女流川音愛のおかげです?

「だからいいって、別に」

「ダメだよ」


ケーキを食べ終え、一人で帰宅しようとした澄雪さんを、僕は慌てて追いかけた。

もう夜遅い。女の子を一人で帰らせるなんて不安だ。

しかし、澄雪さんは、毎回逃げるようにして、家まで送るのを断ってくる。


「別に、歩いて十分くらいだし。そんな閑散としてる場所でもないから、平気だって」

「いや、何かあったら悔やんでも悔やみきれないからさ」

「あたしなんかより、麗咲を一人にするほうが危ないっしょ?」

「それは……、そうかもしれないけど」

「でしょ?」

「でも、澄雪さんだって、大事だからさ」

「……なにそれ」


照れさせるつもりはなかったけれど、本心から出たセリフなので、仕方ない。


黙ったまま、二人で歩いていると、急に、澄雪さんが、足を止めた。


「どうした?」

「これ、学校でもやってたやつじゃん」


そう言って、澄雪さんが指をさしたのは、電柱に貼られた、チラシだった。

……メルヘンワールド、建設計画。

帰宅して、麗咲の作ったケーキを食べて……、なんとなく、癒された気分になっていたが、急に思い出してしまった。


「その人なら、追い出したよ」

「そうなの?」

「うん……、あれ」


追い出した……のか?

茶道部の部室で、妙な迫られ方をして、靴を履き替えることもなく、逃げ出した。

……放置してるじゃん。僕。


「ごめん。追い出してなかった」

「いや、なにそれ」

「でも、まぁ多分、誰かが警察を呼んだと思うよ」

「そこまでする?」

「話しても聞かなかったからね……。実力行使しかないよ」

「……あんたって、穏やかな顔してるくせに、たまに残酷なこと言うよね」


澄雪さんが、少し引いている。


「よく考えてよ澄雪さん。いきなり学校に現れて、あんな目立つところで、突拍子も無い演説をしている人だよ?」

「でも、うちの生徒でしょ?」

「結果的には、諸々の事情を省くと、そうだったんだけども……」

「なに、諸々の事情って」


意外にも、澄雪さんの食いつきがいい。

普段、こうして二人で並んで歩いていても、会話がないのが普通なのに。


「あの人……、まぁ、名前は、女流川音愛さんって言うんだけど、留年してて、もう二十一歳なんだよ」

「……へぇ」

「わかる。僕も聞いた時、同じ顔をしたよ」


二十一歳、高校六年生。

つまりそれは、大学三年生ということなる。

世間的に見れば、二十一歳なんて、まだまだ若造だろうけど、高校生からすれば、立派な大人の印象だ。

公園の砂場で、中学生がお城を作っているかのような、違和感を覚える。


「でもさ、あんた、ボランティア部でしょ?」

「えっと、うん。それがどうかしたの?」

「だったら、生徒がその……、なんだっけ。メルヘンワールド?建設したいって言うなら、手伝わないとダメじゃない?」

「星が綺麗だね」

「誤魔化すなし。あとめちゃくちゃ曇ってるから」


痛いところを突かれてしまった。

澄雪さんの言う通り、もしあの人が、普通にボランティア部へ申請を出してきたら、僕は手伝わざるを得なくなる。


「どうせあんたお人好しだから、なんだかんだ手伝ってるのが眼に浮かぶわ」

「……そうなのかなぁ」

「だって……」

「だって?」

「……いや、別に?」


誤魔化すようにして、澄雪さんは、歩く速度を速める。

そこから先、澄雪さんの家に着くまで特に会話はなかった。


……こんなに長いこと、帰り道で、澄雪さんと会話をしたのは、初めてだけれど、そのきっかけが、あの人だったというのは、なんとも微妙な話だ。

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