彼と共に
小鳥 遊(ことり ゆう)
今日が本当の正念場かもしれない。
いよいよ、来月には先輩と同じ高校に通えると考えただけでも、にやけが止まらない。
僕と先輩が出会ったのは三年前の四月の部活勧誘のころ。僕は中1で先輩は一つ上だった。初めの印象は、黒縁眼鏡で糸目の背の高い人だった。
「えっと、雪村響くん?だっけ。いいね。音楽できそうなきれいな名前だね。」
初めて名前を褒めてくれた人だった。よく、女の子みたいだとかっていわれてあまり好きじゃなかった。でもこの人はそういう目で見なかった、それだけでうれしかった。正直、音楽とかよくわからないけどこの人がいればやってみたいとも思えた。
「吹奏楽、、あまり聞きなれないですけど初心者とかでも・・・」
「大丈夫じゃないかな? 俺も初心者だったし、ていうか中学だったらなんでも初挑戦でしょ。トライしてみなよ。」
その先輩は笑顔で僕に勧誘してくれた。それはとてもまぶしかった。今でも覚えてる。彼は続けて
「あっ、、俺、二年の深瀬誠。 フルート吹いてます!よろしく。」
かくして、僕は深瀬先輩の猛プッシュで吹奏楽部に入ることになった。僕は楽器の事なんてわからなかったけど、センスが良かったらしく、トランペット、いわゆるラッパを吹くことになった。
僕は楽譜も読めないし、楽器もそこそこだから、楽器は同じくトランペットの先輩に、楽譜は同じ初心者の深瀬先輩によくお世話になった。女の人が苦手な僕としては深瀬先輩はとてもありがたい存在だった。フルートも上手で、とても尊敬していた。その尊敬はいつしか、特別なものになっていた。いつもいつも、先輩はどこでも真剣に僕を見てくれるし、楽器の事や、音楽の事の話しをする先輩はきらきらしてた。そんな先輩が好きだった。男の先輩だけど、もっと彼の事を知りたいとも思った。だから、よく帰りも途中まで帰ったりした。
そのせいもあり、僕は部内でよく、いじめられていた。譜面もまだ読めないし、楽器運びのときも重いものが持てずに転んだりした。僕は一生懸命頑張ってるのに、先輩に褒めてほしいのに、ドジばかりで、おまけに同期や他の先輩には目の敵にされ、無視され、ついには、、
「深瀬先輩とくっつくなよ。キモいんだよ。私、あの人の彼氏になりたいのに。」
という女の子が現れてしまった。仕方がない。僕は男だし、あの人も女の人が好きに決まってる。
部内の僕の居場所が削がれていく。深瀬先輩しか、頼れる人はいないけど、今頼っても仕方ない。もう、やめよう。音楽のセンスもないし。その矢先だった。
いつものように、いや、いつも以上にいじめはヒートアップし、なぜか女子全員に土下座させられる事に・・・。
「やめるならさ、うちら全員にあやまれよ。深瀬くんは他のゴリラとは違えんだよ。それをあんたみたいなホモが一人占めすんなよ。」
・・・・・・・・・
死にたい。ただ、僕は先輩と一緒にいたかった。それだけなのに
「おい、そこで何してんだ。」
そこにいたのは紛れもなく、深瀬先輩だった。
先輩の顔は普段の温厚な顔つきではなく、目を見開き、鋭く、その景色を見つめていた。
――――――――――
あいつとの出会いは、あいつを勧誘したことから始まったのかもしれない。
友人の誘いで吹奏楽とか言う訳のわからん、しかも女子がいっぱいいる。はっきり言って俺は女子が嫌いだ。別に男が好きでもないが、ただ俺に対して期待の目を向けられている気がしてならなかった。
でも、意外にも音楽は面白かった。いつもの読書とは違う。旋律を奏でるこのフルートとやらは、まるで自分を包み込むローブのように優しく包み込む。俺は初心者の中でも飲み込みが早く、楽譜も母親がピアノを趣味で弾いていたこともあってなんとかなりそうだ。期待の新人として、もてはやされていた。友人はいろんな女の人に声をかけては玉砕していた。きっと、恋愛したくて部活に入ったんだろう。そいつは女だけが目的じゃなかった。音楽は絶対音感を持っていたし、父親も世界をかけるジャズアーティストらしいから、面影を追ってるのかもしれない。そいつとは友人として好きだ。同期の女の人で唯一仲の良かった三木さんも人当たりが良くて好きだった。
でも違う、俺はなにか世間とずれてるのか? 違ってほしいと思いつつあっという間に一年が過ぎた。二年になって後輩ができた。でも、その中で唯一、俺の中で輝いていた人物。それが響だった。
男のくせに軟弱で、おっちょこちょいで、人懐っこくついてくる。初心者で同じ境遇で同じ男として入ってほしかった。 そしたら無事に入部してくれた。あの時は随分喜んだっけ。入部してからというもの、パートは違うけど響となんとか仲良くなっていった。楽しかった。あいつはよく話すし、おもしろい。勧めた本もちゃんと読んでくれる。それだけであいつの事を少し、特別な存在だと思っていた。友人だと思っていた。 あのときまでは、、
あの時、いじめなんて知らなかった。しかも仲の良かった三木が主犯だったなんて思いもしなかった。友人二人から連絡があった。
「おい、まこっちゃん。響ってやついじめられてるらしいぜ。」
その時、怒りを覚えた。とてつもない怒りを、、いじめの事を知ってる奴に話を聞いた。
「いや、あいつ金魚のフンみたいにお前にべったりじゃん、けどそれはお前もうれしそうだから嫉妬したんじゃね?」
「そんなことで、響をいじめていいのか!?」
そっさにそいつの胸倉をつかんでいた。自分でも初めてだった。
「いや、知らねえよ。 そんな熱くなんなよ。どうした、深瀬変だぞ。」
信じられなかった。だが、本当の事だった。そして、女子たちは公開処刑に踏み込んだ。あいつを守らなくては・・・!!
「おい、そこで何してんだ。」
怒りが語気を強くする。女子どもは俺の顔を見るなり、顔が真っ青になった。真っ青になった全員をにらみ返した。
「響に罪は無い。一緒に帰るぞ。響。」
正座してうなだれる響をよそに強引に手を引っ張り、音楽室を後にした。
監獄の様な場所から連れ出してくれた先輩はかっこよかったし、うれしかった。でも、、
「もう、ここで大丈夫です。これ以上先輩に迷惑かけたくないので。」
「どうして。」
あなたが好きだからなんて言えない。僕の口は正直になるのを拒んだ。嫌われる。小声でもいい、伝わってほしい、伝わってほしくない!! でも、あんなにカッコよく守ってくれるなんて思わなかった。
「響は、俺の事好きなのか?」
下を向く僕に目を合わせるようにかがみ、いつものように笑顔で聞いてきた。やめてくれ、それ以上されたら、正直になってしまう。そして、、
「・・・はい。」
「俺も好きだよ。だから、きっとあんなことしたんだ。今となっては、お前は俺にとって特別な存在だ。」
それを聞いて安堵したのか、泣き崩れてしまった。
僕は、
俺は、
「「この気持ちを絶対忘れない。」」
それから、僕たちは一緒に部活をやめた。やめたけど、僕たちはよくいろんなところで遊んだし、たまに休み時間や、お昼の時間で二人きりの時間が増えていった。
やっぱり、僕は深瀬先輩が好きだ。恋愛感情だし、尊敬もある。これが本心だ。でも、恋人だとは思ってくれてるんだろうか。違うよね。年の違う友達、だよね。
僕は彼との時間、顔では笑っていたけど、心は閉ざしていた。
三年生になっても先輩との関係は変わらなかった。先輩も高校生になって忙しくなって会えなくなったけど、先輩の誘いで遊園地にいった。ジェットコースター、お化け屋敷、ウォータースライダー。
そして、観覧車。 これはデート、、なのかな?
「響、俺といて楽しいか?」
「はい、楽しいですよ。」
「ほんとに?」
先輩は顔を近づけて、観覧車の窓に手を当て、少し揺らした。ちょっぴりどきっとした。やっぱり、心の部分が見えているのだろうか。
「お前、なんか隠してるだろ。言え。もう知らない仲じゃないんだ。」
「先輩には、、隠し事できませんね。・・・僕は先輩が好きです。一緒にいるとドキドキします。だから、」
「この関係が、恋人かどうかってことか。 そんなの簡単だ。俺がお前が好きだから一緒にいるんだ。男として、な。俺達は世間で言うゲイやホモかもしれない。でも、気に病むことはないよ。俺も、響も、好きになったのが男ってだけだろ? お前が好きだ。特別だっていったろ? それが答えだ。」
僕は観覧車が地面に辿り着くまで先輩の胸の中で泣いて、喜びをかみしめた。
それからというもの、勉強の忙しい先輩のために家まで行っておにぎりを作って食べたり、気晴らしにゲームもした。手もつないだり、そして先輩はおでこにキスもしてくれた。そして、いつもありがとうっていってくれる。この時間が長く続いていければいいのに・・・
だから今日あったら言うんだ。
今日もあいつが来るんだ、今年も絶対あいつと・・・だから
「高校に入っても好きでいてくれますか?」
「ああ、何も変わらない。 お前が好きだ。 響、おいで・・・。」
春の兆しが俺達を晴れやかにする。響、中学三年間お疲れさま。そして、これからも・・・
彼と共に 小鳥 遊(ことり ゆう) @youarekotori
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