ボランティア部に依頼です!

「ねぇ先輩。肩揉んで?」

「あのねぇ」


放課後のボランティア部の部室。

僕は、後輩の清爽さんと一緒に、仕事をしている。

……まぁ、働いているのは、僕だけなんだけど。


「いいじゃん。暇でしょ?」

「こうして、キーボードをカタカタ叩いている姿が、暇に見えるって言うの?」

「……肩だけに、カタカタ?」


決まった!みたいな顔をして、清爽さんが、僕に指を指す。


「あはは!先輩面白〜い!ウケる!」

「清爽さん。頼むから腕を動かして」

「名前で呼んでくれたら、頑張っちゃうかもな〜」

「鈴さん。頼むから腕を動かして」

「おっ、おぉ……。なんの躊躇いもなくすんなり呼ばれると、照れるなぁ……」


清爽さんは、少し頬を赤くして、ゆるふわなウェーブのかかった髪の毛を、忙しく触り始めた。

……照れるなら、言わせなきゃいいのに。


そして、流れるように、自分の仕事を放棄して、僕の隣に移動してくる。


「……近くない?」

「うん。近いよ?」


その距離は、少し動いたら……、とかではなく、すでに、肌と肌が触れ合っている状態だ。

清爽さんがよくつけている、甘い香りの香水が、鼻を突く。


「あのね、清爽さん。何回も言ってるけれど、こういうことは、彼氏さんにしてあげな?」

「それはなんか、違うっていうか。先輩は先輩だもん。ね〜?」


そう言って、ついに、僕の腕に抱きついてきた。

……一見すると、ラブラブに見えるかもしれないが、ただ、僕の仕事を妨害したいだけなのだ、この子は。


「はぁ……。もういいや。僕は家で作業するよ。清爽さんも、それちゃんとやっておいてね?」

「なっ、ちょっと先輩。ダメだよ。依頼来るかもしれないでしょ?」

「臨時休業。じゃあね」


僕としても、仕事はまぁどっちでもいいとして、女の子にずっと密着されている状態は、心臓がもたない。カバンに荷物を詰め込んで、席を立った。

それと同時に、タイミング悪くというべきか、良くというべきか……、扉が開いた。


「頼も〜!」


……そして、ヤツが現れた。

金色の髪の毛。ヤンチャな制服の着こなし。主張の激しい胸。

二十一歳、女流川音愛さん。


「……お帰りください」

「待って!待ってください!」


僕は扉の向こうへ、女流川さんを押しやるが、抵抗された。


「……先輩、この人誰?」


いきなり現れた不審者に、清爽さんが、強めの警戒心を持っている。

そんなことはつゆ知らず、女流川さんは、ニコニコしながら、清爽さんへ向かっていった。


「あらあら!可愛らしい女の子がいますね!ぜひ握手を!」

「えっ、あっはい……」


引きつった顔の清爽さん。満面の笑みの女流川さん。二人が握手を交わした。


「私は、女流川音愛、二十一歳の高校六年生です!留年を回避するべく、この学校の空き地に、メルヘンワールドを建設する!今日はそのお手伝いを依頼しに来ました!」

「先輩、警察は?」

「呼ぼうか」

「ダメですよ〜!!!」


女流川さんが、僕の行動を予測して、早速腕を掴んできた。僕はその手を、優しく振り払う。


「もうっ!昨日はあの後大変だったんですよ?こっそり学校から抜け出して……、その……」


言いながら、女流川さんの頬が、少しずつ、赤く染まりはじめる。

……おそらく、昨日のことを思い出したのだろう。

僕も、なんだか恥ずかしくなってきた。


「えっ、なに。なんなの?ワケあり?」

「き、気にしないでください!とにかく、私は依頼者です!ボランティア部の皆さん!メルヘンワールドの建設に取り掛かりましょう!」


恐れていたことが起きてしまった。

昨日、澄雪さんが予測した通りだ。


「……まぁ、私は、先輩がやるって言ったら、何も断らないけど」

「そのスタンス、変えた方がいいと思うよ?」

「だって、私じゃなくて、もし他の子と、先輩が何かしてるの見るの嫌だし……」


清爽さんは、ボソボソと言いながら、俯いた。


「……春風さん。そちらこそ、ワケありなのでは?」

「ほっといてください」


確かに、僕と清爽さんは、しっかりワケありなのだが……。

まぁ、この人に言うと面倒だから、やめておこう。


「あの、昨日訊き忘れたことがあります。あの空き地は、運動場になる予定だったんじゃないですか?」


僕は、やや強引ではあるが、話を変えた。


「そうですね。それについて詳しく話しましょう。まずは座って?」


いや、なんであなたが仕切ってるんですか……。と、言いたくなったが、話題が戻るのも嫌なので、素直に応じる。

なぜか、僕を挟むようにして、二人が座った。どう考えても話辛いと思うんですけど。この配置。


「実は、私の家は、少しお金持ちなんです。そして、この高校のOBでもあります。元々遊園地を開設しようと計画していた私の両親は、あの空き地に目をつけました」


いきなり話が大きすぎて、早速ついていけなさそうだ。


「そこまではまぁ、いいんですけど……。そのプロジェクトを、全て私に丸投げしたんです!しかも、経費まで自分で稼げだなんて!バカじゃないですか!ねぇ!そう思いますよね!」


机をバンバン叩きながら、怒りを露わにする女流川さん。


「別に、断ればよくない?」

「ダメですよ!学校と両親の間で話がついてますし、この建設計画が失敗に終わったら、私は留年の限度を使い切る形で、退学なんです!中卒になってしまいます!」

「真面目に勉強すればよかったじゃん……」

「そ、それは……、その……」

「……僕の方を見ても、助けませんよ?」


明らかな正論だった。


「とにかく!私もこの学校の生徒である以上は、ボランティア部に依頼する権利があると思うんです!」


それは事実だ。

今まで、どんなめちゃくちゃな依頼だろうと、断ったことはない。


「……いやぁ。でも、二億は集まりませんよ」

「まずは、形からでもいいんです。私に策があります」

「女流川さんに策があるなら、僕たちの協力は必要ないんじゃないですか?」

「いえいえ。お二人の力があってこその策なんです」


女流川さんが、急に、元気よく立ち上がった。忙しい人だな……。


「まずは、校外に出ましょう!」


僕と清爽さんは、顔を見合わせる。


「あれ、二人とも?」

「いや、僕らにもね、仕事があるんだよ」

「ごめんね女流川さん。私、まだ部室で先輩とイチャイチャしたいの」

「それは違うよ?」


まぁ、そんなに大事な仕事ではないから、少しでも進めばいいなという気持ちで、諦めている僕もいるけれど……。


「では、三十分後に噴水広場。これでどうでしょう」

「わかった。それまでには終わらせるよ」

「終わるんですか〜?先輩」

「清爽さん次第だよ」

「決まりですね。では、私は職員室で反省文を書いてきます……」


少し肩を落として、女流川さんが部室から出て行った。

……反省文を書く二十一歳、虚しい。



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