第2話 明治さん
「伏せてください」
その凛とした声には妙な圧があり、反射的に伏せると、美少女が俺を斬りつけようとした方の右手をかばいながら後ずさる。
おそらく、声の主に叩き落とされたのだろう。
美少女の足元に落ちているのは日本刀、これは……。
声の主がそれを拾い上げ、「名刀・光則を持ち出すなんて」と呟くと、俺に振り向く。
「大丈夫ですか? 創造主」
「き、君は、明治さん?」
今朝の夢に出てきた、夢の中で俺が明治さんと呼んでいた女子がそこにいた。
「さすがは創造主、我が名をすぐにお分かりになられるとは」
厳しい表情を崩して、ふんわり笑う袴姿にリボンの明治さんは、俺の青春と恋とはこっちだったかと思わせたが、それどころじゃない。
「明治さん、あんな小さい子に乱暴は……!」
「もういませんよ」
たしかに、先ほどの美少女は姿を消していた。
美少女が日本刀で俺にいったい何を?
何かの遊びか?
いや、その日本刀は確かに名刀・光則。
本来ならば……、え?
明治さんの手元にあったはずの光則はすっと光と共に消失した。
「消えた」
「元の所有者の方にお返ししましたよ」
俺の知識では、個人所有の名刀だったはず。
そんな馬鹿なとは思わない、何故ならばそんな細かい点はどうでもいいのだ。
「明治さん、君は年号体なんだよね?」
「”創造主”学校に遅れますよ」
現代では違和感のある明治さんの恰好だけれど、女子大の卒業式などでは現代でも袴におろし髪にリボンというのはありうるからセーフ? と考えつつ、情けないことに俺は彼女に護衛されるように学校まで送られていった。
俺はいったい何に巻き込まれている?
しかし、年号決定と学業で脳のほとんどが費やされている状態なので、とりあえず脇に置いておくことにした。
「春彦! 今朝一緒にいた女だれよ! 」
しかし、周囲はそれを許さない。
教室に入り、自分の席につき、授業開始まで少し眠ろうとした俺に、幼馴染の白亜(はくあ)が机を叩きながら甲高い声で尋ねてきた。
その声に、クラスメイトが振りむきざわつく。
白亜は、赤みがかったボブヘアといわゆる猫顔の女子でなかなかモテるのだ。
逆恨みが怖すぎる。
「白亜、話せば長いんだ。頼む、少し寝かせ……」
「あっ、ゴメン」
「こっちもゴメン、ちゃんとそのうち話すから」
白亜は気づかうように、俺の髪先を少しだけ指で触れ、ごめんねと離れていった。
ほら、ちょっとうるさいけどいい子なんだ。幼馴染である白亜は俺の家の事情を知っている。
しかし話すと言ったって、何をどう説明していいのか俺もわからないけれど。
こんな風に、白亜は小うるさくはあるんだけど、別に男子として好かれているとかじゃないんだよな、姉みたいな気持ちなんだと俺は考えている……。
うっ、もう開始のベルだ。
俺はしかたなく机のうつ伏せの状態から顔を上げると、先生が教室に入ってきた。
「今日はこんな学期末の時期だが、転校生が3名転入してきた。今日はなんだか転校生が多いんだよなあ……」
転校生? とあまり興味がもてない俺はあくびをひとつしかけて、思わず飲み込んだ。
(明治さん!?)
先生の後ろから入ってきたのは、うちの学校の制服姿の明治さんとこれまた可愛い2人の女子だった。一人はすごく背が低い。当然ながらクラスの男どもは沸き立つ。
「はい静粛に」
今、明治さんと目が合ったけど、瞬きひとつをされただけだった。
お互いのことを知らない設定で行くのかな?
「あっ、今朝、春彦といた女の子!」
(はくあ~~!)
白亜が立ち上がり、明治さんを指さす。
「なんだ銀大地、知り合いか。じゃああとで彼女も含めて、いろいろと世話してやってくれな」
教師は、ほっとしたように俺に笑いかける。
俺は成績がいいので、教師の覚えがめでたいのだ。
クラスの男子勢からは、ブーイングが飛ぶ、白亜とも仲がいいのにズルいだの、地味男のくせになんだよなどと、言いたい放題だ。
「明治です、よろしくお願いいたします」
「えっと、貞観っていい……」
ます、がすごく小さい声で聞こえなかった。
「元応じゃ」
「ギャ!」
よろしくな想像主、と悠然と笑った3人目の金髪ツインテールの女子は、いつの間にか俺の膝に座っていた。
柔らかいおしりの感触と体温は人生ではじめてのもので、頭に血が上る。
これ立ち上がるのが正解?でも落っこちちゃわない?
逡巡していると2人分の足音が近づき、膝が軽くなった、見上げると鬼の形相の明治さんと白亜が、元応ちゃんを抱き上げたまま鬼の形相で叱っていた。
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