にはなりなくないらしいショウが懸命に部屋の変更を懇願しているが、金髪の狐巫女は困った様子である。

 これ以上は本当に困らせることになるので、ユフィーリアはそっと背後からショウに忍び寄り、口布の上から彼の口を手で塞いだ。「むがもッ!?」とくぐもった訴えが聞こえてくるが、笑顔で無視する。


「あ、お構いなくー。大丈夫でーす」

「あらあら? そちらのお連れ様は納得しておられないご様子ですが」

「布団を別にすればご機嫌も直ると思うんだけど、どうにかならねえ?」

「あらあら。あらあらあら。困りました、困りました。お客様用のお布団はそれだけしかないのでございます」

「そッスか、分かりましたー。ありがとうございまーす」


 爽やかな笑みと共に葛葉を送り出し、ユフィーリアはようやくショウを解放してやる。ショウは夕焼けを想起させる赤い瞳で睨みつけるが、諦めたようにため息を吐く。


「俺は部屋の外で寝る。貴様がこの部屋を使うといい」

「ショウ坊よ。俺を女扱いしてくれるほど紳士な姿勢を見せるのはいいんだが、俺は元々男だぜ? 気にしねえぞ?」

「貴様はズボラだから気にしないだろうが、俺は大いに気にする」

「余計な一言がついたな、おい。分かったお前のことは抱き枕にしてやる。ちょうどいいや、火葬術行使者だから体温高いだろ」

「ふざけるな。男女が一緒の布団で寝られるかと、おい、貴様、聞いているのか、何故担ぎ上げる!?」


 いつまでもグダグダと文句ばかり垂れるので、ユフィーリアは部屋を出ていこうとするショウを担ぎ上げて、ポーイと無造作に布団の上に転がした。背中から広い布団の上に落ちたショウは、背骨の辺りを押さえて布団の上で悶えていた。

 海老反りして布団の上で一人暴れる相棒を尻目に、ユフィーリアは部屋に設えられた窓を開ける。障子を横にやると、そこに広がっていたのは色鮮やかな赤い葉をつけた木々と真っ赤な桟橋さんばし、そして静かに流れていく小川という美しい『斗宿』の光景だった。窓を開けると同時に花の匂いを孕んだ風が入り込んできて、ユフィーリアの頬を撫でていく。

 外套の内側から引っ張り出した煙草の箱から一本を直接咥えて、ユフィーリアはマッチで火を灯す。花の香りの中に薬品めいた匂いが混じる。悠々と毒素を持つ紫煙を燻らせていると、布団に投げ出されたショウからの呪詛が忍び寄ってきた。


「貴様ァ……なんの、恨みがある……!!」

「いや別に。別に疚しいことなんてしねえだろ。――あれ、もしかしてお前、俺に


 ガチンと間近で音がした。

 すぐ近くに浮かぶ赤い瞳には凄まじい殺気が宿っており、ユフィーリアは火のついた煙草を口から落としそうになってしまった。かろうじて堪えることができたが、背筋に冷たいものが伝い落ちていく感覚からは逃れられなかった。

 ユフィーリアの眉間に薄紅色の回転式拳銃を突きつけたショウは、能面のような眉一つ動かさない無表情で告げる。


「それ以上、その口を開けば貴様を火葬することになるが?」

「…………わーお、ものすげえ怒ってらっしゃる」


 一体なにが彼を怒らせる要素となったのか、もしかして下ネタ厳禁な子だっただろうか。

 引き攣る口元になんとか笑みを浮かべて、ユフィーリアは「悪かった」と謝罪した。眉間に突きつけられていた薄紅色の回転式拳銃は炎に還元されて、虚空に解けて消える。――ちなみに目の前で、である。もし睫毛まつげかなにかに燃え移ったらどうなっていたことやら。


「ふざけるのも大概にしろ。今は任務の最中だ。最高総司令官の護衛であることに専念しろ」

「クソ真面目だな、お前は。任務には休息も必要だろうがよ。お前も一週間徹夜の状態になって、グローリアみたいに夢と現実の区別がつかなくなるぞ」

「それは問題ない。夜九時になれば自動的に眠くなる」

「健康的だなァおい!?」


 生活習慣すらクソ真面目とはこれ如何に。性格も真面目なら生活習慣もクソ真面目で、彼の人生は息が詰まりそうだ。

 煙草の苦味を舌の上で転がしながら、ユフィーリアは窓の外へと毒素を孕んだ紫煙を吐き出した。白い煙は虚空に解けて消え失せ、消毒薬にも似た匂いだけが残る。

 本気で働く気がないと見たらしいショウは、深々とため息を吐くとユフィーリアに背中を向ける。


「俺はイーストエンド司令官のもとへ行ってくる。貴様はどうするつもりだ?」

「俺は死んだって伝えておいてくれ」

「了解した。サボりだと伝えておこう」

「それなに一つ了解してねえだろ!! おい待てショウ坊、それ俺だけが怒られる奴じゃねえか!!」


 ユフィーリアの制止など無視して、ショウは部屋を出て行ってしまった。ピシャリ、と勢いよく襖が閉じられて、広々とした部屋にユフィーリアは一人だけ取り残されてしまう。

 窓枠に腰かけたユフィーリアは、部屋の外に広がる『斗宿』の美しい景色をぼんやりと眺める。

 真っ赤な桟橋の上を、忙しそうに幼い狐巫女が駆け足で渡る。両腕に抱えた巻物の山を崩さずに駆け足ができる彼女は、存外身体能力が高いのかもしれない。

 狐巫女たちは社を右へ左へと駆け、あちこちに大量の巻物を運んで忙しなく動き回っている。忙しそうに働く狐巫女たちを一通り観察したユフィーリアは、紫煙と共に言葉を吐き出す。


「どーにも臭うんだよな。なにかを隠してるような気がする」


 こういう予感はよく当たるのだが、なるべくなら当たってほしくないものである。

 うーん、と首を捻るユフィーリアは、ふと襖が開く僅かな音を聞いて我に返った。静かに襖を開けて部屋を覗き込んできたのは、金髪の狐巫女――葛葉だった。

 彼女は穏やかな微笑を浮かべて、


湯殿ゆどののご準備が整いましたが、如何いたしますか?」

「……………………」


 湯殿ってなんだっけ。

 学のないユフィーリアは口に咥えた煙草を器用に揺らして、彼女の言葉の意味を探す。だが、ほとんどが戦闘に関する知識しか記されていないユフィーリアの頭の辞書に『湯殿』などという難しい単語は記録されていなかった。

 結論として、ユフィーリアは、


「あ、はい。おなしゃす」


 湯殿というものがよく分かっていない状態で、受け入れてしまっていた。

 ――ちなみに湯殿とは風呂のことなのだが、葛葉に案内された先に待ち受ける広い風呂をたった一人で寂しく利用する羽目になったのは、もはや言うまでもないだろう。


 ☆


「待て。待て、ユフィーリア。貴様は正気か」

「うるせえな、いい加減に観念しろやショウ坊。往生際が悪いぞ」

「往生際も悪くなるだろう。誰が観念するものか」


 ユフィーリアがじりじりと距離を詰めれば、ショウは逆にじりじりと遠ざかっていく。激しい攻防戦が繰り広げられていて、両者共に互いの主張を譲り合う気はない。

 ちなみに、彼らは何故このような攻防戦を繰り広げているのかというと、


「絶対に同衾どうきんはしない!!」

「大人しく抱き枕になりやがれ子供体温!!」


 二人は寝転がっても余りある布団で同衾するか否かの、しょーもない論争だった。

 人並みの常識を持ち合わせて、なおかつ生真面目な性格のショウは「絶対に同衾しない」と主張して、ユフィーリアから逃れようと距離を取る。

 しかし、ユフィーリアもまた諦めない。本当ならユフィーリアだって可愛い女の子に添い寝を頼みたいところだが、残念なことに『斗宿』の狐巫女たちは大変忙しそうにしているので話しかけることができなかったのだ。加えて先ほどたった一人で広い風呂を利用し、寂しくて死んでしまうウサギさん状態に陥っていた。

 激しい牽制の末、先に動いたのは――、


「――――ッ!!」


 ユフィーリアが勢いよく畳を蹴飛ばして、ショウに飛びかかる。

 その動きを完全に読んでいたショウは、飛び退ってユフィーリアの先手を回避した。空を切るユフィーリアの腕。その隙を逃すようなショウではない。

 素早くユフィーリアの横を通り抜けると、彼は一目散に襖を目指す。同性であるグローリアのもとへ転がり込むつもりだろうが、そうは問屋が卸さない。ユフィーリアは、あの天魔最強と謳われた【銀月鬼ギンゲツキ】の天魔憑きなのだ。


「ちぇすとおッ!!」

「ンぐあッ!?」


 間抜けにもユフィーリアの横を通り抜けるという愚策を取ったショウに、ユフィーリアの足払いが炸裂する。見事に足を引っ掛けたショウは顔面から畳にすっ転び、間抜けな絶叫が客間に響く。

 畳に伏せたショウの両足首を掴んだユフィーリアは、【銀月鬼】から与えられた怪力を存分に発揮してずるずると引きずり、布団へと連行した。陸に打ち上げられた魚の如き暴れようを見せるショウを押さえ込んで、ユフィーリアはとっとと寝の体勢に入った。


「やめろ、放せ!!」

「いいじゃねえか。こんな美人が添い寝してやるんだからよ」

「貴様のような女を美人と認定したら、天魔でも美人と呼べるようになるだろう!!」

「ああん? テメェ俺のこと美人じゃねえとでと言いてえのか? ――ああそっか、お前自身が正統派美人だからな。そりゃ負けるか」

「俺を数に入れるな!! 放せと言っているだろう!! 体を密着させてくるな!!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるショウの鳩尾に拳を叩き込んで黙らせ、ユフィーリアは彼の華奢な腰を抱き寄せる。目論見通り、ショウの体温は高くて心地がよかった。

 ぶん殴られた鳩尾を押さえて痛みに悶えるショウは、最大限の譲歩を提示する。


「せめて……せめて、まともな寝間着を身につけろ……何故そんな痴女みたいな格好をしている……」


 ユフィーリアが寝間着としているのは、黒い肌着と男性用下着のみだった。

 もう一度言おう、である。

 つまりユフィーリアの怪力を宿したとは思い難い華奢な腕や白い太腿や肌着を押し上げる豊かな双丘だとかあれやそれとかが、健全な青少年の眼前に晒されている訳である。純粋な少年からすれば、ユフィーリアの今の格好は毒としか思えない。

 ユフィーリアは不満げに口を尖らせて、


「だって寝苦しい格好は嫌いだしよ」

「しかし……!!」

「ンなこと言うんだったらお前も着替えろよ。俺よりもよっぽどエロいぞ」


 俺だけを責めるな、とユフィーリアは対抗する。

 ショウの現在の格好は、黒い着流しである。もう寝るということもあって、長い髪は下ろした状態である。東の国の出身者であれば別にどうと思わないだろうが、着流しなどの和装に見慣れないユフィーリアからすれば「誘ってんのかこいつ?」と思えなくもない。

 なんというか、襟から覗く胸板とかはだけた裾から伸びる足とか、それこそユフィーリアよりも扇情的であると言えようか。【閉ざされた理想郷クローディア】の変態どもが喜びそうな格好である。

 自分の着流し姿を指摘されたショウは、どこがおかしいのだとばかりに眉根を寄せた。彼にとってはおかしな格好とは思っていないようである。


「つーか、その格好って変態どもに売れそうだよな。よしショウ坊、ちょっとエロいポーズしようか。まずは裾をはだけさせて」

「断る」

「うぐッ」


 伝家の宝刀を振りかざしたユフィーリアを、ショウは恨めしげに睨みつけてくる。『命令』という言葉がある以上、彼が拒否の姿勢を示すことは基本的にない。空っぽと呼ばれるが所以を上手く利用されてしまった。

 扇情的な体勢など知らないようで、ショウは苦し紛れに着流しの裾をほんの少しだけめくった。


「それだけでエロいと思ってんのかお前は!! 目線こっちお願いしまーす!!」

「どこから出したその撮影機カメラは!?」

「いいだろ。この前に質屋ですげえ頑張って値切った」


 いつのまにか装備した撮影機で、ショウの艶姿を撮影する。撮影機の下部からすぐさま現像されて、一枚の写真ができあがる。

 確かにそこにはショウが全力を出したエロいポーズが写っていたが、彼の肩になんか半透明な手が置かれていた。


「でもこれ、絶対に心霊写真になるんだよなァ。ほら見てみろ、売れるかな」

「俺に見せるな。なにが悲しくて自分の艶姿など見なくてはならん」


 不機嫌そうに吐き捨てたショウだが、なにが起きたのか唐突に糸が切れた操り人形のようにパタリと布団の上に倒れた。本当に唐突のことだったので、ユフィーリアも口から心臓が飛び出すぐらいに驚いた。

 慌てて駆け寄ってショウを抱き起こすと、彼は規則正しい寝息を立てて眠っていた。――そういえば、夜九時になれば自動的に眠ると言っていたか。


「本当に規則正しい生活を送ってんなァ。生活まで真面目さなんか出さなくてもいいのによ」


 腕の中で眠りこけるショウを布団に寝かせてやり、風邪を引かないようにと掛布もきちんとかけてやる。それから彼が起きないことを確認して、ユフィーリアはようやく息を吐き出した。

 

 ユフィーリアは雑に畳んで枕元に置いておいた黒い外套を手繰り寄せて、内側から着替え一式を取り出す。ショウを起こさないように手早くシャツとズボンを身につけると、抜き足差し足で襖へと向かう。


「悪いな、ショウ坊。――お前に背負わせるにゃまだ早ェ」


 相手には届かない謝罪を述べて、ユフィーリアは客間から抜け出した。

 外套を羽織り、大太刀を吊り下げたままの帯刀ベルトを引っ張り出すと同時に、ユフィーリアは懐中時計も取り出す。銀製のそれは細部に童話のモチーフが刻み込まれていて、よく手入れも施されていて錆など一つも見当たらない。

 蓋を開くと、白い文字盤の上に黒い数字が一から一二まで等間隔に配置されている。数字を指し示す長針と短針は九と一二から少し外れた位置で止まっていた――九時を少し過ぎた辺りか。


「深夜とはまだ言い難いよなァ」


 ポツリと呟いたユフィーリアは、足音を立てずに部屋の前から移動する。ショウが起きないうちに移動する必要があった。

 添い寝がユフィーリアの本来の目的ではない。ショウと同室であることに固執したのは、彼が眠った瞬間をきちんと確認する為だ。アクティエラではこっそり部屋を出た時にバレてしまったので、今回は同じ轍を踏まないように「おやすみ」まで見張っていたのである。目論見は成功し、健康的な時間に夢の世界へと旅立った相棒に気づかれることなく部屋を出ることができた。

 さて。

 なるべく足音を立てず廊下を突き進むユフィーリアは、頭の中にこの巨大な社の地図を思い浮かべる。普段は使われないが、戦闘時には活性化する脳が社の内部構造を弾き出し、覚えている限りで道を辿る。

 話し声すら聞こえてこない、自分の息遣いはおろか鼓動まで聞こえてしまうのではないかと思うぐらいに、社の中は静まり返っていた。夜九時などまだまだ遊べる時間帯である。ショウのようによほど規則正しい生活を送っていない限りは、誰かしら起きているはずだ。

 まさか、神宮『斗宿』の狐巫女たちもショウのようにクソ真面目な生活を送っているのだろうか。


(――だとしたら好都合)


 ユフィーリアは口の端を吊り上げる。

 従えている狐巫女たちに邪魔されるかと思ったが、不在であれば簡単にあの国主に近づける。そうすれば、昼間に見つけた違和感の正体を聞き出すことができる。

 ――あの時、八雲神はグローリアの勧誘を断った。

 それだけなら、まだ理解できる。グローリアの勧誘方法は少しばかり――いや、実際にはかなり特殊である。人並みの感性を持っているのであれば「ふざけんなこの野郎!!」と怒ってもいいぐらいだ。

 八雲神はこの誘いに対して「」と返した。その部分にユフィーリアは違和感を覚えたのである。


(あの誘い方で拒否るんだったら『断る』とか、普通なら怒って追い返してもおかしくねえ。八雲神っつー爺さんはそれができるほどの威厳を持っていながら、『嫌だ』と断った。あんな真剣な交渉の場で茶目っ気を出すんなら、最初から神様みてえな雰囲気は出さねえ)


 なにかを隠していることは、もはや自明の理だ。グローリアに危害が及ぶ前に、片をつけなければ。

 ちょうど左右の分かれ道に差しかかったユフィーリアは、不意に聞こえてきた話し声に素早く反応する。壁に張りついて気配を殺し、徐々に移動してくる話し声に聞き耳を立てる。



「母上、お休みください。連日の調伏作業でお疲れでしょう」

「なりません。八雲神様より命を仰せつかっております。私はまだ問題ありません。他の巫女を下がらせてくださいませ」



 パタパタと忙しない足取りでどこかへ向かう金髪の狐巫女――葛葉と、その後ろを青年が追いかける。神主の格好をした青年は、なるほど、どこか葛葉に似ている。見事な金色の髪に紛れるようにして黄金色の狐耳が揺れ、五本の狐の尻尾を生やしている。

 母上と呼ばれた葛葉は、昼間の嫋やかな雰囲気は一切感じられず、迷いのない足取りで社の奥を目指す。彼ら二人を影からこっそりと見ていたユフィーリアは、


「――やっぱなんかあるよな」


 相手はユフィーリアの存在に気づいていない。それなら、尾行するしかないだろう。

 足音を消して雰囲気を殺し、ユフィーリアは急いだ様子の葛葉とその息子の背中を追いかけた。

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